「――っ!由夢っ!!」
起きるとそこは、先ほどのように茜色に染まった世界ではなく、見慣れた暗がりの自室であった。
身体が熱い。冬だというのに、乱れきった呼吸と共に汗が止め処なく噴出してくる。
「今の・・・夢は・・・」
いったい何だというのか。
その夢は、まるで冗談みたいな内容で。
しかし、夢の中の彼女も、そして自分自身も・・・決して冗談ではないと思えるほど真剣な表情をしていた。
「さよならって・・・何なんだよ?」
得体の知れない不安が、じわじわと恐怖に変化していく。
所詮は夢の出来事。そう考えるのは簡単だ。
しかし、実際にあれはおそらく由夢が見ていた夢で・・・。
何故彼女があのような夢を見たのかが分からない以上、こちらとしてもそう簡単に考えることは出来なかった。
『・・・いかんいかん。俺まで弱気になってどうするんだよ?』
ここ数日の音姫の様子にあてられたのか・・・義之はそんな自分を叱咤するように何度か自らの頬を叩くと、もう一度寝付く前に何か飲もうとベッドを抜け出す。
しかし、階段を下りたところで居間の灯りが点いていることに気付いた義之は、気になって襖を開けてみた。
そこには――。
「あれ?さくらさん。帰ってたんですか?」
「あ・・・義之くん」
縁側で静かにお茶を啜っている、ここ数日見かけることのなかったさくらが座っていた。
D.C.U〜ダ・カーポU〜 SS
「自由な夢を・・・」
Written by 雅輝
<45> 守るべき存在
「お帰りなさい、さくらさん。いつの間に戻ってたんですか?」
義之は自分で用意したお茶を持って、さくらと同じく縁側に腰を下ろした。
流石に一月の風は薄着の身体に堪えるが・・・満点の星空とその下に位置する桜を見上げて、たまには悪くないとも思える。
「うん?そうだねぇ、義之くんが寝付いた頃くらいかな。もう学校も始まってるんだから、あまり夜更かしはしちゃダメだよ?」
「分かってますって。でも・・・それはさくらさんにも言える事ですよ?」
「うにゃ・・・そうだね。最近はウチにも帰ってなかったからね・・・」
さくらは少し淋しげな声を出すと、持っている湯呑の水面に視線を落とした。
「さくらさんが忙しいのは知ってるつもりですが・・・無理だけはしないでくださいね?」
いつかも彼女に言った言葉。
これが意味を成さないことが分かっていても、義之は言わないわけにはいかなかった。
さくらは、義之の大切な”家族”のひとりなのだから・・・。
「にゃはは、大丈夫だよ。もうそろそろ今の仕事も・・・終わるから」
仕事が終わる。
そう語る彼女の眼はしかし、全然嬉しそうではなくて・・・。
むしろ、何かに絶望し、そして諦観しようとしているような、そんな眼差しで義之を見つめる。
けれどそれも一瞬のこと。数秒後にはいつものように、その顔に人懐っこい笑みを浮かべた。
「それよりも、義之くんはどうしたの?こんな時間に起きてくるなんて・・・」
義之はその言葉に、ようやく時間を確認する。
真夜中の3時過ぎ。確かに普通なら寝息を立てている時間だ。
「いや、ちょっと悪い夢を見ちゃって・・・その拍子で起きちゃったんですよ」
「・・・悪い夢?」
義之は苦笑交じりに、冗談ぽく話したのだが、さくらはその単語を聞くとスッと目を細めた。
「・・・義之くん、その夢ってさ」
「え?」
「キミ自身の夢?それとも・・・”義之くんではない、誰かの夢”?」
「っ!?」
そのさくらの言葉に、義之は眠気が一気に消し飛ぶようであった。
――気付いてた? いつから? 何で?
様々な疑問が頭を過ぎるも、それらは言葉にすらならず。
大きく目を見開いていた義之は、真剣な様子のさくらに一つコクンと頷いてみせた。
それは、先ほどの彼女の質問の・・・後者に対する頷き。
さくらもそれが分かっていたのか、「やっぱり・・・」と呟くとさらに質問を続ける。
「それって・・・もしかして由夢ちゃんだったりするのかな?」
「・・・はい。確かに、その可能性は高いと思います」
先ほどの夢に登場してきたのは、義之と由夢の二人だけ。
他人があんな夢を見るはずがないということを考慮すれば・・・自然に、あの夢の主は由夢ということになる。
「あの・・・さくらさんは何を知ってるんですか?どうして見たのが、由夢の夢だって分かったんです?それに・・・」
――どうして自分の能力のことを知っているのか?
そう口にしようとして、しかしその言葉は唇に押し付けられた彼女の人差し指によって、遮られてしまった。
「ごめんね、それはまだ言えないんだ。でも・・・ボクは何があっても義之君の味方だから。それだけは憶えててね?」
「さくらさん・・・」
義之はその台詞に何とも言えない気持ちになって、ただ彼女の名前を呟く。
――今まで、これ程までにマジマジと彼女の顔を見つめたことはあっただろうか?
小さな体躯。あどけなさの残る顔。子供っぽい言動。
それら全てが偽りなのではないかと思うくらい、今のさくらは大人びていた。
それは、義之の保護者としての姿であり。
それと同時に、全てを背負い込もうとする魔法使いでもある。
しかしそれは、義之が後々知ることになる事実。今はまだ・・・可能性が残っている限り、さくらも告げる気は無かった。
――けれど、その可能性もほとんどゼロになりつつある今。
――そして全ての手を尽くし終え、もはや崩壊への道を歩むしかなくなってしまった未来に。
自分が言わずとも、きっともう一人の魔法使いが。
母より使命を受け継いだ、純真な魔法使いが。
断腸の想いで、最後のボタンを押すことになるだろう。
彼女は、誰よりも優しい娘だから。
優しすぎるが故に、悩み、傷つく。だが、それもきっともうすぐで――。
「――らさん?・・・さくらさん!」
「うにゃ!?」
「どうしたんですか?急に黙り込んで・・・やっぱり疲れてるんでしょ?」
目の前には、心配顔の義之。
どうやらどっぷりと思考に嵌っていたらしいさくらは、苦笑いを浮かべると申し訳なさそうに謝った。
「にはは、ごみんごみん。ちょっと寝ちゃってたみたい」
「寝ちゃってたって・・・。とにかく、外は冷えますから、そろそろ家へ戻りましょう」
「うん、そだね」
――本当に、優しい子だ。
こんな事を思うのは親バカかも知れないが、心底そう思うのだからしょうがない。
『でも、義之くんは・・・』
先に室内へと入っていく義之の後ろ姿を見ていると、不意に涙腺が緩んできた。
『ダメだよ。ここで泣いたら、また義之くんを心配させちゃう・・・』
守るべき、愛おしい存在。
でも、今日だけ。今日だけは・・・。
「・・・さくらさん?」
「ごめん、ちょっとだけこのままで居させてね」
そんな彼の温もりを、確かめておきたい。
まだ、自分は戦える。
だから、最後の最期まで戦い抜くための温もり(ちから)を――。
「・・・さくらさん?」
「ごめん、ちょっとだけこのままで居させてね?」
背中にトンッという軽い衝撃を受けて訝しげに思っていると、すぐにさくらの声が返ってきた。
小柄な彼女が自分の背中に張り付いている以上、たとえ振り向いたとしても彼女の表情は読めない。
その細い腕は義之の腰辺りに巻き付き、背中にはどうやら額を預けているようだ。
もし、いつものようにふざけた様子でやられたのであれば、義之も気恥ずかしさから振り払っていたかもしれない。
だが、どこまでも悲しげな声で、突然そんなことを言われては。
義之としても黙って直立しておくしかなかった。
それから10分・・・いや、20分は経っただろうか。
ようやく身体を離したさくらは、義之の前に回りこんでニッコリと笑った。
「うん、充電完了!ありがとね、義之くん」
「じゃあ、おやすみなさ〜い」と最後にそう言い残し、さくらはさっさと自室へと戻っていってしまった。
その背中を見送り、義之はため息を一つ。
「・・・まだ言えない。かぁ」
確実にさくらは何かを――いや、義之が疑問に思っている答えを全て知っているのだろう。
だが、さくらがまだと言うのであれば・・・自分は待つしかない。
「・・・ふう。何なんだろうな、一体」
義之はもう一度縁側の窓に歩み寄り、星空をバックにそびえる桜を見つめて呟き。
不安を振り払うかのように、結局まったく口を付けなかった冷え切ったお茶を、一気に飲み干すのであった。
46話へ続く
後書き
ってことで45話をお送り致しました〜^^
今回はゲーム本編からはちょっと外れたオリジナル。そういえば、オリジナルを書くのも久しぶりですね(汗)
まあさくらの「充電」は確か本編にもあったかな?もうちょっと後の話ですが。
さて、物語も佳境へ。そろそろ「彼女」も行動に移します。
それでは、また次週〜。