「あれ?お姉ちゃんは?」

徐々に外が暗くなり、時計の長針と短針が一直線に揃う頃。

自分の部屋から降りてきた由夢は、キッチンで料理をしている義之の姿を見るなりそう問いかけた。

「さあな。急に出かけてくるって家を飛び出したきりなんだけど・・・由夢、何か心当たりはないか?」

「う、ううん。特に何も聞いてないけど」

返ってきた義之の声と表情が余りにも真剣だったので、由夢は少々たじろぎながらも応答する。

そして「そうか・・・」とだけ呟いた義之は、再度料理へと意識を向けた。

「・・・お姉ちゃんのこと、心配?」

普段は見せない義之の様子に、由夢は不安を覚え、気が付けばその背中に語りかけていた。

「・・・そりゃあな。音姉って、よく無茶するし。それに今回は・・・」

「今回は?」

「・・・いや、たぶん俺の気のせいだ。とりあえず、由夢は大皿を3枚出しといてくれ」

「う、うん」

釈然としない様子で食器棚へと向かう由夢の背中を見て、義之は内心ため息を吐いた。

先ほどの「今回は・・・」の言葉の後に続けようとした、漠然とした不安。

それを彼女に伝えても、どうしようもないことだと分かっていたから・・・。





結局音姫が帰ってきたのは、それから少し経った頃だった。

しかしその表情は出て行った時と同様真剣で、悲しげで・・・。

そして今は「ちょっと疲れちゃったから、先に休むね」と言って、自分の部屋へと向かっていったところだ。

「ねえ、兄さん。お姉ちゃん、最近変じゃない?」

「だよなぁ。変っていうより、何か思い詰めているような・・・」

「何を?」

「知るかよ・・・でも、軽い話じゃなさそうだよな」

「うん・・・」

そんな姉を見送った後、居間で夕食を食べながら兄妹は話し合っていた。

真面目でしっかり者な彼女だからこそ、一人で何でもしようとしてしまう。

長年彼女の弟として、妹として暮らしてきた二人にとって、それくらいの事は百も承知の事だった。

「ねえ、兄さん」

そして不気味に漂った重い空気を払拭しようと口を開いたのは、由夢の方であった。

「ん?」

「まったく話は変わっちゃうんだけど、明日の夜って何か予定入ってる?」

「いやぁ、俺は日々多忙だからなぁ」

「とてもそんな風には見えないけど・・・」

由夢は呆れたように、じと目で義之を睨む。

「失敬な、俺にだって予定くらいはあるぞ?特に明日は見たい特番が多いからな」

「・・・つまり、暇ってことですよね」

「いや、だからだな・・・」

「6時」

尚も反論しようとする義之の言葉を遮るように、そこはかとなく嬉しそうに声を出す由夢。

「へ?」

「明日は、夕方6時には家に戻ってきて欲しいの」

「夕方6時?何かあるのか?」

義之にしては当たり前の疑問だったのだが、しかしながら目の前の妹の反応は違った。

心底呆れた顔で深く息を吐いて、残念そうに言葉を漏らす。

「はぁ・・・本当に覚えてないんですね」

「いや、覚えてないって言われてもな・・・」

今日は元旦なのだから、明日といえば1月2日だ。

『確かに何かあったような気も・・・』

毎年この時期になると、正月の忙しさの中で何かをしていたような気がする。

しかし、本当に忘れているのか単なるど忘れなのか・・・もう少しで思い出せそうなのに、後ちょっとが出てこなかった。

「むぅ・・・」

「・・・何故睨む?」

「や、何でもないよ。ただ鈍感な兄さんがちょっと憎らしく思えただけ」

「は?」

「とにかく、兄さんは6時になったら家に帰ってくればいいんです。以上」

由夢はそう言って強引に話を打ち切ると、いつの間にか食べ終えていた夕飯を台所へと運んでいった。

「6時、ねぇ・・・。まあ思い出せないものはしょうがないし、期待しながら待っておくかな?」





D.C.U〜ダ・カーポU〜 SS

             「自由な夢を・・・」

                      Written by 雅輝






<27>  由夢との約束





そして翌日。

年明けの商店街は、人並みでごった返していた。

流石に元旦に閉める店は多いが、2日にもなると開けていないとシビアな商売戦争に負けてしまうのか、大きな店はほとんど営業している。

「さて、弟くん。何かいい案はない?」

義之と音姫は、そんな人で溢れた商店街を並んで歩いていた。

周りをキョロキョロと見渡しながら、音姫が隣の義之に話しかける。

「何かって・・・わけもわからないままここまで連れて来られた俺に、何をコメントしろと?」

対して義之は、げんなりとした足取りでため息混じりに返した。

――そう、それは今日の朝。

義之が起きてきてみると、音姫はどこかに行く準備をしていた。

昨日は遅くに帰ってきた上に、気だるそうに夕飯を食べなかった音姫。

そんな彼女が気になって、義之は声を掛けたのだが・・・。

「まさか、そのまま連れて来られるとは思わなかったよ」

パジャマではなく、普段着に着がえて降りてきたのがまだマシだったと言える。

音姫は起きてきた義之を見るなり、「そうだ!弟くんも一緒に行こうよ!」と言って腕を取り、そのままここまで引っ張ってきたのだから。

「・・・もしかして弟くん、今日が何の日か忘れてるの?」

呆れ顔で、じとっと目を細められる。

その顔はさすが姉妹というべきか、由夢にそっくりで、それと同時に昨日の由夢の約束を思い起こしていた。

「ああ、そういえば昨日由夢も言ってたっけ。いったい何なんだ?」

「はぁ・・・。もうっ、今日は由夢ちゃんの誕生日でしょう?」

「・・・あ」

ポンと、手のひらに拳を振り下ろす。

妹の誕生日を忘れるなど、確かに呆れられても仕方のないことだった。

「それで、何かいいものが見つからないかなって商店街に来たんだけど・・・」

「あ〜、なるほど。だから俺を連れてきたわけね?」

「そう。弟くんだって、由夢ちゃんに何か贈るでしょ?」

「まあな。とはいっても・・・」

義之はもう一度辺りを見渡す。

人並みは衰えるどころか逆に増しつつあり、店を一軒一軒周っていくのにはかなりの時間を要するだろう。

「日が暮れるまでに見つかればいいけどな」

「あ、あはは〜。大丈夫だって・・・たぶん」

自信のなさそうな音姫の語尾に、義之は若干の嫌な予感と共に小さくため息を吐くのであった。







「ふう・・・何とか決まったか」

「そう・・・だね」

見上げた空は、既にすっかり茜色に染まっていた。

義之の手の中には、由夢への誕生日プレゼントがしっかりと握られている。

プレゼントはさんざん迷った末、風呂好きな彼女にぴったりなバスグッズとなった。

「結構時間掛かったなぁ」

冬の昼は短い・・・今とてまだ5時を回ったばかりだというのに、陽は完全に西へと傾いていた。

「さて、どうする?喫茶店で一休みでもしてから帰ろうか」

「・・・」

「?・・・音姉?」

「えっ?な、なに?」

「どうしたんだ?ぼーっとして」

「ううん、何でもないよ」

口ではそう言っているが、その声にはいつもの張りが無かった。

目は虚ろで焦点が定まっていないように見えるし、全体的に身体もだるそうだ。

「音・・・っ!」

義之が心配になって再度声を掛けようとした、その時だった。

音姫は力が入らない足をふらつかせると、その場に俯くようにしゃがみ込んでしまったのだ。

「お、音姉っ!?」

義之が慌てて駆け寄る。

顔を上げた音姫の顔は真っ青で、心持ち呼吸も不規則だった。

「だ、大丈夫だって。ちょっと眩暈がしただけだから・・・」

口ではそう嘯いているが、その表情から苦しげなものが消えることはない。

今まで彼女と過ごしてきた記憶において、音姫は滅多に弱さを見せない人間だった。

家では姉として、学園では生徒会長として、今でも立派にこなしている彼女だが、無理をしている時でも内心の辛さを表に出さないのだ。

試しに、彼女の額に手を当ててみる。

「・・・熱いな」

この冬という季節柄、ただ単に自分の手が冷えているだけかもしれないが、それにしたって熱すぎる。

「そ、そうかな?」

それでも、音姫は気丈にも立ち上がろうとする。

しかし、それは力が上手く入らない両足によって叶わない行為となった。

「うっ・・・」

「・・・」

『くそっ、何で今まで気付かなかったんだ!』

義之は、内心で吐き捨てるように自分に対して叱咤した。

昨日から、彼女の様子がおかしいのは気付いていた。

何かに悩んでいることも、そして彼女が無理をしてしまう性格だということも。

それでも、こうして倒れてしまいそうになるまで気付かなかったのは、明らかに自分の落ち度だ。

しかし、今の義之には自己嫌悪に陥っている時間などなかった。

「ほらっ、音姉」

「えっ・・・」

背中を向け、音姫の前にしゃがみ込む。

「い、いいよぉ。ほら、私って重たいし」

「音姉!」

「っ!」

未だに遠慮しようとする音姫を、義之は鋭く一喝した。

「今はそんな事を言ってる場合じゃないだろ?・・・頼むから」

「・・・」

普段は温厚で滅多に声を荒げない義之に、音姫は反省するように瞳を閉じる。

そして渋々と・・・しかしどことなく嬉しそうな顔で、音姫は義之の背中に身体を預けた。

「走るぞ、音姉」

音姫をしっかりと背負い直した義之は、音姫に一声掛けてから足を動かし始める。

腕時計に目を落としてみると、既に時刻は5時半になろうとしていた。

由夢との約束は6時・・・ここから家までは走れば10分少々の距離なので、時間的には充分に間に合う。

しかし――。

『・・・由夢だって、分かってくれるよな?』

自分でも都合のいい考えだというのは分かっている。

だがそれでも、義之の意志は変わらなかった。

「ちょっとの間、我慢しててくれよ・・・っ」

耳元に掛かる音姫の荒く熱っぽい呼吸を感じながら、義之は背中の少女を一刻も早くベッドに寝かせることだけを考えて、ひたすらに家へと走った。



28話へ続く


後書き

よしっ、何とか更新できました^^;

テストもようやく残すところ3教科・・・しかしその残りがヤマなんですよ。

何も苦手な教科ワースト3を最後に持ってこなくても・・・(泣)


まあそんなことは置いといて、27話の内容へと移りましょうか。

ようやく由夢ルートに戻ってきた矢先に、由夢の誕生日というビッグイベントが!(笑)

しかし今回の話のメインは音姫みたいな感じになってしましました。勿論、この後の展開は知っての通りですが^^;

ここはあまりアレンジを加えるつもりはありません。そりゃ多少は変化を付けますが、基本的に本編をなぞる形になるかと。


次は一週間も空かないと思います・・・たぶん(笑)



206.12.17  雅輝