「ふう・・・」
義之は机に突っ伏していた上体を起こすと、固まった体を解すように2,3度首を回した。
体の痛みは相変わらず。胸を抉るような孤独感は、昨日以上だろうか。
――とうとう、クラスの中でも義之の存在を知るものは渉、杉並、雪月花の親友達のみとなってしまった。
それはある程度覚悟していたことではあったが・・・。
3年間同じクラスだった委員長こと沢井麻耶を始め、様々な友人達に存在を忘れ去られてしまったのは、正直辛かった。
『明日には、俺はどうなってるんだろうなぁ・・・』
皮肉なほどに晴れ渡った青空を窓から見上げ、義之はふとそんな事を思う。
・・・ちなみに今は授業中なのだが、既にどの教師にも忘れられていたので、たとえ寝ててもボンヤリと窓の外を眺めていても注意されることはない。
『音姉は何日もつか分からないって言ってたけど・・・もしかしたら、もう明日には・・・』
――自分は消えてしまうかもしれない。
そんな思考に至る寸前で、義之はブンブンと自身の頭を振る。
『今から諦めてどうすんだよ。約束、果たすんだろ?』
まるで、弱気な自分に言い聞かすように、義之は何度もその言葉を内心で繰り返す。
でも・・・。
『・・・由夢・・・・・・』
無意識に弱くなる気持ちだけは、どうしようもなかった。
D.C.U〜ダ・カーポU〜 SS
「自由な夢を・・・」
Written by 雅輝
<50> 姉妹の語らい(後編)
起こるべくして起きてしまった、桜の魔力の暴走。
最近の島での事件。桜との関連性。
桜を枯らした――枯らさなければならなかった理由。
義之の出生の秘密。そして・・・消滅の未来。
その全てを聞き終えた由夢は、心ここにあらずといった様でただただ呆然と立ち尽くしていた。
それはそうだろう。覚悟していたとはいえ、自分の最愛の恋人がもうすぐ消えてなくなるなど。
誰が信じるのだろう。誰が耐えられるのだろう。
それでも、それは既に決定付けられた事実であり。
今の由夢に出来るのは、溢れ出そうになる嗚咽を抑えるように、唇を噛み締めることだけであった。
今はまだ、泣く時ではないと。
妹のそんな様子を背中越しに、幹越しに察したのだろうか。音姫は暗鬱な気分になりつつもさらに言葉を紡ぐ。
「・・・これが、私が知っている全てだよ。私が、弟くんの家族ではなく、島を救う正義の魔法使いとして下した決断」
「・・・・・・助かる・・・可能性は?」
無感情に台詞を言う音姫に、由夢は答えを聞くのが怖いといった様子で問いかけた。
「・・・」
だが、音姫はその問いには答えない。
この場合の沈黙は、肯定ではなく・・・可能性は無いという否定。
それを悟った由夢は、手のひらに爪が食い込むほど強く拳を握り締め、そのまま押し黙ってしまった。
数分ほど、すっかり色褪せてしまった桜公園の奥地を、沈黙が支配する。
「・・・由夢ちゃんは・・・」
そんな心苦しいほどの沈黙を破ったのは、決意を宿した音姫の一声であった。
「え?」
「由夢ちゃんは、どうするの?」
「どうするって・・・」
イマイチ意味の通じていない様子で反芻する由夢に、音姫は説明を付け足し、質問を繰り返す。
「・・・弟くんがもうすぐ消えちゃうって知って。由夢ちゃんはどうするの?」
「それは・・・」
「弟くんは、はっきりと言ったよ。絶対に諦めないって。最後まで頑張るって」
「突然こんな話をされて、それでも受け入れて・・・顔を俯かせるんじゃなくて、しっかりと前を向いている」
「辛くないわけがないのに。それでも、約束は絶対に守るから、信じてくれって・・・」
その時のことを思い出したのか、もう決して泣くまいと決意していた音姫の瞳が、涙に揺れる。
「私は・・・」
そして、ゆっくりと由夢が口を開いた。
「私は、もう後悔しないために兄さんの恋人になった。長年隠し続けてきた気持ちを、兄さんに打ち明けた」
「こんな結末になるのも、薄々気付いてた。でもそれ以上に、どうしようもなく兄さんのことが好きになっちゃったから・・・」
「だから・・・」
由夢はそこで一旦言葉を切ると、幹から体を起こしクルリと反転する。
そして幹の向こうにいる音姫に対して、決意が籠もった瞳を向けた。
「だから私は、もう迷わない。兄さんが受け入れたのなら私も受け入れるし、兄さんが諦めないのなら私も絶対に諦めない」
「私も、兄さんと離れたくないから。ずっとずっと、兄さんと一緒にいたいから・・・」
言っている内に、由夢の瞳にもまた、音姫と同様に涙が溜まっていく。
――まだだ。まだ泣けない。
「ずっとずっと、私は兄さんの恋人だから」
――この気持ちを姉に伝えきるまでは、絶対に・・・。
「だから・・・だから・・・もし、万が一にも、兄さんが・・・っ」
その続きは、言葉にならなかった。
否、出来なかった。
言葉にしてしまえば、本当にそうなってしまうような気がしたから。
「・・・え?」
そして気がつけば、由夢は音姫に抱き締められていた。
それは包み込むように穏やかに。そして優しく。
いつの間にか頬に流れ落ちていた涙を、姉の甘い匂いが撫でる。
「おねえ・・・ちゃん」
「もう・・・いいの。それ以上言わなくていいから」
「泣いたって・・・いいんだよ?」
「――――っ!」
その言葉に、そして温もりに、積もりに積もった感情が全て溢れ出してしまった。
「ごめんね?こんなことしか出来なくて・・・こんなお姉ちゃんで、ごめんね・・・」
そんな悲しい姉の台詞に、由夢は何度も彼女の胸の中で首を横に振る。
――音姫もまた、泣いていた。
義之の前ではとうとう流さなかった涙が、ポツリポツリと土の上に落ちていく。
そして、由夢は堰を切ったように泣き出した。
それは激しく、彼を想う気持ちを泣くことで表現するかのように。
小さな頃から三人で多くの時間を過ごした、見慣れたとも言える桜の巨木の下で。
二人の姉妹は、互いに大切な人のことを想いながら・・・いつまでも、涙を流し続けた。
「ふう・・・」
音姫との話を終え、学校に戻り残りの授業も受け終えた――とは言ってもほとんど上の空だったが――由夢は、校門の柱にその身を預けそっと吐息を吐いた。
この間起こった、トラックが柱にぶつかるという事故の痕跡がまだ生々しく残っている周りを見渡しながら、ふと音姫の話を思い出す。
『そういえばこれも、桜の暴走によって起こったんだよね・・・』
制御不能のまま、猛スピードで校門に突っ込んだ鉄の塊。
その時はたまたま授業中だったので人通りもなく、負傷者は運転手のみと聞いてはいたが。
それがもし登下校の時間帯ならどうだっただろうか。少なくとも、生徒の数人は確実に巻き込まれていただろう。
そんな常に死と隣り合わせの事件事故が、これからもほぼ永続的に続いていくと考えれば。
桜を枯らすという姉の判断にも納得できるし、そうしなければならなかったと共感もしている。
している、のだが・・・。
『どうして・・・兄さんが消えなくちゃならないの?』
何故、自分が一番愛する人の存在が消えなければならないのだろう。
勿論、その理由は音姫に聞いたので知っている。
それでも、どうしても思うのだ。何故、他の誰でもなく、兄さんが・・・と。
「・・・」
だが、宣言したとおり諦める気など毛頭ない。
授業中もずっと考えていた。自分は、どうすれば良いのだろう・・・と。
考えて、考えて、考え抜いて・・・ようやく出た結論は、あまりにも無謀な賭けであった。
――おそらくそれが、「出来損ないの魔法使い」と名乗る彼女が、魔法使いとして唯一できることだから。
でも、それまでは・・・。
「あっ・・・」
視界の端に捉えたのは、こちらに向かって心持ち早足で向かってくる愛しき恋人の姿。
由夢はその姿に向かって大きく手を振り、近くまでやってきた彼に今できる最上級の笑顔を向けて言った。
「さ、早く帰ろう♪兄さん」
まだ校門も出ていないというのに、甘えた様子で義之の腕を抱く。
――その時が来るまでは、精一杯笑っていよう。
それで彼の心が休まるのならば。それで自分の決意が消えないのならば。
ずっと・・・いつまでも。彼の傍で、笑っていよう。
51話へ続く
後書き
またちょっと遅れちゃいましたが、50話UPです^^
・・・というかもう50話なんですよねぇ(←遠い目)
まさか連載を開始した当時はここまで行くとは思わなかった^^;今までの長編のように、30では収まらないと思っていましたが。
さすがに1年経つまでには終わらせておきたいところ。つまり期限(?)は後一月半ほど。・・・頑張るぞ〜。
さて、なんか今回で完結みたいな書き方になってしまいましたが(汗)
勿論、まだまだ続きますよ〜。とは言っても、後5話くらいかなぁ。
ラスト部分も多少は変更するつもり。その意味も含めて、今回さらに伏線を加えてみましたが・・・どう、だろ?(笑)
次回はリクエスト作品執筆のため、一週お休みで。
今回はなんと、リクエストで美冬×義之を頂きました!勿論ハッピーエンドで。
・・・どんな話になるかは、まだ私にも想像が付かないという(ぇ
それでは、リクエスト作品の後書きで会いましょう!