「う・・・ん・・・」
目を開けて、最初に目に入ったのは、自分の部屋の天井だった。
酷く頭が重い・・・そう認識すると同時に、由夢は自分がリビングで倒れたことを思い出す。
『そっか・・・確か急に立ちくらみがして・・・その後どうなったんだっけ?』
ソファの上なら納得はいくが、何故自分は部屋のベッドで寝ているのか。
上体を起こすのはまだ億劫だったので、首だけを動かし周りを見てみる。
”パサッ”
すると、額の上に乗せられていたであろう濡れタオルが目の前に落ちてきた。
さらにフローリングの床には、氷水を張った洗面器が置いてあり、今頭の下にあるのもどうやら氷枕のようだ。
完全に、風邪を引いている人間を看病している光景。
『誰が・・・って、考えなくても一人しかいないか・・・』
音姫に純一、さくらが出かけてしまったことで、この家に自由に出入りできる人間は一人しかいない。
と、頭の中で彼の顔を思い描いた丁度その時――。
”がちゃっ”
「ん?起きてたのか」
「はわわっ」
突然その顔が開いたドアから出てきたので、由夢は慌てふためき、顔を赤面させて布団にもぐりこんでしまった。
D.C.U〜ダ・カーポU〜 SS
「自由な夢を・・・」
Written by 雅輝
<34> 告白とキス
「?・・・何やってんだ、おまえ」
「や、べ、別に何でもないですよ」
自分が部屋に入ってくるなりいきなり慌てだした由夢に、義之は至極当然な質問を投げかけた。
対して、由夢は返答をどもる始末。
しかし義之はそんな反応も風邪のせいだろうとさして気にすることもなく、そのままベッドの傍に腰を下ろした。
「で、調子はどうなんだ?」
「う・・・ん。やっぱりまだしんどいかな」
ようやく布団から半分顔を出し、由夢は頭の鈍痛に表情を歪ませた。
少し寝たおかげで多少はマシになったとはいえ、風邪であることには変わりなく。
おそらくまだ引いていないであろう熱に浮かされながら、荒い息を繰り返す。
「ったく。ぶっ倒れるまで我慢しやがって。お前といい音姉といい、どうして人に頼ろうとしないのかね」
「無茶をするのは・・・兄さんもでしょ?」
「俺はいいんだよ。男なんだから」
「なにそれ」
呆れつつも、由夢の表情は柔らかい。
昨日あんなことがあったのに、それでも今こうして穏やかな時を過ごせているのが、嬉しかったのだ。
そして、同時に自覚する。
――自分が一番安心できるのは、目の前の彼の傍だけなのだと。
「そうだ。お粥も作ったんだが、食べられそうか?」
「あんまり食欲はないけど・・・」
「いいから食べとけって。もう昼はとっくに過ぎてるけど、薬は飲んでおいたほうがいい」
「そう・・・だね」
由夢は風邪のせいで痛む体の節々に苦労しながらも、義之の補助も借りてゆっくりと上体を起こす。
一瞬頭がふらつき目を閉じたが、何とか大丈夫そうだ。
「ほれ、口開けろよ」
「・・・え?」
瞳を開くと、目の前にはレンゲに乗った熱々のお粥が突き出されていた。
勿論、そのレンゲを持っているのは義之。由夢が食べやすいように、少し冷ましてから彼女の口元に差し出している。
その突然の行動に一瞬思考が停止してしまったが、すぐに脳は活動を始め、由夢は赤リンゴのように顔を真っ赤にさせてしまった。
「や、い、いいよ!自分で食べられるから!」
「遠慮するなって。風邪の時くらい甘えてもいいじゃないか」
「で、でもこれは・・・」
「ほらほら。早く食わないと冷めちまうぞ?」
「うぅ〜〜〜・・・」
義之は一歩も引く様子が無いので、どうやら覚悟を決めるしかないようだ。
恥ずかしげに頬を染めながらも、由夢はおずおずと口を開けた。
「うんうん、由夢が素直で、お兄ちゃん嬉しいぞ」
「なっ――んぐっ」
義之のその言葉に叫びそうになるも、絶妙なタイミングで口の中に入れられたレンゲにより声は遮られてしまった。
由夢はどこか勝ち誇っている様子の義之を半眼で睨みながら、口の中に入れられたお粥を咀嚼する。
「どうだ?美味いか?」
「・・・む〜」
先ほどのことが悔しかったのか、由夢は義之の問いに頬を膨らませると謎の唸り声を上げた。
「そんなにむくれるなって。ほらっ、もう一杯」
「・・・んっ」
今度は素直に、義之の言うとおりに口を開く。
・・・やはり義之特製のお粥は、凄く美味しかったからだ。
「・・・しかし、こんな風にしてると昔を思い出すよな」
「昔・・・?」
レンゲに乗ったお粥を由夢に食べさせながらも、義之は懐かしげに目を細めた。
「ああ。昔っつっても5,6年前だけどな。おまえ、一度酷い風邪を引いたことがあるだろ。憶えてるか?」
「えーと・・・確か、インフルエンザにかかったんだっけ」
「そうそう。熱はなかなか下がらないし、由姫さんはまだ入院中だったしで、どうすりゃいいか分からなくてな」
「うん、兄さん凄く慌ててたよね」
その頃の彼の姿を思い出したのか、由夢の表情が綻ぶ。
「しょうがないだろ?看病なんて初めてだったんだし。でも、子供心ながらに必死だったのは今でもはっきりと憶えてるよ」
「・・・うん。兄さん、ずっと付きっきりで看病してくれたんだよね。それでそのまま私の部屋で寝ちゃって、今度は兄さんが風邪引いて」
「あれは面白かったよなぁ。さくらさんなんて、俺が風邪を引いたっていうのに大爆笑してたし」
「確かに、まぬけだけどね」
「ほっとけ」
――いつの間にか、由夢に与え続けていたお椀の中身は全て無くなっていた。
懐かしき思い出話に花を咲かせる二人の表情は柔和で、風邪を引いているというのに、由夢は普段よりも饒舌に義之と言葉を交わす。
「ははは、あの頃はいつも由夢を構っていたような気がするよ」
「うん、私も、いつも兄さんに付きまとっていたような気がする」
「そう・・・だったな」
「・・・うん・・・・・・」
ふとした瞬間、それまでは淀みなく交わされていた会話がプツッと途切れると、二人以外誰もいない空間は無音でしかなかった。
和やかだった雰囲気は一転して、気まずいソレに変わる。
「・・・でも――」
数秒のラグを置いて、義之の真面目な声が部屋に舞う。
「今は、あの頃とは違う。・・・俺はいつからか、お前の事を妹と思えなくなっていたんだ」
「え・・・?」
由夢はその言葉に目を見開き、驚きのまま義之を見つめる。
彼の瞳は、そのまま飲み込まれそうなほど真摯で、否応無しに心臓が高鳴った。
「あの頃は・・・お前を家族の一人として接し、兄として守り、妹として気に掛けていた」
「でも最近は、そうじゃなかったんだ。ただ、そう思い込もうとしていただけ。兄妹という関係を、壊したくなかっただけなんだ」
「にい・・・さん・・・」
「由夢・・・」
呆けたように呟く由夢に顔を寄せ、義之は相手の吐息がかかるほど近距離で、彼女の瞳をしっかりと見つめた。
「昨日、言ってたよな?『駄目だよ。もう、戻れなくなるよ』って」
「・・・」
「でもな。戻れないなら、進めばいい」
「・・・え?」
「実はな。俺も同じことを悩んでたんだよ。俺達は兄妹・・・引いては家族だ」
「もし、そこから一歩進んだ関係になれば、もう元には戻れなくなる。下手をすれば、今まで築いてきたものを全て壊してしまうんじゃないかって」
「・・・うん」
「でも、自分の気持ちに嘘は付きたくなかった。どうせ後悔するのなら、俺は自分の気持ちに従うことに決めた」
「それって・・・」
お互いの心臓は、破裂しそうなほどのスピードで鳴り響き、しかし頭は不思議な昂揚感に包まれていた。
義之は由夢を、そして由夢は義之を見つめあいながら、その昂揚感に身を任せる。
「俺は、絶対にお前の傍から離れない。これから先も、ずっと一緒に前に進みたい。・・・だから――」
一旦言葉を区切り、義之は由夢の手をしっかりと握った。
そして、今までずっと見て見ぬフリをしてきた気持ちを・・・自分の正直な想いを、他の誰でもない目の前の彼女に贈る。
――「俺と、付き合ってくれ。・・・もうお前を、妹として見ることは出来ないんだ」――
「――!」
涙が、零れた。
自分の頭ではどうしても抑えることが出来ない激情に、止め処なく由夢の瞳からは涙が溢れ出た。
『もう・・・我慢しなくていいの?』
今までずっと抑えこんできた、胸に宿る想い。
言ってはいけないものだと思っていた。気付いてはいけないものだと分かっていた。
それは彼と兄妹で在り続けるために、絶対に破ってはならないものだと・・・。
でも、結局は逃げていただけなのかもしれない。
恋人という不安定な関係とは違って、兄弟ならばずっと変わらない絆を得られるから。
自分の気持ちをひたすらに隠して、兄妹という関係に甘えていた。
でも・・・。
でも・・・それでも。
『やっぱり私は・・・兄さんのことが好きなんだ』
初恋だった。
勿論、出会った頃は兄としての好きに過ぎなかった。
けれど、ひとり自室で塞ぎこんでいる時に彼から与えられた和菓子と笑顔は、何物にも変えがたいほど温かく嬉しかった。
あの時から・・・。
そう、あの時からずっと・・・。
「・・・信じていいの?」
やがてポツリと、由夢の呟きが零れる。
「――ああ。信じて欲しい。俺がずっと、傍に居てやる」
その瞬間。
「兄さんっ!!」
由夢の心の中で長年に渡ってずっと押し込められてきたものが、全て解き放たれた。
勢い良く彼に抱きつき、その暖かい胸に顔を埋める。
「ずっと・・・ずっと我慢してきた」
「好きになっちゃいけないって、思ってた」
「でも・・・良いんだよね?」
「私、兄さんを好きになって良いんだよね?」
胸から顔を上げ、間近にある義之の顔を見つめる。
「勿論だ。むしろ、好きになってもらわなきゃ困る」
「・・・バカ兄さん・・・・・・」
ニヤッと、いつもの意地の悪い笑みを見せると、義之はそのまま由夢に顔を近づけた。
対して由夢も、まるでその行動が分かっていたかのように目を閉じ、同じ様に顔を寄せる。
「好きだ、由夢」
「私も・・・大好きだよ。兄さん・・・」
その直前に、愛の言葉を囁きあって。
そっと重なった唇と共に、二人の長年の想いもまた――重なった。
35話へ続く
後書き
ようやく・・・ようやく両想いになりました・・・(感涙)
ってことで、こんばんは。雅輝です^^
ようやく物語としても一区切りが付いた所ですが・・・完結まではまだまだですね。
でも、やっぱりここまで来れたのは素直に嬉しいものです。色々と本編と違う箇所がありますが、まあこんな感じで二人は結ばれましたよっと。
二人の関係に焦れていた読者の皆様方、大変お待たせしました。次回からはとりあえず恋人同士としての日常です。
けれど、そんな幸せな日常もいつまで続くだろうか・・・このまま幸せに連載を終わってしまおうかとも考えたのですが、それではD.C.と呼べませんからね。
もちろん、多少のアレンジは加えていきますが、これからも本編を軸にして物語は続いていきます。
どうか皆様、最後までお付き合いくださいませm(__)m
さて、次回の更新ですが、一週間後は無理だと思います。
というのも、キリ番リクエストを貰えましたからね。えへへ♪(←キモ)
さらに次のリク付きキリ番も111111に設定するつもりなので、3日後にはリクエストを貰えるかも・・・。
ってことで、とりあえずリクエスト作品を中心に執筆していきます。
それでは、次に会うのがリクエスト作品の後書きでありますよう・・・。