漁陽郡、北部。

「はあああああああっ!!」

ギィンッという甲高い音を上げて、裂帛の気合と共に黄巾兵の剣が吹き飛ばされる。次の瞬間には、その兵は胸を貫かれて絶命していた。

「一気に押し返すぞっ! 各員、油断するなーーーー!」

そしてそれを為したのは、まるで羽衣のような見事な毛並みを持つ白馬に跨り、見目鮮やかな髪を後ろの高い位置で縛った、まだ年若き女性。

しかしただの女性ではない。北の勇者、白馬長史などの異名を持つその女性の名は、公孫賛伯珪。

桃香の学友であり、幽州遼西郡の太守も務めている彼女は今、遠征帰りの千の兵と共に黄巾党を相手取っていた。

「鏑矢の陣を敷けーーーーーーーー! 騎馬隊は、そのまま撹乱を続けろっ!!」

公孫賛のその凛とした声と共に、兵が次々と展開していく。

彼女の兵の錬度はなかなかに高く、また代名詞ともいえる騎馬部隊により、軍は寡兵ながらも善戦していた。

だが、善戦とは言っても足止めが精一杯なのが現状だ。遠征帰りで兵の体力の損耗も激しいし、数で圧倒しようとしてくる黄巾党に対して、勝ちをもぎ取るのは至難の業だ。

『くっ、せめて趙雲がいれば突破口が見出せるんだが・・・』

自らも剣を振り、周りに指示を出しながら、公孫賛は遼西の城の留守を任せた客将を思い出す。が、所詮この場では無い物ねだり。

『とはいえ、このままでは拙い。どこかで見切りを付けて、撤退するべきか・・・?』

幸いにも、まだ逃げ切れるだけの余力は残っている。本意ではないが、ここで無茶をして大切な家臣たちを傷つけるわけにはいかない。

「――報告しまーすっ!」

そうして決断しようとしたその時。公孫賛にとって、まさに朗報とも呼べるものがもたらされた。

「どうした!」

「はっ! 敵の後方半里の位置に砂塵と大量の兵を確認しました!」

「なっ―――、敵の増援か!?」

「いえ、黄巾をしていないところから推測するに、おそらくお味方の援軍ではないかと・・・」

「援軍だって? ・・・旗は見えたか?」

「はい、ですが見たことが無い旗でして・・・緑地に、劉の牙門旗でした」

「・・・劉?」

聞き覚えのある姓に、公孫賛は考えこむ。

確かに、幽州の州牧は劉の姓を持つ。しかし既に黄巾を制しようとして逆に痛手を負った軍が、援軍に来ることなどまずあり得ない。

そうなると、彼女に思いつく劉の姓はただ一人―――共に盧植先生の下で学んだ友人であり、最近啄県の県令になったと聞く、かの中山靖王劉勝の末裔。

「ははは・・・これで撤退の二文字は無くなったわけだ」

「はい?」

「疲れているところ悪いが、各部隊に伝令を頼まれてくれないか? ・・・これより我が軍は、援軍と連携して敵を殲滅すると」

「はっ、直ちに!」

頼もしい返事と共にすぐに走り出した伝令役を見送った公孫賛は、「さて」と再度戦場と向き合う。

―――さあ、かつての学友が参戦するまでに、もうひと暴れといこうか。





真・恋姫†無双 SS

                「恋姫†演舞」

                              Written by 雅輝






<12>  戦果と出会い





時間軸は少し遡り、一刀たちが交戦場所である漁陽へ向かう道中。一行は新たに加えた二人の若き軍師を中心に、此度の戦における作戦を話し合っていた。

「敵はやはり五千を超えており、現在は公孫賛軍が千の兵力で足止めしている。しかし公孫賛殿の軍は疲労が見え、瓦解するのは時間の問題だと思われる――というのが斥候からの報告だ」

愛紗が馬の手綱を握りながら、自身の後ろに乗っている雛里と、鈴々の後ろに乗っている朱里に斥候の報告内容を聞かせる。

通信器具も、望遠鏡すらないこの時代において、斥候部隊は戦の定石であり、その報告は財に等しい。どの時代においても、情報を制するということは、相手よりも一歩も二歩も先んじることになるのだから。

「敵の位置と、公孫賛様の兵の位置は分かっていますか?」

「このまま我々が行軍を続ければ、公孫賛殿の後ろに出ることになるそうだ。敵はその真正面に陣を敷いている」

「なるほど・・・」

愛紗の言に納得したように頷き、朱里は顎に手を置いて考え込む。既にその表情は、あどけない少女のそれではなく、一介の軍師のものとなっている。

ふと気になり愛紗が後ろをチラリと覗き見てみると、雛里もやはり同じような表情で考え込んでいた。――大きな帽子が邪魔して、ハッキリとは覗えなかったが。

「・・・朱里ちゃん」

「うん、回り込むしかないよね」

「回り込む? ・・・なるほど、敵の背後まで回り込んで、挟み撃ちか」

と、一刀。確かに兵力差を考えると、下手に真正面から行くよりも、時間を掛けてでも優勢な状態に持って行った方がいい。

――しかし、二人の鬼才の策が、この程度で終わるはずがない。

「いえ、それだけでは確実な包囲が出来ず、綻びが生じてしまいます」

「あわわ・・・だから私たちは、部隊を三つに分けるのが上策かと思われます」

「部隊を三つに?」

「はい。それぞれ五百ずつで、将は愛紗さん、鈴々ちゃん、そして一刀さんに率いてもらいます」

「・・・そうか、わかった。挟撃だけではなく、四方から殲滅しようってことだな?」

「なるほど、確かに挟撃の上に横撃では、敵の指揮系統も混乱するな」

一刀と愛紗がウンウンと納得する横で、主君たる桃香はおずおずとその手を上げた。

「あのぉ、イマイチ話が見えてこないんですけど・・・」

「えーっとですね。つまり、挟撃によって混乱した敵部隊を、さらに左右からも奇襲することによって、完全に分断させるんです」

「兵の質――そして将の質でいえば、こちらの方が上ですから・・・。指揮系統を失った賊徒を殲滅するのは、難しい話ではないんです」

そう、単純そうに見える今回の策だが、実は多くの利点がある。

寡兵に対する油断。挟撃による指揮系統の混乱。横撃による敵戦列の完全瓦解。

さらには一騎当千の武将三人も均等に分けることにより、どれか一方から崩される可能性も低い。

そしてこれらの作戦を、斥候からの情報だけを元に瞬時に示した二人に、桃香は素直に感嘆の声を上げた。

「ふわぁ〜、二人とも凄いね〜」

「そ、そんな・・・はわわ」

「あわわ・・・」

そして主君からお褒めの言葉を承り、頬を赤らめて謙遜する朱里と雛里。そんな光景を穏やかな目で見守っていた一刀の袖を、愛紗が静かに引っ張った。

「一刀殿」

「うん?」

「・・・先ほどは、申し訳ございませんでした。貴方の慧眼には、驚かされます」

「ははは、慧眼じゃなくて、ただ単に知っていただけだよ」

「知っていたとは・・・未来の知識、ということですか?」

「そういうこと。でも、あんな子供だとは思わなかったけど」

「ふふ、でも・・・彼女たちは、本物です」

「・・・ああ」

そうして二人の軍師によって打ち出された策は、すぐに鈴々を始めとした各部隊に伝達され――その数刻後。

公孫賛軍と合わせても、まだ二倍以上ある敵を相手取った殲滅戦が始まった。







「我が名は関雲長! 我が青龍偃月刀の錆になりたい奴は、掛かって来いっ!!!」

心胆を凍えさせるような咆哮と共に、愛紗が舞う。それは見る者を魅了する、死神の鮮血の舞。

その青龍刀の一薙ぎは間合いの敵を吹き飛ばし、攻撃を仕掛けようとした腕は容易く斬り落とされる。

突然後方に現れた部隊に対する困惑も冷めやらぬ内に、五百の兵による強襲と戦女神の乱舞。黄巾党からすれば、堪ったものではないだろう。

しかしその混乱も、時を置けば沈静化してくる。黄巾の指揮官は時機を見計らって自兵を二つに分けて、各個撃破を命じることによって対応しようとした。

――だがそれこそ、臥龍鳳雛の狙い。まるでその時機を予見していたかのような絶妙なタイミングで鳴り響くは、桃香のいる本隊から聞こえる銅鑼の音。

「ほ、報告しますっ!」

「今度は何だ!?」

「左右からも敵影を確認しました! その兵数、共に五百! しかもそれぞれ、あの黒髪の女並の将が率いているとのことです!」

「な――――」

指揮官にとって、その報告はまさに悪夢としか言いようがなかった。

先ほどの関雲長と名乗る女から受けた被害は尋常ではない。それでもやっと対処出来るようになった頃に、今度はさらにそのクラスの武将が二人。

それも挟撃をやっと凌げたこのタイミングで、横撃という更なる奇襲。碌に部隊の調練もしてこなかった自兵では、とてもではないが対処出来るとは思えない。

「――ここまでか。もはや逃げ道もあるまい。・・・最後くらいは、武人として死にたいものだな」

指揮官の男は、持っていた直刀を握り締め、馬から飛び降り、そして自ら死地へと向かう。

屍だらけの大地を、その光景を噛み締めるかのように、ゆっくりとした足取りで――――。



そうして、朱里と雛里の軍師としての初陣は、完膚なきまでの大勝利という結果で幕を閉じるのであった。







「改めて、遼西太守として礼を述べさせて貰おう。此度の援軍、誠に感謝する」

「・・・」

遼西郡の、公孫伯珪の本拠地となる城の玉座。公孫賛はそこに腰かけながら、形式ばった口上を述べ、桃香もそれに倣う様に静かに一礼した。

本人たちがかつての学友同士とはいえ、公孫賛は太守で、桃香は県令。現代に置き換えると知事と市長くらいの差がある二人には、当然これが正式な形となる。

が、今この部屋には劉備軍の四人と、公孫賛とその側近しかいない。朱里、雛里の両軍師は、糧食を分けてくれるという公孫賛の軍師と別室で会議中。

つまり分かり易く言うと――堅苦しい話は、ここまでということだ。

「・・・ふっ、それにしても随分と久し振りだな、桃香」

「うん! 白蓮ちゃんも久し振り〜♪ 元気にしてた?」

「まあな。まだ太守になって一年と経っていないが、それなりにはやらせてもらってるよ。桃香こそ最近、県令になったらしいじゃないか」

旧知の友人の再会。それに水を差すような輩も、火急の事態も今はなく、二人は思い出話に花を咲かせる。

そして一段落着いた頃、公孫賛は桃香の家臣と思われる三人へと興味の矛先を向けた。

「なあ桃香。ところで、後ろの三人も紹介してくれないか?」

「それは私も気になるところですな」

そしてそこで、唐突に第三者の声が入る。それまでは白蓮の傍で黙していたその美しい女性は、どことなく理知的な瞳を細めて楽しそうににやけていた。

「趙雲? 今日はいつになく積極的じゃないか」

「いやなに。私もそこの三人には思うところがありましてね。是非ご紹介頂きたいと」

また悪戯っぽい笑み。だがその中には見え隠れする好奇心が浮かんでおり、桃香の後ろに侍る三人を捉える。

そしてまた三人の武人も、同時に理解した。彼女は自分たちに思うところがあると言ったが、その逆もまた然り。

「えーっと、白蓮ちゃん。その人は・・・?」

「あ、ああすまない、紹介が遅れたな。彼女は趙雲。一応客将という形で、我が軍に在籍している」

「劉備玄徳殿、以後お見知り置きを」

「あっ、はい。こちらこそ」

礼儀正しく深く礼をする趙雲に、桃香も慌てて礼を返す。そんな彼女の様子に苦笑しながらも、公孫賛は再度訊ねた。

「で、結局後ろの三人は・・・?」

「あ、ごめん。えっと、左から関雲長。張翼徳。そして北郷一刀だよ」

「我が名は関羽。字は雲長。桃香さまの第一の矛にして、幽州の青龍刀。以後、お見知り置きを」

「鈴々は張飛なのだ! すっごく強いのだ!」

「・・・北郷一刀です」

桃香に紹介され、三人がそれぞれ改めて自己紹介をする。一刀は特に何も思いつかなかったので、名前だけ告げて後は軽く礼をした。

三人の名を聞いて「こちらこそ、よろしく」と返した公孫賛は、再び超雲の方へと向き直る。

「またいつもの悪い癖か・・・。確かにこの三人は、先ほどの戦でも大いに活躍していたが、それほどなのか?」

「当然。武を志す者として、姿を見ただけで只者ではないことぐらいは分かるというもの。・・・そうだろう? 関羽殿」

「そう言う貴女も腕が立つ・・・そう見たが?」

「うんうん! 鈴々もそう見たのだ!」

「ふふっ、さて、それはどうだろうな」

三人で共感し合い、互いに意識を高めている中。ちゃっかり一刀は移動し、桃香の隣で傍観者となっていた。

「あれ、一刀さん。いつの間に?」

「いやぁ、流石にあの中に入るほど命知らずじゃないし。それに趙子龍が相手じゃ、流石に分が悪すぎるからな」

そうやって苦笑する一刀の声は、しっかりと趙雲の地獄耳に拾われていたようで。彼女はまたニヤリと悪戯っぽく笑った。

「なるほど、やはり貴方も、なかなか油断のならぬ御仁のようだ」

「へ?」

「我が子龍の字を、いつお知りになられたのか?」

確かに、彼女はもちろん公孫賛も、まだ趙雲の字は口にしていない。

少し安易だったかなぁと思いつつ、一刀はとりあえず誤魔化しを試みた。

「いや、まあ・・・それよりも、趙雲殿はいつ頃から公孫賛殿の下に居られるので?」

「・・・ふっ、まあよろしい。ここは誤魔化されておきましょう」

自分でも酷いと思う急な話題転換に、わざと乗って来てくれた趙雲に感謝しつつ、その質問も気になっていたのは事実なので耳を傾ける。

「私は数年前から諸国を放浪しておりましてな」

「諸国を放浪・・・ですか?」

「ええ。この乱世を共に駆け抜けたいと思える、徳高き主君を探している。伯珪殿とは、その過程で一年ほど前に知り合いました」

「へぇ・・・それでは、公孫賛殿が趙雲殿の探し求めていた主君ということですか?」

「いえ、今の私はあくまで客将という身分。伯珪殿には、借りがあるので返しているに過ぎない」

「おいおい。よく本人の目の前でそんなこと言えるな」

趙雲の言に、公孫賛は苦笑しながらも、怒ってはいないように見える。やはりそれは、二人の間に信頼関係があるからか。

「それでは、またここを出ていくかもしれないと?」

「それは、今のところは何とも言えませんな。伯珪殿が、これからどのような主君になっていくかにも由る」

「相変わらず、趙雲は手厳しいな。・・・それより桃香、今日はもう遅い。兵たちも含め、今宵はここで休んでいかないか? もちろん、糧食も提供しよう」

「本当!? ありがとう、白蓮ちゃん! 助かっちゃうよ〜♪」

まだまだ弱小勢力の劉備軍は、慢性的な糧食不足だ。本来ならばこれから強行軍で啄県まで帰らなければいけなかったことを考えると、それはとても魅力的な申し出である。

こうして一刀たちは公孫賛の申し出に甘え、戦い疲れた兵士たちと共に、しばしの休息を取るのであった。



13話へ続く


後書き

恋姫演舞、第12話をお送りしました!

前回より引っ張ってきた割には、戦争シーンはだいぶ割愛しました。

黄巾との戦いは二度目ですし、前回の波才が率いていた軍より数は多いものの、質でいえばどちらもどちらなので。

それ以上に、公孫賛、超雲との絡みを前面に出してみました。次回は、超雲――つまりは星との拠点フェイズとなりそうです。

それでは、また13話でお会いしましょう^^



2009.5.16  雅輝