「・・・え?」

突然目の前で起こった出来事に、由夢は目をパチクリとさせながら呆然と立ち尽くした。

目に映るのは、同じく何が起こったのかまだ把握していない様子の義之と、そんな彼の腕に嬉しそうにしがみついている一人の少女。

この学園なら誰もが知っているだろうその少女は、二つに結んだ長い髪を揺らしながら義之に悪戯気に微笑んでいた。

「な、ななか?!」

「うん、ななかだよっ♪」

義之にななかと呼ばれたその少女――学園のアイドルこと白河ななかは、焦った義之の声に眩しいくらいの笑顔で答えたのであった。





D.C.U〜ダ・カーポU〜 SS

             「自由な夢を・・・」

                      Written by 雅輝






<9>  学園のアイドル





「ふふ♪」

「む〜〜」

「あ〜・・・」

未だに義之の腕から離れないななか、唸り声を上げる由夢、途方に暮れる義之。

三者三様の反応だが、その感情は見事に喜・怒・哀(?)を表していた。

『・・・天国だけど地獄だ』

義之も健全な高校生なので、学園のアイドルと呼ばれるほどの美人に抱きつかれれば勿論嬉しい。

しかし、真正面から放たれている殺気まがいの睨みは正直耐えられたものではなかった。

「ななか?一旦離れてくれれば、俺としても嬉しいのだが・・・」

というかそろそろ離れてもらわないと、後でこの目の前の妹に何をされるかわかったものではない。

最悪、罵詈雑言を並べられた後、音姫にリークされて正座3時間の刑に処せられるかもしれないのだ。

「うん?ちょっと待ってね・・・」

ななかはそう一言置くと、そのままの体勢で何かに集中するように瞳を閉じる。

そして身近にあるその長い睫毛に義之がドキドキし始めたときには、既に彼女はしがみついていた腕を開放していた。

「そっかそっか。ごめんね?由夢ちゃん」

「え?」

何かに納得したように頷きながら由夢に対して微笑むななか。

一瞬きょとんとした由夢だったが、すぐに優等生モードに戻り言葉を発する。

「な、何の事ですか?・・・それにどうして私の名前を?」

「まあまあ気にしないで♪由夢ちゃんって、結構この学園では有名なんだよ?」

それは事実だった。

優等生モードのおかげか、姉の音姫も含め才色兼備の姉妹として全男子生徒の憧れの的なのである。

「そ、それは白河先輩だって・・・」

「ななかでいいよ」

「え?」

「な・な・か」

「・・・ななか先輩だって同じでしょう?」

「まあ自覚が無いって事はないんだけどね。でもやっぱり大勢より、自分が想っている一人に好かれた方が嬉しいなぁ・・・ね?義之くん♪」

「へ?」

ななかと由夢の会話を何となく傍観していた義之は、まさか自分にふられるとは思ってもいなかったらしく、その意味深な台詞を理解したと同時に顔を赤らめてしまった。

「え、え〜っとだなぁ・・・」

『どうする?どうするよ、俺!っていうかななかは本気で言ってるのか?・・・まあここは軽く受け流しておく方が無難だな』

「あ、ああ。まあそういう考えもあるんじゃないか?はは、はははは」

「うんうん、そうだよねぇ。で、義之くんももちろんそう考えてるんだよね?」

しかし、それで逃してくれるほどななかは甘くなかった。

悪戯っぽい笑顔と共に、確実に義之の逃げ道を潰してくる。

「そ、そうだね・・・」

間近に映る学園のアイドルの微笑を、義之が拒絶できるわけもなく・・・。

「じーーーー」

『う・・・由夢の視線が痛い』

結果、由夢の妙に冷めた視線が、容赦なく義之に襲い掛かる。

普段ならすぐに突っかかってくる由夢の無言状態は、背筋が凍りそうなほど寒気がした。

「ななか先輩。まだ風紀委員としての仕事が残っていますので、私はそろそろ失礼しますね」

そしてフイと義之から目線を逸らせた由夢は、極上とも言える優等生モードでななかに挨拶をすると、顔を引き攣らせている義之には目もくれず一礼してから静かにその場を去っていった。

「・・・ねえ、由夢ちゃんと喧嘩でもしてるの?」

「・・・いや、気のせいだろ?・・・はぁ」

まさかななかのせいだと言える筈もなく、義之は曖昧な返事をすると彼女に聞こえないように小さくため息を吐くのであった。







吐く息は白く、木枯らしが吹き荒ぶような寒空の下。

全国各地ではとっくに葉を散らしている樹木達も、この初音島には”例外”がある。

灰色の冬空には似つかわしくない満開の桜並木を、義之とななかは並んで歩いていた。

「最近また寒くなって来ちゃったね〜」

「ああ。しっかし冬に桜っていうのは、やっぱりおかしいよなぁ・・・」

ひらりと、また一枚花びらが目の前に落ちたのを見て、義之は歩きながらぼんやりと呟いた。

「そだねぇ。私達にはこれが当たり前なんだけど、本島の人たちから見るとやっぱり異常なんだと思うよ」

「だよなぁ。まあ綺麗だし、桜って結構好きだから別にいいんだけどな」

「へえ、そうなんだ。意外かも」

「? 何が?」

「義之くんが桜を好きっていう事。何か変わったのが好きそうだし。・・・サボテンとか?」

「おいおい・・・」

「あはは♪冗談ジョーダン」

「ったく」

白い息を弾ませながら、楽しげに会話をする二人。

そもそも二人が知り合ったのは軽音楽部に所属していた渉と小恋の紹介で、その時ななかはそのバンドでボーカルをやっていた。

しかしバンドのメンバーの一人が途中で抜けてしまい、今となってはバンド自体は空中分解状態である。

まあそれはさておき、ななかは初めて会ったはずの義之の事をまるで親友のように気さくに接し、すぐに親しくなった。

それ以来何かにつけては先程のような激しいスキンシップを仕掛けてくるようになり、そろそろ背中から刺されてもおかしくない程男子からは羨望と憎しみの対象となっている。

「あっ、そうだ義之くん」

と、少し先を歩いていたななかが何かを思い出したかのように声を上げ、スカートをふわりと棚引かせながら振り返った。

「ん?」

「明後日さ、時間空いてる?」

「明後日?」

明後日と言えば、勿論クリスマスパーティー本番である。

正確には明日から開催となるのだが、明日はまだほとんどの出店などは開店せずちょっとしたイベントが数点組み込まれるのみとなっている。

「うん、良かったらさ、一緒にクリパ回らない?今ならもれなく小恋も付いてくるよ?」

にやりと小悪魔っぽい笑顔。

義之自身もななかを紹介された時に初めて知ったのだが、ななかと小恋は幼馴染なのだそうだ。

ちなみに小恋も影でファンが多いので、一般の男子生徒なら金を出してでもななかと小恋を両隣に置けるこのプラチナチケットを買おうと必死になるだろう。

「一緒に、ねえ・・・」

しかし、義之の頭にはある事が引っかかっており、それが彼の決断を鈍らせていた。

確かに魅力的な提案ではある。

イブの日に、学園のアイドルと影のアイドルが隣に居てくれるのだ。

義之も健全な男子学生であるから、このシチュエーションはかなり捨て難い。

だが、義之の脳裏には由夢の台詞が幾度もチラついていた。

――「兄さん、明後日誰かと回る約束とかしてますか?」――

――「も、もし良かったら私と・・・」――

結局はななかの登場で最後まで聞けなかったが、さすがにそこまで言われて何の事か分からないほど義之は鈍感ではなかった。

『・・・ま、違ってたら違ってたでしょうがないか。あ〜、もったいねえ』

心の中ではそう悪態を吐いているが、どこか遠くを見ている義之の目はひたすら優しい。

「・・・えいっ」

「わっ?」

その様子に何を思ったのか、突然ななかは真剣な顔になると義之の両手をぎゅっと握った。

「・・・」

「な、ななか?」

「・・・な〜んだ、そっか」

「へ?」

「何でもないよ。あっ、そうそうさっきの一緒に回るって話だけど、やっぱりやめにして貰っていいかな?」

「えっ?」

「小恋にね、二人っきりで回ろうって言われてたのをすっかり忘れちゃってたよ」

たはは、と苦笑しているが、その様子はどこかぎこちない。

気のせいかもしれないが、義之にはその笑顔がいつものななかのものではないように感じられた。

「・・・そっか」

でもその真意が掴めない以上は、そう答えるしかできない。

「そうなのです・・・っと。それじゃあ私はこっちだから」

そう言ってななかがシュタッと手を上げたのは、丁度桜並木を抜けた辺りだった。

「じゃあね、義之くん♪」

「あ、ああ。じゃあな」

どことなく釈然としない気持ちを抱きながらも、振られた手に片手を軽く上げて返す。

ななかはそれに満足したのか、もう一度笑顔を見せると颯爽と背を向け歩き出してしまった。

「・・・まあいっか。断らずに済んだと考えれば」

壁に耳有り障子に目有り。

まだ学生が多く残っているこの場所で、義之が先程の羨ましい誘いを断っていたところを誰かに目撃されたら・・・。

「・・・ブルッ」

想像するだけで寒気のする考えを無理矢理追いやり、義之は心無し寒くなった手をポケットに入れ直してから帰路へと着いたのだった。







「はぁ・・・」

もうそろそろ暗くなりつつ風見学園の校舎。

準備の最終確認をしていたのであろう生徒達も、ちらほらと帰り始めたそんな頃。

特別教室棟の廊下に、一人の少女のため息が広がった。

「結局、誘えなかったなぁ・・・」

一人での見回りもそろそろ飽きてきて、ついついそちらへと思考は傾いてしまう。

そして脳裏に蘇るのは、義之に親しげに抱きついていた学園のアイドル。

「まさか白河先輩が兄さんと知り合いだっただなんて・・・それもかなり親しそうだったし」

今でもあの義之の緩んだ顔を思い出せば怒りが湧いてくるが、それ以上に気持ちが沈んでしまう。

「白河先輩に、小恋先輩に・・・お姉ちゃん。もう、何で兄さんの周りにはこんなに強力なライバルが多いんだろう?」

そして、その中でも・・・いや、今現在義之に最も近い人物は――――。

「お姉ちゃん・・・か」

妹という色眼鏡を加味しても、姉である音姫の容姿は並ではない。

普段はおっとりとしているが、生徒会長を任されている事からわかるように仕事はきっちりとこなすし、何より優しい。

それは同級生にも、下級生にも、自分に対しても。

そして何より・・・弟のような存在の義之に対して。

さらに義之も、音姫には絶大な信頼を置いているのがわかる。

傍目から見ると仲の良い姉弟というよりは、カップルに近いものを感じるほどだ。

「・・・クリパはお姉ちゃんは忙しいだろうから、チャンスだと思ってたんだけどなぁ」

もう自分から言う勇気は持てなかった。

いっそのこと、義之から誘ってはくれないだろうか?というかなりご都合的な考えも浮かぶが、すぐに打ち消す。

『どうせ、今頃白河先輩といちゃいちゃしてるんだろうな・・・むっ、何だかムカついてきた』

慕っている姉に対する、そして今のななかに対するこの感情の正体はわかっている。

でも、それを妹が兄にぶつけるくらいは許されるのではないだろうか?

「ん〜、やっぱりお姉ちゃんへの報告は欠かせないかな?後は・・・」

由夢の可愛い嫉妬心に、義之はどんな反応を示すだろうか。

沈んでいた心を義之への復讐(?)で無理矢理上昇させた由夢は、その算段をしながらカバンを取りに自分の教室を目指すのだった。



10話へ続く


後書き

おっ、何とか1週間で更新できましたね。自分でもびっくりです。

やっぱり部活を引退したので学校がある日でもある程度は時間が取れるのが大きいのでしょうか。


ま、それはさておきどうでしたでしょうか?

何かあまりストーリー的には進んでいませんが、まあ今回はななかの紹介も兼ねて・・・ということですしね。

ふと思ったのですが、ななかとTのことりって結構違いますよね?

性格にしても、喋り方にしても・・・ん〜、でもどっちも捨て難い!(←馬鹿)

・・・と、話が脱線して来ましたので、今日はこの辺で。

さよならっす^^(謎



2006.9.8  雅輝