「ふう・・・ようやく最後だな」

義之は特別校舎の階段を上りながら、疲れを含んだため息を吐いた。

「そ、そうですね」

「残りのコインは、後1枚だけですもんね」

同じく義之の後ろを歩いていた由夢と美冬も、同調するように声を出す。

――三人は順調に各ポイントを周っていき、先程行ってきた”旧焼却炉の怪”で6つ目もクリアーした。

よって残るは、今から向かう特別校舎の4階・・・”開かずの女子トイレ”だけである。

ちなみに美冬の言う残りのコインとは、各チェックポイントに設置してある2枚のコインのこと。

義之チームと渉チームに書く1枚ずつ宛がわれたコインを、計7枚集めて先にグラウンドに戻った方が勝者となる。

よって、今義之の胸ポケットには6枚のコインが入っており、残りは女子トイレにある1枚だけ・・・ということだ。

「・・・」

そして先頭を歩く義之は、今まで周ったチェックポイントを思い返していた。

『・・・やっぱり俺の予想はビンゴだったわけだ』

そう、予想とは、杉並の企みである。

常に注意していないと分からないほどの小さな違いであったが、それでも今まで彼と行動を共にしてきた義之には見破れるものであった。

『さて・・・どうしようかな』

しかし企みに気付けたとはいえ、それをどうやって潰すか・・・義之は思案を巡らせた。

確かに彼の企みとやらは自分達に直接的な被害は無いが、それでも放っておいて気分のいいものではない。

「・・・? 兄さん、どうしました?」

「何か考え事ですか?」

と、いつの間にか足が止まっていたのか、後ろを歩いていたはずの二人が自分より先にいることに気付いた義之は、その声にようやく反応を示した。

「いや、何でもない」

今彼女達に杉並の企てを話し聞かせたとしても、困惑するばかりで何かが変わるわけではない。

『・・・ま、何とかなるか。いざとなったら音姉の力を借りてもいいし』

そうしてようやく階段を上りきった一行は、女子トイレ――学園七不思議最後の、”開かずの女子トイレ”の前に到着した。





D.C.U〜ダ・カーポU〜 SS

             「自由な夢を・・・」

                      Written by 雅輝






<25>  新春肝試し大会(後編)





「なぁ・・・やっぱり俺も入らないとダメなのか?」

「何言ってるんですか、当然ですよ」

「大丈夫ですよお兄さん。今なら誰かが中にいることなんてないですから」

「しかしだなぁ・・・」

流石に女子トイレにズカズカと入るのは抵抗があるのか、義之が言葉を濁す。

だがこちらも義之に付いていて貰わなければ心細いのか、由夢と美冬は両サイドから彼の腕を取るように強制的に中へと連行した。

「「「・・・」」」

そして三人とも無言。

正直、中は予想していた以上に綺麗に保たれていた。

それはそうだろう、改装して以来ほとんど人が使っていないのだ。

もちろんそれは七不思議の影響であり、しかし逆に学園のトイレとしてはあまりにも新品に近いその様が、反って恐怖心を煽る。

「と、とにかくコインを探すか」

「う、うん」

「そうですね」

元々広い場所でもない・・・おそらく時間的に渉チームは通過した後だろうから、1枚となったコインを見つけるのはそう難しいことではなかった。

「お、あった」

現に数分後、個室の方を捜索していた義之が発見を示す声を上げる。

しかし、彼はすっかり忘れていたのだ。

――その奥から二番目の個室こそが、女生徒が恐怖のあまり心不全を起こしたという、”開かずの女子トイレ”だということを・・・。



「え?見つかったんですか?」

隣の個室を調べていた由夢が、義之の声に反応し、駆け寄ってきた。

「ああ、この通り。やっとこれで帰―――」

”バタンッ!!”

「「・・・え?」」

「れるな」と・・・そう続けようとした義之の台詞は、突然由夢の背後で閉まった扉の音に遮られてしまった。

呆然とした二人の声が、見事に重なる。

「え?何で急に閉まったの?」

要領を得ていないように呟く由夢。

――このトイレの個室の扉は、全て内に引いて入れるようになっている。

つまり、今扉が開けっ放しになっていた個室内にいる義之たちが閉めようと思えば、一旦外に顔を出すようにして扉を掴み、内に引く以外方法はない。

しかし個室の奥にいた義之は勿論、扉に背を向けていた由夢も実際問題不可能なことなのだ。

当然、風力で閉まるほど風は吹いていないし、そもそも窓は全て個室の奥に設置されている。

「も、もしかしたら天枷さん?」

「・・・」

義之も一瞬はそうも思った。

しかし・・・。

「? 由夢ちゃん、どうしたの〜」

聞こえてきた声は遠く・・・彼らがこちらを探している間、美冬には個室から離れた洗面台を捜索してもらっていたのだ。

なので、彼女が扉を閉めることなどできるはずもなく・・・。

「・・・とりあえず出よう」

とてつもなく不穏な予感がした義之は、なるべく冷静に由夢に声を掛けた。

「う、うん。そうだね・・・あれ?」

「どうした?」

「・・・」

「由夢?」

「開かない・・・」

「え?」

「押しても引いても・・・扉が開かないの」

「なっ――」

その由夢の震えた声には、流石に義之も絶句した。

由夢と場所を交代して試してみたが、確かに開かない。

まるで、見えない力に押さえつけられているように・・・。

『あ・・・』

そして脳裏に蘇ったのは、肝試しを始める前に杉並が話していた、七不思議にまつわるエピソード・・・その”開かずの女子トイレ”での一文。

――「そこのトイレ、原因は不明だが、鍵も掛けていないのに扉が開かなくなることがよくあるらしい」――

「まさか・・・」

嫌な予感は加速度的に増していく。

いくら杉並の仕掛けが高性能だとしても、明らかに今のこの状況を説明するには不足だった。

大体、こんなに押してもビクともしない程の仕掛けなら、入る時に気付くだろう。

「・・・兄さん」

左腕に、暖かな感触が宿る。

見てみると、由夢が心細そうに義之の腕にしっかりとしがみ付いていた。

『・・・そうだよな。こんな時こそ兄貴の俺がしっかりしないと・・・』

恐怖心に捉われていた頭も、幾分か冷静になってくる。

「美冬ちゃん!ちょっと来てくれないか!」

おそらく先程の義之の発見の声が聞こえていなかったのだろう、未だ捜索を続けている様子の美冬に呼びかける。

「はい。・・・って、何やってるんですか?」

「・・・」

「お兄さん?」

「・・・開かないんだよ」

「え・・・開かないって・・・」

「原因はわからない。もしかしたら杉並の仕掛けかもしれないけど・・・美冬ちゃん、試しにそっちから開けてみてくれないか?」

「わ、分かりました!」

扉の外から、何回か力を込める声が聞こえてくる。

もちろん内に付いている鍵など掛けているわけがない・・・それでも、扉はやはりビクともしなかった。

「だ、ダメです・・・どうしても開きません」

「・・・そうか」

「兄さん・・・いったいどうなってるの?」

更に不安そうな顔を見せ、義之にしがみ付く由夢。

「気にするな。大方、杉並が何か仕掛けたんだろ?流石にもうちょっと経ったら出られるさ」

当然、その言葉は気休めの台詞だった。

今の状況を正確に彼女に伝えれば、今以上に不安になることは分かりきっているから・・・。

「クスクス・・・」

「「!!」」

ビクンッと、二人の背筋が凍ったように固まる。

「に、兄さん今の・・・」

「だ、大丈夫だって。さっきの理科室のように、またテープレコーダーだろ」

「・・・兄さん」

由夢が今にも泣きそうな声で、義之の胸に顔を埋めてくる。

――由夢にも分かったのだろう。

今の声が、決して機械から流れるような無機質な音声ではなく、どこか不気味さを残す少女の冷たい微笑であったと・・・。

「・・・」

胸の中の由夢を一度しっかりと抱きしめ直し、義之は改めて今の状況を考察した。

『そろそろ・・・本格的にヤバイかもな』

確か杉並の話だと、女生徒は肝試しの途中、友達の悪戯心が先立った脅かし方に、そのあまりの恐怖にこの中で心不全を起こしたのだと言っていた。

そしてその驚かせた女生徒達も、次から次へとこのトイレで心不全となって発見された・・・と。

考えたくもないが、もし今の義之たちのような面白半分の肝試しが彼女の逆鱗に触れたのだとしたら・・・。

「・・・」

余りにもリアルな死の想像に、鳥肌が立った。

しかしこうした状況になった今、一番解決できそうなのはおそらく自分だろう。

まだ試していなかったが、扉を壊すような勢いで一気に力を加えれば・・・。

「・・・美冬ちゃん」

「は、はい」

「ちょっと離れててくれないか?」

「え?はい・・・わかりました」

美冬は義之が何をするのか察したのだろう、少し横にずれて扉の前を空ける。

「由夢・・・ちょっとの間離れててくれないか?」

そして胸の中の妹に声を掛けるも、彼女は首を横に振るばかりで顔を上げようとはしない。

義之はそんな彼女の頭に、ポンと手を置いてやると、

「大丈夫だ。絶対にここから出してやるから・・・俺を信じてくれ」

小さな子供をあやすように、その栗色の髪を丁寧に撫でた。

由夢はそんな義之を顔を上げて見つめていたが、ふっと微笑むとそのまま静かに離れた。

「そうだね。たまにはかっこいいところも見せて貰わないとね」

そしていつもの憎まれ口を一言。

それに義之もにやりと笑みを返すと、来ていたジャンパーを脱ぎ右腕から肩に掛けての部分に、二重にして被せた。

「いい加減に・・・」

そうして助走を取り、体を半身にし、一気に扉へと突貫した。

「開けええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」







「おっ、やっと来た。遅いぞ義之!」

命からがら・・・という表現がぴったりなほど急いで逃げてきた義之たち三人は、渉チームがここにいることで敗北が決まったにも関わらず、誰もその事は気に掛からなかった。

未だに心臓は嫌な音を立てており、吐く息も不規則かつ乱れきっている。

「ど、どうしたの・・・三人とも真っ青だよ?」

それに逸早く気付いたのは、年長者である音姫。

夜という暗さにも関わらず分かったということは、それほど彼らの顔色は芳しくなかったのだろう。

「あ、ああ・・・」

「「・・・」」

音姫の言葉に義之が何とか答えるも、由夢も美冬も俯いたままの顔を上げようとはしなかった。

「何か・・・あったの?」

「いや・・・何もないさ」

流石に悟ったのか、ななかが真剣な声で訊いてくるも、義之は薄く笑ってはぐらかす。

今この場であの出来事を話し聞かせたとしても、恐怖を伝えるだけで何も残らない。

音姫に至っては、もしかするとこの場で気絶してしまうかもしれない・・・そう考えると、無闇には話せなかった。

「何もないって・・・じゃあどうしてそんなに走ってきたの?」

「・・・ちょっと、守衛のおっちゃんに見つかってな。あまりに凄い形相で追いかけてくるもんだから、杉並の仕掛けより怖かったぞ」

「あれ?でもこんな元旦から守衛さんなんているのかなぁ?」

「さあ、たぶん忘れ物でも取りに来たんじゃないか?」

「ふ〜〜ん・・・」

音姫とななかの質問を上手いことかわし続けるが、音姫はイマイチ納得がいっていないようだ。

「まあまあ。とりあえず、この場から離れようぜ。義之の話が本当なら、また守衛のおっちゃんか見回りにくるかもしれねえしな」

「ああ、俺も賛成だ」

場を取りまとめるような渉の声に、一同はとりあえず校門前まで行くことにした。

「さてと・・・これからどうしよっか?」

ななかが皆を見渡して訊ねる。

「もうそろそろ解散でいいんじゃないか?みんな疲れてるだろうし」

「ふむ、そうだな・・・女子の皆さんも、これ以上遅くなるのはまずいだろう?」

義之と杉並の言葉に誰も否定するものはなく、肝試し大会はこの場で解散となった。

しかし義之は家の方ではなく学校の方へと戻っていく杉並を見て、振り向きざま渉に叫ぶ。

「渉!!」

「ん?」

「悪いが、みんなを家まで送り届けてやってくれないか?俺はこれからちょっと野暮用があるから!」

「あ、ああ」

「それじゃあ、頼んだぞっ!」

渉の返事をしっかりと聞いた義之は、そのまま杉並の背中を追いかけるように再度学校内へと入っていった。



26話へ続く


後書き

う〜〜ん、今回はちょっと時間が掛かってしまいました。

極端に忙しいというほどでもなかったんですけどねぇ・・・やはりモチベーションの問題でしょうか。

そのかわり・・・といってはなんですが、いつもより大容量でお送りしました^^


さて、内容は結構シリアスですね。というよりホラー?

少しでも肝試しの雰囲気を出せるようにと・・・まあぶっちゃけ、怖がる由夢を書きたかっただけなんですけどね(鬼)


そしてようやく次の話で杉並の企みが明らかに。

・・・ホントに大したことではないので、あんまり期待はせんでくださいね(笑)

さらに、やっとまともに由夢ルートに戻ります。

肝試し長かったですからねぇ・・・さて、もう一度ゲームをやってシナリオを確かめとかなければ。

それでは、また次話で〜〜。



2006.12.3  雅輝