”ガヤガヤ”
「ねぇ〜、この暗幕ってどこに使うんだっけ?」
「あれ?もう赤いペンキが無いよ。これって材料費で下りるよなぁ?」
「ここの順路ってさ、誰がスタンバイするんだっけ?」
クリスマスまで、もう既に残り3日を切っていた。
ここ風見学園は、どのクラスも放課後となるとクリスマスパーティー一色である。
それは義之のクラスである3年3組も例外ではなく、クリスマスパーティーでする出し物――お化け屋敷の準備に追われていた。
”どさっ”
「ふう、これで一段落かな・・・」
生徒会から新しい木材を譲り受けた義之が戻ってくると、丁度今日の作業も終わろうかという頃だった。
皆それぞれ今日の準備の後片付けに入っている。
「しっかし・・・凄いな、これは」
義之はすっかり様変わりした自分達の教室を眺め回して、改めて感心の言葉を呟いた。
杉並プロデュースというだけあって、そのクオリティーはもはや文化祭の出し物レベルでは無い。
予算の関係上造り自体はどうしてもチープになってしまったのだが、それでもそこは杉並。
人の心理を見事に突くような仕掛けや、お化け役の特殊メイク、さらにより能率的な効果音など、下手な遊園地より怖く仕上がっているだろう。
しかし杉並本人はほとんど作業には参加せず、時折覗きに来ては的確な指示を出してまた消えるのだった。
「まあどうせあのバカの事だから、また”何か”の準備でもしてるんだろうとは思うけど・・・」
「呼んだか?」
「おわっ!」
義之の呟きに対して、突然足元からニョキっと生えてきた杉並。
その摩訶不思議な行動はとても彼らしかったが、薄っすらと額に汗を掻いているのはやはり生徒会からのマークが厳しいのだろう。
微細な部分が所々破れたり擦り切れたりしている彼の制服が、生徒会との”鬼ごっこ”がいかに壮絶かを示していた。
「桜内、クリスマスパーティーで共にでかい花火でも打ち上げないか?」
「丁重にお断りします」
とてもじゃないが、今の杉並の様子を見ているとその”でかい花火”という名のイベントに参加する気にはなれない。
考える間もない義之の即答に、杉並はその答えを予想していたかのようにその端正な顔を歪めると、
「ふっ、そうか・・・まあ気が向いたら校舎裏にある焼却炉に来てくれ」
と言い残し、委員長が飛んでくる前にまたどこかに消えるのであった。
D.C.U〜ダ・カーポU〜 SS
「自由な夢を・・・」
Written by 雅輝
<7> ショーウィンドウの中
「んっ・・・もうこんな時間か」
今日の作業が終わり、教室にいる人の数もどんどん少なくなってきている。
つい先ほど帰っていった渉も含めて駄弁っていたせいか、教室に残っているのは義之と雪月花三人娘だけとなっていた。
「うわっ、寒いと思ったら雪降ってるじゃん」
ちらりと見えた廊下側の窓の外では、小粒の雪がはらはらと舞っていた。
義之はそんな雪を眺めながら、今日の夕飯の算段をする。
「うーん、今日はシチューにでもするか。となると材料は・・・冷蔵庫には無いから買い物して帰るか」
「・・・なんか義之くんって、いつでもお嫁に行けちゃいそうだね?」
主夫としてやけに生活感がついていた義之の呟きに、傍にいた茜が反応する。
「そうか?まあ料理は結構好きだけど・・・それ以外は面倒なだけだし」
事実、義之は掃除や洗濯といった作業はあまり好かない。
それでも洗濯は渋々やるし、掃除に関してはたまに来た音姫が一斉に家中を綺麗にしてくれるのでそれに甘えてしまっている状態である。
「でもでもぉ、料理できる男の人ってポイント高いと思うなぁ」
「それに関しては同感ね。うちに嫁に来て欲しいくらい」
「いやいや、嫁って・・・」
「あ〜ん、私も義之くん欲しいよ〜」
「はいはい、30年くらい経ってもお互いに相手が見つからなかったらな」
悪乗りする杏と茜の冗談も義之はわかっているので、いつも通りさらりと受け流す。
「まあそれは叶わないでしょうね。小恋がいるもの」
「え?・・・ふぇえ?」
「あっ、そっかぁ♪30年後なんて、もう孫の顔が見たくなる歳だもんねぇ?」
「ちょ、ちょっと二人とも〜、何を言ってるのよぉ?」
「何って・・・ねえ?」
「ねー♪」
「あ、あうぅ」
楽しげな二人の会話に、真っ赤な困り顔で唸る小恋。
義之はそんな幼馴染の姿に気の毒さを覚えたが、もうそろそろ買い物に行かないと夕飯が遅くなるので席を立った。
「じゃあ俺、そろそろ行くわ。三人ともまだ残るのか?」
「ええ、丁度小恋が熟れ始めてきたところだしね」
「熟れ!?」
「もうっ、小恋ちゃんてば可愛い〜」
「あ、あわわわわ」
「ははは・・・ほどほどにな」
義之は苦笑を漏らしつつ、茜に抱きつかれ焦ったような声を出している小恋を背に商店街へと向かった。
商店街は雪が舞っているというのに、クリスマスムードを漂わせながら結構な人で賑わっていた。
「ん〜・・・うう〜ん・・・んん〜」
そしてその喧騒の中、寝具店のショーケースの前で、寒そうに手を擦り合わせながらその中を直視しているその姿は・・・。
「・・・やっぱり男の人はこういう格好の方が好きなのかも。でも兄さんは・・・」
由夢だった。
彼女は何やらぶつぶつと呟きながら、カバンの中から財布の出し入れを繰り返す。
「う〜ん、でもこれを買っちゃうと、さすがに今月厳しくなるしなぁ」
そして彼女がここまで頭を悩ませているその品は、一組のパジャマだった。
鮮やかなパステルグリーンで彩られたそれは、由夢が今寝る時に着用しているダサジャージより遥かに女の子らしい代物だ。
「う〜ん・・・」
そう唸った由夢がカバンから取り出したのは財布ではなく、一冊の手帳だった。
「でも・・・今朝見た夢でこれを着ているのは、間違いなく私だったしなぁ・・・」
その中身を見ながら彼女が意味深に呟いた、まさにその時。
「おーい!由夢ー!」
「!!に、兄さん?!」
突然掛けられた大声に由夢が恐る恐る振り返ると、遠くから歩み寄ってくる義之が目に映る。
すると彼女はその距離から先ほどの独り言は聞かれていないと判断し、、ホッと安堵のため息を吐いたのだった。
「うう、さぶっ。さっさと買い物を済ませて帰るとするか」
むき出しになっていた手をポケットの中に突っ込んで、義之は雪の商店街を歩いていた。
「シチューと・・・付け合せはロールパンでいいな。・・・ん?」
今日の夕食のメニューを確認しながら歩いていると、何やら前方に怪しげな人影・・・もとい見知った姿が。
「あれは・・・由夢か?」
遠目からもはっきりと分かる特徴的な二つのお団子は、何かの店の前で言ったり来たりを繰り返していた。
そして立ち止まったと思うと、今度はショーウィンドウの中を凝視しては財布を出し入れしている。
ぶつぶつと何か呟いているようだが、義之の耳にはまったく届かなかった。
「おーい!由夢ー!」
何となく遠くから大声で声を掛け彼女に歩み寄る。
「!!に、兄さん?!」
「よお、何か欲しいものでもあるのか?」
近くまで歩み寄ると、義之はショーウィンドウの中を覗きながら興味深々に訊ねてみた。
「や、べ、別に、たまたま通りかかっただけ」
「・・・ふーん?たまたま、ねえ?」
たまたま通りがかった程度なら、あれほどまでにショーウィンドウを凝視しないだろう。
義之も由夢の変なところで意地っ張りな性格が分かっているのだろう、彼女の台詞に微笑ましいものを感じながらニヤニヤしている。
「な、何?」
「いや、何でもない。・・・ところでな、由夢。今日の晩はシチューにでもしようと思ってるんだけど、良かったらウチで食べるか?」
「えっ、本当?兄さんのビーフシチュー凄く美味しいんだよねぇ」
「そう褒めるなよ。ちゃんと音姉も誘って来いよ?」
「わかってるよ」
「そうか。んで、さっきは何を見てたんだ?」
「あ、うん。この・・・ハッ!」
義之の誘導尋問(?)に見事に引っかかった由夢は、素直にショーウィンドウの一点を指で差そうとする。
しかし途中で気付いたのか、即座に指を引っ込めて不機嫌な顔を義之に向けた。
「う〜、兄さん反則だよ」
「何言ってんだ。元々嘘をついたのはお前じゃないか」
「うっ・・・」
正論だけあって、何も反論できない。
「そうか、ようやく由夢もあのダサジャージを卒業する気になったか。ハッハッハ」
「〜〜っ!に、兄さんには関係ないでしょ!」
「あ・・・」
義之の言葉に顔を赤らめた由夢は、捨て台詞を残して足早に去っていく
「お〜〜い!夕飯の話は本当だからな〜〜!!」
その背中が視界から消える前に、義之は声を張り上げた。
そして再度、ショーウィンドウの中を覗き見る。
「・・・まあ、あいつも少しは女の子としての自覚が付いてきたって事か」
感慨深く呟いた義之の瞳には、あるパジャマの値札が映っていた。
「・・・さて、買い物買い物!」
何故か少し上機嫌になった義之は、弾むようにスーパーへと向かう。
去り際に掛けたあの言葉が彼女に届いているかどうかはわからないが、とりあえずシチューの材料は4人分買うことにした。
8話へ続く
後書き
だいぶ早く更新できました、第7話です^^
しかし内容は結構薄かったり地味だったり短かったり・・・う〜〜ん?(笑)
とりあえずクリパを過ぎたらもうちょっと由夢らしさを出せると思いますが・・・まあまだ序盤ですからね。
次回はクリスマスパーティー前日。
果たして由夢は義之をクリパに誘うことが出来るのか?(爆)
乞うご期待!^^