”ピーンポーン”

「お?」

作業をしているキッチンまで届いたインターホンの音に、義之はシチューをかき回していた手を止めて時計を見た。

料理に集中していたためまったく気が付かなかったが、既に時刻は午後7時を回っている。

「あっ、ボクが出るから義之君は続けて続けて」

と、珍しくこの時間帯に家にいたさくらがコタツから身を出し、玄関に応対へと向かう。

「・・・まあ誰かは分かってるんだけどな」

少量を小皿に取ってシチューの味見をしながら、義之は呟いた。

――来たということは、先ほど去り際に放った言葉は彼女にしっかりと届いていたのだろう。

「やっぱり人数分買っておいて正解だったか・・・」

あの時からかいすぎて多少機嫌が悪いかもしれないが、それでもここに来たのでその辺りはまだ安心できる。

知らず知らずの内に緩んだ頬のまま、義之はシチュー用の大皿を4枚、食器棚から取り出したのであった。





D.C.U〜ダ・カーポU〜 SS

             「自由な夢を・・・」

                      Written by 雅輝






<8>  朱に染まった頬





「もう後3日でクリスマスパーティーだねぇ〜」

”カチャカチャ”とスプーンが食器と交わる音をバックに、さくらがのんびりとした声で言った。

彼女も学園長として色々とそれ関係の仕事に追われているはずだが・・・その声を聞いている限りでは過労で倒れるというのとはまったく無縁のようだ。

「そうですね、毎日遅くまで残ってクタクタですよ」

その分がこちらに回ってきているのではと思うくらい、疲れた声を出す音姫。

そもそもこういった学園行事は、大抵生徒会で仕切ることになっている。

その生徒会を取りまとめる生徒会長は、それこそここ数日は目が回るほどの忙しさだったのだろう。

彼女の顔色も心持ち冴えなかった。

「大丈夫か?音姉」

「あっ、うん。心配してくれてありがとう。弟くんのシチューを食べているだけで、もう元気一杯になれちゃうよっ」

しかし義之が声を掛けた途端に元気になり、嬉しそうにシチューを頬張る。

「・・・なら良いけど」

『まだ強がりを言えるくらいなら、大丈夫かな?』

そう考え安堵のため息を吐く義之を、睨むように見つめてくる視線が一対。

「じとーーー」

「・・・どうしたね、由夢クン?」

何故かエセ中国人風に問う義之に、由夢はプイと視線を逸らすと

「や、何でもないよ」

と、再び止まっていたスプーンを動かし始めるのだった。





「――それで弟くん、杉並君の動向とか聞いてない?」

「いや、今回は俺にもあまり多くを語らなかったよ。”でかい花火を打ち上げないか?”とは誘われたけどな」

「はぁ・・・やっぱり当日はまゆきがマンツーマンディフェンスかなぁ」

「それはご愁傷様・・・。そうそう、そういえば杉並が俺に気が向いたら焼却炉に来いって――」

義之と音姫の談笑を聞き流しながら、由夢は黙々と食の手を進めていた。

そして考えているのは、3日後に開催されるクリパの事だった。

いや、正確にはそのクリパを”誰と一緒に回るか”なのだが・・・。

とにかく、今その候補は目の前にいる兄のような存在だけ。

これ以上候補を増やすつもりも、彼以外の男と回るつもりも由夢には毛頭無かった。

『でもなぁ、兄さん鈍感だし・・・。はっきり言わないと伝わらないよね』

でも、それが出来れば苦労はしない。

こんな時こそ、自分でも自覚している意地っ張りな性格を憎らしく思えるのだがそれはそれ。

なまじ今まで近すぎたため、何を今更という気の方が強いのだ。

「――だから俺は参加する気はないってば」

「本当に〜?・・・うん、でもお姉ちゃんは弟くんの事を信じているからね」

「お、おう・・・」

『・・・はあ』

目の前で展開されているまるで仲睦まじい恋人同士のような会話に、由夢は内心ため息をついた。

――自分も、我が姉と同じくらい素直で甘え上手なら苦労はしないのに・・・。

「ゆ〜めちゃん♪」

「わっ!」

どことなくご機嫌な声に振り向いてみると、至近距離で見つめるさくらの顔があったので由夢は思わず仰け反ってしまった。

さくらはその反応が分かっていたかのようにクスクスと笑うと、その悪戯っぽい顔を由夢の耳に近づけて・・・。

「あんまり意地を張ってると、義之くんを音姫ちゃんに取られちゃうよ?」

「さ、さくらさんっ!!?」

囁かれたその内容に、由夢は自分でも驚くほどの大声を上げてしまった。

頬が段々と赤くなっていくのが分かる。

「にゃははは♪」

しかしさくらは由夢の大声にも動じることなく、いつものように猫っぽい笑い方を見せるだけ。

『・・・やっぱり、さくらさんにはバレてるのかな?』

鈍感な義之は勿論、天然なところのある音姫にも知られていないと考えているのだが、おそらくさくらには自分の気持ちが分かっているのだろうと思ってしまう。

子供みたいな容姿で忘れがちだが、この目の前で笑っている人は博士号を幾つも持っている、IQ180の天才なのだ。

その関係だろうか、時折「心が読めるのだろうか?」と疑ってしまうほど鋭い時もある。

「・・・まったく、さくらさんには敵いませんよ」

一言そう告げると、また落ち着きを取り戻して――心持ち笑みを浮かべながら大好物のシチューを口に運ぶ。

「「?」」

突然赤い顔で大声を出した由夢と、未だにご機嫌な様子で微笑んでいるさくら。

この何とも言えない状況に、義之と音姫はお互い顔を見合わせて首を傾げたのだった。







カラッと晴れた冬空の下、クリパ前日にしてようやく義之のクラスの準備は全て整った。

照明担当に音楽担当、そしてお化け役担当のシフトを決め終え、一人また一人とすっかり恐怖の館と化した教室を出て行く。

そしてまた義之もさっさと家に帰るべく、学園の廊下を昇降口に向かって歩いていた。

「いよいよ明日か・・・」

クリパは過去に2回経験しているが、その時は杉並に巻き込まれて生徒会との”鬼ごっこ”に興じていたためゆっくりと見て回る時間さえ無かった。

まあ楽しくなかったと言えば嘘になるのだが、それでも今年は聖夜の雰囲気というのも味わいたいので自粛しようと思っている。

「あれ?兄さん、今帰りですか?」

「ん?まあそうだけど・・・。何で由夢がこんなところにいるんだ?」

そんな事をぼんやりと考えていた義之に声を掛けたのは、もうクラスの準備は昨日の内に全て終わったと自慢げに話していた由夢だった。

終わったのなら、勿論学校に来る必要など無い。

その上極度のめんどくさがり屋の由夢が、わざわざ休日に学校に来る筈ないのだが・・・。

「これですよ、これ。今は学園内の見回りをしているところです」

彼女が強調している腕の部分を見た義之は、「ああ、なるほど」と納得の声を上げた。

その腕には、目立つように黄色の布で作られ”風紀委員”と堂々と書かれた腕章が巻かれている。

「あれ、でもお前って確か保健委員じゃなかったっけ?」

「うん、そうなんですけど・・・風紀委員の友達が、風邪で寝込んじゃいまして。それで私が頼まれたんですよ」

「へぇ、相変わらず損な性格だな」

「人望があると言ってくださいっ」

義之の軽口にムッと顔を顰める由夢だが、突然はっとすると何やら周りをキョロキョロと見回し始めた。

そして周りに人がいないことを確認したのか、少し朱に染まった顔を真っ直ぐ義之に向ける。

その顔に、義之は不本意ながらも胸が高鳴ってしまった。

『なっ、何で俺は動揺してんだよ?妹同然のやつに・・・』

しかしそこは兄としての威厳を保ちたいのか、表にはそんな感情をまったく出さずに由夢の言葉を待つ。

「兄さん、明後日誰かと回る約束とかしてますか?」

「いや、まだ特に決まってないが・・・それがどうかしたか?」

「や、えっと、その・・・」

由夢が言いにくそうに言葉を濁す。

『おいおい、何なんだよその反応は・・・』

頬を染め、手をもじもじと絡ませながら言い淀むその姿はまるで――。

「に、兄さん」

「う、お?」

由夢の声にビクッと身体を震わせた義之は、明らかに動揺した声で反応する。

「も、もし良かったら私と・・・」

そして、由夢が意を決して口を開いたまさにその瞬間。

「よっしゆっきく〜〜ん♪」

――ガバッという擬音が出てきそうな勢いで、突然現れた一人の少女が義之の右腕に自分の腕を絡めるように抱きついたのだった。



9話へ続く


後書き

予定通りの進行で8話UPです。

でも来週からは本格的に学校の授業もスタートするので、もう1本の連載の事を考慮しても週1じゃ無理っぽいですね。

10日・・・最低2週に1回になるかも(汗)

まあけどクラブを引退したら、また元のペースに戻るかな?


さて、今回は少々中途半端なところで終わってますが、たまには良いかなぁと思いまして・・・。

連載らしく、続きを気になる展開にしてみたんですけど・・・抱きついたのが誰かくらいすぐに分かりますよね?

美夏もそろそろ出さないとなぁ(笑)


そんでは、また9話で会いましょう^^



2006.9.1  雅輝