決意を固めた義之は、芳乃家から歩いて数十秒の朝倉家の前に立ち、一つ大きく息を吐いてからインターホンを押した。

”ピーンポーーン”

「・・・」

いくら決意をしたとはいえ、やはり慣れないことには緊張する。

それに今回は、色々と不確定な要素も多いので尚更だ。

”ガチャッ”

インターホンには誰も出ることなくいきなり目の前のドアが開いたので、義之は多少驚きながらも目を向けた。

「おや、義之。久しぶりじゃないか」

「あっ、純一さん。どうも、こんばんは」

玄関先に出てきたのは、寒そうにどてらを羽織っている純一だった。

眼鏡の奥に見える目が、義之の姿を認め細くなる。

「今日はどうしたんだ?」

「いや、ちょっと由夢に用事があって」

「ふむ・・・」

純一はそう呟くと、考え込むようにして義之の瞳をじっと見つめた。

その全てを見透かすような瞳に、義之は目を逸らすことも口を開くことも出来なかった。

やがて、満足したように一つ頷いた純一は――。

「由夢に会う前に、ちょっと一息入れなさい。かったるいが、茶でも淹れてやろう」

表情と口調はかったるそうに、しかしその瞳は優しく、義之を家の中へと促したのであった。





D.C.U〜ダ・カーポU〜 SS

             「自由な夢を・・・」

                      Written by 雅輝






<31>  純一の助言





「「ズズ〜〜」」

朝倉家のリビングに、日本茶を啜る音が重なって響く。

そして同時に「ふう・・・」と息を吐き湯飲みを置く動作は、血は繋がっていなくとも本当の親子のように見えた。

「さて・・・何か話したいことは無いかい?」

「・・・え?」

突然そう問いかけられた義之は、驚きながらもマジマジと純一を見つめる。

義之の言いたいことに気付いた純一は、ふっと笑みを零すと再度湯飲みに手を伸ばした。

「伊達に年を食っちゃいないさ。義之がウチを訪ねるなんて珍しいし、それだけ眉間に皺を寄せていたら、誰だって気付くだろうよ」

「・・・俺、そんなに難しい顔をしてたかな?」

対して義之も、苦笑しながら湯飲みに手を掛ける。

確かに緊張はしていたし、不安も無くはなかったのだが、それを純一に気付かれるとは思わなかった。

「ああ。それに・・・由夢の方もね。ここ最近、元気が無い」

そう言いつつ、純一はリビングから階段を見上げるように顔を向けた。

「・・・その原因が俺だって言ったら、純一さんは怒るかな?」

「怒らないさ」

即答。

「それとも、怒って欲しいのかい?」

「いや、そんなことはないけど・・・」

言葉を濁す義之に、純一は穏やかな笑みを向けた。

「お前達は兄妹や幼馴染の前に、ひとりの男の子と女の子なんだ。当然、喧嘩や諍いくらいは起こるもんだよ」

「重要なのはね、義之。それは当人同士でしか解決できない・・・しなくてはならないって事だ」

「当人同士でしか・・・か」

その意味を咀嚼するように、口に出して反芻する。

そして、再び顔を上げた義之の眉間には、もう不安は刻まれていなかった。

ゆっくりと、握った手をテーブル越しに座っている純一の目の前まで持っていく。

「ん?」

「純一さん。これを、食べて欲しいんだ」

笑顔でそう言って、義之が手のひらを差し出すように握り拳を開けると、そこには義之の大好物でもあるきんつばが乗っていた。

「・・・これはまた偉く懐かしい。わしも最近は、この能力を使うのは控えていたからな」

純一は懐かしげにそう言うと、「どれ」と目の前のきんつばを手で掴み、そのまま口の中へと誘った。

「・・・・・・うむ、腕を上げたじゃあないか。義之」

「うん。だって、ようやく大切なことを思い出せたからね」

きんつばを咀嚼している純一の幸せそうな笑顔を見た義之は、お茶を一気に飲み干すと「ごちそうさま」と立ち上がった。

「・・・もう、いいのか?」

「うん、ありがとう純一さん。おかげで、ちょっとは自信が出てきたよ」

「それは何よりだ。・・・さて、わしもこれを食べ終えたら、かったるいが準備をしなくちゃな」

「準備?」

「ん?ああ、そういえば言ってなかったか。明日からわしとさくらで、ちょいとばかし出かけるんだ」

「へぇ・・・音姉と由夢は?」

既にその話は知っていたが、盗み聞きをしていたのがバレないようにとりあえず知らない振りをして問いかける。

「由夢は行かないだろうが・・・音姫はわからん。まあその事に関しては、また音姫から伝わるだろう」

「了解」

ボロが出ない内に、義之は話を打ち切って二階へと上がろうとした。

「あぁ、そうそう。言い忘れていたが・・・」

しかし、その義之を純一の声が呼び止める。

振り向いた先の純一は、いつものかったるそうな表情ではなくかなり真剣な顔をしていた。

「体験者として、ひとつ良いことを教えてやろう。・・・”兄妹”という枠に縛られすぎると、本当に大切なものは見えないものだぞ」

「・・・分かった、肝に銘じておくよ」

その言葉に義之も真剣にコクッと頷くと、満足顔の純一を残して今度こそ階段を上った。





「体験者として・・・か」

階段を上り由夢の部屋へと向かいながら、義之はポツリと呟いた。

『それってやっぱり・・・音夢さんのことなんだろうか?』

朝倉音夢・・・純一の妻にして音姫たちの祖母にあたるその人の話を、何度か音姫から耳にした覚えがある。

音姫もまだ幼かったので記憶は薄れているが、聖母のように慈愛に溢れた人であったらしい。

そして彼女がまだ小学校にも上がっていない頃に亡くなったらしいのだが、何より驚いたのが音夢と純一の”元”の関係。

――「私も聞いたときは驚いたんだけど、おじいちゃん達は義理の兄妹だったんだって」――

『でも、それを俺に言ったって事は・・・』

純一は、まさか自分と由夢がそういう関係になると思っているのだろうか?

・・・一概にそうとも言い切れないが、「本当に大切なもの」というニュアンスが引っかかる。

『俺が、由夢の事を?』

有り得ない。

階段を上りながら何度もかぶりを振るが、ふと湧いたその疑問を追い出すことは出来なかった。

そしてますます、頭の中は由夢のはにかんだ笑顔でいっぱいになる。

『――っ!そもそも、俺と由夢は兄妹なんだ』

自分の心に、何度も何度もそう言い聞かせる。

しかしその度に、先ほどの純一の言葉が頭に蘇っては、微かな痛みを残して消えていく。

――「・・・”兄妹”という枠に縛られすぎると、本当に大切なものは見えないものだぞ」――

「・・・」

いつの間にか、体は由夢の部屋の前に着いていた。

考えでぐちゃぐちゃになっている頭とは裏腹に、腕は勝手にノックの形を取る。

『・・・とりあえず仲直りが先だ。考えるのは、その後でも充分じゃないか』

数秒間その姿勢のままで黙考した義之は、意を決して目の前のドアをノックした。



32話へ続く


後書き

今回はちょっとばかし煮詰まりましたが、何とか31話UPです。

さてさて、今話の内容ですが、純一(おじいちゃん)が大活躍!

本編では極端に出番が少ないですからねぇ。折角立ち絵もあるのに、もうちょっと出てもいいのではないかと思いました。

普段はかったるそうにしている彼ですが、やはりアノ事件と50年という月日が彼に何かを悟らせたのでしょうか。

純一の台詞は伏線・・・とまではいきませんね。どうせすぐに回収できるでしょうし(爆)


それでは、次は32話で会いましょう!^^



2007.1.5  雅輝