「ん・・・・・・」

カーテンから覗く朝の陽射しに、義之はぼんやりした頭でその眼を開いた。

時計を見てみると、いつも起きだす時間にはまだ大分早い時間帯。

昨晩は考え事でほとんど眠れなかったため、まだ目蓋は重いが・・・それでも、不思議と眠ろうとは思わなかった。

いつもより気だるい全身を何とか奮い立たせて上半身を起こし、そのままベッドの横のカーテンを引く。

”シャッ”

「・・・やっぱり、夢じゃないんだな」

いつもとはまるで違う見慣れないその光景に、義之は悲しさ半分、諦め半分といった様子で呟いた。

ため息を吐いた彼がもう一度閉め切ったカーテンの外。

――そこには、朝倉家の庭に咲く桜の木が、”花弁の付いていない枝”を寒風に揺らしていた。





D.C.U〜ダ・カーポU〜 SS

             「自由な夢を・・・」

                      Written by 雅輝






<48>  忘れられていく





何とかベッドから抜け出した義之は、いつもよりたっぷりと時間を掛けて朝食と支度を済ませる。

身体が鉛のように重い。おそらくは、桜が枯れてしまったことによる副作用なのだろう。

あるいは・・・存在が消えてしまう前兆か。

正直こんな体で学校などには行きたくなかったのだが、今回ばかりはそういうわけにもいかない。

――せめて、彼女の前では普通に振舞いたかったから。

「ビックリですよねぇ。島中の桜が急に枯れちゃうなんて・・・」

「まあな。でも、元々原因不明だったわけだし・・・急に枯れてもおかしくはないだろ」

「それはそうですけど・・・」

だから、いつも通り家の前で待ち合わせて今日も一緒に登校する。

控えめに手を繋ぎながらの登校は、最近の日課であり。

そしてこれからもずっと続いていく光景・・・のはずだった。

『っていかんいかん。音姉には絶対に諦めないとか言っておきつつこの様じゃなぁ』

義之は首を振って弱気になってしまった自分を戒めると、繋いでいる手に力を込めた。

「え?に、兄さん?」

「おっと、悪い悪い。痛かったか?」

「や、その・・・痛くないので、このまま・・・えっと・・・」

「・・・了解」

顔をほんのりと赤くさせつつ言葉を濁す由夢の態度に、義之は苦笑とも呼べる微笑みを見せそのまま歩き出す。

いつもよりぎゅっと握られた手の感触に、由夢は俯きながらも嬉しそうにはにかんでいた。

その顔をそっと盗み見て、義之は思う。

『・・・そう。この笑顔を、ずっと守り抜くって決めたからな』







校門をくぐり、昇降口へと到着した二人は、それぞれの学年の下駄箱へと向かう。

義之が慣れた動作で靴を履きかえると、目の前を見知った顔が通り過ぎた。

「おっす!田中に加藤」

たった今、朝練を終えた様子で階段を上ろうとする二人のクラスメートに声を掛ける。

その二人は野球部のバッテリーで、義之とも何度か遊びに行った仲だ。

だが・・・。

「――やっぱり次の試合は変化球主体で行くか?」

「だな。特に4番の奴はストレートに強いって聞くし」

二人は義之の挨拶に反応を見せず、目もくれず・・・義之の存在にまるで気付いた様子もなく階段を上っていってしまった。

「・・・・・・」

その予想外の反応に呆然とする義之。

気さくな性格の普段どおりな二人なら、挨拶は勿論、教室まで一緒に向かうところなのだが。

『・・・もしかして、これが音姉の言ってた・・・』

昨日交わした、音姫との会話が頭に蘇る。

――「・・・あと何日もつか分からないけど、みんなあなたのことを忘れてしまうでしょう」――

――「誰からも見えなくなって、忘れられていく」」――

その症状が、早くも効果を見せ始めているようだ。

「どうしたんです?兄さん」

「・・・いや、何でもないさ」

いつの間にか靴を履き替え、首を心配そうに訊ねてきた由夢に対して、義之は穏やかな笑みで首を横に振る。

決して、悟られてはならない。

せめて最後の瞬間までは・・・彼女に不安など覚えさせたくなかったから。





幸いながら、クラスの半分以上の生徒は義之のことを覚えていた。

それは勿論、親しい間柄である渉や杉並、雪月花なども同様に。

どうやら、相手の記憶において義之の印象が強ければ強いほど、忘れるのにも時間が掛かるようだ。

『とはいっても・・・やっぱりキツイな』

人々に忘れ去られていくという残酷な現実。それを改めて突きつけられ、義之は内心ため息を吐く。

音姫にはあんなに強気な発言をしたものの、実際はとても怖い。忘れられていくことも、自分の存在が消えることも。

今だって感じている。風邪をさらに酷くしたような全身の倦怠感と、どうしようもない孤独感を。

「・・・」

そろそろ空腹を感じる4時間目の授業中。窓際の席から見えるグラウンドでは、どこかのクラスが体育をしていた。

教鞭を振るう化学教師の話を聞き流しつつ、義之は窓の外をぼんやりと見つめる。

目を凝らしてみると、美冬や他のクラスメートに囲まれながら共にグラウンドを走っている由夢の姿が映った。

思わず、顔に笑みが浮かぶ。

――由夢が傍にいると、不思議と孤独感は感じなかった。

自分はこの世に確かに存在するんだという安心感が体を包み、そして決意が漲る。

消えたくない。消えるわけにはいかない。消えてたまるか。

「――ゆき!・・・義之!」

「え?」

「なーにボサッとしてんだよ。もう授業終わってるぞ?」

呆れたような渉の声に義之が辺りを見回してみると、皆それぞれの昼食を取っていた。

当然、窓の外には既に由夢の姿も無い。どうやら知らぬ間にどっぷりと思考に嵌っていたようだ。

「で、どうすんだよ?昼飯は。また由夢ちゃんと一緒なのか?くわぁぁぁ、うっらやましいなぁお前」

「やかましい。いきなり暴走するんじゃない」

「でも、事実なんでしょ?」

勝手に妄想して変な方向へとテンションを上げていく渉に苦笑していると、横の席から杏の冷静な声が聞こえてきた。

「渉、やめときなさい。馬に蹴られて死ぬわよ?」

「そうだよねぇ。でもでも〜、たまにはコッチにも付き合ってくれないと、小恋ちゃんのお胸が寂しいって泣いちゃうよ?」

「あ、茜!一体何言って・・・ひゃん!って、どこ触ってるのよぉ〜」

いつの間にか集まっていた雪月花の、いつも通りのやりとり。

『そういえば最近はずっと由夢と食ってたからなぁ・・・』

由夢という彼女が出来ても、彼ら彼女らは間違いなく仲間であり、親友だ。

確かに茜の言うとおり、あまりあちらばかりを優先するのもどうかと思う。

それに・・・。

「・・・そうだな。たまには一緒に食うか。みんな弁当は持ってきてるんだろ?」

「もちろん」

「大丈夫で〜す」

「月島も〜」

「あの・・・俺は今日購買に行こうと思ってたんですけど・・・」

「じゃ、大丈夫みたいだし机くっつけるか。小恋、そっちの机持ってきてくれ」

「わーん!頼むから俺も仲間に入れてくれぇぇ」

それに・・・。

「そういえば義之。由夢さんの方はいいの?」

「ああ、さっきメールしといたし・・・たまにはいいだろ」

「いかん。いかんなぁ桜内。女心は初音島の桜が枯れてしまったのと同じくらい摩訶不思議なのだぞ」

「杉並君・・・いつの間に」

「っていうかお前が女心を語るなんて不気味なだけだ」

「しかも意味分かんないし・・・」

――自分は、明日には忘れられているのかもしれないのだから。

「・・・なあ、みんな」

「ん?なに?」

「どうしたの?義之くん」

「なんだなんだ?一発芸でもやるのか?」

「そんな寒いのは渉だけで充分よ」

「どうした?新種のミステリースポットでも発見したか?」

だからせめて、その前に。

今まで通りの日常を噛み締めておくのも悪くない。

「・・・・・・いや、やっぱ何でもない」

義之は言いかけた台詞を笑顔で打ち消すと、気持ちを切り替え由夢お手製の弁当をかき込んだ。



――たとえ俺を忘れても・・・お前達は親友だからな――



49話へ続く


後書き

何とかいつも通りの時間にUPできました^^;

今回はあまり内容的には進んでいませんが。まあそれでも義之を中心に日常は変わりつつあります。

桜が枯れて一夜経った今日。早くも辛い現実を見せられくじけそうになる心を、何とか由夢への想いで奮い立たせる義之。

そして親友達との日常。これがいつ終わるかわからない恐怖というのは、想像もつきませんが・・・。

それでも想像して書くのが私の仕事。今回の描写で少しでも感動してくれた方は挙手を(笑)

次回は一応オリジナル。由夢が動きます(予定)。

それでは〜^^



2007.5.13  雅輝