「お、おい・・・ちょっと待てって・・・」
自らの手を引き、通学路を黙々と逆走――歩いているのだから逆”走”ではないのだが――する由夢に、義之は何とか付いていきながらも呼び止めた。
「何?兄さん」
そこで初めて足を止めて、由夢が不思議そうに振り返る。
もう既に、桜公園の中ほどにある噴水広場まで戻ってきていた。
「何って・・・ホントにいいのか?」
何がいいのか。とは問わずに、由夢はただ悲しげに微笑んで答える。
「うん。私にとっては、授業とは比べ物にならないくらい大切なことだからね。・・・今日は、特別」
「・・・そっか」
その答えを聞き、義之は安心したような悲しいような微妙な笑みを浮かべると、自らの答えの代わりに繋がれた彼女の手をギュッと握り締めた。
「それじゃ、行くか。初のサボりデートだ」
「何なんですか、サボりデートって・・・言っとくけど、今回だけなんだからね?」
「はいはい」
義之は軽口で返事をしてから、今度はゆっくりと歩き出す。
一瞬むっとした顔を見せた由夢も、彼が歩きだすと絡めた指はそのままで、隣に付きさらに腕を絡ませた。
『・・・たぶん、由夢は知ってるんだろうな』
彼女は理由無くサボろうとはしないだろう。姉に似て真面目なのだから。
自分で調べたのか、それとも誰かに・・・音姫辺りに聞いたのかは分からないが。
彼女は知っている。そしてそれ以上の事も、薄々勘付いているのかもしれない。
「ほら、早く行こうよ。時間が勿体無いじゃない」
「・・・ああ、そうだな」
――もう義之の消滅まで、時間が無いということを・・・。
D.C.U〜ダ・カーポU〜 SS
「自由な夢を・・・」
Written by 雅輝
<52> 過去と未来
「はい、兄さん。チョコバナナ買ってきたよ」
「ん、サンキュー」
いつも噴水の横に店を構えているチョコバナナの露店を後にした由夢は、義之に1本渡し、また寄り添うように歩き出す。
当然、二人の手には一本ずつ、トッピングは多少異なったチョコバナナが握られていた。
由夢は右手に、義之は左手に。そして空いている片手には相手の手を。
相手の温もりと、チョコの甘さに身を委ねながら、二人は目的もなくただ歩く。
「兄さんのペッパーミント味も食べてみたいな」
「いいぞ、ほら」
「ん・・・おいしー♪」
それはまるで、初々しく仲睦まじいカップルのように。
だが・・・その幸せは、長くは続かない。その事を、二人は知っている。
「兄さん・・・」
「ん?」
「私、幸せだよ」
「・・・ああ、俺も。幸せだよ」
しかし今の二人には、それは些細な問題。
タイムリミットは刻一刻と迫り、たとえその先に絶望しかなくとも。
「ほらっ、兄さん。行こっ♪」
「そうだな。行くか」
どこへ、とは聞かない。どこだろうと、由夢と一緒ならば楽しいことは間違いないのだから。
――ならば今だけは・・・何もかも忘れて、この幸福(しあわせ)に身を委ねていよう。
時の流れは、いつでも正確で、そして非情だ。
そう、二人は心から思う。
確かに今日一日、様々な場所を二人で巡った。
商店街でのウィンドウショッピングから始まり、映画館、喫茶店。遊園地に、桜公園の高台にも行ってみた。
これが普通のデートならば、今頃は充足感と疲労感に満ちていたのかもしれないけれど。
今日は・・・今日だけは、こんなものでは全然足りない。
だがそれも、どちらにしても不可能だと言いざるを得ない。
――義之の体は、とっくに限界を超えていたのだから。
だから、二人は導かれるように・・・この場所にやってきた。
「今日は、楽しかったね」
「・・・ああ」
ワンテンポ遅い返事をした義之はというと、桜の幹に背を預けている由夢から少し離れた場所で荒い息を吐いていた。
別に疲れただけではない。既に由夢が傍にいようと、体に力が入らないのだ。
「学校サボっちゃった。お姉ちゃんに怒られるかな?」
「はは、音姉のことだから、もう気付いてると思うぞ?」
由夢が学校をサボったことも、どんな理由があってサボったのかも・・・。
「うん・・・私達の、お姉ちゃんだもんね」
「・・・ああ」
それ以来、ぷっつりと会話が途切れる。
燃えるような茜空を見上げている義之は、祈るように瞳を閉じている由夢は、今何を考えているのか。
それは本人達にしか知り得ないことで。
「ねえ、兄さん」
そしてそんな思考の沈黙を破ったのは、瞳に決意を宿した由夢。
「ん?」
「兄さんは、魔法って信じる?」
「・・・え?」
その唐突な、核心を突くような質問に、義之は僅かに動揺を見せる。
だがそれも一瞬。すぐに正直な回答を返す。
「ああ。信じるよ」
信じないのは、自分や音姫たちの存在を否定することに繋がる。
「そう。それじゃあ・・・」
”ザザンッ”と、木々を揺らす強風が駆ける一瞬の間の後。
「”兄さん達と同じ様に”私も魔法使いだって言ったら、信じる?」
「――!!」
声にならない衝撃が、義之の体を突き抜ける。
しかし同時に、以前由夢がポツリと漏らした言葉を思い出していた。
――「私は、何も出来ない・・・出来損ないの魔法使いだから」――
確かに、音姫の家系が魔法使いの家系なのだとすれば、当然由夢にも充分可能性はある。
だからといって、今までそんな素振りなど見せなかったし、音姫もそんなことは言っていなかった。
「・・・兄さんが驚くのも、無理ないね。これは、お姉ちゃんも知らない私の秘密だったから」
「そっか・・・」
「・・・兄さんはさ。夢って見るよね?」
「え?あ、ああ」
何故いきなりそんな話に飛躍したのかは分からないが、素直に頷く。
むしろ自分が持っている能力の所為で、人よりは見る方だろう。
「でもね、私は普通の夢は見られないの。見られるのは、自分の過去と・・・そして、未来」
「未来・・・」
「うん。予知夢っていうのかな。自分の意志ではどうにもならないんだけどね」
そういえば、いくつも思い当たる節はあった。
例えば、いつも彼女が持ち歩いていたメモ帳。
彼女がそれを捲るのは、大抵義之に何らかの注意を呼びかける寸前だった。
そして・・・何度か視た彼女の夢。
デジャ・ヴというには余りにも似通いすぎている風景。あれは、彼女自身も未来を視ていたのだろう。
先ほどチョコバナナを食べた光景だって、以前視たことのある光景だった。
それならば、あの時不思議と感じたどうしようもない悲しさも説明できる。
ならば、今この瞬間の未来も・・・あの時に視ていたのか。
「でもね。未来は変えられないんだ」
「え?」
「私が視られるのは、未来だけ。それ以上でもそれ以下でもない。だから・・・私が未来を変えようとしても、無駄だった」
「だって、もしそれが可能なら、それはもう”未来”ではなくなるから」
「・・・そっか、だから」
「あの時、あんなことを言ったのか・・・」と、義之は音姫との騒動で由夢が飛び出していった時のことを思い出していた。
――「魔法か・・・私が望んだのは、もっと凄い魔法なんだけどな」――
――「私は、何も出来ない・・・出来損ないの魔法使いだから」――
「それに、私の魔法は生まれつきのものじゃないんだ。私には受け継いだ魔力はあっても、お姉ちゃんみたいな魔法の才能は無かったみたい」
「え?だったらどうやって・・・」
そこまで言いかけて、義之の頭の奥底に引っかかっていた記憶が、ゆっくりと鎌首をもたげ始める。
そう。それは以前、義之の能力が見せた夢。
ある少女の夢。何もない空間で、ただ桜の花びらが舞っていた夢。
そこで確か、少女は何かを懸命に願っていた。
「だから・・・お願い」
「何の取り得もない私にどうか・・・」
「お兄ちゃん達を守る力を――」
最愛の母を失った少女が一途なほどに望んだのは、家族を守るための力。
もう何も失いたくないから、少女は自分で守ろうと決めた。
だから、願った。願いを叶えてくれると以前母に教わったことのある、「魔法の桜」に。
『あ・・・』
バラバラだったピースが、だんだんと繋がっていく。
「魔法の桜・・・」
そしてその答えは、無意識の内に義之の口から零れていた。
「そうだよ。あの時の私には、そんなことしか考え付かなかったから」
「まさか本当に叶うとは思わなかったけどね・・・」と、由夢が苦笑する。
「由夢・・・」
――思えば、もうその頃から桜の暴走は始まっていたのかもしれない。
願ったはずの「守るための力」は、由夢にとってはただ「諦観するだけの力」に留まってしまったのだから。
茜色の空は、その赤を益々激しくさせていく。
それはまるでこの世の終わりのような壮大な色で、また押し黙ってしまった二人を天上から照らす。
この茜空が、漆黒の闇に覆われるその瞬間こそが。
――二人にとっての、タイムリミット。
53話へ続く
後書き
只今の時間、午前3時55分。・・・ようやくUPできました^^;
今回はレポートやらバイトやらでなかなか時間が取れずに・・・って最近こればっかり言ってるような気がする(笑)
まあ夏休みに入れば、大分マシにはなると思いますが。それでも、自動車免許の教習にも通い始めたのですが。
さて、私事はここまでにして内容を。
今回のテーマは、「過去の伏線を全部拾おう♪」です(爆)
こうしてみると、結構あって苦労した。一応全部回収したはずですが・・・未回収の部分は、次回ということで。
っていうか、何か矛盾が起こりそうで怖い。大丈夫か?コレ。(←不安)
次回はとうとうクライマックス。果たして由夢が下した決断とは!?
乞うご期待(ぇ