夢を見ている。

しかも自分のものではない。これは他人の――いや、もはや誰の夢なのかは断言できた。


「はい、兄さん。チョコバナナ買ってきたよ」

「ん、サンキュー」


幸せそうな二人が、互いにチョコバナナを手に、寄り添うように歩き出す。

その顔には笑み。今この瞬間を、心から楽しもうとしている。

恋人という距離。

穏やかな時間。

歩いているのは、桜公園だろうか。はらはらと散りゆく桜の花びらの中に、二人はいた。

ただ・・・何故なのだろう?


「兄さんのペッパーミント味も食べてみたいな」

「いいぞ、ほら」

「ん・・・おいしー♪」


見えている姿は、確かに自分と、恋人である由夢なのに・・・。

傍から見れば、幸せそうなカップルそのものなのに・・・。


「兄さん・・・」

「ん?」

「私、幸せだよ」


――何故こんなに、悲しい気持ちになってしまうのだろうか?





D.C.U〜ダ・カーポU〜 SS

             「自由な夢を・・・」

                      Written by 雅輝






<36>  由夢は幼妻?





「ん・・・朝か・・・」

鳴り響く目覚ましのベルに覚醒を促され、義之はゆっくりと上体を起こした。

首を2,3度捻り、硬直している体を解す。

ベッドを抜け出し階段を下りていく際、思い出したように頭に浮かんだのは先ほどの夢だった。

幸せだったはずの夢。しかし、どこか直感的な部分で、義之は確かに感じていた。

悲しさと、悔しさ。そして、変えようの無い運命への諦め。

それらは漠然としたもので、そもそも本当にそうだったのかすら自信が持てない。

「・・・こんなこと考えるなんて、らしくないよな」

漠然とした不安を抱えるより、渉や杉並と馬鹿騒ぎをしている方が自分らしい。

不安を振り払うように思いきり頭を掻き毟ると、朝食を用意すべくキッチンへと向かった。



「・・・お?」

リビングの扉に手を掛け、義之は何かに気付いたように足を止めた。

リビングには灯りが点いており、中からは何かの作業音と香ばしい匂いが漂ってきている。

『音姉か?でも、確かまだ帰ってきてないはずじゃ・・・』

時々音姫が朝食を作りに来ていることもあるが、今は実質不可能だ。

頭に疑問符を浮かべたまま、義之はとりあえず中に入ってみることにした。

「あ、兄さん。おはよう♪」

「・・・あ、ああ」

中に入り、再度硬直。

キッチンには由夢が立っていて、眩しい笑顔と共に挨拶をしてきた。

ピンク主体でチェック柄のエプロンを制服の上に纏い、フライパンを持ちながら振り向くその姿は、さながら新婚の幼妻のようで・・・。

義之は自分の頬が赤くなるのを自覚しつつも、不本意ながらそんな由夢から目を逸らすことが出来なかった。

「・・・兄さん?」

「えっ?あ、ああ。何でもない。おはよう由夢」

「うん。ご飯、もうちょっとで出来るから待っててね?」

「おう、先に顔洗ってくる」

義之はそう言って、火照った顔を冷やそうと洗面所へと向かった。

「・・・やばいな。本人は分かっててやってるのか・・・?」

――しばらく、頬の赤みは取れそうになかった。





「ごちそうさん」

「お粗末さまでした。どうだった?兄さん」

「ああ、普通に美味しかったぞ。腕を上げたじゃないか」

「ホント?実はあれからまた勉強してたんだ」

由夢特製のベーコンエッグとサンドウィッチを食べ終えた義之は、朝のニュース番組を見ながらゆっくりとしていた。

今日は目覚ましどおりに起きたので、まだ時間には余裕がある。

「ふんふふ〜〜ん♪」

鼻唄を歌いながら台所の片づけをする由夢に気付き、義之はぼんやりと視線をテレビに向けながらも声を出して問いかけた。

「どうした?今日はやけにご機嫌じゃないか」

「えっ、そうかな?」

「ああ。料理を褒められたのがそんなに嬉しかったのか?」

「う〜ん、それもあると思うけど、今日は夢見が良かったからね。たぶんそれでだよ」

「・・・へぇ。どんな夢だったんだ?」

「や、教えてあげませんから」

恥ずかしそうに頬を染めて、ソッポを向く由夢。

「残念」

口ではそう嘯きつつも、義之は彼女の夢の内容を知っていた。

なにせ、今朝義之が見た夢こそが、おそらく彼女が見た夢なのだから。

『・・・ってことは、由夢はあの夢を見て、何も感じなかったのか』

自分と同じ様な不安を感じているのなら、あんなにご機嫌になることも、ましてや「夢見が良かった」などと言う事も無いだろう。

単なる自分の思い過ごし・・・それだけならいいのだが。

『・・・ま、気に病まないに越したことはないか』

そう割り切ってそろそろ家を出ようとチャンネルに手を伸ばした時、聞こえてきたニュースキャスターの声に義之は電源ボタンを押しそびれた。

「さて、次のニュースです。枯れない桜で有名な初音島で、また事故が起こりました」

「また・・・か」

「島内のレストランで勤務中の男性が、突然意識を失って倒れたとのことです。すぐに病院に搬送され命に別状はありませんが、これで島内における突然の意識不明者は10人以上にのぼり、警察ではこれらの事故の因果関係を調べるのと同時に――」

「最近多いよね、こういう事故」

背後から聞こえた声に振り向くと、由夢が手をタオルで拭きつつ義之と一緒にテレビを眺めていた。

「由夢、もう用意は出来たのか?」

「うん、もうカバンも持ってきてるしね」

「じゃあそろそろ出るか。あまりのんびりしてたら、遅刻しちまいそうだしな」

「そうだね」

義之は立ち上がって――今度こそテレビの電源を落とし、由夢と共に芳乃家を出た。







「そういえばさぁ。義之くん、もう由夢ちゃんとは仲直りできたの?」

「え?」

4時間目の授業が終わり、学食へ行こうと席を立った義之に、茜は思い出したように振り向き問いかけた。

そういえば・・・と義之も、彼女を含めた雪月花やななかに由夢との喧嘩の事を根掘り葉掘り聞かれたのを思い出す。

「あ〜〜・・・」

返答に窮するように、義之は言葉を濁し苦笑いを浮かべた。

言えるはずが無い・・・仲直りどころか、付き合うことになりましたなどとは決して。

特に杏や杉並に知られたりしたら、次の日には校内のビッグサプライズとして生徒全員に知れ渡ることだろう。

「まあ、ボチボチかな?」

「ふ〜〜〜ん?」

「ボチボチ、ねぇ・・・」

なるべくポーカーフェイスを装って無難な回答をした義之に、茜は疑いの視線を見せ、隣の席からは杏が勘繰るように呟く。

「・・・何だよ?」

「ううん、ちょっと妙な噂を耳にしたものだから」

「噂?」

義之が問い返すと、杏はいつものように悪戯っぽい笑みで淡々と答えた。

「大したことではないわ。ただ、義之と由夢さんが学食でいちゃついてたってだけだから」

「ふ〜〜ん、俺と由夢がねぇ。・・・・・・って、なんじゃそりゃぁぁっ!?」

「あっれ〜?その反応を見る限り・・・」

「どうやら噂は真実のようね」

思いっきりノリツッコミを見せ動揺しまくる義之に、茜と杏が冷静に突っ込む。

「い、いや、これは違―――」

「これは詳しく話を聞かないとね」

「そうだね〜。小恋大佐も呼ばなくちゃ」

「大佐って・・・。いや、ちょっと待てって、お前ら人の話を・・・」

「はいは〜い、話なら学食に行っても出来るから」

「それに、学食なら由夢さんもいるかもしれないから」

ガシッ、ガシッと両腕を二人により拘束され、引き摺られるように歩き出す。

「わ、分かったから放せって!・・・はぁ」

強引な杏と茜に諦めのため息を吐きながらも、大人しく付いていく義之。

そんな彼に出来ることといえば、せめて学食に由夢の姿が無いことをただ祈るだけであった・・・。



37話へ続く


後書き

ども、雅輝でっす。テスト中ですが、なんとか更新にありつけました。

さて・・・明日は死に物狂いで頑張るか(笑)


今回は題名に悩みました。

そしてその結果が・・・あれ?なんかこういうタイトル前にもあったような・・・^^;

・・・まあいっか(笑)

本当は前半の「夢」の部分をタイトルに持っていこうと思っていたのですが、なかなか良いタイトルが思いつかなくて・・・。


後半は学園シーン。久しぶりに雪月花登場。・・・あっ、「月」がいない(汗)

・・・ま、まあ次回に登場予定なので、許してくださいm(__)m

さて次回。食堂に由夢はいるのか?・・・ふふふ、愚問ですね(笑)



2007.2.25  雅輝