「うぅ〜、驚かせて本当にごめんね?」

「やや、気にしないでくださいって音姫先輩」

「そうですよ、あれには私もビックリしちゃったし・・・」

音姫、渉、そしてななかのグループは、屋上からの階段を下っているところであった。

屋上の七不思議――「屋上のA子さん」。

「どうせなら遠い場所からコインを集めよう」という渉の意見で、こうして今まさに屋上まで行ってきたところなのだが。

コイン捜索中に突然柵の向こうから聞こえてきた、「おいで・・・おいで・・・」という女生徒の呻くような声に、音姫が腰を抜かしてしまいそうな勢いで大きな悲鳴を上げたのだ。

「でも、杉並もマメだよなぁ。こんなもんまで仕掛けてるなんて」

渉はそう言いつつ、右手に持っているものを何度か手のひらで弾ませた。

それはテープレコーダー――付け加えるならば、「女生徒の呻き声が録音された」だ。

おそらく杉並は予め何らかの方法でこのような音声をレコーダーに吹き込み、誰かが来ると再生されるように柵の向こうに仕込んでいたのだろう。

「けど、これから行く場所にもこういうのいっぱいありそうだよねぇ」

「し、白河さん!そんなこと言わないでよぉ〜」

あの呻き声がトリックだと分かってもやはりまだ怖いのか、音姫が半泣きのような表情で懇願する。

「そうですねぇ・・・でも義之たちも、今頃同じ目に遭ってるんじゃないですか?」

「かもねぇ〜。でも板橋くん」

「ん?」

「そのテープレコーダーを持ってきちゃったら、義之くん達が屋上に来ても驚かないんじゃないの?」

「・・・あ」







「! お兄さんっ!」

異変に真っ先に気付いたのは、義之の背中の方をぼんやりと眺めていた美冬であった。

特別目がいいわけでもないし、初めは気のせいかとも思ったのだが、その物体が近づいて来る度に疑問は確信へと変わった。

いや、近づいてくるというよりは駆けて来るその黒い影は、大きくはなかったがそれでも今の雰囲気では恐怖の対象にしか成り得なかった。

「え?」

美冬の鋭い声に後ろを振り向いた時には、もう遅かった。

「どわあっ?!」

――その時には既に、黒い小さな影は義之を目掛けて飛び掛っていたのだから。





D.C.U〜ダ・カーポU〜 SS

             「自由な夢を・・・」

                      Written by 雅輝






<24>  新春肝試し大会(中編)





「兄さんっ!?」

突然倒れこんだ義之に、由夢は驚き慌てて駆け寄った。

由夢の角度からは何が起こったのかは把握できていない。

しかしその義之の顔にへばり付いているものを見て、由夢の緊張感は消し飛んでしまった。

「・・・はりまお?」

「あん!!」

由夢に名前を呼ばれ、義之の顔を散々舐めつくした黒い小さな影――さくらの飼い犬でもあるはりまおが答えるように鳴く。

顔中をベタベタにされた義之は仰向けのままグッタリ・・・いや、もはやグンニョリしている。

「あれだけ前フリしておいてコレかい・・・」

「え?」

「いや、何でもない」

顔を服の袖で拭いながら、はりまおの首根っこを掴み顔から引っぺがした。

対してはりまおは無邪気な顔で、はち切れんばかり尾を振っている。

「・・・」

「あんあん」

「・・・」

「クゥ〜ン」

「・・・ダメだ、俺にはどうしても斬れねえ」

「何のコントですか、何の」

いきなりはりまおとコントを始めた義之を、すかさず由夢がジト目でツッコむ。

「うむ、ナイスツッコミだ由夢。流石は俺のパートナーだな」

「はいはい。どうでもいいですけど、早く理科室に行かないと遅くなりますよ」

義之のサムズアップにも由夢はスルーという高度テクニックを使い、先陣を切るようにスタスタと歩き出す。

「・・・なぁ、美冬ちゃん。最近由夢の俺に対するツッコミが激しいような気がするんだけど」

スルーはツッコミに入るのか、という疑問はさておき、義之は兄妹のやり取りにクスクスと笑みを零していた美冬に問いかける。

「そうですね。でも、それはやっぱり相手がお兄さんだから、ですよ」

「? 俺だから?」

「二人とも、早く行きますよ」

長い廊下の随分向こうから、理科室の扉に手を掛けた状態で由夢が呼びかけてくる。

流石に一人で中に入る気はなさそうだ。

「うん、今行くからー!・・・それだけお兄さんには心を許してるってことですよ」

後半は義之だけに聞こえるよう声を潜め、笑顔のまま由夢の元へと向かう美冬。

「・・・俺だから、ねえ」

手に持っていたはりまおを解放し、その小さな影が廊下を駆けて行くのを見送る。

そしてぽつりと呟いた義之は、照れ隠しのように後頭部をポリポリと掻き、ゆっくりと二人の元に向かうのだった。







”ガララッ”

足を踏み入れた理科室は、まさに不気味の一言に尽きた。

月光を微かに反射する、無機質なフラスコなどの実験器具。

誰かが完全に閉め忘れたのか、「ピチャン・・・ピチャン」と水滴が落ちる水道。

そして骸骨の標本の横に直立している、リアルな人体模型。

「・・・さっさとコインを探すか」

長居はしたくないという思いが三人一致したようで、義之の呟きに残りの二人もウンウンと頷いて早速コイン探しに取り掛かり始めた。

「「「・・・」」」

皆一様に、黙々と作業を進める。

しかしその数分後、誰もまったく喋らない静寂を打破したのは、どこからか聞こえてくる不気味な呻き声であった。

「うぅ・・・・・・う・・・ぐぁ・・・・・・」

「「「っ!?」」」

ピクンと、三人の動きが止まる。

その声は確かに聞こえて、しかし信じたくないように誰もその方向を振り向かない。

「く・・・るし・・・・・・だ、れか・・・・・・」

今度ははっきりと聞こえた・・・もはや誤魔化せない。

謎の呻き声は、人体模型から聞こえている。

「「「・・・」」」

集まった三人はコクリと互いに頷き合うと、おそるおそる人体模型へと近づいていった。

「こ・・・から・・・・・・出し・・・・・・」

とても人間とは思えない不可思議な声に、後数メートルという距離で歩みを止めてしまう三人。

そして、次の瞬間――。

”ガターーンッ!”

窓は全て閉め切ってあって風など無に等しいのに、突然上体が揺れたと思ったら、まるで自分の意志のように人体模型が横に倒れたのだ。

「「キャアアアァァァァァッ!!」」

流石にこれには驚いたようで、由夢と美冬は両サイドから悲鳴を上げながら義之に抱きついた。

「ぐあああ・・・」

勿論義之も突然倒れた人体模型には驚いたが、それよりも両サイドから来る圧迫感に意識を捉われていた。

女の子二人に抱きつかれる・・・構図だけ見れば非常にオイシイが、二人は恐怖のあまり信じられないほどの力で抱きついてくるので、嬉しさよりも痛さの方が勝っている。

「ちょ、二人とも・・・死ぬ・・・」

その声にはっと気付いたのは、由夢が先であった。

今更ながらに兄に抱きついていることに恥ずかしさを覚え、すぐに飛び退いた。

「や、あの、今のは怖かったんじゃなくてですね。こう、なんてゆーか反射的にその」

「はいはい。分かったから落ち着け・・・それであの〜、美冬ちゃん?」

いつものように意地を張って説得力のない言い訳をする由夢をひとまず落ち着かせ、義之は胸の中へと視線を落とした。

そこには未だに胸に顔を埋めている美冬がいて、義之は困った顔のまま問いかけた。

当然、この状況が嫌だというわけではないが・・・このままでいられても困るのは事実である。

しかし美冬は小刻みに震えていて、本当に怖がっている様が窺い知れる。

『・・・しょうがないか』

なるべく彼女の身体には触れないようにと両手を上げた義之は、ようやく気持ちも落ち着き、倒れた人体模型を見やった。

『・・・ん?』

そしてふと感じる疑問。

人体模型の後頭部に、何やら黒い物体が張り付いているのが見えたのだ。

「由夢」

「え?」

「その人体模型に付いてる黒いの、何かわかるか?」

「黒いの・・・?あっ」

薄暗くてはっきりとは見えないが、何かの機械のようだ。

由夢もようやくその存在に気付き、近づいて確かめた。

「これは・・・ボイスレコーダーのようですね」

「レコーダーか・・・なるほど、やっぱり杉並の仕業か」

「え?」

義之が恨めしげに呟くと、そこでようやく美冬が彼の胸から顔を上げた。

「奴の仕掛けだよ。たぶん、遠隔操作でレコーダーのスイッチを入れたんだろ。人体模型が倒れたのだって、そういう原理だな」

「そ、そうだったんですか・・・」

ホッと安堵のため息をつく美冬。

「それで、あの・・・美冬ちゃん」

「はい?」

「そろそろ、離れて欲しいんだけど・・・」

「え・・・わ、わわ!」

美冬はようやく今の状況に気付いたようで、顔を真っ赤に染めると慌てて義之から離れた。

「す、すみません!私、本当はこういうの全然ダメで・・・さっきまではずっと我慢できてたんですけど、今のは驚いてしまって、その・・・」

明らかにテンパっている様子で捲し立てる彼女に、義之は安心させるように微笑みかけた。

「大丈夫だって、女の子なんだし怖がらないほうがおかしいだろ?」

「で、でも・・・」

「それに、俺も女の子に抱きつかれて嬉しかったしな。ははは」

わざとおどけてそんな事を言った義之に、美冬は張り詰めた緊張の糸を途切れさせたようにふっと微笑んだ。

「お兄さんって、意外とエッチなんですね?」

「へっ?い、いや、今のは・・・」

「ふふふ。冗談、ですよ♪」

「・・・あのなぁ」

クスクスと、堰を切ったように笑い出す美冬。

そしてそんな美冬に苦笑を零す義之も、顔には穏やかなものを宿していた。





「・・・」

そして由夢は、二人のそんな光景を一歩離れた位置からじっと見つめていた。

その表情はどこか寂しそうで、悲しそうで・・・。

先程美冬が義之に顔を埋めていたのを見た時にも、胸に襲い掛かった大きな痛み。

それは凪ぐことはなく、かといって急激に荒れることもない。

ただ静かに・・・そして強く、由夢の心を締め付ける。

――美冬とは風見学園に上がってからの付き合いだが、今では由夢の一番の親友といえるくらいだった。

誰にでも分け隔てなく接し、常に笑顔を絶やさない美冬。

だから彼女は同性の友達も多いし、この前のミスコンで準優勝したように男子からの人気も高い。

だが、だからこそ心配になる。

そんな彼女が、義之を好きになったら・・・義之が、そんな彼女を好きになったら・・・。

『・・・はぁ』

自分でも、馬鹿な考えだということは分かっている。

ただ彼女は驚いてたまたま近くにいた義之に抱きついただけ・・・それだけのことなのだ。

これは自分の中にある感情が弾き出した、最悪な想像の結果に過ぎないのだ。

それは音姫にも、ななかにも当てはまるけれど・・・それでも昔は、これほどまでに酷くなかったと思う。

制御しきれない程の感情のうねりを自覚し始めたのは、つい最近。

元より大きかった彼への想いが、もはや抑えきれない程に膨らんできてから・・・。

「お〜い、そろそろ行くぞ由夢」

「あっ、はい!」

出口から呼びかけてくる義之の声に、由夢は平静を装って元気に返事をした。

嫉妬。

自分の内なる醜い感情を、誰にも悟られないように・・・。



25話へ続く


後書き

ってことで、24話でした〜。

う〜ん、やっぱり肝試しという特別な環境では、気持ちも後ろ向きになってしまうのでしょうか。

後半の由夢を書いてて、作者自身そんなことを思っちゃいましたよ^^;

そして話自体は、なんか美冬主体になってしまいました。

これは元から予定していたことなんですが、それでもちょっと由夢の出番が少ないかなぁ。

由夢ファンの皆様、ごめんなさいm(__)m

何故か美冬にフラグが立っちゃいましたが気にしないでください。これはあくまで由夢SSなのですから!(どどーん)


とまあこんなところで。・・・しかし、次の話で肝試しを終われるのかなぁ(笑)



2006.11.26  雅輝