新たな仲間を加え、無事啄県へと帰還した劉備軍。
そして帰るなり、桃香達がすぐさま取り掛かったのは、治安の強化や税の見直し―――つまり、内政であった。
いくら啄県が広くはないとはいえ、温暖な気候と住み易さからか住人は結構多い。
さらに、遠征の前はほとんど桃香と愛紗の二人で仕事を回していたため、帰って来たときには膨大な量の仕事が残っていた。
だが、ここで思わぬ嬉しい誤算が起こる。先の戦いで皆に認められた二人の小さな軍師は、政務にも非凡な――いや、天才的な能力を示してみせたのだ。
桃香も愛紗も、戦の時以上に一刀の慧眼に感謝したとかしないとか。
それはさておき、今は朱里と雛里も加わり、今までは先送りにされていた懸案もこなせるほどの余裕が出てきた。もちろん、桃香や愛紗だけで行なうよりは遥かに充実した内容で。
――さて、今回はそんな蜀の二大軍師にまつわるお話。
真・恋姫†無双 SS
「恋姫†演舞」
Written by 雅輝
<14> 夢と決意と
「何だか、一気に人が増えたよなぁ・・・」
啄県の城下町。最近は特に人口が伸びてきた街道を、県尉補佐という肩書を持つ男が一人、のんびりと歩いていた。
とはいえ、何もサボっているわけではない。治安維持も務めの内、今日は彼自ら街の巡回を行なっている。
その証拠に、腰に佩く二本の柳葉刀が、歩くたびに彼の背後で揺れていた。
「本日も晴天なり・・・ってか」
眩しそうに空を見上げながら、彼――北郷一刀がそう呟く。
天上の空は曇りなく、見事な五月晴れ。暦を知らないので本当に五月かは分からないが、その穏やかな気候は日本の四季に当てはめると、春から夏へゆっくりと移ろいでいく五月を彷彿とさせた。
「こんな日は何事もなく、一日が終わるといい―――」
「や、やめてくださいっ!!」
「――なぁ。って、そう都合良くいかないか」
ささやかな希望は、まだ若干幼さの残る悲鳴により早々に破れ去った。
一刀はすぐさま気持ちを切り替えると、駆足で悲鳴の上がった方へと向かう。
『けど今の声、どこかで聞いたことがあるような・・・?』
それもつい最近。結構身近で。
内心で首を傾げている内に、目的の場所へと着いたようだ。そこには既に複数の野次馬がおり、その中心にある光景を目の当たりにして、一刀の疑問は氷解されることとなった。
「はわわ・・・」
「あわわ・・・」
「あれは――朱里と雛里?」
間違いない。あそこで涙目で震えているのは、近頃劉備軍の軍師となった、諸葛孔明――朱里と、鳳士元――雛里だ。
「おうおう、嬢ちゃん! 人にぶつかって来ておいて銭の一つもねえのかい!?」
「お、お金は持ってなくて・・・そ、それに、ぶつかって来たのはそちらからじゃ・・・」
「あぁんっ!? てめー、アニキの言うことに文句でもあるのかよ!?」
「ひぅっ」
「――あの三人組は・・・」
目の前で行われている行為は、紛れもなく恐喝だ。それに一刀には、その三人組に――正しく言えば彼らが被っている“黄色い巾”に見覚えがあった。
『はぁ・・・やっぱりあの時、捕えておくべきだったか?』
後悔先に立たず。一刀が彼らと戦闘とも呼べない諍いを起こしたのは、五台山の麓。その場所から一番近い街であるこの啄県に流れ着いてても、まったく不思議ではない。
「そんじゃあ、何か金になりそうなものでも置いていってもらおうか」
「おっ、ちょうど高そうな剣を持ってんじゃねぇか! そいつをよこしな」
「あっ、こ、これは――――」
「い、いいからさっさとよこすんだな」
一刀が悔いている間にも、早々に事は悪化していたらしい。朱里と雛里は二人で仲良く持っていた、どこか見慣れた剣に目を付けられ、今にも襲いかかられそうですらあった。
『あの剣は――もしかして、靖王伝家か!?』
豪奢すぎるほどの装飾。柄の拵えも美しく、気品漂う直剣。
その剣こそ桃香にとって、かの中山靖王、劉勝から受け継がれる血脈の証であった。
『そういえば鍛冶屋に出すって言ってたっけ。・・・おっと、こうしちゃいられないな。今度こそしっかり捕まえておくか』
一刀は腰の双龍の柄に手を掛けつつ、早足で野次馬を交わしながらその中心へと向かう。
だが、一刀が辿り着く前に。黄巾の魔手が靖王伝家に触れる前に。それを遮るように放たれた大声が、辺りに響き渡った。
「「触らないでくださいっ!!」」
その怒声とも思える必死な声に、一刀の足は止まり、黄巾の三人も意表を衝かれたのか動きを止める。
朱里と雛里は怖さに竦み上がりそうになりながらも、精一杯眼前の敵を睨みつけ、さらに言葉を続けた。
「こ、これは我が主の剣ですっ! あなたたちなんかには渡せません!」
「剣はその人の魂。易々と渡すわけにはいきません」
少女の体躯には少々不釣り合いな剣を、庇うようにして体の後ろに隠し、虚勢を張る。それがどれほど勇気が必要なことだったかは、その震えている足を見れば一目瞭然であった。
「――ほう、嬢ちゃんたち。どうやら死にてえみたいだな」
その必死な訴えに神経を逆撫でされたのか。リーダー格の男が自前の剣をスラリと抜くと、左右の二人も自分の得物を解放する。
そしてまずは動きの速いチビが。続いて巨躯を蠢かしながらデブが、小さな軍師たちにそれぞれ襲いかかった。周囲の人々が、目を覆いたくなりそうな気持ちでその得物の行方を見守る。
――だが、黄巾の三人は気付いていなかった。野次馬の中に、かつて自分たちを圧倒した謎の男が紛れ込んでいたことを。
「朱里、雛里。よく頑張ったな。・・・後は任せてくれ」
ギィンッという甲高い音と共に、一刀の穏やかな声が、朱里と雛里の耳に届く。
「「あ・・・一刀さん!」」
二人がおそるおそるギュッと閉じていた視界を開けると、そこにはチビとデブの一撃を容易く双龍で受け止めている、一刀の後ろ姿があった。
「なっ――てめえはっ!」
「あ、あの時の奴なんだな!」
一方、自らの一撃を余裕綽綽で防がれた二人は、その顔を思い出して動揺から一度距離を取る。
「何で奴が――ちっ、ここは一旦退くぞ!」
そしてリーダー格の男も同様に、一刀の姿に苦い記憶を思い起こしながら、早々に退却を決断した。しかし、一刀も同じ轍を踏むつもりはない。
「――はぁっ!!」
裂帛の気合と共に、日常生活では抑え込んでいる殺気を一気に解放する。もちろん、背を向ける三人に向けて。
「「「なっ―――!?」」」
すると三人は、直接剥き出しにされたソレに、地面に縫いつけられたかのように動けなくなってしまった。振り向くことすら許されず、まるで肉食動物の眼光に射竦められた獲物のように、足が震えてしまって動かない。
「ウチの軍師たちに――俺の仲間に手を上げて、簡単に逃げられると思うなよ?」
一刀が怒気を顕わにしながら、ゆっくりと三人へ近づく。既に道はモーゼの奇跡の如く、一刀の前を人波が割れるようにして出来ていた。
その殺気の余波を受け、野次馬たちも冷や汗が止まらない。だが何より、街を救い、少女たちをも救った英雄から目を逸らせそうにない。
「こ、の・・・糞野郎が・・・!」
ようやくリーダー格の男が絞り出したのは、愚の骨頂としか表現できない汚い言葉。だが一刀は、その言葉にも表情一つ変えず。
「何の罪もない少女たちに平気で手を出す、お前らには言われたくないな」
そのセリフと共に、天龍を三度薙ぐ。
峰打ちで延髄へと入れられた三人は成す術なく昏倒し、辺りには野次馬による歓声が響き渡った――。
後にやって来た警備隊に黄巾の三人を預けた一刀はようやく落ち着いて、まだ震えが止まらない小さな軍師たちと向かい合った。
「怪我はない? 二人とも」
「は、はい。ありがとうございました」
「助かりました・・・」
「そう、良かった」
「――はぅ」
「――あぅ」
「?」
穏やかな顔で微笑みかけられ、少女二人は一瞬にして顔を真っ赤にして俯いた。尤も、鈍感男は気付きもしないが。
「それより、それって桃香の剣だよね?」
「あっ、はい。桃香様より直々に頼まれまして」
「私たちも丁度街に出る用があったので、それで頼まれたのだと思いますけど・・・」
一刀の確認の意図を察して知りたい答えを返してくる辺りは、流石は臥龍鳳雛といったところか。しかし一刀はその答えを聞き、苦い顔をした。
「いくら小さな用だからって、街に出る時は護衛の一人でも付けた方がいいよ? 啄県は治安のいい街だけど、時々ああいった流れ者がいるからね」
「はい・・・」
「それに桃香も桃香だ。いくら政務で忙しいからって、大切な剣を押しつけるような真似をして・・・」
「い、いえっ、それは――!」
「あぁ、大丈夫。帰ったら軽く皮肉を言うだけだから。桃香ならそれで反省してくれるだろうしね」
「あっ、はい。・・・あの、一つ訊いていいですか?」
「うん?」
「一刀さんは、何故桃香様の臣下になったんですか?」
朱里が、真剣な表情で一刀を見つめる。その隣では、同じく雛里も。その大きな帽子の下の瞳は、真摯に一刀を射抜いていた。
そしてその問の答えは、あの時に保留にしたものでもある。一刀は二人になら大丈夫だろうと、自分の正体から順を追って話すことにした。
「未来から来た、ですか・・・?」
「簡単には信じられないだろうけどね。でも事実、俺は元は千八百年以上後の世界からやって来たんだ」
「あわわ・・・次元を跳躍したということでしょうか?」
「おそらくね。でも戻る方法が分からない。腕には覚えがあったから、何とかこの時代でも生きていけるけどね」
一刀はこの世界に来た時は唯一の相棒であった双龍を示しながら、微笑する。その笑みには影が無い――ように見えるが、実際はどうなのだろうと、聡い軍師たちは思った。
「そこで、桃香様たちと出会ったんですか?」
「うん、と言ってもまだ一月程度しか経っていないよ。五台山の麓で、桃香と愛紗と鈴々と出会って、それから行動を共にするようになった」
「・・・それは、何故ですか?」
雛里が、訊きにくそうにしながらもそう訊ねた。主君に臣下が忠誠を誓う理由は、決して明るいものばかりとは限らないから。
それでも、朱里も雛里もこれだけは訊いておきたかった。傍から見れば、主君と気軽に名で呼び合う関係は、ある意味歪ですらあったから。
「何故、か・・・。俺も、夢を見たくなったからかな?」
「夢、ですか?」
「ああ。桃香の掲げる理想。争いもなく、皆が心から安心して暮らせる桃源郷。その夢に向かって邁進する彼女たちを見て、俺も手助けしたいと思ったんだ」
そう言って、一刀は晴れ渡る青空を見上げる。
確かに、それは夢物語なのかもしれない。でもだからといって、そこで諦めてはそれ以上成長しない。人も国も。
だからこそこの戦乱の時代で、馬鹿みたいに真っ直ぐそんな理想を追っている彼女たちを信じてみたくなった。それは未来の知識――言ってしまえば三国志の結末を知っている身としてではなく、この時代を生きる一人の人間として。
「桃香の進む道は、その理想とは矛盾する修羅の道だ。だから時には、力が必要になる。俺の刀は、今はそのためにある」
覚悟を決めた。迷いを捨てた。残ったのは、胸に確かにある決意だけ。その決意を宿した瞳で、一刀はしっかりと二人の瞳を見つめ返す。
「・・・やはり貴方は、私たちが思った通りの人でした」
「(コクコク)」
一刀の答えに満足したのか、朱里はそう言って穏やかに微笑み、横では雛里が同意するように首を大きく縦に振っていた。
「ん? 思った通りって?」
良く分かっていない一刀に対して、朱里と雛里は互いに顔を合わせてクスリと含み笑いを零すと。
「「内緒、ですっ♪」」
今日一番の笑顔で、弾むように言葉を紡いだ。
こうして、一刀と小さな軍師たちの間には確固たる絆が生まれた。
しかし、動乱の時代は待ってくれない。この三日後、漢王朝を揺るがす事件が起こり、真の戦乱の時代が幕を開けるのだから。
――後漢の第十二代皇帝、霊帝の崩御である。
15話へ続く
後書き
ようやく上がりました、14話です。
今回は苦戦したなりに、自分ではしっかりと書けたと思います。皆さまはどうでしたでしょうか?
さて、前回は星だったので、今回は朱里・雛里の拠点フェイズにしてみました。
二人とも口調が似ているので、少し分かりづらいかも? 区別させるのはなかなか難しいです^^;
それはともかく。主の剣を守ろうとする朱里・雛里と、桃香の理想を追う一刀の決意に着目して頂ければ幸いです。
さて、次回からようやく物語が動き始めます。ではでは〜。