クリスマスパーティー1日目。
この一大行事を祝福するかのように晴れ渡った冬空の下、ここ風見学園の体育館では開会式同然の全校集会が執り行われていた。
今日は明日の2日目に向けての前夜祭のようなものなのだが、それでも全校生徒でひしめきあっている体育館は高揚の熱気に包まれている。
「皆さん、静かにしてください」
そんな館内に、学園長――さくらの声が凛と響く。
マイクで拡張されているとはいえ、決して大きいとは言えないその声にざわめきが少しずつ消えていき・・・数秒後には誰も雑談をしようとする者はいなくなっていた。
『・・・さすがはさくらさんだな』
さくらの登場までは杉並や渉と馬鹿話に興じていた義之も、口にすることはなく感心した。
この学校では、さくらは学園長というよりはむしろマスコット的な存在だった。
誰に対しても分け隔てなく接し、特有の人懐っこい笑顔を振りまく。
さらにその見た目から先生というより同級や友達感覚に近く、生徒からは絶大な人気を誇っていた。
でも、それはそれ。
いくら同級生感覚とはいえ、さくらが真面目に仕事をしていないわけではない。
皆もそれがわかっているからこそ、ちゃんとこういう時は彼女を”学園長”として扱ってくれるのだろう。
さくらはすっかり静まり返った館内に、一度にっこりと笑顔を見せると、すぐに学園長としての顔に戻りパーティーに関する諸注意を述べていく。
「――というわけで、開催は本日の二時からです」
「皆さん、風見学園の生徒として、節度ある行動を心掛けるようお願いします」
「私からの挨拶は以上です。それでは皆さん、思う存分クリスマスパーティーを楽しんでください!」
そして最後にまたにっこりと笑顔を見せたさくらの宣言と共に、風見学園のクリスマスパーティーは開幕した。
D.C.U〜ダ・カーポU〜 SS
「自由な夢を・・・」
Written by 雅輝
<10> 2−1の出し物
「さってと、今日はどうすんだ?義之」
体育館から自分達の教室へぞろぞろと移動する群集の中、義之は肩に置かれた手と共にその持ち主を見遣った。
「・・・なんだ。渉か」
あることを考えていた義之はワンテンポ遅れた返事を返し、その様子に渉はため息を吐く。
「はぁ。おまえ「なんだ」はないでしょーよ。何か考え事か?」
「ん、なんてゆーか・・・」
義之は口を開くが、言葉を濁すようにまた閉ざす。
『う〜ん、こいつに由夢のことを話してもなぁ』
もし渉に「由夢をどうやって誘おうか悩んでいる」なんて言おうものなら、「こんのラブルジョワめぇぇぇ!」とか言って泣き出してしまうかもしれない。
しかし嘘はつけない。
別に聖人君子を気取っているわけではないが、渉は他人の女性関係になるとやけに勘が鋭くなる節がある。
この場で作った嘘など、一発でばれてしまうだろう。
「・・・由夢と喧嘩しちまってな。その事で色々と考えてんだよ」
結局出たのは、真実から少し離れた事実。
確かに間違ってはいないが、そのニュアンスは微妙に異なっている。
「ん〜、そーかそーか。まあ頑張りたまえ」
「・・・?」
にやにやしながら肩をポンポンと叩いてくる渉に、義之は疑問を覚えた。
『どうしたんだ、いったい?・・・いつものこいつなら
「こんのやろ〜、喧嘩できるだけありがたいと思えよ?俺たち一般ピープルは喧嘩はおろか話すことだってなかなか―以下略」
くらい言ってきそうなものなのになぁ』
そんな義之の不審な顔に気付いたのか、渉は益々笑顔になって少し誇らしげに胸を反らす。
「はっはっは。まあ、明日”月島”たち雪月花と一緒にクリパを周る俺には関係の無い話だけどな」
普段あまり耳にしない高笑いを上げながら、”月島”の部分をやけに強調して話す渉。
「・・・へぇ、あの小恋がね〜」
ただ自慢をしたかっただけなのだろう――あまり由夢の話とは関連性のないその言葉に、義之は特に何を思うでもなく素直に感心していた。
渉が小恋を好きだと言うことは今までの彼の行動で何となくわかっていたが、小恋は渉のことを恋愛対象として見ていないと思っていたからだ。
「おう!一週間前から頼みまくって、ようやく一昨日OKを貰ったんだ」
嬉しそうに語る渉に、義之は苦笑しながら心の中で呟いた。
前言撤回。
おそらく小恋がOKしたのは、あまりの渉のしつこさに”嫌々”だったに違いない。
そう考えれば杏と茜が一緒なのも納得できる。
義之はその場面を、頭の中でシミュレートしてみた。
――――。
――。
「なあ、頼むよ月島ぁ〜〜」
「えぇ?私はいいよぉ」
「そんなこと言わないで。なっなっ?この通り」
「そんなこと言われても・・・」
「お願いします〜、月島様〜〜」
「ちょっ、渉くん!足から離れてよぉ」
「づ〜ぎ〜じ〜ま〜〜」
「・・・はぁ、もうわかったよ」
「ホントかっ?」
「あっ、そ、その代わり杏と茜も一緒だからねっ?」
「何っ?それは何てラッキーな・・・はっ、いやぁ残念だなぁ。俺は月島と二人の方が良かったのになぁ、うんうん」
「じとーーー」
「そ、それじゃあ月島、当日は宜しく頼むぜ?じゃあな〜」
「・・・」
「・・・はぁ。早まっちゃったかなぁ」
――。
――――。
「・・・ハッ」
浮かんできたかなりリアルなビジョンに、義之は思わず鼻で笑ってしまった。
たぶん自分の想像は8割以上当たっているだろうと考えると、小恋に同情を禁じえない。
それに付き合わされる杏と茜もとんだ災難である。
「でもおまえ、お化け役のシフトはどうするんだよ?全員時間なんて合うのか?」
そう、義之のクラスの出し物はお化け屋敷であるが故に、3年3組は男子はおろか女子もお化け役をしなくてはいけない。
これは男女平等に自由時間を設けられるように委員長が出した案であり、皆も「まあ仕方ないか」という感じで了承した。
なので、シフトは2日間に渡って均等に配置されているため、あまり多くの時間は取れないはずなのだが・・・。
「ふっふっふ、心配すんなって。ちゃんと今日と明日の午前にシフトを集中させたから、明日の午後からは休みになってるはずだ」
「いや、だから・・・小恋たちも休みじゃなきゃ意味ないじゃねーか」
「・・・」
笑顔のまま固まる渉。
どうやら義之の予想通り、そこまで頭が回らなかったらしい。
「のおおおぉぉぉぉぉっ!!しまったぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「おわっ」
いきなりの渉の絶叫に、義之が軽く仰け反る。
「今ならまだ間に合うかもしれん!義之、俺は先に教室に戻ってるぞ!?」
「お、おう」
「お前もさっさと由夢ちゃんと仲直りしろよ?んじゃな!」
渉は最後にそう告げると、義之の返事も待たずに走り始める。
「待ってろよぉぉぉ、月島ぁぁぁぁぁぁっ!!」
と、かなりイタイ台詞を叫びながら・・・。
「相変わらず詰めが甘いというかなんというか・・・ま、頑張れよ」
義之はそんな親友の背中に一応応援の言葉を呟くと、進路を自分の教室ではなく2年の教室へと向ける。
「さってと・・・俺もお姫様の機嫌でも取ってきましょうかねぇ」
わざとおどけて言った独り言は、周りの群集のざわめきに埋もれ、消えていった。
「さて・・・来たはいいが、何も考えてなかった俺を許してください」
由夢のクラスである2年1組の教室の前の廊下で、窓際の壁に寄りかかりながら意味不明な台詞を吐く義之。
幸いにもと言っていいのか、その廊下には生徒はほとんど出ておらず、義之の呟きを不審に思うものはいなかったが・・・。
しかしそれは逆に言えば、廊下に人がいないため自ら教室の中に入り由夢を呼ばなくてはいけないという事でもあった。
『はぁ、かったる。呼び出すにしてもこの雰囲気じゃ教室のドアすら開けにくいじゃないか』
義之は教室のドアの窓からチラリと中を覗き、もう一度ため息を吐く。
教室の中ではどうやら出し物の最後の調整を行なっているようで、各々が動き回ったり先生に確認を取ったりと忙しそうだ。
どうやら初日に開店する店が少ない中、義之のお化け屋敷と同様に今日から店を始めるらしい。
『・・・ん?そういえば由夢のところは何をやるんだっけ?聞いたような気もするけど・・・』
そんな義之の疑問も、教室を出てきた女子が抱えている看板を見てすぐに解消された・・・が。
「・・・は?」
思わず出てしまった呆けた声。
それもそうだろう、その看板にはカラフルな色と斬新なデザインでこう書かれていた。
”メイド喫茶 〜チェリー・ブロッサム〜”
「・・・・・・」
頭を抱えながら、義之は「そういえば・・・」と思い出す。
『あいつ、ウェイトレスをやらされるかもしれないって困り顔で話してたっけ』
普段見れないような困り果てた顔で「どうしよ〜」と呟いていた由夢を思い出し、義之はふっと笑いを零した。
「あっ、由夢ちゃんのお兄さん!」
「お?」
その声につられて顔を向けると、そこには看板を教室の前に掛け終えた先程の女の子が近寄ってくるところだった。
顔をよく見ると、割と一緒にいるのを見かける、由夢と仲良しな子だ。
「こんにちは」
「こんにちは。それにしても、メイド喫茶なんてよくやる気になったね。反対意見とか出なかったの?」
看板に目を向けながら呆れたように言う義之に、彼女はテヘっと照れたように笑顔を見せ口を開く。
「それがそうでもないんですよ。結構ウチの女子もあの制服を着てみたいって、やる気になっちゃって」
「もちろん反対意見も少なからずありましたけどね」と続ける彼女に、義之は教室の中を再度眺めて納得した。
もう既に着替え終えた数人の女生徒が、お互いの服を見ながら楽しそうに衣装の具合を確認し合っている。
「なるほどね・・・。あっ、そういえば由夢は?」
ここに来た目的を忘れかけていた義之は、この機会にと彼女に訊ねてみる。
「あ、はい。由夢ちゃんなら保健委員の呼び出しで、今は教室にはいませんよ?」
「・・・じゃあしょうがないか」
何だか無駄な時間を過ごしたような気分になった義之の口からは、思わずため息が漏れていた。
「・・・そうだ!お兄さん!」
「お、おおぅ?」
突然目を輝かせ始めた彼女に、義之は軽く仰け反りながらも言葉を返す。
「今日の4時からって暇ですか?」
「4時か・・・うん、確かその時間ならシフトにも入ってなかったと思うけど、何で?」
「まあまあ、お気になさらずに♪あっ、これウチの割引券ですから。ちゃんと4時に来てくださいよ?」
「へ?」
「それでは、私はまだ仕事が残ってるので失礼しますね。また後ほど会いましょう」
彼女は一気にそう捲し立てると最後にペコリと頭を下げ、教室へと戻っていった。
「・・・何だったんだ?いったい」
その場に残されたのは、呆然とした様子の義之と、その手に握られたチェリーブロッサムの割引券だけ。
「ま、いっか」
後頭部をポリポリと掻きながら、義之はそのチケットを胸ポケットに仕舞う。
そしてそろそろシフトの時間が迫っている事を思い出すと、少し急ぎ足で教室へと戻るのだった。
11話へ続く
後書き
ふう、ようやく書き上げることが出来ました。
この作品自体には2,3日しか掛かっていないのですが、もう一方の連載の方で筆が止まりまして・・・。
さらにテスト前なので、また更新が遅れるかも・・・orz
まあそれはさておき今回の内容なのですが、何かあまり進んでいない感じですね。
予定では1日目の話は1話で終わるはずだったのですが、渉とか渉とか渉のせいでやけに長くなりました(笑)
次回の話も一応考えてはいるのですが、1話でまとめれるかどうか・・・。
まあなんとかなるでしょ?(てきとー
そんでは、これにて^^