今日は始業式ということもあって、学園は午前で終了。

しかしその後、久しぶりに会ったななかや雪月花たちとカラオケに行っていたので、見上げた空はすっかり茜色に染まっていた。

「さてと・・・どうするかな」

「はぁ・・・」と吐いた短いため息は、白い水蒸気となってたちまち空へと消えていく。

考えているのは、未だに機嫌の悪い妹の事。

さくらは怒っているわけではないと言っていたし、今ならまだ間に合うとも言っていた。

しかしあの態度を見ている限り、仲直りには程遠いのも事実だろう。

今日もカラオケに行く前に下足室で会ったのだが、声を掛けてもまるで聞こえなかったかのように去ってしまった。

『そのせいで、杏たちに根掘り葉掘り聞かれたんだけどな・・・』

当然、その由夢の態度を見て喧嘩だと分からない彼女たちではなく。

カラオケボックスの中で、話のネタとして延々と尋問を受けていたのは言うまでもない。

一応、アドバイスとしては「早く謝った方がいい」との事であったが・・・。

『それが出来れば苦労はしないんだよなぁ・・・』

そんな事を考えながら、帰り道である桜公園の並木道を一人で歩いていると、不意に聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「・・・・・・さくらさん。あの・・・お聞きしたいことがあるんです」

『この声は・・・音姉?』

いつの間に足が向いていたのか、義之が今立っている場所はあの桜の大樹のすぐ傍。

そしてその声は、どうやらその方向から聞こえてくるようだ。

「・・・」

義之はそのまま何かに誘われるように、身を隠しながら声の方向へと向かっていった。





D.C.U〜ダ・カーポU〜 SS

             「自由な夢を・・・」

                      Written by 雅輝






<30>  とっておきの魔法





『あれは・・・音姉とさくらさんか』

限りなく舞い落ち続ける桜の花びらの向こう側には、音姫とさくらが対峙していた。

その雰囲気に、いつもの二人の面影はない。

いつも穏やかな笑みを浮かべる音姫の顔は、怖いくらいに真剣で。

いつもあどけない表情を浮かべるさくらの顔は、どこか悲しげに見えた。

「・・・」

義之は別の桜の幹にその身を隠し、息を殺してその張り詰めた空気にその身を投じる。

元より盗み聞きなどする気はなかったのだが、いつもと違う様子の二人が気になった。

「今から50年ほど昔にも、枯れない桜があったそうです」

そんな中、ぽつりと呟かれた音姫の言葉が耳に届く。

「この木々と同じ様に・・・夏も、冬もずっと桜の花を咲かせ続けていました。でも、それは一度枯れてしまった」

その話は、義之にも聞き覚えがあった。

それは丁度純一が今の義之くらいの年齢だった頃・・・初音島の名物と化していた桜は、一斉にその花を散らせた。

今でも原因は分かっていない・・・元々、咲き続けていた理由すら分かっていなかったのだから、当然と言えばそうなのだが。

「それから枯れない桜が再び咲くようになったのは、十年ほど前。さくらさんがアメリカから初音島に戻ってきた後・・・ですよね?」

「さくらさん・・・その頃、一体何があったか知りませんか?」

『音姉は何を・・・』

言ってるんだ?と、心の中で呟く。

彼女の言葉の節々には、どこか確信に似たような気持ちが込められている。

つまりそれは、さくらが島の桜と関係あると断言しているようなものだ。

「・・・うん、知ってるよ」

『・・・えっ!?』

その思ってもみなかったさくらの言葉に、義之は慌てて驚きの声を飲み込んだ。

義之にしてみれば、「にゃはは。そんなわけないよ〜」で終わりかと思っていたさくらの答え。

それがまさか、肯定する言葉とは・・・。

「それじゃあ・・・昔、桜が枯れた時のことも知ってるんですね?」

さくらは音姫の問いに黙って頷く。

対する音姫は、唇を噛み締めて、まるで泣き出すのを堪えているような表情を作っていた。

「もしかして今、事故や事件が頻発してることと関係あるんじゃないですか?」

「聞かせてください、さくらさん。この枯れない桜は一体何なんですか?」



『・・・』

さくらは、知っているというのだろうか?

島内で相次いでいる、不思議な事件事故の真相を。

50年前に、一度桜が枯れた理由を。

――今まで幾人もの科学者が研究を重ねても、決して解けることのなかった枯れない桜の謎を・・・。

「・・・明日から、ボクはお兄ちゃんと一緒に出かけなくちゃならないんだ」

「え?」

口を開いたさくらの言葉は、とてもじゃないが桜と関係しているとは思えない話だった。

音姫も、要領を得ていないような顔をしている。

「でもね、ただの旅行じゃないんだ」

「それって・・・」

「・・・うん。桜に、関係あることだよ。だから、音姫ちゃんも一緒に来て欲しい」

「もう隠し通せないだろうから・・・音姫ちゃんにも、知っておいて欲しいの」


――「ボクたちと同じ・・・”魔法使い”として」――


『・・・魔法、使い?』

それは今ひとつ現実味に欠ける言葉だったが、義之にはすんなりと認めることが出来た。

自分にも、似たような魔法が使えるからだ。

他人の夢を渡り歩き、何もない手のひらから和菓子を生成できる。

和菓子の能力は純一に教えてもらったものだし、彼が魔法使いと言われても特に驚かない。

では、目の前の二人も何か特殊な能力を持っているのだろうか。

「わかりました。お母さんとも、約束しましたから」

「・・・由姫ちゃんとの約束かぁ。覚えてたんだね?」

「忘れられるわけ・・・ありませんよ」

「・・・そう、だよね」

『・・・帰るか』

音姫と由姫の約束というのも気にはなったが、これ以上無粋な盗み聞きをしようとは思えない。

義之は近寄った時同様、二人に気付かれないようにゆっくりと桜の木から離れていった。







「魔法・・・か」

自室のベッドの上。

義之は仰向けになって自分の手のひらを眺めながら、ぼんやりと呟いた。

――「それならおじいちゃんがひとつ、とっておきの魔法を教えてあげようじゃないか」

――「そう。どんな子でもたちどころに笑顔になるとっておきの魔法だ」

「あの頃は冗談だと思ってたけど・・・まさか本当に魔法だったとはな」

純一に”とっておきの魔法”を教えてもらった時の事を思い出し、思わず苦笑する。

そう、確かあれは由夢のために教えて貰ったものだったはずだ。

あの頃は母親である由姫が死んでまだ間もない頃で、由夢も外見では気丈を装っていても、影では泣きじゃくっていた。

そしてそんな由夢に何もしてやれない・・・兄としての自分が歯がゆく感じていた、そんな時だった。

――「何に悩んでるかはわからないけど、難しい顔をしていても何も解決なんてしないんだよ」

――「人を幸せにするには自分も幸せに―――人を笑顔にするには自分も笑顔でなきゃね」

彼はそう言って、自分の頭を撫でてくれた。

義之は、そんな魔法があるなら是非教えて欲しいと思った。

あの娘を・・・由夢を笑顔に出来るなら、どんなことだってやろうと思った。



そして、その一週間後。

義之は特訓の成果を試そうと、由夢の部屋の前に立っていた。

「ひっく・・・ぐすっ・・・おかあさぁん・・・」

扉越しに聞こえる、由夢の嗚咽。

途端に居た堪れなくなり、義之はノックもすることなく部屋のドアを開けた。

「ゆめちゃん・・・」

「っ!・・・な、なに?お兄ちゃん」

ごしごしと手で赤い目を擦り、こちらを振り向くことなく問いかける由夢。

義之は彼女の言葉に返事をすることなく、右手に意識を集中させた。

握った手に宿る質量と、少しだけ減った自分のカロリーを感じながら、由夢にその手を差し出す。

「?」

「これ、あげる」

突然差し出された手に驚きながらもこちらを見る由夢に、笑いかけながらゆっくりと手を開く。

その手のひらには――。

「・・・あ」

少し失敗したのか、形が歪な大福餅がひとつ乗っていた。

未だに目を丸くさせている由夢に、失敗を隠すように義之は尚も笑顔を向ける。

「ちょ、ちょっとくずれちゃってるけど、きっと甘くておいしいよ?」

「・・・」

「え〜っと・・・」

「・・・食べる」

「え?」

義之が再び目を向けたときには、既に由夢は大福に小さな口でかぶりついていた。

「あむ・・・あむ・・・」

「ど、どう?」

「・・・おいしい」

ぽつりと呟き、そのまま一気に残りを頬張る。

「そ、そんな一気に食べたら・・・」

「えへへ」

大福に頬を膨らませ、由夢は恥ずかしそうに頬を染めた。

そして―――。

「ありがとう、お兄ちゃん」

向けられた満面の笑みに、義之は赤い顔を隠すように頷くのであった。







「あの時の笑顔は嬉しかったな・・・」

あの時と今とでは状況こそ違うものの、根本的な部分では変わらない。

ただ、彼女の――由夢の笑顔が見たい。

それは今も昔も、変わらずに義之の胸に宿る想い。

「・・・」

握った手に力を込める。

出てきたのは、あの頃と同じ大福餅。

勿論形は崩れていないし、味もより美味しくなってはいるが、人を幸せにする魔法には変わりない。

「とっておきの魔法か・・・確かにその通りだよ。純一さん」

――「人を幸せにするには自分も幸せに―――人を笑顔にするには自分も笑顔でなきゃね」

純一の言葉を再び思い出し、苦笑する。

自分は、今までこんな大事なことまで忘れていたのかと。

「さて・・・行くか」

自分を鼓舞するように一言呟いて、義之はゆっくりと起き上がった。



31話へ続く


後書き

何とか書き上げることができました^^;

年内30話の自己目標を達成できて、ほっと一安心。

っていうか、もう30話なんですよねえ。

私が今まで書いてきた連載はPia2、メモオフ共々30話で終わっていますが、このSSに関してはまだまだ掛かりそう(汗)

期間に関しては、Pia2で4ヶ月。メモオフで6ヶ月。そして「自由な夢を・・・」は今の時点で5ヶ月半ってところです。

完結には8ヶ月〜10ヶ月くらいは掛かるかと思われます^^;

とりあえず次の更新は年明けですね。


今回の内容も、かなりシリアスになりました。

由夢がほとんど出てきていない・・・由夢SSなのにすんませんorz

次回は出ます。もしかすると急展開もあり得るかも(ぉ)

でもまだ早いかなぁ・・・とも思いつつ、今日はこの辺で^^


皆様、今年一年ありがとうございました。

また来年も頑張っていきたいと思いますので、引き続き応援のほど宜しくお願いしますm(__)m



2006.12.31  雅輝