「ほわ〜、たっくさん居るんだねぇ〜」

場所はエン州、陳留郡。目指すべき場所である洛陽にほど近いこの地の荒野には、常時では想像できないほどの天幕が張られていた。

その天辺に掲げられているのは牙門旗の名は、いずれも世に知れた諸侯ばかり。

しかし、県令という今回の参加諸侯の中で一番地位が低い桃香は、気遅れすることなくただただ純粋に驚いてみせた。――これが大物の証かと問われれば、首を傾げざるを得ないが。

「失礼します! 貴殿の名と兵数をお教え頂きたい」

と、突然桃香達の目の前に現れたのは、金の甲冑を纏った兵士であった。荒野に金色は流石に目立ち、それらが多く駐屯している場所から、この兵が袁紹軍なのだと覗える。

「あっ、はい。啄県県令、劉玄徳。兵数は、千です」

ちなみに、本来の劉備軍の総兵数は千五百を超えるのだが、本拠地であり治めている場所でもある啄県をもぬけの殻にするわけにはいかず、五百は残してきた。

「・・・はい、確認を取りました。他の諸侯の代表は、大方揃っております。取り急ぎ、中央の天幕まで御足労願えますか」

「あらら。やっぱり遅れちゃってたみたいだね」

「仕方がありません。あの手紙が来てから急いで用意しても、間に合わないほどの強行軍だったのですから」

愛紗が眉を顰めながら言う。事実、啄郡からこの陳留郡までは距離があり、間に合っただけでも僥倖と言えるだろう。

「それじゃあ、愛紗ちゃんと鈴々ちゃん、雛里ちゃんは今の内に軍をまとめておいてくれるかな」

「御意」

「りょーかいなのだ!」

「は、はいです」

桃香の言に、三者三様に答える。基本的に朱里は県令――桃香の。雛里は県尉――愛紗の補佐ということになっているため、的確な人選だ。

「それで、朱里ちゃん・・・と、一刀さんは私と一緒に軍議に出てくれる?」

「御意です」

「朱里は分かるとして・・・何で俺まで?」

心得ていたかのようにすぐに頷く朱里と、逆に予想していなかったように首を傾げる一刀。たかが一武官である自分が、“あの”反董卓連合の軍議に出席していいのだろうか。

そんな思いから質問したのだが、桃香はふっと微笑むと。

「だって一刀さんだったら護衛もこなせるし・・・後は何となく、物事を客観的に見てくれそうだからかな」

「・・・」

見抜かれているそれに、一刀は思わず言葉を失う。確かに一刀は高校時代から「仕事」を始めたせいもあり、同年代と比べれば遥かに大人びており、また冷静さを失わないように物事を客観的に捉える術も身に付けた。

桃香は、時々とても鋭い。純粋無垢に見える大きな瞳は、実はしっかりと他人を見据えている。

普段は天然さが前に出て気付きにくいが、やはり彼女は劉玄徳。仁徳の主君として三国志時代に立った傑物なのだと、一刀は改めて実感した。

「――了解した、劉玄徳殿」

「・・・??」

返事をし、一刀は中央の天幕に向かい歩き出す。突然真名ではなく姓名を呼ばれて、首を傾げる桃香を先導するように、ゆっくりとした歩調で。





真・恋姫†無双 SS

                「恋姫†演舞」

                              Written by 雅輝






<16>  反董卓連合(中編)





「おーーーっほっほっほっ♪」

「「「・・・」」」

その大天幕に入った瞬間、一刀のみならず桃香や朱里でさえ、天幕を間違えたのかと思った。

しかし現実はいつも非情だ。ここは反董卓連合に参加した全諸侯が一堂に集い、軍議を行なうための天幕で間違いない。

だから、明らかに上座と思われる中央奥に陣取り高笑いを続ける、全てにおいて豪奢な女性も、すべからく現実なのだ。

「ほら、そこの三人。早く席にお着きなさいな。これからこの袁本初の進行のもと、軍議を始めるのですから! おーっほっほっほっ!」」

「「「・・・」」」

三人は素早く互いに目配せをすると、これ以上何か言われる前に――いや、口を開かれる前に無駄のない動きで席に着く。

とはいえ、座るのは桃香だけだ。元々椅子自体少ないらしく、しかも諸侯の中では弱小である劉備軍に充てられているのは一つしか無かった。三人の目の端には、既に顔見知りとなっている公孫賛の苦笑顔が映った。

まあそれはある程度仕方ないと割り切って、朱里は桃香の左後ろに、一刀は右後ろに立ち、改めて周りの諸侯の面々を見渡す。

『うーむ。これがあの反董卓連合か。・・・歴史学者が見れば、卒倒するだろうな』

一刀が内心でそう唸るのも無理はない。何せその天幕の中には、袁紹軍の兵士を除けば、男性は一刀のみしか居ないのだから。

まだ顔と名前は当然一致しないが、この中には三国志時代に活躍した将が多数居るだろう。

つまりは曹操も、孫策も。袁紹も袁術も公孫賛も、全員女性ということになる。

『逆に俺が目立ってるんだよなぁ。さっきからチラチラ視線を感じるし』

この世で男性の将というのはそれほど珍しいのか、周囲から痛いほどの視線を感じつつも、一刀はそれを表情には出さず瞑目した。

「―――遅くなったわ」

と、その時。一際存在感を感じさせる堂々とした声と共に、天幕に三人の女性が入ってきた。

前を歩くのは、まだどことなく成熟しきっていない金髪の美少女。そしてその後ろには、二人の長身の美女が警戒心を隠さず付いている。

「あぁら、遅かったですわね華琳さん。ビリッケツでしてよ?」

「それに関しては悪かったわ。それより、時間が押しているのではなくて? 早く軍議を始めましょう」

中央奥に陣取る豪奢な女性――袁紹の皮肉を事もなげに返し、華琳と呼ばれた少女は席に着くとサラリと軍議を促した。

『・・・タダ者じゃないな』

そして一刀は、華琳の一挙手一投足に武人の影を感じながらも、袁紹の甲高い声に顔をしかめるようにして再び目を閉じるのであった。





「それでは、ひとまず皆さん自己紹介と行きましょうか」

軍議を始める前に、袁紹がそう提案した。「まともなことも言うんだ・・・」と内心思ったのは、きっと一刀だけではないだろう。

「言っておきますけど、華琳さんはやって来るのがビリッケツでしたから、一番最後ですわよ! おーっほっほっほ!!」

「・・・はいはい、どうでもいいから早く始めて頂戴」

――訂正。やはり袁紹はただの馬鹿だという判断で間違いなさそうだ。

だが一刀にはそれよりも、その袁紹の皮肉とも付かない言葉にまったく耳を貸さずに進行を進める、袁紹に「華琳」と呼ばれた少女に気を取られていた。

『・・・威厳、なんてどころの話じゃないな。言葉にするとすれば・・・そう、王者の風格って感じか』

武の方もかなりのものだろうが、何よりその圧倒的な存在感に目を惹かれる。



「啄郡から来ました、劉備です。こちらは、軍師の諸葛亮と武官の北郷です」

いつの間にか自分たちの自己紹介が回って来たらしい。一刀は桃香の言に合わせるように、朱里と共に一礼だけした。

途端、奇異なものを見るような眼差しが一層濃くなる。腰に双龍は差しているものの、やはり「武官」という言葉を聞けばまた驚くものがあるのだろうか。

一刀が何の反応も示さないことでその視線を跳ね除けると、まるで興味が削がれたようにまた自己紹介が再開された。



「袁術じゃ。河南を治めておる。まあ、皆知っておろうがの。ほっほっほ!」

「私は、袁術様の補佐をさせて頂いております、張勲と申しますー。こちらは、客将の孫策さん」

「・・・」

薄い桃色の髪をなびかせ、長身で目付きが鋭い美女が静かに立ち上がり、一礼をする。

明らかに小物な臭いしかしない袁術と張勲とは裏腹に、彼女のその雰囲気と挙措には、先ほどの金髪の少女同様の風格が感じられた。

『流石は江東の麒麟児といったところかな。そういえば、まだこの時期は袁術の客将の立場だっけ』

だが史実は基より、実物を目の当たりにした今では、とてもではないがそんな立場に甘んじている人物では無いと思える。



「――典軍校尉の曹操よ。こちらは我が軍の夏候惇と夏候淵」

次の人物――袁紹にビリッケツと言われていた彼女の名乗りに、微かにどよめきの声が上がった。

だが少なくとも、一刀は驚いてはいない。「やっぱりな・・・」という気持ちで英傑を見つめる。

彼女は周りの微かなどよめきに「ふん」と面白く無さ気に鼻を鳴らすと、そのまま腰を下ろした。







そうして自己紹介が終わった後、軍議は難航を極めていた。

今回の軍議の最優先事項は、現状と目的の確認。都までの行軍の仕方、経路。そして、この連合を指揮し、まとめあげる総大将を決めること。

幸いにして前者の二つは、公孫賛と曹操の両名が袁紹に口を挟ませないことですぐに終わった。

しかし総大将の方はと言うと、多くの巨大勢力が渦巻く連合の中で、誰もそんな外れクジを引きたいとは思わない。もし自軍に多大な損害を与えるような指揮をすれば、他の諸侯から糾弾されることは目に見えているのだから。

だがそれでも、確かに相応しい人物は居る。それが河北の大諸侯袁紹と、最近頭角を現し始めたとされる曹操だ。

ただ、曹操は能力としても文句は無いのだが、袁紹はどう考えても大将の器ではない。それはその場にいる諸侯の代表全員が分かっていたことだが、一人だけ空気が読めずにいた。――他ならぬ、袁紹本人である。

「わたくしはする気が無いのですけど・・・ただ、家柄と地位を考えた場合、候補は自ずと絞られるのではないかしらとか思ったりしなくもないのですけど。ただあくまでわたくしは・・・・・・」

一刀は思った。もう何度目だろうか、この台詞を聞くのは、と。

だが一番厄介なのは、そんな状況であっても誰も袁紹に文句も推薦も出来ないという現状だ。

唯一意見が出来そうな曹操は、呆れて物も言えないのか、黙して傍観の姿勢を貫いている。

無駄な時間の浪費。それは現状尤も避けたいことのはずなのに、しかし事が進まない閉塞感。

「すみません!」

――そんな中で、人一倍此度の洛陽救出に燃えている桃香が口を開くまで、そう時間は掛からなかった。いや、彼女にしてみればそれでも我慢した方なのだろう。

「こんなことをしている間にも、董卓軍は軍備を整えちゃいますよ!」

「あら、貴女は確か・・・リュウギさんだったかしら?」

「劉備です!」

「あら、そう。確かに貴女の言うとおりね。じゃあ劉備さんとやら、貴女にお聞きしましょう。この連合軍の総大将に相応しいのはだぁれ?」

もはやその質問には意味など無い。袁紹は自分が総大将になる「言い訳」が欲しいだけ。そして他の諸侯にとっては、桃香は単なる人柱に過ぎない。

桃香は予想通りの現状に「はぁ・・・」と一つため息を吐き出すと、投遣りに言った。

「・・・もう、袁紹さんでいいんじゃないですか? 袁紹さんだって、総大将をやりたいんでしょ?」

「あらあら、この私がいつそんなことを言いました? だけど・・・そうですわね、なり手が居ないのであれば、私がなってあげても構いませんわよ?」

そして袁紹のその一言を待っていたかのように、曹操・孫策を始めとした周りの諸侯がその案を後押しする。

「なら決まりね、麗羽が総大将になりなさい」

「私たちも、劉備の意見に依存は無いわ」

「妾も問題はないぞよ」

「・・・な、ならば決定ですわね。ではこの私・・・三国一の名家の当主である袁本初が、連合軍の総大将になってさしあげますわ♪」

そうして、袁紹の喜ぶ声が上がると同時に各諸侯は天幕から去り、形だけの「連合」の第一回軍議は幕を閉じた。

――劉備軍に不利な、この状況だけを残して。



17話へ続く


後書き

こんばんは、雅輝です〜^^ 第16話をお送りします。

今週末は謎の忙しさに襲われて、なかなか作品に着手出来ませんでした。何とかギリギリセーフ・・・かな?


今回は反董卓連合の軍議風景を切り取ってみました。

初登場キャラが多かったので、読者の皆様には伝わりにくい話になってしまったかもしれません。

人物紹介って苦手なんですよねぇ。特に恋姫キャラは一癖も二癖もあるから特に。

何か指摘部などございましたら、お気軽に掲示板までお願いしますm(__)m


それでは、また再来週に。



2009.7.6  雅輝