”コンコン”
「失礼しま〜す・・・は?」
多少緊張した面持ちで学園長室のドアをノックした義之は、入るなり何とも間抜けな声を発した。
純和風で畳が敷かれているその部屋の中央には、ゆったりとしたコタツが置いてある。
これはまあ以前からこの部屋は何度も訪れたことがあるので驚かないが、問題なのはそのコタツの上でグツグツと美味しそうな音を立てて煮立っている――
「・・・鍋?」
「あっ、義之くん。遅かったね♪早くコタツの中に入りなよ」
入り口に立ち尽くしながら呆然と呟いた義之に、この学園長室の主――さくらがこたつの中から義之に呼びかける。
「弟くん遅いよ〜。もう煮えちゃってるよ?」
「もう、兄さんが来てないからって、ずっとおあずけだったんですからね?」
「あんあん!」
同じくコタツの中から音姫に由夢、そしてさくらの頭の上からは地球外生命体と言っても過言では無いだろう謎の犬――はりまおが声を出す。
「えっと、何故に鍋?」
「さくらさんが、今日は寒いから鍋が食べたいって」
義之にしては当然の疑問だったのだが、由夢にさらりと返される。
『その為にわざわざ放送で?あぁ、でもさくらさんに聞いたら「うん、そうだよ〜☆」って素で返されそうな気がする・・・』
「ボクじゃなくてはりまおが言ったんだよ。ねえ?はりまお」
「あん!!」
さくらがはりまおを頭から下ろし抱きしめると、はりまおも嬉しそうな泣き声を上げながらその飼い主の顔を舐める。
「にゃはは、くすぐったいよぉ、はりまお」
「・・・」
『ま、いっか』
そんなさくらの笑顔を見ていると、些細な疑問などどうでもよくなってきた義之は、素直に部屋に上がりコタツの中へと入り込んだ。
「はい、弟くん」
「ありがと、音姉」
音姫から箸とポン酢が入ったお皿を受け取ると、義之は改めて鍋の中に目を通す。
お肉はもちろん、白菜、白滝、豆腐、春菊など、鍋の定番はだいたい揃っていて、かなりいい感じに煮えている。
「・・・」
義之は自分の腹の虫が鳴っているのを感じながら、チラッとさくらに視線を向けた。
「それじゃあ、義之くんも来たことだし、そろそろ食べようか」
「うん、そうですね。それでは・・・」
「「「「いただきまーすっ!」」」」
音姫の言葉に次いで4人の合掌が揃い、何とも奇妙な昼の学園での鍋パーティーがスタートした。
D.C.U〜ダ・カーポU〜 SS
「自由な夢を・・・」
Written by 雅輝
<5> 一家団欒
”ガキーーンッ!!”
開始の合図と共に、突然伸びた二膳の箸が鍋の上で交差した。
何故木製の箸で金属音が鳴ったかは不明だが、それほどその箸の持ち主――義之と由夢の気迫が凄かったということだろう。
「・・・兄さん?その箸が邪魔なので、どかしてくれると大変ありがたいのですが」
「ふっ、その言葉、そっくり返すぜ由夢。おまえこそ兄を立てる気持ちをもっと持ったらどうなんだ?」
「兄さんこそ。少しは妹に譲る精神を持ったらどうなんですか?」
「「・・・」」
むぅ〜〜と睨み合いながら膠着する二人に、音姫とさくらは「またか」といった呆れた表情で、とりあえずその戦いが終わるまで待とうと箸を置く。
「一つ聞こう。お前は何が食べたいんだ?」
「私は・・・白滝ですよ。白滝は美容にもいいらしいですから。兄さんは?」
「・・・俺は豆腐だよ。俺は鍋では最初に豆腐を食べるって決めてるんだ」
「そんなの初耳ですが」
「だろうな。最近決めたんだ」
二人とも口ではそう嘯(うそぶ)いているが、その目は同じ一点を見つめている。
鍋において野菜という”柔”の食材の中で、一際輝く”剛”の存在。
そう、二人が狙っているのは白滝でも豆腐でもなく、さくらがわざわざ地方から取り寄せたという高級な牛肉だった。
「そうですか。ならお互い狙っているものは違うわけですから、こうしている必要性は無いわけですね」
尚も互いに一歩も引かずに箸を押し進め合う二人。
純粋な力勝負なら圧倒的に義之に分がありそうなものだが・・・由夢のその細腕にどれほどの力があるのだろうか?
むしろ、ミシミシと音を立てている木製の箸が折れないかどうかの方が心配になってくる。
「そうだな。じゃあやめるか。・・・おまえから離せよ」
「いいえ。兄さんから離してください」
「「・・・」」
当然二人ともその瞬間肉が持っていかれることはわかりきっているので、自分から離そうという馬鹿な真似はしない。
結局最初の膠着状態に戻っただけだった。
「はいはい!もう、二人ともいい加減にしなさい?」
見かねた音姫が、呆れ顔で仲裁に入る。
「だって音姉(お姉ちゃん)っ、由夢(兄さん)が・・・」
「二人とも、いい加減にしなさい?」
にっこり。
二度目になるその台詞は、明らかに一度目のそれとは異なっていた。
満面の冷たい笑みに、言葉の節々に感じる重み。
「「は、はひ!」」
普段優しい分、怒ると非常に迫力のある姉を前にして、さすがの義之と由夢も大人しくなる。
「うん、それじゃあ皆で仲良く食べようね」
「仲良く」の部分をやけに強調して言う音姫の顔は、いつも通りの温かな笑顔に戻っていた。
「にゃはは、さすが音姫ちゃんだね」
「ええ、だってお姉さんですから」
さくらの言葉に胸を張って自信満々に言う音姫を見て、義之と由夢は苦笑しながらも”大人しく”鍋をつつき始めたのだった。
「ふぅ〜、食った食った」
すっかり鍋の残りも少なくなった頃、満足げに箸を置いた義之は足をコタツに突っ込んだままの姿勢で横になった。
「兄さん、食べてすぐに寝たら牛になっちゃいますよ?」
こちらも箸を置き食器を流しに下げ終えた由夢が、そんなぐーたらな兄の姿を見て何とも優等生らしい台詞を吐く。
どうやらここは学園長室と言えど園内なので、優等生モードはONらしい。
これが自宅だとすると、義之より先に大の字になっていることだろう。
「もしそうなったら飼ってくれるか?」
「飼う?・・・それってもしかして、牛の英単語”cow(カウ)”と掛けてます?」
再度コタツに入り数秒考え込んだ由夢は、組んだ両手に顎を乗せた呆れ顔で義之に言う。
「お、よく分かったなぁ」
「・・・はぁ」
「おいおい、何だよそのため息は?」
「いや、兄さんだなぁと思って・・・」
「・・・なんかもの凄く馬鹿にされているような気がするんだが」
「気のせいですね」
そう言って無邪気に笑う由夢に、義之も怒る気をなくし「そうかよ」と起き上がった。
「ほら二人とも?仲良しなのはわかったけど、もうそろそろ5時間目が始まるから急がないと」
とその時、丁度タイミング良くやって来た音姫の台詞に、何故か急に由夢が慌てだす。
「お、お姉ちゃん。別に仲良しなんかじゃ・・・」
「ん?違うのか?俺は由夢一筋だというのに」
「えぇっ!?」
さらにノリのいい義之の一言に、由夢はさらに顔を赤くさせて動揺の色を濃くした。
「や、そんな、えっと、あの・・・」
「バーカ、冗談だよ」
「へ?冗・・・談?」
口をポカンと開けて、まだ赤みが残っている顔を義之に向ける。
「そ、冗談。何だ由夢、残念なのか?」
「な・・・っ!もう、兄さんなんて知らないっ!!」
また顔を真っ赤に染め上げて、叫びながら学園長室を出て行く由夢。
「もう、弟くんたら・・・後で由夢ちゃんに謝っておきなよ?」
「そうそう。乙女心は複雑なんだから」
「ははは・・・。謝れる状態だったら・・・な」
『由夢のあの様子じゃ、機嫌直るまで3時間くらいは掛かるだろうけど』
走っていく由夢の後ろ姿を見送りながら、音姫といつの間にやらコタツに入っていたさくらが呆れ顔で言う。
義之はそれに対して、渇いた笑いで返すことしか出来なかった。
6話へ続く
後書き
5話、UPで〜す^^
今回もほとんどオリジナルでしたが、鍋という設定だけゲーム本編から持ってきました。
はりまおも紹介しておきたかったですしね〜、何故なら彼が「自由な夢を・・・」のキープレイヤーなのだから!(嘘)
あぁ、でもやっぱり由夢SSというのを意識しすぎて、音姫の台詞がちょっと少ないかな?
もうちょっと兄弟三人で、という話を増やしていきたいですね。
次回は、由夢のお弁当が登場。
それを食す義之にご冥福を祈りつつ(笑)、今日はこの辺で〜〜^^v