18-汜水関の戦い（後編）

「堪えてください、華雄将軍！」

「くっ、放せ！　あそこまで虚仮にされて、黙っていられるか！」

汜水関を象る、巨大な城壁の上。反董卓連合軍全てを見渡せるほどの高さを誇るそこに、汜水関を任された女傑──華雄は居た。

屋外に出ていた華雄の耳には、先ほどの愛紗の豪声がしっかりと残っている。挑発以外の何物でもない、自分の武を見下した言葉。

それだけで、華雄が激昂するには十分だった。今も、すぐにでも出陣しようとしているところを、副官の男に羽交い絞めにされて止められている。

「・・・どうした！　ああ、所詮は董卓の狗──命が惜しくなったのか」

「──っ、おのれえええええええっ！！」

「将軍！　どうか冷静なご判断をっ」

そう諭す副官も、既に限界だった。華雄の尋常ではない怪力に、抑えている腕がもぎ取れそうだ。

それでも、彼は諦めなかった。ここで討って出るのは、いくらなんでも愚策すぎる。命を捨てるようなものだ。

だが、彼にとって悪夢は続く。事もあろうか、敵の先陣の劉備軍は言葉での挑発だけでなく、軍そのものを大胆にこちらへと寄せてきたのだ。

その様はあまりにも不遜で──だからこそ、華雄の頭に微かに残っていた理性は粉々に砕け散った。

「おおおおおぉぉおおおぉぉぉぉぉぉぉおおぉおぉおおっ！！」

咆哮。遂に完全にキレてしまった華雄に適うわけもなく、副官は成す術無く距離にして５ｍはあろうかという壁まで吹き飛ばされた。

「出るぞっ！！　皆の者、我に続けぇぇぇぇぇぇぇっ！！」

華雄の部下たちも、基本的に血気盛んな者が多い。彼らも劉備軍に不満が溜まっていたからこそ、華雄の出陣の命は爆発的に広まった。

「・・・もう、止められぬか」

叩き付けられた壁から身を起こし、軍の制御役であった副官の男は、数秒瞑目した後に己の得物を強く握る。

──もはやこの戦場に光無し。だが上官と部下を見殺しに出来るはずもなく、門へと駆け行く彼らの背中に続いた。

真・恋姫†無双　ＳＳ

　　　　　　　　　　　　　　　　「恋姫†演舞」

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　Ｗｒｉｔｔｅｎ　ｂｙ　雅輝

<１８>　　汜水関の戦い（後編）

「──出てきたっ、行くぞ鈴々！！」

「応、なのだ！」

突出してきた華雄の部隊──おそらくこちらの五倍はあるのではないかと思われる大軍を前にしても、愛紗と鈴々に焦りの色は見えなかった。

所詮相手は、こちらの餌に掛かった獣だ。油断は当然出来ないが、恐れることもない。

「皆の者、突撃っ！　ひと当てして、一旦引くぞっ」

愛紗の号令により、劉備軍先陣、四百の勢いも増す。敵軍もそれに感化されたのか、両軍は真正面から激突した。

「はぁぁぁっ！」

「死ねぇぇぇぇぃっ！！」

互いの武器が打ち鳴らす甲高い衝撃音と共に、兵たちの怒号が木霊する。

鈴々と一刀が鍛えた精兵たちが奮闘する──が、募った苛立ちを一気に爆発させた華雄の軍は、それを凌駕する勢いで攻め立てた。

──と、その時。戦場に、大きな銅鑼の音が鳴り響く。

「むっ、合図か。──っ、一旦退けぇっ！　体制を立て直すぞっ！」

「ここまで来て退避だと？　ふざけるな・・・逃すものかっ！　追撃を掛けるぞ！！」

愛紗が愛馬を翻し、総員に退避命令を出すも、いち早くそれを察知した華雄は、勢いそのままに追撃を仕掛けた。

「・・・」

鈴々に先行させ、自ら殿を受け持った愛紗の口元に、笑みが浮かんでいることにも気付かぬまま──。

「桃香様、掛かりました！」

「・・・流石は愛紗さんです。敵を引き付けながらも、自軍に損失が出ない境で戦ってます」

「うん、自慢の義妹だからね♪　・・・それじゃあ、こっちも動き始めようか。朱里ちゃん」

「はい。計画通りに、ですね」

「そろそろ、か」

前方に巻き上がる砂塵を視認した一刀は、二振りの柳葉刀を腰の鞘からスラリと抜き放ち、地龍をその砂塵へと突きつけた。

「行くぞっ、前進しか知らない猪たちの鼻っ柱を、思い切り叩いてやれっ！！」

「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ！！！！！」」」」」

劉備軍の武を支える三人に対する、兵の信頼は厚い。まだ調練の完成度も高くはないというのに、彼らは勇猛な叫びを上げて突貫した。

そして一刀の指揮する隊が動き出したと同時に、愛紗と鈴々の隊が避けるように真っ二つに割れる。

目の前で、突然二つに分かれた敵軍。華雄の兵はどちらを追えば良いのか、一瞬判断に迷い──そしてその躊躇いは、決して小さくはない隙を生んだ。

「突撃ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ！！」

この戦における、二度目の正面衝突。ただ一度目と違ったのは、その時点で既に勝者と敗者が決まっていたことか。

隙を突いた突貫も、数の差は歴然ですぐに巻き返される。しかし、それも既に朱里と雛里の術中。

左右に分かれた関羽隊と張飛隊はすぐさま反転して、縦に長くなった敵軍の左右に展開。その後、横撃を仕掛ける。

また、一刀の後ろで陣を張っていた桃香率いる本隊も、左右に長く展開して敵の進路を塞いだ。

「──しまった、これは・・・」

そこまで来てようやく、頭に血が昇っていた華雄も気付いた。

挑発も、その後ひと当てして逃げる様まで、全てが相手の策。今のこの状況──真中を後退させて敵を半包囲する、縦深陣に誘いこむための布石。

さらに横撃によって、縦長だった隊は完全に二分されてしまった。寡兵と見て侮ったのが仇となったのか、感情に溺れてしまったのか。

「・・・くくっ、ならばいっそのこと、大いに足掻いて見せようではないか。この華雄、ただでは死なんぞ！」

この死地における、唯一の光明。後ろに居る二人の将を相手取るより、前にいるはずの大将を叩けばそれで終わりだ。

安易ではあるが、確かにその考えは的を射ている。その隊を取り仕切る将を撃破してしまえば、指揮系統は混乱して兵たちの士気も下がるからだ。

──だが、逆もまた然り。劉備軍にとっても、華雄の頸には相当の価値があるのだ。

「・・・悪いが、ここを通すわけにはいかない」

華雄の往く先に、その男は待ち構えていたかのように姿を現した。

その身に纏いしは漆黒のカンフー服。鎧も着けていないという、この時代においては奇妙な服装とその泰然と佇む様は、自然と華雄に警戒心を抱かせる。

「・・・何者だ、貴様」

「劉備軍に仕えし将、北郷一刀。・・・華雄殿、少しお相手願おうか」

「お前などに構っている暇は無い。そこをどけ」

口ではそう威勢を張りつつも、彼女の得物を持つ手には既に力が篭っていた。

『こいつ、男の癖に・・・っ』

この時代において、その見解は正しい。だというのに今、目の前で異常なことが起きている。

武人の血が騒ぐのだ。眼前の男と相対しているだけで、体が震える。それは紛れもなく、武者震いであった。

「どうやら、死にたいらしいな」

「殺せるものなら・・・ね」

互いに己の相棒を構え、睨み合う。周りの兵も邪魔はしない――いや、殺気に気圧されて、出来ない。

「はああああっ！！」

様子を見ていた一刀に対して、先手は華雄。その手に持つ大斧――金剛爆斧を振り被り、一刀に突貫を仕掛けた。

「―――っ」

振り下ろされる大斧を、まずは冷静に避けてみせた一刀は、そのまま天龍を頭に、地龍を胴にそれぞれ滑らせる。

「ぬっ！！」

だが華雄は地面に突き刺さった斧を力任せに持ち上げると、そのまま体を捻って迫り来る二刀を弾いた。

そして勢いを殺さずに、遠心力を生かして横薙ぎ。一刀はそれを半歩退いて躱わすと、双龍による刺突の連撃に移行する。

「ふっ――この程度かぁっ！！」
　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　カウンター
しかしそれも、斧を振るう華雄にことごとく叩き落され。隙を突いて繰り出された反撃を、上体を反らして何とか躱わした一刀は、そのまま仕切り直すように距離を取った。

「ちっ、ちょこまかと避けるな」

「無茶を言わないでくれ。そんなものを食らったら、それこそ即死だろうに」

「それを、戦場で相対している私に言うのか」

「・・・はは、違いない」

軽口を交わすも、両者とも内心では微かに焦りを見せていた。

『流石は華雄か。あの大斧を、あそこまで容易く扱うとは・・・相性が悪いな』

『こいつ・・・体捌きも上手いが、何より得体の知れない剣を使う。一時たりとも気が抜けん』

こうしている間にも、戦場は刻一刻と変化している。華雄に促されて前方に突撃を仕掛けた彼女の軍は、そろそろ桃香が率いる本隊と衝突している頃だろう。

時間が無い。万が一にでも、桃香や小さな軍師たちに危険が及んだらと思うと―――。

「・・・しょうがない、か」

一刀は、諦めに近い吐息をついた。いずれは使うと思っていたが、こうも早々に必要になるとは思っていなかったから。

「・・・何を考えている」

「いや、これはまだ使いたくなかったんだけどな。・・・武を誇りとする貴殿に敬意を表して、惜しみなく使わせて貰おう」

「―――っ！？」

口調が変わる。それと共に、辺りの空気までもが。

「何を、した？」

「何も、と言えば虚言になるか。―――“本気”を出すための、準備を」

本気――その言葉に華雄は一瞬唖然として言葉を失うも、すぐに気を取り戻して怒鳴り声を上げた。

「きっ、貴様っ！　この私を相手に、今までは本気では無かったと言うのかっ！！」

「さて・・・その答えは、自分で見つけるんだな」

激昂する華雄を前にしても、あくまで一刀は冷静。そして、最後の準備を終わらせる。

「・・・さあ、始めようか」

そう言って不敵な笑みを浮かべながら佇む一刀の手には、“双龍ではなくなった二刀”が握られていた―――。

そしてそれから数分も経たない内に、戦場に一刀の凛とした声が轟く。

「敵将、華雄！！　劉備軍が将、北郷一刀が討ち取ったーーーーーーーーーっ！！！」

この時代の形式に則って叫ばれたその言葉に、劉備軍の歓喜が爆発したのは言うまでもない。

１９話へ続く

後書き

ども～、管理人です。ただ今、明け方の４時半です。昼寝のし過ぎでおめめパッチリです（ぇ

というわけで、お待たせしました。恋姫演舞の、１８話をお送りします～＾＾

今回は汜水関の戦いの後編ということで、実際に戦いが始まりました。

愛紗の挑発、朱里と雛里の策、そして一刀の一騎討ち。

ただ一騎討ちに関しては展開上、端折る形となってしまいましたが、これは伏線のためですので。

せ、戦闘シーンを書くのがめんどくさかったわけじゃないんだからねっ（ツン）

感想、お待ちしております。それでは～♪

２００９．８．１５　　雅輝