「ふぅ〜〜〜・・・」
5時間目のチャイムを合図に、義之は長いため息と共に机に突っ伏した。
まるで授業に集中できなかった・・・いつもは集中しているのかと問われれば、首を傾げざるを得ないが。
その原因はやはり、自分と由夢の関係がバレてしまったことに尽きる。
一応呆然としていた雪月花の三人には口止めをさせて貰ったが、学食には周りにも多数の生徒がいた。
果たしてどこまで口止めが効果を成すか・・・そう考えると、どうしても気持ちが沈んでしまうのだ。
「よう!どうしたよ、義之。ため息なんてらしくねえじゃんか」
「ん?・・・渉か。いや、たまには俺にもローテンションな日があるさ」
「ふ〜ん。・・・そういえば、噂聞いたぜ」
「えっ?」
いきなり真剣な顔でそう言った渉に、義之は驚きを隠せないままで疑問の声を上げた。
「おまえ、由夢ちゃんと・・・」
「な、なんだよ?」
『まさか、もう出回ってるのか?まだ一時間も経っちゃいないぞ』
心臓が嫌な音を立てる。
しかし、次の渉の台詞でその心配が杞憂であったことを知った。
「昨日、食堂でイチャついてたんだってなぁ!くっそぉ〜、相変わらずのラブルジョワめ!」
「・・・へ?あ、ああ。昨日、ね」
・・・どうやらまだ噂は広まっていないらしい。
そう安堵すると同時に、彼女との関係が周りにバレることにここまで過剰に反応している自分に気付いて・・・義之は軽く自分自身に対して苦笑した。
D.C.U〜ダ・カーポU〜 SS
「自由な夢を・・・」
Written by 雅輝
<38> 美冬のキモチ(後編)
「お兄さん――義之先輩のことが、好きだったんだと思う」
「・・・え?」
美冬の真摯な表情と言葉を受けて、由夢は驚きの声と共に身体を硬直させた。
聞き間違い?
いや、違う。確かにはっきりと聞こえた。
ただ、認めたくないだけだ。
「初めて見た時からね。単純に優しそうな人だなぁって思ってたんだ。由夢ちゃんのお兄さんだからっていうのもあったと思うけど・・・何というか、雰囲気とかがね」
「でも、それは上級生に対する憧れのようなもの・・・。何となくだけど由夢ちゃんの気持ちは気付いてたし、私自身それほど気にしてなかった」
「けど・・・喫茶店の前で知り合ったあの日から、お兄さんと話す機会が増えていって・・・」
「そして肝試しのとき。仕掛けに驚いて、お兄さんの胸に抱きついて・・・凄く温かかったの」
「安心できた。恐怖心が解けてもずっとお兄さんにしがみ付いてたのは、きっとそういうことなんだと思う」
「その時から、本格的に意識するようになっちゃって・・・気がつけば、好きになってた」
「・・・」
淀みなく自分の気持ちを話す美冬に由夢は何も言えず、ただ呆然と彼女を見つめる。
美冬は由夢の視線に気付くと、困ったように微笑してまた口を開いた。
「でも、結局私の出る幕なんて無かった。由夢ちゃんとお兄さんは、最初から兄妹以上の絆で結ばれていたんだね?」
「天枷さん・・・」
ようやく口を開いた由夢は、それだけを呟くとまたじっと美冬を見つめた。
「だから、私は諦めた。親友の彼氏を横取りするつもりもなかったし、出来る気もしなかったから・・・諦めようとした」
「でもね。すぐには無理だった。だから私は、由夢ちゃんたちが付き合っているのを広めようとしたの」
「え・・・?」
要領を得ていない様子の由夢に、美冬は苦笑を返すと晴れ渡った空を見上げ「ふう・・・」と一息置いた。
「・・・自分でも、凄くくだらない理由だってわかってるんだ。でもね、あの時の私にとっては、咄嗟に思いついた良案だったの」
「『このまま由夢ちゃんたちの事が、周りにとって公然の事実になったら・・・私はきっと自分の気持ちを諦められる』・・・ってね」
「あ・・・」
由夢は学園でも有名人。そんな彼女が兄のような存在と付き合うことになったとすれば、その噂は瞬く間に広がるであろう。
そしてその噂を耳にする度に、自分に言い聞かすことができる。・・・義之と由夢は付き合っているのだと。
「馬鹿な考えでしょ?広めるって言っても、結局雪村先輩たちにしか話さなかったし、お兄さんが口止めしたのなら漏れることもない」
「中途半端だよ、私・・・。結局私の想いなんて、お兄さんや由夢ちゃんに迷惑を掛けただけだった!」
俯き叫ぶ、美冬の肩は震えていた。
由夢は何も言わず、一度目を伏せると・・・そのまま静かに彼女の方へと歩み寄る。
「え・・・?」
「・・・」
そして、ただギュッと・・・優しく、美冬を抱きしめた。
「由夢ちゃん・・・?」
「大丈夫だよ、天枷さん・・・。だから、自分を責めないで」
唖然とする美冬に、そう優しく語り掛ける由夢。
大丈夫。
大丈夫。
美冬の気持ちを解すように、何度も何度も・・・背に回した手で背中を擦りながら、ただ由夢は優しく言葉を重ねる。
「責めないの?・・・私、由夢ちゃんを裏切ったんだよ?」
「私は、裏切られたなんてちっとも思ってないよ」
「それに、由夢ちゃんとお兄さんに迷惑を掛けて・・・」
「迷惑を掛けられたとも、思ってない。それはきっと、兄さんだって同じだと思うな」
「私・・・私は・・・」
尚も言い淀む美冬を、由夢は力一杯抱きしめ、そして・・・。
「もう、いいんだよ。苦しまなくて。・・・今まで気付けなくて、ごめんね?」
「あ・・・」
由夢の腕と言葉の温かさに、美冬の頬に一筋の涙が走る。
一度綻びてしまえば、涙腺が決壊するのに時間は掛からなかった。
「私、こそ・・・ごめん・・・ごめんね、由夢ちゃん・・・っ」
由夢の胸に顔を埋め、静かに嗚咽を漏らす美冬。
由夢はそんな彼女を、その嗚咽が聞こえなくなるまで、ずっと・・・ずっと抱きしめ続けた。
――真冬にそぐわぬ温かな空気が、優しく二人を包んでいた。
「ふふっ、思いっきり泣いたらすっきりしちゃった」
由夢の胸から顔を上げた美冬は、その涙の軌跡が付いた頬を緩ませて、照れくさそうに笑った。
「もう、大丈夫みたいだね」
「うん、ご心配をお掛けしました!」
ビシッとおどけて敬礼をする姿に、由夢は安堵したような笑みを浮かべる。
そして美冬もふっと笑みを零すと、再度フェンスに歩み寄り、由夢に背を向けたままで口を開いた。
「本当にね。泣いたら全部すっきりしちゃった。・・・涙と一緒に、流れちゃったのかな?」
「え?」
由夢が疑問の声を漏らすと、美冬は振り返り――悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ホント、敵わないね。由夢ちゃんには。・・・お兄さんが好きになるはずだ」
「あ、天枷さんっ!?」
「あはははははっ♪」
顔を赤く染め、わたわたと慌てている由夢を見て、美冬は思いっきり笑い声を上げる。
「もうっ、笑い過ぎだよ」
「ごめんごめん・・・でもね」
「?」
「本当に、そう思うんだぁ。お兄さんは、由夢ちゃんのこういうところを好きになったんだろうなって」
「え、こういうところって・・・?」
由夢がそう聞き返すと、町並みを見つめていた美冬はふと校門に目をやり・・・そこに見えた姿に頬を緩ませた。
「・・・それくらい、自分で考えなくちゃね。・・・っと」
フェンスから体を離し、由夢の背後に回ると、美冬はその背中をトンと軽く押した。
「ほらっ、愛しの恋人様が校門の所で待ってるよ?早く行ってあげなくちゃ」
「わわっ」
そのまま由夢が2,3歩よろめくように屋上の出口へ近づくと、美冬はその背中に語りかける。
「ありがとう。これからも、親友だからね?」
「・・・うん」
由夢はその声に何かを感じ取ったのか、振り向くことなく返事をして静かに屋上を出て行った。
「・・・ホントに由夢ちゃんは気が利くんだから」
茜色の空を見上げ、ポツリと漏らす。
「最後だから・・・もう、これで絶対に最後だからね?」
その言葉は、今校門のところで兄と共にいる親友に掛けたのか。
それとも、そんな彼らをそっと見つめている自分自身に言い聞かせたのか。
「これで、忘れるから・・・」
彼への想いと共に、目から雫が溢れ、流れ落ちた――。
39話へ続く
後書き
前回の更新から一週間以上経ってしまいましたが、38話更新です^^
いやぁ、リクエストSSに気合を入れすぎて、こっちの時間配分を間違えちゃいましたよ(笑)
それに、今回も完全オリジナル・・・しかもかなり悩みましたからね。
で、その内容なんですが・・・。
う〜ん、個人的には納得のいっていない部分も少々。もう少しクオリティを高められたんじゃないかと。
さらに美冬ファンの方には辛いお話になってしまいましたが・・・二人が親友だったからこそ、こういう結末は仕方が無かったのではと思います。
さて、前回今回とだいぶ本シナリオからは外れてしまいましたが、次回は正規ルートに戻ります。っていうか、音姉が帰ってきます^^
それでは、また次回の後書きで会いましょ〜。