日付が変わって、時刻は明け方5時過ぎ。
音姫がいつも起きているのは6時半なので、まだ起きだすには少々早い時間帯。
「あれ?リビングに灯りが点いてる・・・」
ふと目覚めた音姫がトイレに行こうと一階へ下りると、誰もいないはずのリビングから灯りが漏れているのに気が付いた。
リビングのドアが完全には閉まりきっていなかったので、音姫はその隙間から覗きこむようにリビングの様子を探る。
「う〜ん、後一品は増やしたいところだけど・・・早く片付けないとお姉ちゃんが起きて来ちゃうし・・・」
すると、キッチンにはフライパンを片手に「う〜ん」と考え込んでいる様子の由夢が。
『・・・あれは』
そしてテーブルの上には、可愛らしいこじんまりとしたピンクの弁当箱と、一回りサイズが大きいグレーの弁当箱が並んでいる。
『・・・そっか。弟くんに・・・』
これだけの判断材料が揃っていて、由夢の意図が分からない彼女ではない。
昨日、手を繋いで帰ってきたところからしても、二人は仲直り――いや、もしかするとそれ以上の関係になってしまったのだろう。
だが、だからこそ。
もっと親密な関係になる前に。
そして、傷が深くならないように。
『ごめんね・・・由夢ちゃん、弟くん』
今日の夜には何度も言わなければならないであろう言葉を、音姫は心の中で悲しげに呟き、由夢に気付かれないように静かにその場から立ち去った。
D.C.U〜ダ・カーポU〜 SS
「自由な夢を・・・」
Written by 雅輝
<40> 膨らんだ巾着袋 2
「さって、今日も食堂にしとくかな・・・お?」
つい先ほど4時間目のチャイムも鳴り響き、昼食を取ろうと席から立ち上がった義之は、教室から見える廊下に所在なさげに立っている由夢を発見した。
「お熱いことね・・・」
「ふふふ♪」
後ろから杏の呟きと茜の含み笑いが聞こえてきたが、当然そんなものは無視して心持ち急ぎ足で由夢の元へと向かう。
――教室の他の箇所からもちらほら囁き声が聞こえた辺り、少しずつ「付き合っている」という噂は進行しているようだ。
「よう、どうしたよ。こんなところで」
「や、それは、その・・・。屋上に行こうと思って」
「はぁ?」
まったく脈絡のない話に、義之の口からは呆れが含まれた疑問が紡がれる。
季節は真冬。こんな時期にわざわざ自分から校内で一番風が強い場所に行こうとする酔狂な者など、今目の前でテンパっている彼女くらいしか居ないのではないだろうか。
「・・・なんで屋上なんだ?普通に寒いと思うんだが」
「え?あ、そ、それもそうですね。それじゃあ保健室にしましょう。鍵は持ってますから。ほらっ、行きますよ?」
「へ?いや、だから説明をだな・・・」
早口で捲し上げた由夢に腕を取られ、そのまま有無を言わさず引き摺られていく義之。
しかし以前にも同じ様なことがあったのと、由夢がもう片方の手にぶら下げている巾着袋を見て彼女の意図を察した義之は、ふっと苦笑しつつも大人しく彼女に従った。
「はぁ・・・」
「・・・どうしたんです?兄さん」
「いや・・・この状況に立たされると、前に起こった悲劇を思い出してしまってな」
誰もいない、由夢と二人きりの、鍵が掛かった保健室。
パイプ椅子に座っている自分と、同じく机を挟んだ向かい側に座っている由夢。
さらにあの日と同じ様に机の上に乗った、まだ蓋が被せられたままの弁当箱が二つ。
・・・嫌でもこの場所で、異物の体内浸入によって昏倒したことを思い出してしまう。
「そ、そんなことは早く忘れてください!」
「そう言われてもなぁ。あの味は忘れられないぞ?・・・勿論、悪い意味で」
「む〜〜〜っ!!」
頬を膨らませて抗議の姿勢を示す由夢の仕草に、義之は微笑ましさを感じて思わず吹き出してしまった。
「・・・兄さん?」
「いや、ごめんごめん。あまりに由夢の反応が可愛すぎて、ちょっと意地悪したくなったんだ」
「なっ――!ま、またそんなことを言って・・・」
「それじゃあ、そろそろ食べようぜ」
顔を真っ赤にする由夢を軽くいなして、義之は躊躇なく弁当の蓋を開けた。
――由夢にはああ言ったものの、今は弁当の中身についてほとんど心配などしていない。
音姫に料理を教えてもらって以来着実に彼女の腕前は上がってきているし、何度か朝食を作ってもらったこともあるが昔とは比べ物にならない。
ただ、「義之の彼女として弁当を作ってくる」のは今日が初めてであったため、教室に来たときはかなり緊張していたようであったが。
なので、すぐに開けるどころかどうやって逃げようか画策していたあの頃に対して、今は自然に蓋を開けられるのである。
「おぉ・・・」
だから当然、その中身も期待に伴っている。
色とりどりの鮮やかなおかずの数々は、黒一色で染まった炭だらけの弁当とは一味も二味も違う。
由夢はその成果を示すように、「えっへん」と言わんばかりに慎ましい胸を張った。
「どうです?私だってやれば出来るんですよ。あの頃の私と一緒にしてもらっちゃ困りますね」
厭味っぽく敬語を使っている辺り、どうやら以前の事を相当気にしていたらしい。
義之は苦笑しつつ、「じゃあいただくとするかな」と言うと、弁当に箸を付けた。
「・・・」
「ど、どう?」
「・・・うん、合格だな。美味しいぞ、由夢」
「そ、そう・・・や、当然ですから」
ほっと安堵の息を吐きつつも、すぐに強気に出る由夢。
しかし義之の言葉が嬉しいということは、その強気な表情の中に隠れたはにかんだ笑みが如実に語っていた。
義之は由夢のそんな様子に胸が温かくなり、一度彼女の栗色の髪を撫でるとそのまま本格的に箸を動かし始める。
そして残り一口となったとき、由夢は体を乗り出して義之に待ったを掛けた。
「に、兄さん。ちょっと待って」
「ん?」
「えっと、その・・・箸を貸してください」
「なんで?」
「いいから!早く貸してください!」
「?・・・ほれ」
顔を真っ赤にしている由夢に対して、未だ何のことか分からずに首を傾げながらも箸を渡す義之。
・・・相変わらず鈍い男である。
由夢は義之の箸を持ち直すと、徐に彼の弁当箱に箸を入れ・・・。
「は、はい。兄さん・・・あ〜ん」
「へ?い、いや、ここ学校だし・・・」
目の前に差し出された、最後の一口を挟んだ箸を見て、義之は激しく狼狽する。
「確かに学校ですけど、今この保健室には私たちしかいません」
「しかしだな・・・」
「・・・もしかして、食べたくないんですか?」
箸を持つ手が下がり、しゅんと落ち込む由夢。
もし彼女にネコ耳が生えていたら、気持ちと比例してペタンと縮まっていることだろう。
――そんな仮定は何の意味も無いが。
「あ〜・・・分かった分かった。頼むからそんなに落ち込むなって。・・・食わせてくれよ」
惚れた弱みか、義之も泣く子と由夢には敵わないようだ。
口を開き、少しでも恥ずかしさを軽減させるため頬を赤らめながらも目を閉じる。
「あ・・・えへへ♪」
由夢は嬉しそうにはにかみ、そっと箸を義之の口へと導いた・・・。
「それにしても、本当に料理も上達したよなぁ」
「当然です。お姉ちゃんの手解きも受けましたからね・・・って、あれは・・・お姉ちゃん?」
放課後。またも手を繋いで帰宅している最中に、由夢は何かに気付きふと足を止める。
”桜公園”という名の由来となった、幾本も続く桜並木の下で・・・由夢の呟き通り、音姫は舞い散る桜を眺めながらぼんやりと佇んでいた。
義之は声を掛けようと思ったが、その幻想的な雰囲気と悲しみを帯びた音姫の瞳に、言うべき言葉を無くす。
そして音姫はまるで義之たちが来るのを知っていたように、ゆっくりとこちらを振り返り微笑んだ。
それはまるで、昨日の再現ビデオを見ているようで・・・。
しかし、こちらに向けられた音姫は昨日とは違い、感情が溢れ出そうな、今にも崩れそうな、危うい表情をしていた。
「待ってたよ、二人とも」
「あ・・・ああ。どうしたんだ?こんなところで」
「うん、ちょっと弟くんに大事な話があって・・・」
「俺に?」
自分を指差しながら問う義之に、音姫はただ真剣な表情でひとつ頷いた。
「えっと・・・それじゃあ私は先に帰ってるね?」
音姫のあまりにも真剣な表情に何かを感じたのか、由夢が二人に視線を走らせてから繋がれていた手を離す。
「ごめん、由夢ちゃん。ちょっとの間、弟くんを借りるね?」
「うん、じゃあね。兄さん、お姉ちゃん」
由夢は最後に一度だけ義之を振り返ってから、ゆっくりと歩き出した。
「・・・邪魔しちゃったかな?」
由夢の背中が見えなくなってから、音姫がポツリと呟く。
「いや、そんなことないさ。音姉が大事な話って言うからには、本当にそうなんだろ?」
「・・・うん。ちょっと、場所を変えよっか?」
音姫はそう言うと、先導するように桜並木の奥へと歩き始める。
「・・・」
それに黙って付いていく義之の胸には、確信にも似た不安で満ち溢れていた。
41話へ続く
後書き
ふ〜、何とか今回も1週間で更新。
しかし気付けばもう40話なんですよねぇ。
もうここまで来たら、後は根性だけですね。なんとしても完結させてみせますよ!
さて、今回は第6話の雪辱ということで、由夢のお弁当作りパート2をお送りしました^^
そして雪辱戦は見事に成功。リベンジを果たすことができましたね。
今まであまり表現できなかった、「ほのらぶ感」を出してみたのですが・・・いかがでしたでしょうか?
最後の段落からもわかるように、そろそろクライマックスに向けて始動しているので、これからはシリアスが多くなりますから・・・その補充?^^;
それでは、また次回の後書きで〜。