「綺麗な夕焼けだね・・・」
「ああ。ここ最近、忙しなくてゆっくりと空を見上げることなんて無かったし・・・たまにはいいかもな」
義之と由夢は、どこまでも続く茜の空を見上げながら、家へと向かって歩いていた。
肩が触れ合うほど近くもなく、かといって人がひとり通れるほど離れてもいない。そんな距離を保ちながら、並んで歩く。
そんな二人の姿は、良くて仲の良い兄妹・・・とてもじゃないが、恋人同士という関係には見えなかった。
「そういえば聞いたぞ?おまえ、5,6時間目の授業をサボったそうじゃないか」
「え?や、それはその・・・っていうか、何で兄さんが知ってるんです?」
「たまたま廊下でおまえのクラスの担任に会ってな。そん時に聞いたんだよ。・・・あの人は去年の俺の担任だったからな」
しれっと答える義之。
「それよりも、珍しいじゃないか。優等生を演じてるおまえがサボりだなんて・・・今まで一度だって無かっただろう?」
「うん、そうなんだけどね・・・。ちょっと、友達と大事な話をしてたんだ」
俯き加減で、しかしはっきりと由夢は言い切る。
義之もその真剣な声に何かを察したのか、「そっか・・・」と静かに相槌を打った。
「・・・ねえ、兄さん」
「ん?」
「手、繋ごっか?」
「・・・へ?」
義之の返事を待たず、由夢は彼の左手をしっかりと自分の右手で握った。
まだ学校からはさほど離れてはいない場所。当然、下校途中の生徒だって少なからず見受けられる。
「ゆ、由夢?」
義之が慌てて上擦った声を出すと、頬を朱に染めた由夢は寂しそうな顔で呟いた。
「別に・・・嫌なら離していいよ?」
周りの生徒達の目が、こちらに向いているのを感じる。
しかし由夢のその言葉は、その上で・・・義之と恋人同士であろうとした。
「・・・ばーか」
軽く笑み、義之は自分の左手にギュッと力を込めた。
「今更嫌がるわけないだろ?俺とおまえは・・・恋人同士なんだからな」
「あ・・・うん!」
――「『このまま由夢ちゃんたちの事が、周りにとって公然の事実になったら・・・私はきっと自分の気持ちを諦められる』・・・ってね」――
美冬の言葉が思い出される。
これで周りに広まれば、彼女の気持ちも少しは楽になるのだろうか。
・・・そう願いたい。自分が幸せになることが、美冬へ出来る唯一のことだと信じているから。
由夢は握り返された手にもう一度力を込めて、義之の温もりを感じていた。
D.C.U〜ダ・カーポU〜 SS
「自由な夢を・・・」
Written by 雅輝
<39> 音姫の帰宅
「ん?あれは・・・」
「・・・お姉ちゃん?」
自宅までの最後の角を曲がり終えた所で、朝倉家の前に佇んでいる彼女の姿を認めた義之と由夢は、ふと足を止めた。
遠目からなのではっきりとはしないが、その目は憂いを帯びつつ、朝倉家の庭に生えている桜の木を見つめている。
「あ・・・弟くんに由夢ちゃん。おかえりなさい」
二人分の足音に気付いたのか、こちらが声を掛ける前に振り返り、微笑を浮かべる音姫。
そのいつもと変わらない微笑みに若干安堵しつつ、義之と由夢も言葉を返した。
「ただいま、お姉ちゃん」
「ただいま。っていうか、そっちこそおかえり」
「う、うん、ただいま・・・」
「・・・?」
どことなくよそよそしい音姫の様子に疑問を感じながらも、長旅で疲れたのだろうと無理矢理理由付け、義之は彼女達を家へと促した。
「今日は折角だし、三人で晩飯食おうぜ。音姉もまだ食ってないんだろ?」
「そうだね、そうしよっか?お姉ちゃん」
「・・・・・・」
「?・・・音姉?」
「えっ?あっ、うん・・・なに?」
「いや、だから晩御飯はウチで一緒に食べようって話だよ」
「ご、ごめん。ぼーっとしちゃって・・・。うん、そうだね。よーし、今日は思いっきり腕を振るっちゃおうかな」
「ちょっと荷物置いてくるね」とそう言い残して、音姫は一度朝倉家へと入っていった。
残された義之と由夢は、お互いの顔を見合わせ、疑問符を浮かべる。
「どうしたんだ?音姉、変だったよな?」
「うん、かなり・・・。あんな様子のお姉ちゃんも、珍しいと思うよ」
二人して何度も首を傾げるが、そんな事をしても何も分からないのは確かなので、由夢も一度鞄を置きに自宅へと戻った。
「・・・やっぱり、旅先で何かあったのかな?」
――魔法使いとして、桜の木に関係のある旅行。
前に音姫とさくらの話を立ち聞きしていた義之は、今回の旅の目的を思い返し・・・ぽつりと、不安げに呟いた。
「そういえば、ちゃんと仲直りは出来たようだね?」
「へ?」
音姫の手伝いとしてキッチンで料理をしていた義之は、いきなり向けられたその言葉に思わず妙な声が出た。
しかし音姫はその反応にツッコミはいれず、ただ淡々と言葉を続ける。
「由夢ちゃんだよ。・・・さっきも、仲良く手を繋いで帰ってきたみたいだったし」
「あっ、い、いや、あれは・・・!」
音姫の前で手を離すことを失念していた義之は、咄嗟に何か言い繕おうとするが、そんな必要もないだろうと自分に言い聞かせ気持ちを落ち着かせる。
「・・・ああ。まあ否定はしないかな」
「ふ〜〜〜ん?」
向けられた疑惑の声と表情に、義之は一瞬たじろぎそうになるが・・・音姫は一転して笑みを浮かべた。
「良かったね、弟くん。由夢ちゃんと仲直り出来て」
「あ、ああ。・・・?」
意外にも・・・というか、予想とまったく違う音姫の反応に、義之は驚きつつも彼女の横顔を見つめる。
「・・・うん、やっぱりみんな仲良くが一番だよね」
その声には言葉には似合わない寂しげな響きが含まれていたが、それ以上の事を料理を進める彼女の横顔から読み取ることは出来なかった。
「そういえばさ、音姉。さくらさん達と一緒に帰ってきたんじゃないのか?」
「うん。おじいちゃん達はまだ用事が残ってるんだって。だから、私一人で先に帰ってきたの」
”カチャカチャ”とスプーンでビーフシチューを掬う音がリビングに響いている。
何気なく点けられたテレビからはニュースキャスターの抑揚を抑えた声が流れており、三人はその音声をBGMに食事を進めていた。
「用事って、何してるの?」
「詳しくは私も知らないんだけど・・・二人で温泉巡りでもしてるんじゃないかな?」
由夢の質問にも、音姫は事も無げに答える。
「・・・」
しかし義之には、その答えが嘘であることを知っていた。
だがそれを今ここで由夢に明かすのはベターではない。音姫が自分達に隠しているのにも、何かワケがあるはずだ。
ならば、せめて彼女が言ってくれるまで待とう。義之はそう決めていた。
――「それでは、次のニュースです。先ほど、夕方5時半ごろ、初音島の風見学園でトラックが校門に激突するという事故が発生しました」
「・・・えっ!!」
何気なく聞いていたニュースの声に、聞き覚えのある単語が聞こえて義之は驚きの声と共に、テレビを注視した。
勿論、それは音姫と由夢も同じだ。だが音姫の目は、通っている学園だからという理由だけでは説明が付かないほど真剣そのものであった。
「警察の調べによりますと、トラックの運転手は突然ハンドルが効かなくなったと供述しており、消防ではトラックの点検と共に事故原因の特定を――」
キャスターの音声と共に、画面が事故現場へと切り替わる。
「うわぁ・・・」
トラックの助手席は無残にもひしゃげており、由夢が時々義之を待っている校門の柱は粉々に砕け散っていた。
幸いにして死者はゼロ。重軽傷者も、骨を何本か折った運転手を除けば誰もいないらしい。
しかし、音姫の表情には安堵した表情などなく・・・ただただ厳しい瞳を画面に向けていた。
「そんな・・・もうここまで・・・」
そして義之の耳に微かに聞こえてきた音姫の呟き。
――「もう・・・時間が無い」
40話へ続く
後書き
前回は少々過ぎてしまいましたが、今回は何とか日曜更新できました^^
しかも今回の更新は、この話を含め2話同時掲載。「はぴねす!」にチャレンジしてみました〜。
さて、39話はいかがでしたでしょうか?
前半にオリジナルを混ぜつつ、後半はシナリオどおりに戻してみたのですが・・・。
最後の音姫の台詞で、ようやく終わりが見えてきたかなぁって感じですかね。とはいっても、まだ10話ほど掛かりそうですが^^;
どうか最後までお付き合いくださいませ〜m(__)m
ではでは、失礼します。