「ん〜〜〜はぁ。良く寝た〜」
一年最後の日は、ゆっくりと穏やかに訪れた。
見ると時計は既に昼近い時刻を指している。
義之は10時間以上寝てたことになるベッドを抜け出すと、着替えて階下に下りた。
『よく音姉が起こしに来なかったな・・・まあ今日の夜は遅くなるだろうから、配慮してくれたってことか』
階下へと続く階段をよたよたと下りながら、ふとそんな事を思う。
昨日皆で話し合った結果、肝試しをするに先駆けた今日のスケジュールは、義之の家で皆で夕食を取ってから初詣、そして肝試しへという流れに決まった。
なので、今日の夜は必然的に遅くなる。
『・・・あっ、そういえばまださくらさんに今回のことを伝えてなかったっけ』
そして今更ながらに気付く。
保護者兼、学園長でもある彼女には、二重の意味で今回のことは伝えなければならないことだった。
学園長として、夜の校舎への侵入の許可を取るため。
そして保護者として、夜に繰り出すことへの許可を取るため。
しかし、最近さくらは忙しいのか滅多に顔を見せず、最後にまともに話したの音姫と由夢が来た頃だろうか。
『参ったなぁ。流石に黙って行くわけにもいかないだろうし・・・』
「おはよー、義之くん」
「うーん」と唸りながら階段を下り終えた義之の耳に、偶然にしてはあまりに良すぎるタイミングで元気な声が聞こえた。
D.C.U〜ダ・カーポU〜 SS
「自由な夢を・・・」
Written by 雅輝
<22> 言い知れぬ不安
「あっ、おはようございますさくらさん。何か凄く久しぶりって感じですね」
義之は会談を下り終えた先にいた人物――さくらに、寝起きでまだ重い思考の中、朝の挨拶をした。
「うん、そうだね。最近お仕事が忙しくってさ〜、もうやんなっちゃう」
そう言って、「にゃはは・・・」と苦笑いを零すさくら。
しかしその顔色は傍目から見てもどことなく悪く、元々痩せているその身体もふらふらと飛んでいってしまいそうだ。
「大丈夫ですか?あまり無理をしない方が・・・」
「う〜ん、でもそうも言ってられないんだよね。・・・やっぱりボクがやらなくちゃいけない事だし」
一瞬さくらの顔が、悲しげなそれに変わったような気がしたのだが、次の瞬間には元に戻っていたので義之は疑問に思いながらも今は気にしないことにした。
「やっぱり、学園長の仕事ってそんなに大変なんですか?」
「・・・うん、大変だよ。だからまたこれから行かなくちゃいけないんだ」
「え?それじゃあ新年は・・・」
「たぶん、一緒にここでは迎えられないと思う」
「そう・・・ですか」
どのみち義之は肝試しに行くのでここにはいないが、それでも年末年始も仕事だというさくらのことは心配だった。
「・・・本当に、無茶はしないでくださいね?」
けれど、まだまだ子供の自分が安易に学園長という立派な仕事について語れないから。
気休め程度の、簡単な言葉しか告げることはできない。
「うん!ありがとう義之くん」
それでもさくらはその言葉に、元気に、そして感謝を込めたお礼を口にした。
「肝試し?うん、別にいいよ〜。音姫ちゃん達が付いていてくれるなら安心だし。でも、あんまり遅くなっちゃダメだよ?」
義之が肝試しのことを話すと、さくらは実にあっさりとした返答と笑顔を残して、家を出て行った。
義之とて了承は貰えると思っていたが、ここまであっさり貰えると拍子抜けな気分になる。
『・・・ま、いっか。とりあえず飯にしよ』
玄関前からリビングへと足を運ぶ途中、「そういえば・・・」と義之はあることを思い出して立ち止まった。
『さくらさん・・・あの悲しそうな顔はいったい何だったんだろう?』
先程の彼女の顔を思い返すが、その理由がわからない。
仕事の話・・・疲れた顔を見せるならまだしも、何故あれほどまでに悲愴な表情を浮かべたのか。
そもそも、さくらが言っていたのは本当に仕事の話だったのだろうか?
もしかすると、もっと別の・・・。
『・・・考えすぎか』
義之も自分の考えが飛躍しすぎているとは思う。
しかし、いくら学園長とはいえ、年末年始を通して行なうほど仕事量が多いというのは明らかにおかしい。
全ては推測に過ぎないが・・・それでも。
『今は、無理しないことを祈るしかないか・・・』
このままさくらがどこか遠い所に行ってしまいそうな――そんな胸に燻る不安は、拭いきれなかった。
「わぁ〜、結構人がいるねぇ」
つつがなく皆での夕食を食べ終え、一行は近くの神社へと初詣に来ていた。
ちなみにもう既に年号は変わっている・・・つまり時刻は0時を過ぎており、芳乃家でテレビでのカウントダウンを済ませてからここに足を運んだというわけだ。
そしてそのメンバーは昨日決めたとおり、男性陣は義之、渉、杉並。
そして女性陣は音姫、由夢、ななか、美冬。
誰一人として着物は着て来なかったが、この後の学園での肝試しを考えると当然かもしれない。
そんな中辺りを見渡し、声を上げたのはななかだった。
「何だか去年に比べて多いような気がしますね」
「それはやっぱり、ここのところ変な事件が多いから、みんな不安になってるんじゃないかな」
ななかの言葉に由夢と美冬も続く。
変な事件――とは、最近初音島で多発している原因不明の事故のことだ。
幸いまだ死者は出ていないものの、重軽傷者の数を見るとこの小さな島にとってはまさに一大ハプニングだ。
その”事故”とは突然常人が昏睡状態に陥ったり、起きるはずのない偶発的なものまで様々だが、それがかえって島民の心配を煽っているのだろう。
だから、こうして普段は信じもしない神様に、一年に一度だけの文字通り”神頼み”をする人で溢れている・・・ということだ。
「確かにそうかもな。次は我が身かもしれない・・・そう考えると人間、神頼みでもしたくなるか」
「・・・」
「ん?音姉、どうかした?」
杉並の呟きに押し黙ったように暗い表情になり、まるで何かを耐えるように瞳を閉ざした音姫。
いや、暗いというより・・・さくらが一瞬見せた悲愴な表情のような。
しかし義之が声を掛けた言葉に弾かれたように顔を上げると、すぐにぎこちない笑みを見せた。
「え?う、ううん。何でもないよ!」
「そう・・・か」
「うん。ほらっ、早く行こうよ弟くん」
ずっと立ち止まっていたせいか、もう既に周りのみんなは流れに乗って先に進んだようで、その場はいつの間にか義之と音姫だけとなっていた。
音姫に腕を引っ張られ、ようやく進みだす。
「あ、ああ」
しかし腕を引く音姫の背中を見つめながら、義之は自分の知らない所で何かが・・・さくらや音姫も関係しているような何かが起こっているような気がして、言い知れぬ不安を感じた。
「あっ、やっと来た。遅いよ、義之くん」
「ギリギリセーフってやつだな、義之」
「ああ悪い悪い。ちょっと人波に流されてな」
「兄さんのことだから、どうせ出店の食べ物に釣られてフラフラしてたんじゃありませんか?」
「由夢ちゃん、お兄さんに対してはきついね・・・」
丁度賽銭箱の前辺りで何とか合流できた義之と音姫は、そのまま他の面子と並んで賽銭を投げ入れた。
そして目を閉じ、七人が揃って手を合わせる。
『うーん。俺は何を願おう・・・やっぱり、家内安全かなぁ』
比較的無難な願い――今島内で起こっていることを考えれば洒落にならないが――を終えた義之は、閉じていた目を開こうとした。
”ドクンッ!”
『なっ・・・?』
だが、それより先に襲ったのは、胸への鋭い痛みだった。
そして頭に蘇ったのは、いつしかの夢(記憶)の断片。
――「私は、もうお母さんのように、誰も喪いたくないから・・・」――
――「もう、あんなに悲しい思いはしたくないから・・・」――
――「だから・・・お願い」――
「・・・っ!」
ハッと、意識を覚醒させる。
すぐに横を見てみるとななかや美冬たちは既に願いごとを終えたようで、他の参拝客の邪魔にならないように社殿の隅へと寄っていた。
しかしその中で、未だに願い続ける一人の少女。
『・・・由夢』
そこで義之は、ようやく思い出す。
先程頭に過ぎったあの言葉は、あの不可解な夢で聞こえてきた、少女の言葉なのだと・・・。
『お願い・・・か』
思い出せなかった事が突然頭に蘇ることなど、割と誰にでもある。
しかし、今まさに必死に何かを祈っている彼女を目の前にしているこの状況で。
偶然という言葉で片付けてしまうには、あるいは神の悪戯などという軽い冗談で済ませてしまうには。
――あまりにも出来すぎたこの状況に、義之が感じたのは恐怖に似た不安だった。
23話へ続く
後書き
何とか・・・何とか間に合ったかな^^;
少々最後の方で手間取りましたが、どうにか22話UPです。
ん〜、今回は色々と考えさせられる話でした。
中ほどのさくらの話もそうですし、過去の「自由な夢を・・・」を見直して、検証してみたり。
あっ、久々に頭を使ったから知恵熱が・・・(←いちおー学生です 笑)
んで、内容ですが・・・。
まず反省点から。
「人数が多すぎた」(どーん)
ゲームには立ち絵という素晴らしい機能が付いていますが、当然小説にはそんなんありません。
なので、誰が言った台詞なのか、非常に描写し辛いのです。
というより、ぶっちゃけめんどい(笑)
共通視点なら尚更・・・まだキャラ視点の方がこの点は楽かなぁ。
次に、さくらとの会話。
あと何度かこういうシーンはありますが、ゲームをD.C.まで完全にクリアーした人なら分かるでしょう。
書いてる方も辛いのですが・・・こればっかりはしょうがないかと(__)
次回はようやく(お待たせしました!)肝試しに突入ですね。
この肝試しも長くなりそうな気が・・・気のせいであって欲しい(笑)
では!^^