「ふぁふ・・・結局あんまり寝られなかったな・・・」

鳴り響く目覚まし時計の頭頂部を乱暴に叩き付け、義之は未だ覚醒しきっていない目を擦りながらぼんやりと呟いた。

既にさくらとの真夜中の会話から、3日が過ぎていた。しかし、いざ寝る頃になると色々と考えてしまうので、どうしても寝付くのが遅くなってしまうのだ。

その分の睡眠は学校でしっかりと取っているが・・・それでも健康面に悪いことは明確だ。・・・勿論、勉強面にしてもだが。

そしてこの3日間は、義之としても拍子抜けなほど淡々と過ぎていった。

由夢との恋人関係は順調であるし、それに対する友人達の冷やかしにも慣れてきた。

ただ、何点か気掛かりもある。

一つは、さくらがまた出て行ってしまったこと。

あの会話の翌朝。起きた義之が居間に下りてみるとそこには既にさくらの姿は無かった。

これ自体には驚きは無い。元々多忙な上に、気付いたらアメリカに居たなんてことも何度かあった。

ただ、いつもなら必ずあるはずの書置きが、どこにも見当たらなかったのだ。

それが、義之の不安を増長させる。

さらに、それに準ずるように音姫の元気も無くなっているような気がする。

最近は特に暗い彼女であったが、ここ数日はさらに顕著だ。

由夢も気付いているようだが・・・彼女が何を訊ねても「大丈夫」「何でもない」の一点張りなので、無理に聞き出すことも出来ない。

そして最後の一点。それは、最近初音島で起きている不可解な事件の数々。

今週に入ってからは目に見えて酷く、ある特別番組で調べた今までの被害は。

――重傷者6名・軽傷者18名・事件の関係者の数は100名を越えるという。

これだけの事件が発生していて、未だに死者が出ていないのは僥倖と言えるのだろうか。

火事や昏睡、交通事故など事件の幅は広いが、そのどれもに共通して言えることは原因不明だということだけ。

今後もこのような起き続ければ、間違いなくそう遠くない内に死者も出てくるだろう。

「・・・朝っぱらから何辛気臭いことを考えてんだか」

寝起きで無駄に働く自分の脳に自嘲し、とりあえず目を醒まそうとベッド横の窓のカーテンを開け放つ。

目に映ったのは、まだ上りきっていない太陽と、隣の朝倉家に植えられている大きな桜の木。

そしてその桜の下にポツリと佇んでいる、本校の制服を見に纏ったひとりの少女。

長い髪をなびかせ、泣きそうな顔で佇んでいる。

「・・・音姉?」

義之が判断する限り、彼女は悲しげな瞳で一点をひたすらに凝視していた。

そしてその一点とは、思い違いでなければ・・・自分の部屋。つまり、今義之がいる位置。

音姫はぶつかり合ったその視線をハッした様子で逸らすと、何も言わずに踵を返して学校へと向かう。

「・・・」

義之はそんな普段の彼女とはかけ離れた姿に、また大きな不安を憶えるのであった。





D.C.U〜ダ・カーポU〜 SS

             「自由な夢を・・・」

                      Written by 雅輝






<46> わがまま





「はぁぁぁぁぁ・・・」

「何だらしのないため息を吐いてるんですか。幸せが逃げちゃいますよ?」

無意識の内に口を突いていた義之の大きなため息に、隣に座っていた由夢は呆れた反応を見せた。

「んあ?」

「んあ?じゃありません!まったく、彼女が隣にいるっていうのに、どうしてこう兄さんはいつもいつも・・・」

まったく覇気の感じられない義之に、由夢は頬を膨らませてぶつぶつと文句を言う。

その様子に微笑ましさを感じた義之は、その由夢の華奢な肩を抱き寄せた。

「ばーか。ため息くらいで俺の幸せが逃げてたまるかって。ずっと傍に居てくれるんだろ?」

突然の言葉に最初はキョトンとした由夢であったが、次第にその意味が分かってきたようで顔を真っ赤にさせていった。

「・・・や、当然ですから」

それでも、恥ずかしそうに返答して体を寄せてくる由夢を、義之は心底愛しいと思う。

思えば彼氏彼女の関係になってからも、お互い必要以上にベタベタすることは無かった。

まだ彼らにとっては、兄妹の延長線上の関係という方がしっくり来ていたからだ。

それでも最近は、ようやくその域から抜け出しお互いを求めようとしている。

そう、まさに恋人同士として。

「ところで由夢さんや」

「なぁに?兄さん」

『――――っ』

猫のように体を擦り付けながら、首を傾げ甘い声を出す彼女に、義之は一瞬意識が飛びそうになる。

それでも何とか必死で煩悩を押さえつけ、結構前から思っていた疑問をようやく口に出した。

「なんで屋上なんだ?」

義之の言葉通り、彼らは他には誰もいない屋上のベンチに並んで座っていた。

今は昼休み。当然、二人の膝にはお弁当が広げられているのだが・・・。

「結構寒いんだが」

季節は1月下旬。普通の生徒は、こんな真冬に風の強い屋上へ出ようなどとは思わない。

「や、だって二人きりになりたかったし」

「それなら、いつかのように保健室でも良かったんじゃないか?」

前もこのような話をしていたことを思い出し、義之は体を震わせながら提案する。

「今日は水越先生が保健室にいるから、ゆっくり出来ないんだよ」

「なるほど・・・でも何も屋上まで来なくたって・・・」

「・・・だって、しょうがないじゃない」

「え?」

義之が尚もぶつぶつと呟いていると、不意に由夢の声色が変わった。

驚き隣に居る彼女の方に視線をやると、由夢は不安そうな顔を俯かせている。

「最近、兄さんもお姉ちゃんもずっと考え込んでいるみたいだし・・・。私が何を聞いても二人とも話してくれないし、それに・・・」

由夢はそのまま言葉を続けようとするも、思い返したように首を振って言い留めた。

「・・・だから、たまには兄さんに甘えたいなぁって、思っちゃったんだよ」

「由夢・・・」

普段は見せない彼女の弱い部分を垣間見て、義之の心臓が高鳴った。

それと同時に、考え事に捉われ一番大切な存在を不安にさせてしまったことを自戒する。

「悪かったな、不安にさせちまったみたいで」

「・・・ううん、私のわがままだから。でも、チャイムが鳴るまでは目一杯甘えさせてね?」

「・・・ああ」

義之は由夢を自らの膝の上に乗せ、由夢もまた素直に義之の胸板に顔を寄せる。

それからチャイムが鳴るまでの十数分間。二つの影はピッタリとくっついたまま、離れることはなかった。









「弟くん・・・」

「あれ、音姉。どうしたんだ?」

放課後。今日は保健委員の仕事があるという由夢を待ってようと義之が向かった校門には、既に先客の姿があった。

今朝、朝倉家の桜の下で佇んでいた時よりさらに憔悴している様子のその顔は、痛々しいほど悲しげだ。

「ちょっと、話があるの・・・。付いてきてくれる?」

しかし、その瞳には決意が灯っていた。

そしてその決意が決して揺るがぬように、感情が先走らないように、淡々と用件だけ告げる。

「え?でも由夢を待たなきゃ・・・」

「お願い」

「・・・音姉」

台詞を真剣な声で遮られた義之は、彼女の名前を呟きコクンと頷く。

その声を聞いた瞬間、義之の頭には断るという選択肢がもはや存在していなかったのだ。

それほど・・・今まで見たことが無いほどに、音姫は必死だったから。

「わかった。由夢にはメールで断っとく。・・・大事な話なんだろ?」

「うん。・・・ごめんね」

音姫は一言謝ると、そのまままるで表情を見せないように振り向き、歩き出す。

その凛とした後ろ姿に、義之はこれから向かう場所が・・・なんとなく、分かったような気がした。



47話へ続く


後書き

遅々としてなかなか内容が進みませんねぇ。まあ次回は一気に状況が一変しますが。

というわけで今回の話。冒頭は義之の不安からスタート。

とりあえず初音島で起こっている事件の詳細を上げて・・・窓から見える音姫は、勿論あのCGです^^;

そして中盤は由夢一色(笑)おそらく、これが最後の・・・(ぇ

放課後に義之の前に現れたのは、決意を固めた音姫。

次回も少々アレンジが加わっています。義之が付いていっている地点で、分かる人もいるかとは思いますが。

それでは、激動の次回をお楽しみに^^



2007.4.29  雅輝