「はわわ・・・」
「すごい・・・」
一時は死も覚悟した二人の眼前では、その覚悟すら霞んでしまうほど鮮烈な光景が広がっていた。
諸葛孔明と鳳士元。後に蜀の二大軍師となる二人の命を救ったのは、黒のカンフー服をその身に纏い、両の手で一対の柳葉刀を操る青年と、自分の身長の二倍ほどある蛇矛を振り回す、まだ自分たちと同じ年頃と思われる赤髪の少女。
しかし相手は、悪名高い黄巾党。しかもその数は六百に昇るという軍勢に対して、二人――しかもその内一人は少女――ではどうしようもないと思った。
だが、蓋を開けてみれば。
「りゃああっ!!」
赤髪の少女――鈴々がその蛇矛を豪快に薙げば、その小さな体に殺到していた大の男たちはたちまち吹き飛ばされ。
「はぁっ!!」
双刀使いの青年――一刀がその裂帛の気合と共に舞うように敵陣をすり抜ければ、いつの間にか急所を斬られていた幾人もの黄巾党が地に伏せる。
賊徒たちにとって、追いかけてきた獲物である老婆と二人の少女は目の前だ。しかし誰ひとりとして、その元まで辿り着くことが出来ない。
それは一刀と鈴々が、敵を後ろの三人に近づかせないことを前提に戦っているからであり。
既にその場は、突然現れた二人の闖入者によって、完全に支配されつつあった。
「くっ、何だこいつら・・・野郎ども、撤退だっ!」
そして死に絶えた黄巾の屍が百を超える頃、ようやく圧倒的なまでの武力の差を理解した別動隊の長は、歯軋りしながらも部下たちに撤退を命じた。
それは賢明な判断だと言える。この場は一度引いて五千の本隊と合流さえ出来れば、それこそ数の暴力で圧倒できるのだから。
今は悪戯に兵力を損なうよりは、温存して次回の戦いに備える。第一、今ここで無茶をしてまで老婆と少女たちを襲うメリットは、どこにも無いのだから。
「・・・ふはあ〜」
「流石に疲れたのだ〜・・・」
そうして潔く撤退していった黄巾の軍団が、遥か遠方に消えていくのを確認し終えた一刀と鈴々は、まるで糸が切れたかのようにその場にへたり込んだ。
それも当然か。何せ一里の距離をほぼ全力で走り抜いた後に、休みなしでそれぞれ五十を超える敵を斬り捨てたのだ。疲れない方がおかしい。
「あ、あの!」
「ん?」
そんな二人に掛かる声。一刀が振り向くと、そこには先ほど自分たちが助けた少女が二人、こちらをじっと見据えていた。
「あ、ありがとうございました。貴方達が来てくれなければ、どうなっていたことか・・・」
まず口を開いたのは、特徴的なショートボブの金髪の上に、ちょこんと小さな帽子を乗せた少女。
「命の恩人です・・・」
そして続いて、もう一人の少女も消え入りそうな声でそう告げる。青とも水色とも付かないツインテールの上に乗っている、魔女が被るような大きなとんがり帽子が何とも印象的だ。
「いや、怪我がなくて何よりだよ。お婆さんも、大丈夫でしたか?」
「ええ、ええ。本当に助かりました。それで失礼ですけど、あんた方は・・・?」
おずおずと尋ねられた素性に答えたのは、一刀ではなくえへんと胸を張った鈴々だった。
「鈴々は、張飛なのだ!」
「こらこら、それじゃあ説明にならないだろ? ・・・俺たちは、西の啄郡から、黄巾党討伐のためにやってきた者です」
「官軍さんかえ?」
「まあ・・・正確には違うような気もしますが。啄県の県令と共にやって来たのは確かです」
「啄県・・・雛里ちゃん」
「うん、朱里ちゃん。きっと間違いないよ」
二人の少女が何やら囁き合っていたが、よく聞こえなかったのでとりあえず置いておくことにした一刀は、とりあえずと老婆の前でしゃがみ込んだ。
「さあ、行きましょう。ここにいつまでも居るわけにもいきません。俺たちが、安全な場所まで案内します」
「護衛は鈴々に任せるのだ!」
こうして、一刀は背中に負ぶった老婆と共に、鈴々は蛇矛を片手に周りを警戒しながら、走って来た道を逆行し始める。
――何の迷いもなく老婆を背負った一刀の背中を見つめながら、二人の少女がある決意を固めていることも知らずに。
真・恋姫†無双 SS
「恋姫†演舞」
Written by 雅輝
<11> 臥龍と鳳雛(後編)
本隊と合流した一刀たち先遣隊は、何度も礼を述べる老婆を別の隊に任せた後、緊急の軍議を開いていた。
それは一刀が二人の少女――諸葛亮と鳳統の懇願を受けたためであり、難色を示していた彼がその二人の名を聞いた途端、驚きと共に慌てて軍議を開くように桃香に進言したためである。
「――つまり、貴公らを我が軍の戦列に加えて欲しいと?」
「は、はい・・・」
「うぅ・・・」
そして端的にその目的を聞き終えた愛紗は、怪訝そうに少女たちに確認した。いや、確認というよりは、「本気なのか?」という若干の呆れも含んでいる。
「・・・一刀殿。どうして軍議を開かれたのです?」
愛紗の刺々しい視線が、今度は一刀へと定まる。その言葉は言外に、何故無駄な時間を取らせたのかという意味であり、しかし一刀も自信を持って愛紗の問に答えた。
「はは・・・それは彼女たちが、今の劉備軍に最も必要な人材だからだよ」
「? それってどういうこと?」
と桃香。軍議には、最高責任者である桃香も当然のことながら参加しており、少なからず愛紗と同意見だった彼女は一刀に首を傾げてみせた。
「・・・俺はこの二人が桃香、君を導く軍師になり得る存在であると・・・知っている」
「え?」
「軍師・・・ですか?」
自信満々な一刀の様子に、桃香は驚き愛紗は尚も怪訝の色を濃くする。そんな中、「あ、あの!」とそれまで黙っていた少女が声を上げた。
「わ、私は諸葛孔明でしゅっ! はわわ、噛んじゃった・・・」
「私は、んと、えと、その、ほと、鳳統でしゅ!」
「「「・・・」」」
突然の自己紹介に、呆気に取られる三人。いや、そもそも自己紹介であったのかすら怪しい。
「あはは、二人ともカミカミすぎなのだ〜」
そこに鈴々の呑気なダメだしが入り、二人はますます縮こまってしまったものの、再び顔を上げて、必死な表情で自らの想いを語る。
「あ、あのですね、私たち荊州にある水鏡塾っていう水鏡先生という方が開いている私塾で学んでいたんですけど、でも今この大陸を包み込んでいる危機的状況を見るに見兼ねて、それで、えっと・・・」
「力の無い人たちが悲しむのが許せなくて、その人たちを守るために私たちが学んだことを活かすべきだって考えて、でも自分たちの力だけじゃ何も出来ないから、誰かに協力してもらわなくちゃいけなくて・・・」
「それでそれで、誰に協力してもらえばいいんだろうって考えた時に、啄県に善政を敷きながら黄巾党を締め出している県令様がいるって噂を聞いて」
「それで色々話を聞く内に、劉備様が考えていらっしゃることが私たちの考えと同じだって分かって、協力してもらうならこの人だって思って」
「だから、あの・・・私たちを戦列に加えてください!」
「お願いします!」
その口調こそ先程とあまり変わりはしないが、それでも真摯な想いを精一杯表現する。代わる代わる繋げて語ったその言葉の数々は、きっと彼女たちの本当の気持ちなのだろうと、少なくともここにいる面々は気付いた――いや、気付かされた。
先ほどは理由も聞かずに突っぱねようとしていた愛紗も、流石にここまで言われて無碍に断るような冷たい人間ではない。
だがそれでも、戦場とは非情にならざるを得ない場所。そして相手が目の前にいるような少女ともなれば、尚更心を鬼にしなければならない。
「諸葛孔明に鳳統か。そなたたちの真摯な気持ちは、確かに伝わった。だが、仮に戦列に加わったとして、貴公らに何が出来る?」
鈴々と同年代だと思わせる小さな体躯を見つめながら、愛紗は問う。しかし今度は先ほどのように臆したりせず、その釣り目気味の眼差しをしっかりと見返して、二人の少女は「自分たちが出来ること」を堂々と語った。
「劉備軍は、一騎当千の武将を何人も有し、軍を率いる玄徳様の人徳も高いですが、率いる兵の数が少ないと聞きました」
「本来ならば、敵よりも多くの兵士を用意するのが用兵の正道ですが、それが無理な以上、戦力の差を覆すには策あるのみです」
「だからこそ、私達が勉強してきたことが役に立つかと思います」
「べんきょーって、どんなことをしてきたのだ?」
「えっと、孫子、呉子、六韜、三略、司馬法・・・それに九章算術、呂氏春秋、山海経・・・後はいくつかの経済書と民政書を勉強しました」
「うわー、それ全部勉強して覚えたの?」
「・・・(コクッ)」
「すごーい! 愛紗ちゃん愛紗ちゃん! この子たちってば、もしかしてとってもすごい子かも!」
「むぅ、そうですね。私も孫子の兵法書は読みましたが、それ以外は名前を微かに聞いた程度。もし本当なら、末恐ろしい人材です」
主君である桃香に、そしてどこか否定的な雰囲気を出していた愛紗にまで褒められた二人は、顔を見合せて照れるように微笑んだ。
「・・・桃香、愛紗、鈴々、どうだろう。今のご時世、これだけの才能の芽を潰すのは、あまりにも惜しいと思わないか?」
そして再び二人の少女を薦める一刀に、桃香は嬉々として、愛紗は納得して、鈴々はいつもの笑顔で、それぞれ頷いたのであった。
「そういうことで・・・二人とも、俺たちに協力してくれるかな?」
「は、はひっ!」
「がんばりましゅ!」
「ありがとう。・・・そういえば、自己紹介がまだだったかな」
「そういえばそうだね。・・・コホン。私は劉備、字は玄徳。真名は桃香だよ♪」
しゅり
「はわわ、もう真名までお許しに・・・。わ、私は姓は諸葛、名は亮、字は孔明。真名は朱里です! 朱里って読んでください!」
ひなり
「えとえと、姓は鳳で、名は統で、字は士元で、真名は雛里って言います。あの、よろしくお願いします!」
「朱里ちゃんに雛里ちゃんだね? こちらこそ、これからよろしくね!」
「はひっ!」
「桃香様、よろしくお願いしましゅ!」
まだ噛んでいる二人に苦笑が零れる中、次に名乗りを上げたのは鈴々だった。
「鈴々は張飛で、真名は鈴々なのだ!」
「だったら、私も名乗らないわけにはいかないな。私は関羽、字は雲長、真名は愛紗という。朱里、雛里、これから宜しく頼む」
「こ、こちらこそ!」
「あぅ・・・!」
頭を下げた朱里に倣い、雛里も慌ててペコンとその大きな帽子を揺らす。
そうして、一同の視線はまだ自己紹介していない一刀に向けられ、彼は苦笑しながらも二人に名を告げた。
「俺は北郷一刀。真名は無いから、一刀って呼んでくれ」
「えっ、真名が無い・・・?」
「それって・・・?」
『・・・あぁ、そっか』
二人の疑問は、尤もと言える。
この時代、真名を持たない人間など居ない。人は生まれながらにして、親に名や字とは別の神聖な名を頂く風習があるからだ。
「あ〜、それはまた別の機会にでも話すよ」
「「??」」
別に隠すようなことではないが、今は曲がりなりにも行軍中。それも公孫賛を助けに行く途中だ。
そしてただでさえ時間が無い中、農民たちを助け、緊急軍議も開いた。出来れば先を急ぎたいところである。
「さて、話もまとまったことだし、そろそろ出発しよう」
「あっ、そうだね。白蓮ちゃんが手遅れにならないように、急がなくちゃ!」
「手遅れって・・・桃香お姉ちゃん」
「何気に酷いことを言いますね」
「まあ、天然なんだろうけどな」
急にやる気になった天然主君を温かい目で見守りつつ、一行は再度行軍を始める。
そして新たに仲間となった朱里と雛里。二人の真価を発揮する機会は、千五百対五千超という戦力差ある戦場で、早々に訪れるのであった。
12話へ続く
後書き
皆さん、こんばんわ! 第11話、「はわわとあわわ」の後編をお届けしました(笑)
今回の話で、朱里と雛里が正式に劉備軍の軍師として所属することとなりました。・・・まあ、カミカミですけどね(汗)
ちなみに、冒頭の戦闘シーンは省略しました。まあ相手は黄巾党なので、5話と同じような感じと思って頂ければ。
とりあえず、朱里と雛里の活躍は次話かなぁ。本当に書くの難しそうだなぁ;;;
まあ、温かな目で見守ってやってください。