舞い落ちる桜と共に、舞い降りる白い雪。
そんな幻想的な景色の中、夜の桜並木を歩く二つの影。
「どこに向かってるの?」
目の前でゆらゆらと揺れる金色のツインテールを眺めながら、自分の前をゆったりと歩く人物に少年が問う。
その手は暖かい別の手にしっかりと握られ、少年――義之にはまるでそれが唯一安心できるもののように感じられた。
「いいところだよ。暖かくて、賑やかで、ごはんがいっぱい食べられるところ」
目の前の金色の房が横に触れ、その持ち主――さくらが振り返り暖かな言葉を掛けてくれる。
ごはんと聞いて、急に食欲が湧いてきた義之のお腹が鳴った。
「あはは、お腹すいた?もうすぐだからね」
屈託の無いその暖かな笑顔と澄んだ蒼い目に、子供心ながらに酷い安堵感を覚えた。
D.C.U〜ダ・カーポU〜 SS
「自由な夢を・・・」
Written by 雅輝
<3> 懐かしい夢
「はい、今日からここがキミのお家だよ」
「ここが?」
立ち止まったさくらに紹介された家は、極々普通の一軒家だった。
二階建てで、その庭には何本か桜の木が植えられている。
「うん。ボクのお兄ちゃんの家なんだけどね」
「みんな、いい人だよ」
さくらはそう言って義之に微笑むと、その門の中に義之と共に入りインターホンを押す。
すると、パタパタという足音と共にすぐに彼らの目の前のドアが開いた。
「・・・・・・」
そのあどけない顔を覗かせた少女は、興味深々といった様子で自分と同じくらいの身長の義之を見つめる。
「・・・」
「じー」
「え・・・あ、えっと・・・」
「じーーーー」
その可愛らしい顔と瞳に見つめられ、慌てる義之。
それでも少女は、そのまま彼を見つめている。
「あ、あの・・・」
「じーーーーーーーー」
「さ、さくらさん?」
そのまま見つめられ続けることに耐えられなくなった義之は、隣で楽しそうに微笑んでいるさくらに助けを求める。
「にゃはは、こんばんは由夢ちゃん」
「こんばんは」
さくらに由夢と呼ばれたその少女は、舌っ足らずな口調で挨拶を返した。
しかしその視線は、尚も義之を凝視している。
「この子が義之くん。この前お話しした子ね」
「うん」
さくらが義之の背中をそっと押して、由夢の前にしっかりと立たせる。
そして由夢の奥のにあるドアに向かって声をかける。
「音姫ちゃんもおいで」
「・・・はぁ」
微かに義之の耳に届いた、いかにも嫌そうなため息。
「ほら、ゆめ。ちゃんと外に出て」
「はーい」
奥のドアから静かに出てきた、さくらに音姫と呼ばれたもう一人の少女は、その冷たい瞳で玄関にいる妹の背中を叱咤するように押した。
そして由夢は少し恥ずかしそうに、音姫はその整った顔に不機嫌さを覗かせながら、義之の前に並ぶ。
二人の少女を前にして、少し不安げな表情でさくらを見上げる義之。
「ボクはお兄ちゃんに話があるから、後は適当にやってね。ちゃんと仲良くするんだよ〜」
しかしさくらは悪戯っぽい目でそう言うと、さっさとその家の中へと入っていってしまった。
その場に一人残されどうしていいか分からない義之に容赦なく注がれる、二人の視線。
一人は笑みも浮かべず冷めた視線で・・・そしてもう一人は恥ずかしそうに、それでいて興味津々な視線で。
このままではいけないと義之は、まずは自己紹介することにした。
「あーっと、さくらいよしゆきです。よろしく」
ぺこりと頭を下げながら右手を差し出す。
しかしその手に触れるものは何もなく、ぶらりと浮いた手がやけに寒々しく感じられた。
「あ、あはははは」
苦笑しながら、寂しい気持ちを隠すように手を戻そうとする義之。
だが――。
”ギュッ”
「・・・え?」
その手に突然宿った、暖かい温もり。
不思議に思い自分の手を見てみると、小さい方の少女が恥ずかしそうにその手を両手で包んでいた。
「えっと」
「ゆめ」
「へ?」
「あさくらゆめ」
ニコッと笑いながら、自分の名前を言う少女に義之の顔も自然と熱くなった。
「あーっと、名前?」
「うん」
「そっか、ゆめっていうんだ」
「そう、よろしくね・・・お・・・」
恥ずかしげに顔を俯かせて、続きを言い淀む由夢。
「お?」
「お・・・おにいちゃん」
思い切った様子で上げたその顔は、少し赤らんでいた。
そして義之にとっても、その呼び方は非常に照れくさいものだった。
「おとめ」
ふと、由夢に注意がいっていた義之の耳に、まったく感情が籠もっていないような声が届く。
聞こえた方に目を向けてみると、もう用は済んだと言わんばかりに家の中へと入っていく音姫の後姿が見えた。
「ぼく、もしかしてめいわくだった?」
その明らかな拒絶に、義之は少々気落ちしながら訊ねる。
「んー、そんなことないよ」
「でも」
「それじゃああの態度は・・・」と続けようとした言葉を、由夢が満面の笑みで遮る。
「おねえちゃん、さいきん怒ってばかりだから。気にしなくていいと思うよ」
「おじいちゃんもお母さんも、だいかんげいって言ってたもん」
「わ、わたしもいやじゃないし・・・」
「おにいちゃんが、おにいちゃんになるの」
そしてその笑顔のまま、握っている手にぎゅっと力が籠める。
「うん。ありがと」
その由夢の笑顔と、握られた手の温もりと、そして何よりその言葉に心が温かくなった。
緊張していた心が軽くなり、自然と笑みが零れた。
本人は気づいていなかったかもしれないが、その時義之が見せた笑顔は、彼が由夢の前に立って以来初めて見せた心からの笑顔だった。
「そ、それよりも、はやく中に入ろう。かぜひいちゃうよ」
心無し顔を赤らめた由夢に連れられて、玄関をくぐる。
家の中に入ると、暖かな空気、美味しそうなにおい・・・そして――。
「あ、え、えっと、おじゃまします」
「ちがうよ」
「へ?」
「ただいま」
「ん?」
「だから、ただいま、だよ」
「今日からおにいちゃんのおうちだもん」
「だから、ただいま」
「・・・うん、ただいま」
――”家族”としての言葉が、義之を出迎えてくれたのだった。
――――。
――。
「う・・・ん・・・・・・」
瞼に沁みこむ眩しい光と、朝の定番ともいえる雀が囀る音。
いつになく爽快な気分で、義之の目覚めの時は訪れた。
いつもなら寒さと眠気に負けて布団の中にもう一度潜ってしまうところだが、今日は素直に上体を起こし、寝ぼけ眼を擦りながらぼんやりとしている。
そんな彼が考えていたのは、先ほどまで自分が見ていた夢だった。
『・・・珍しいな。ちゃんと自分の夢を見れるなんて』
いつもは他人の夢ばかり見ているだけに、自分の夢というものを見たのは酷く久しぶりなような気がする。
もしかしたら朝倉姉妹やさくらの記憶(夢)かもしれないが、それはほとんど無いといえるだろう。
もし朝倉姉妹の夢ならば、義之がさくらと並んで桜並木を歩いている姿なんて映るわけない。
そして同じくさくらならば、義之と由夢の会話が映るわけない。
さらにその全てのシーンが、自分の記憶と合致している・・・つまり自分の夢ということになるのだ。
『まあだからどうということは無いんだけど・・・懐かしいな』
目を細めながら、もう一度想い出に浸かろうと窓から隣の家を眺める。
――音姫と由夢との、初めての思い出。
いや、音姫とはほとんど会話をしていないので思い出とは言えないかもしれないが、あの時の由夢の笑顔は今でも鮮明に思い出せる。
そして手の温もりも、自分を迎えてくれた言葉も・・・。
「・・・さて、そろそろ起き――?!」
このままだと違う方向に流れてしまいそうな思考を遮るように呟き、ふと横目で見た目覚まし時計。
義之の記憶ではまだ目覚ましは鳴っていない・・・だから時間的に余裕があるものだとばかり思っていたのだが――。
「ぎゃぁぁあああ!時計が止まってるぅ??!」
長年愛用していたアナログの目覚まし時計は、5時を過ぎた辺りでその針を止めていた。
そして目覚ましが鳴らなかった理由を瞬時に察知した義之は、おそるおそるといった感じで壁に掛かっている別の時計に目を向ける。
「・・・」
その時間を見て、愕然とした。
『8時18分・・・あっ、19分になった』
風見学園の始業は8時半。
ここから学校まで徒歩で10分。
走れば7分。
最高記録が5分13秒。
残り11分という現時点で、義之はパジャマのままベッドに腰を掛けている。
・・・とにかく絶望的な状況には変わりは無い。
もちろん朝食は抜き、最悪トイレに行っている時間も無いかもしれない。
「・・・はぁ」
義之はため息を一つ吐いて気持ちを切り替えると、今までで最速のタイムで用意を済ませ家を飛び出たのであった。
4話へ続く
後書き
はい、こんにちは(?)。雅輝です〜〜^^
今回は予定より一日早いUPとなりました。
最近は夏休みなので時間もたっぷり取れて、週2本書き上げるのが苦じゃないですね。
夏休み中にはもう一本の連載は完結できるかな?
閑話休題。
さて、どうでしたでしょう?第3話。
今回は「懐かしい夢」ということで、ゲームにも出てきた義之の昔の夢ですね。
由夢、音姫との初めての思い出・・・心に残っている由夢の笑顔。
今回は由夢SSなので音姫のあの態度には触れませんが、音姫シナリオをクリアーした人には分かりますよね?
音姫SSも書いてみたいなぁとは思っているんですけど・・・どっちみち由夢SSが終わってからですね(汗)
まだ先は長そうですけど(笑)
それでは、話が脱線しそうなんで今日はこの辺で^^