「いつ来ても・・・ここは綺麗だね」

「ああ・・・そうだな」

音姫が先導して義之を連れてきた場所は、彼もよく知っている場所であった。

幼き日の思い出と共にまったく色褪せない桜の花びらが、途方もなく巨大な樹木の枝から止め処なく舞い散る。

『そういえば・・・』

音姫とさくらのあの奇妙な話を聞いたのも、この桜の木の下だったか。

そして、由夢の夢に出てきた、彼女が懸命に祈っていたのも。

「・・・」

そんな数々の出来事に、義之はこの桜とは縁深い以上の何かを感じていた。





D.C.U〜ダ・カーポU〜 SS

             「自由な夢を・・・」

                      Written by 雅輝






<41>  姉として





「・・・それで、話って?」

そっと大樹の幹に背を預けた音姫に近づきながら、義之は訊ねる。

「それは・・・」

音姫は幹にもたれ掛かったまま、義之とは視線を合わせず、中空を見ながら口を開いた。

――音姫は普段、必ず相手の顔を見ながら話をする。

それが真面目な話だとしたら殊更だ。

だから今、こちらを向こうとしない彼女の様子に、義之は確信にも似た想いを得た。

・・・きっと、彼女も話したくないような悪い話なのだろうと。

やがて、覚悟を決めたように音姫が言葉を続ける。

「・・・弟くんは、由夢ちゃんのこと、好き?」

「え?」

いきなりの質問に、面を食らってしまう。

しかし、音姫の至極真面目な表情を見る限り、それは決して冷やかしや冗談ではない。

「・・・ああ。好きだ」

だから義之も、今の自分の気持ちを真っ直ぐに答える。

「・・・それは家族として?それとも女の子として?」

「勿論・・・ひとりの女の子として。俺の彼女として、由夢が好きだ」

これだけは譲れない、自分の気持ち。

今まで散々自分の気持ちを誤魔化してきた。目を逸らしてきた。逃げ続けてきた。

だがもう、そんな自分にはなりたくない。

音姫はまだこちらを向いてはくれないが、今の義之は自信を持って、自分の気持ちを謳うことができる。

「・・・・・・そっかぁ」

数秒間の沈黙の後、音姫の口から漏れた言葉。悲しげな響き。

彼女は「ふう」と大きく息を吐くと、ゆっくりと義之を振り返った。

そこには、先ほどの悲しげな言葉を漏らした少女の姿はもう無い。

今そこに居るのは、義之を意志の籠もった強い視線で捉え、威厳の二文字を空気と共に纏っている、「姉」としての朝倉音姫であった。

「・・・ごめん、今までなかなか言い出せなくて。秘密にしようとしていたわけじゃないんだ」

「うん。それはいいの。・・・薄々気付いてたから」

「ただ・・・」と、音姫は真剣な表情を崩さないまま続ける。

「ただ?」

「一つだけ・・・そう、一つだけお願いがあるの」

「お願い?」

「うん」

”ザアアアァァァァァッ”

一陣の寒風が通り過ぎる。

それに呼応するように、義之たちを取り囲むようにして並んでいる桜たちはざわめき、音姫の長い髪とリボンが棚引くように揺れる。

だがそれをまったく意に介さない様子の彼女に、義之は口内にいつの間にか溜まっていた唾液を飲み込んだ。

肌を刺すような緊張感。

そんな中、ゆっくりと音姫の口が動いていく。

「由夢ちゃんと、別れて」

「―――」

義之の頭の中が、一瞬にして真っ白に染まる。

まだはっきりと意味を理解できないその言葉は、それ程までに彼に衝撃を与えた。

「由夢ちゃんを好きだったことも忘れて。元の兄妹みたいな関係に戻って」

氷のように冷たい声。

まるで、全ての感情を無理矢理抑えつけたような・・・そしてそれは、同じく彼女の表情にも言えることであった。

「ちょ、ちょっと待ってくれ!どういうことだよ?いきなり由夢と別れろって・・・」

「理由は言えない。でも、由夢ちゃんとだけはダメなの」

事情を説明せぬまま、そして理由も言わぬまま・・・それでも音姫は、まるでそれが世界の理(ことわり)であるかのようにはっきりと断言する。

だが義之としても、この想いを無かったことにするなんて到底不可能な話であったし、当然するつもりもない。

「そんなの無理だって。理由も無しに由夢と別れろなんて・・・俺が納得すると思う?」

「思わないよ。でも、だからこそ・・・早く別れた方が、二人のためなの」

「何だよ、それ・・・どうして俺達が別れることが、二人のためになるんだよっ!?」

「・・・っ」

義之の叫びに、音姫は一瞬顔を歪めて冷たい表情を崩した。

それを彼に悟られぬよう、顔を俯かせ、唇を噛み締めて・・・ただ、耐える。

油断すれば、瞳から気持ちが溢れ出そうだったから――。

「私が言いたいのはそれだけ。考えておいてね」

無理矢理感情を捻じ伏せ、音姫は最後にそれだけを言うと、後は何も言わずに義之に背を向けた。

「お、音姉!ちょっと待ってくれよ!なぁ!!」

この場を去っていこうとする背中を、必死に呼び止めようとする義之。

だが音姫は、結局最後まで振り返ることはなく、次第にその背中は遠ざかっていった。







「どうすればいいんだろ・・・」

灯りも付いていない暗がりの自室で、音姫はベッドに仰向けになりながら悩んでいた。

ひたすらに天井を見つめ、悩みを頭の中でループさせるが、一向に答えは見つからない。

結局、義之を説得することは出来なかったし、由夢を説得した時の反応も義之と似たり寄ったりだった。

――「そんな・・・そんな事、出来るわけないじゃない!」――

由夢の悲痛な叫びが、頭に蘇る。

そう。普通はそんなことできるわけがない。

愛し合う二人の関係を、どうして第三者の自分が否定できようか。

でも・・・やるしかない。

最悪な結末――未来は変えられないのだから。

ならば、少しでも傷を浅くするのが自分の役目だ。

それが、彼らにとって最悪な未来を創ろうとしている魔法使い――朝倉音姫としての役目なのだ。

そうであるはずなのに・・・。

『私は・・・迷っている』

何が正しくて、何が間違っているのか。

何を選び、何を捨てるべきか。

その答えはもう随分前に出したはずなのに、それにも関わらず自分は揺れている。

それはきっと、彼らの想いを知ったからであろう。


――「勿論・・・ひとりの女の子として。俺の彼女として、由夢が好きだ」――

――「うん・・・好きだよ。私は、兄さんが好き。この想いは、誰にも・・・お姉ちゃんにだって、負ける気はしない」――


今まで、兄妹として育んできた・・・そして今は、恋人として育み続けている、二人の絆。

それを見せ付けられた自分は、一体どうすればいいのだろうか。

全てを諦めて、投げ出してしまうのか。

それとも、一縷の可能性にかけて、まだ彼らの絆を壊そうとするのか。

「・・・ふう」

胸に溜まった膿を取り除くように、大きく息を吐く。

そして、決意する。

これで、もう最後。もしこれでダメだった場合は・・・残念ながら、説得の余地など無いということだろう。

「弟くん・・・由夢ちゃん・・・」

姉として、彼らに出来る唯一のこと。

それすら諦めてしまおうとしている自分は、果たして彼らの姉である資格があるのだろうか。

「・・・ごめんね」

音姫は一度悲しげな声で呟くと・・・表情をスッと切り替えて、由夢の携帯に電話を掛ける。

「・・・もしもし、由夢ちゃん?もうちょっと・・・話しておきたいことがあるんだ。弟くんも一緒に聞いてもらいたいから、弟くんの部屋まで来てくれる?」

戸惑いながらも了承する由夢の返事を電話越しに聞き終えると、音姫は通話を切り・・・自らも義之の部屋へと向かうのであった。



42話へ続く


後書き

今回は3日で更新できました^^いつもこのペースだと良いのですが・・・。

さて・・・ここからはシリアスパートに突入ですね。今回は音姫の葛藤をテーマに書きました。

このシーンは、本編においてもかなり重要な部分ですよね。

クライマックスに向けての伏線というか・・・音姫の気持ちを思うと、胸が痛いのですが。

「姉として」、彼女が出来ること・・・本編では語られていなかった彼女の心境を、私なりにアレンジしてみました。


次回は週末に・・・UP出来るといいなぁ。

それでは!



2007.3.28  雅輝