『お姉ちゃんの話って、一体何なんだろう?』
由夢は疑問に思いながらも、義之の部屋へと通じる階段を上がっていた。
足を動かすたびに上昇する体とは反比例に、気持ちは沈んでいく。
また、先ほどのようなことを言われるのだろうか・・・と。
「別れて・・・かぁ」
数時間前。家に帰ってきた音姫に呼び出されて彼女の部屋へ行き、そこで義之との別れ話を薦められた。
それも、いつも笑顔な姉が、怖いくらいの真剣な顔で。
――「必ず、後悔することになるから・・・」――
そう言った彼女は、その冷たい表情とは裏腹に、どこか悲しげな瞳をしていた。
だがそれでも、由夢はこれからも義之と共に在ることを選んだ。
それがたとえ、音姫の言うとおり後悔する選択だったとしても・・・自分の気持ちに嘘をついての後悔よりは、遥かにマシだと思ったから。
『・・・よしっ!』
いつの間にか到着していた義之の部屋のドアを、決意と共に開く。
「・・・え?」
そして、眼前の光景に由夢は我が目を疑った。
そこには困惑している様子の義之と、そんな彼の背中に手を回すように抱きついている姉の姿が見えたのだから・・・。
D.C.U〜ダ・カーポU〜 SS
「自由な夢を・・・」
Written by 雅輝
<42> 勘違い
話は、由夢が義之の部屋を訪れる数分前に遡る。
あの後まっすぐ家に帰ってきてそのまま自室のベッドに寝転んだ義之は、それからずっと仰向けのまま考え込んでいた。
もちろん、それは先ほどの話の内容。真剣な、音姫の言葉の数々。
「・・・どういうつもりなんだよ?」
頭の中で堂々巡りしている考えが、彼女への疑問となって思わず口を突いて出る。
いくら考えても分からない。音姫の思惑も、その理由も、何もかも。
疑問が疑問を呼び、心の鬱積となっていく。
そんな時であった。
部屋のドアがノックされ、音姫の声が聞こえてきたのは。
「弟くん、ちょっといい?」
「・・・ああ、開いてるよ。どうぞ」
彼女に全てを聞くための、丁度いい機会かもしれない。
義之が返事をすると、音姫は静かにドアを開けて室内へと入ってきた。
「こんばんは」
その表情からは、何の感情も読めない。
冷めた――という表現が適切であろうか。感情を無理矢理抑えつけて、表情も心も冷え切っているかのようであった。
「さっきの話だけど、考えてくれた?」
「一応な。でも、いくら考えても音姉の言葉には頷けないよ」
たとえそこにどんな理由があろうとも、自分はもう気持ちを変えたりはしない。
「俺は由夢のことが好きだ。その気持ちを無かったことになんて出来ない」
そんな義之の決意がこもった、力強い声だった。
「どうしても?」
「あぁ、どうしてもだ」
「・・・そっか」
音姫の口から吐かれた大きなため息は、果たして諦めの意味なのだろうか。
少なくとも義之はそう捉え、謝罪の言葉を述べた。
「ごめん、音姉・・・」
彼女とは、小さな頃からの長い付き合いだ。
そんな彼女だからこそ、その無茶苦茶な言葉を信用し、その上で応えることは出来ないのだから。
「じゃあ、しょうがないね」
音姫はそう漏らすと、真剣な表情を崩すことなく義之へと近づいていく。
そして――――。
「それなら、私が由夢ちゃんのことを忘れさせてあげるよ」
気付いた時にはもう、彼女の細い体に義之は包み込まれていた。
「――え?」
状況を把握できずに呆然としている義之の呟きは、誰にも伝わることなく宙に舞い。
「ねぇ、弟くん」
耳元で囁かれる、甘い声。
すぐ傍から感じる、彼女の吐息。温もり。芳香。
「私になら、何をしてもいいから」
そして何より、自分の体にしがみ付いている柔らかい感触が、一瞬にして義之の頭の中を真っ白に染める。
「お、音姉。な、なにを――」
やっとのことでそれだけを言うと、義之は体に力を込めて彼女を引き離そうとした。
しかし、彼女の懇願するような――いや、何かに縋るような眼差しを受けて、その動きもピタリと止まってしまう。
「・・・私が由夢ちゃんの代わりに、弟くんのしたいこと全部してあげるから」
「なんだって、弟くんが満足するようにしてあげる」
彼女の甘い声が、耳朶を打つ。
だがそれはほとんど感情の籠もっていない、ただ言葉を並べただけの詭弁に過ぎない。
それでも、抱き付かれているこの状況で、その言葉の意味を深く考えてしまうのは、男としての道理であった。
『でも・・・それでも・・・』
音姫は、確かに美人だ。それも、とびきりの。
だが、違う。これはきっと、間違っている。
『俺は・・・由夢のことしか愛せないんだ』
頭の中で由夢の笑顔を思い出すと、激しい心臓の鼓動も、真っ白になっていた頭も・・・全てが元通りになっていく。
「音――!」
義之は今度こそ彼女を引き剥がそうと、彼女の肩に手を置いた・・・まさにその時。
”――ガチャッ”
義之の決意を遮るかのように、唐突に開くドア。
「お姉ちゃん、話って何?だいたい、兄さんの部屋で――」
そしてそこから姿を見せたのは、義之が以前与えたパジャマを見に纏った由夢であった。
「・・・あ」
呟かれた声は静かに消え行き、驚きに見開かれた双眸は、義之と音姫――傍から見れば抱き合っている状態の二人に向けられている。
一瞬の静寂。
3回ほど時計の秒針の音がなった頃、我に返った義之は、呆然と立ち尽くしたままの由夢にすぐに弁解しようとした。
だが――――。
「あ、ゆ、由夢。これは――」
「こういうことなの、由夢ちゃん。私と弟くんはこういう関係なの!」
義之の言葉を、音姫の鋭い声が遮り。
「っ・・・!」
一瞬にして悲痛な表情になった由夢は、勢いよくドアを閉めて駆けていったのだった。
どこに行くかなんて、自分にも分からない。
とにかく遠くへ。二人の姿など、視界に入らないほど遠くへ。今見た光景など、忘れてしまうほど全力で。
気付いた頃には、もう既に家を飛び出していた。
しかし、芳乃家の門を出たところでふと立ち止まる。。
無意識に履いていたサンダルにより、裸足の足が肌寒いおかげか、幾分冷静になった由夢は疑問に思ったのだ。
『結局、お姉ちゃんの話って何だったんだろう?』
彼女は、確かに言ったはずだ。
――「弟くんも一緒に聞いて欲しいから、弟くんの部屋まで来てくれる?」――
「・・・そっか、そういうことだったんだ」
考えている内に合点がいったのか、ようやく自分の勘違いに気付いた由夢は、一つため息を吐いて門にもたれ掛かり、既に漆黒に染まった星空を見上げた。
・・・つまり、音姫の電話での言葉は、由夢を義之の部屋に呼ぶためのただの口実。
本当の狙いは、自分と義之が付き合っていることを由夢に報告することではなく、由夢にそう思わせたかったのだ。
夕方には急に義之と別れるように言ってきた彼女だ。そんな行動を起こす動機は充分にある。
「そうだよね。兄さんに浮気をするような甲斐性なんて無いか」
安堵するように夜空に白い息を漏らすと同時に、義之の事を信じきれなかった自分を自嘲する。
『駄目だよね、こんなんじゃ。ずっと兄さんといるって決めたのに・・・何があっても、ずっと一緒だって・・・』
今日は風が強いからか、はたまたいつもより身に纏っているものが少ないからか・・・肌寒さを感じて、由夢は両腕で自分の体を擦るように抱きしめた。
「もう、そろそろ・・・」
由夢は視線を転じて俯き、そっと目を閉じる。
「来てくれるよね?兄さん」
次に瞳を開けた時には、目の前に息を切らした恋人が待っていますようにと・・・。
43話へ続く
後書き
ちょっと今回は遅れちゃいましたが、何とか42話UPです^^;
いやぁ、疲れた。バイトで忙しいため、実質二日で書き上げました。
なので・・・ちょっとアラが目立っているかもしれませんが、ご勘弁を(汗)
さて、内容はと言うと・・・おぉ、なかなかシリアスな展開(笑)
ここは本編でも、グッとゲーム中に引き込まれるような場面でしたね。
私の今回の話で、そういう気持ちにちょっとでもなって頂けたのであれば嬉しい限りです♪
それでは、また。43話で^^