「う〜〜〜ん・・・」

朝倉家から帰ったその晩、風呂を出た義之はそのままコタツの中に入りぼんやりとテレビを眺めていた。

しかし内容は頭に入ってこない。そして口から出てくるのは苦悩に満ちたため息だけだった。

「なになに、義之くん。悩み事?」

「え?」

いつからそこに居たのだろうか・・・義之の目の前には、風呂上りのさくらの姿が。

彼女はリモコンを手に取ると、もはや雑音でしかないお笑い番組を消し、すっかり聞く体勢を取っている。

「いや、その、悩みっていうか・・・由夢のことなんですけど」

「ん? 由夢ちゃん?」

「ええ、ちょっと色々ありまして・・・」

思わず言葉尻を濁らせてしまう義之。

いくらさくらが信用ある相手だとはいえ、今日起こったようなこと――妹同然の由夢に告白まがいのことをした――はとても言えることではない。

義之としてもまだうやむやな部分があるので、今は由夢同様心の整理をつけたい時なのだ。

「そういえば、喧嘩はどうなったの?」

「・・・一応、仲直りは出来たと思います」

ただ、それ以上に彼女とは気まずくなったような気もするが。

「そうなんだ。やっぱり家族は仲良しじゃなきゃね♪」

「――っ・・・そう、ですね」

さくらの「家族」という言葉に、一瞬胸に鋭い痛みが過ぎるも、義之は何とか平静を装って言葉を返す。

――しかし、生憎と今回は相手が悪すぎた。

「ふ〜ん、なるほどねぇ。今度は仲直り以上の問題が出来ちゃったわけだ」

「ぶっ!な、何がですか?」

思わず吹き出し、声をどもらせてしまう。

それが確信に変えたようで、さくらは意地の悪い笑みでニヤッと顔を崩すと、小声で義之に囁きかけてきた。

「明日からボクとお兄ちゃんと音姫ちゃんの3人で出かけてくるけど、二人っきりだからってエッチなことはしちゃ駄目だからね?」

「な――っ・・・」

「にゃははっ。義之くん顔真っ赤〜〜」

「・・・」

顔を朱に火照らせた義之は、その顔を預けるようにコタツの上に突っ伏した。

『そうだ。昔からさくらさんは、何かと鋭いところがあったからなぁ・・・迂闊だった』

後悔してももう後の祭り。それに、人の意見も聞きたいところだったから、丁度いいかもしれない。

勢い良く顔を上げた義之は、思い切ってさくらに訊ねてみることにした。

「あの、さくらさん」

「ん?」

「さくらさんは、どう思います?その・・・兄妹も同然なのに、恋人になったりとか・・・」

「・・・ん〜」

義之の問いに、さくらは考える素振りを見せながら視線を窓の外へと向けた。

窓の外に見える庭には、月光に照らされて佇む一本の桜の木が。

そしてそれを見つめるさくらの瞳は、何かを懐かしむように細められている。

しかし、義之にはどうしてもその穏やかな表情の裏には、悲しみが宿っているように思えた。

確証は無い。強いて言うならば、長年家族として過ごしてきた彼の勘である。

「そうだね・・・」

やがて、小さく吐息を漏らして視線を庭から外したさくらは、ふっと義之に微笑んで見せた。

「ボクは、別に良いと思うよ。自分の気持ちに素直にならなくちゃ、幸せになんかなれないんだから」

「さくらさん・・・」

「由夢ちゃんとの関係を心配してるんなら尚更だよ。たぶんそれは、由夢ちゃんも思ってることだからね」

「だから、義之くんがしっかりとリードしてあげないと・・・男の子なんだから」

「・・・はい」

義之は、さくらの言葉をひとつひとつ噛み締めながら、しっかりと頷く。

すると、さくらは真面目な表情から一転、いつものくしゃっとした笑顔になった。

「にゃはは。それが分かってるなら、きっと大丈夫だよ。きっと・・・由夢ちゃんと幸せになれるから」

「はい!頑張ります!」

「うん、その意気その意気。・・・さってと、それじゃあボクはそろそろ寝るね。義之くんも、気負いすぎて夜更かししちゃダメだよ?」

「あっ、はい。おやすみなさい、さくらさん」

「うん、おやすみ〜〜」

自室へと向かうさくらの背中を見送り、コタツの中でゴロンと横になった義之は、先ほどのさくらの言葉を反芻しながらポツリと呟いた。

「幸せ・・・か」

それは確かに漠然としていて、人それぞれ違うものなのだろうけど、自分にとっての幸せは間違いなく由夢と作る未来だ。

今の義之には、はっきりとそう断言できる。

兄妹同然という関係から来る恐れや不安も、さくらとの会話ですっかり消え去っていた。

後は、自分の想いをしっかりと彼女に伝えるだけ――。

天井を見つめながらそんなことを考えていると、急激にやってきた睡魔に抗う間もなく、義之は夢の世界へと旅立つ。

――その夢の中では、笑顔の由夢と義之が、手を繋ぎながら桜公園を歩いていた。





D.C.U〜ダ・カーポU〜 SS

             「自由な夢を・・・」

                      Written by 雅輝






<33>  虚ろな意識の中で





「ん・・・」

全身を襲う寒気と、いつもの枕とは異なる硬い感触に、由夢はゆっくりとその瞼を開けた。

目を開けて周りを見渡すと、そこはいつも自分が寝ているベッドの上ではなく、勉強机の前。

その事に多少は驚くも、すぐに昨日のことを思い出し納得する。

――昨日、義之が帰ってから、何も考えないように、由夢は一心不乱に勉強に打ち込んだ。

数学でも解いていれば、他の事を考える余裕など無いだろうと。

しかし実際は、ふと手が止まり義之のことを考えては、また思い出したように手を動かし始める・・・ずっとその繰り返しであった。

結局寝たのは、漆黒の空が白み始め、新聞配達が始まる少々前くらいだろうか。

しかもどうやら考え事の最中に寝てしまったようで、無理な体勢を取っていたせいで体のあちこちが痛い。

「・・・?」

しかし、それだけではなかった。

由夢の寝起きはいつも爽快とは言えない・・・が、今日に限っては酷く体が重かった。

まだ寝ぼけている頭はガンガンと響き、全身を抱く寒気は一向に収まらない。

『風邪・・・かな?』

年が明けてまだ間もない真冬のこの季節、布団も被らずに机に突っ伏していたら、風邪を引いても当然だろう。

『参ったなぁ。今日からお姉ちゃん達は出かけるって言ってたし・・・』

つまり、今この広い家の中には自分ひとりだけ。

風邪を引いている状態での留守番は確かに心細かったが、それでも義之を呼ぶわけにはいかない。

――結局一晩中考えても、答えは出なかったのだから。

「・・・とりあえず、パンでも食べて風邪薬を飲まなきゃ」

薬を飲んで、大人しくしていれば治るだろう。

安易にそう考えた由夢は、気だるい体を多少ふらつかせながらも一階へと降りていった。







『38.7℃・・・さっきより上がってる・・・』

由夢はぼんやりとした思考で体温計の表示を眺め、内心でため息を吐いた。

朝、昼としっかりと食事を摂り、風邪薬も服用したのだが、風邪は良くなるどころかどんどんマイナスベクトルへと加速している。

やはり自分自身を看病するのには無理があるようで、気だるい体に鞭打ってまで氷枕やお粥を作る気にはなれなかったのも原因か。

とにかく、ベッドで荒い息を繰り返す由夢はこれからどうしたものかと、途方に暮れていた。

『とりあえず、トイレに行ってから考えようかな・・・』

正直ベッドから起きるのも億劫なのだが、こればかりは仕方が無い。

実際、トイレに行くまではかなりの労力を要した。

普段は風邪を引かない由夢だけに、いざ引いた時は免疫力が弱いのかもしれない。

それでも何とか用を済ませ、自分の部屋へと戻ろうとリビングを出ようとした丁度その時――。

「・・・っ」

急に目の前が霞み、二重三重にぶれて、その直後に真っ暗になった。

咄嗟に倒れるようにしてソファにもたれ掛かり難を逃れたが、立とうとしているのに頭と足が言うことを聞かない。

突然の立ちくらみ。

『どう・・・しよ。このまま寝たら、また悪化するだろうなぁ』

ソファにぐったりともたれ掛かりながら、由夢は荒い呼吸の中でそんな事を考えていた。

しかし、体は睡眠を欲している・・・いや、意識が途切れかけているの方が正しいか。

『助けに来て・・・くれるよね?・・・兄さん』

虚ろな意識の中で、思う。

非常に自分勝手な願いであると自覚はしているが、由夢にとってはそれが当たり前のように。

――「自分が困った時は、いつも助けに来てくれるかっこよくて頼りになるお兄ちゃん」――

彼女の想いの原点は、まさにそこにあるのだから・・・。







「さて・・・どうするかな」

ベッドの上で仰向けになり天井を見つめながら、義之はぼんやりと呟いた。

今日は日曜日で、学園は休みだ。

そしてつい先ほど、音姫やさくらたちは出かけていった。

「由夢ちゃんのこと、よろしくね?」という言葉を残して・・・。

「由夢のやつ、今頃なにしてんだろうなぁ」

音姫の話では、朝倉家を出るときは返事がなかったのでおそらくまだ寝ているとのことだ。

しかし、この状況は何かと気まずい。

昨日あんな事がなければ、まだ普通に接することも出来たはずなのだが・・・けれど、由夢のことが気にならないと言えば嘘になる。

「・・・ちょっと様子でも見に行ってみるか」

「よっ」とベッドから体を起こした義之は、すぐに私服に着替えて隣である朝倉家へと向かった。





「お邪魔しますよ・・・っと」

合鍵を使い朝倉家に入ると、義之は背後のドアをそっと閉めた。

パッと見渡す限り、一階の灯りは全て消えている。

『・・・まだ眠ってるのか?』

そう思い帰ろうとした義之だったが、何か嫌な予感が胸を過ぎったため、靴を脱いで家の中へと足を踏み入れた。

言うなれば、本能や第6感の部分だろうか・・・そんな不確かなものに導かれ、義之は真っ直ぐにリビングへと向かう。

”がちゃ”

「由夢・・・?」

控えめに呼んでみるが、見渡す限り人影はなく、また返事も返ってこない。

「・・・ぅ・・・ん・・・」

しかし、長年聞きなれたその声を聞き逃すほど、義之は鈍感ではなかった。

「由夢!?」

ソファの影に隠れるようにして倒れている由夢を咄嗟に抱きかかえる。

顔面は蒼白で、しかし火照ったように上気していた。

栗色の前髪をさっと掬い上げ、額に手を当てる。

・・・熱い。

あの時の音姫と同等かそれ以上に熱い額に、義之はパニックになりかけるも必死に冷静になり、由夢を抱きかかえ――いわゆるお姫様だっこで――二階へと駆け上った。

「にぃ・・・さん・・・」

その寝言のような小さな呟きは、由夢を胸に抱きかかえている義之の耳に届くことはなかった。



34話へ続く


後書き

はい、どもども雅輝です。

今回は更新が2時間ほど遅れました。原因としては、今週から始まったバイトですね。

筆のノリ次第では、これからも1週間でUPできないことはよくあるかも^^;


今回の33話は頭を悩ませました。

で、悩んだ結果がコレ。ん〜、どうでしょう?

バイト疲れの頭のまま書いたので、いつものクオリティを保てているかどうか・・・。

また何か気になった点があれば、気軽に連絡ください^^


さて、次回はいよいよ・・・なシーンですかね。

あっ、一応断っておきますと、ゲーム自体が18禁だからって、私はそういう描写を書く気はありません。

期待してくださった方もいるとは思うのですが・・・今更、作風を変える気も無いので。


それでは、次話で会いましょう!



2007.1.21  雅輝