杉並たちと商店街で話をした翌日の、12月30日。
「で?年の瀬で忙しいこの時期に、いったい何の用なんだよ?」
義之の少々憮然とした声が、静かな音楽室に響き渡った。
響く――といってもたいして大きな声を出したわけではない。
音楽室は防音のため、反響効果も出ているようだ。
そんな義之の声をまったく意に返さない様子で、杉並は今日も掛けている伊達メガネをクイッと持ち上げると、徐に口を開いた。
「無論、昨日話した肝試しについてだ」
「・・・はぁ。まあそんな事だろうとは思ったけど、とりあえずいくつか質問させてくれ」
「良いだろう。今この場には俺達しかいないのだ。いくらでも時間ならある」
「気色悪い言い方をするな」
そう、杉並の言うように、冬休みにわざわざ学校の音楽室にやってくるものなど誰もいない。
さらに部活動も明日が大晦日というだけあって、さすがにどの部も学校にはいなかった。
勿論、吹奏楽部や軽音楽部も。
今この学校にいるのは、守衛を除けば、目の前で不吉な笑みを浮かべている杉並と、その杉並に電話で呼び出された義之だけであろう。
「まず一つ目。何で大晦日に肝試しなんだ?肝試しって、普通は夏のイベントだろ」
「ふふん、簡単なことだ。桜内、お前大晦日の予定はあるのか?」
「いや、今のところは・・・。もしかしたら、音姉たちと初詣くらいには行くかもしれないけど」
「果たして、それだけで刺激は足りるのかな?」
「・・・は?」
また杉並の奇行が始まったようだ。
要領を得ていないような義之の反応に、杉並はまたニヤリと嫌な笑いを浮かべると、再度口を開いた。
「初詣もいいが、それだけで年を越すのは勿体無いと思わんのか?」
「勿体無いも何も・・・それが普通なんじゃないのか?」
「甘い・・・甘すぎるぞ桜内!いつからお前はそんな老人のような考えになってしまったんだ!」
「コントみたいに叫ぶなよ・・・で?いったいお前は何が目的なんだ?」
「・・・ヤダ、ナンノコト?」
「同じネタを使うな。ツッコミにくいだろうが」
「・・・まあ目的は企業秘密だ。安心しろ。お前達に害を及ぼすような真似はせん」
「イマイチ信用できんが・・・ん?お前”達”ってどういうことだよ?」
「なぁに、朝倉姉妹も是非にと思ってな」
「音姉と由夢も?」
「そうだ。お前と一緒に初詣に行くのなら、それが当然の流れだろう。それに、お前も新鮮な二人の姿が見れるかもしれんのだぞ?」
義之の脳内に、二人の顔が思い浮かぶ。
確かに、いつもは結構すました顔をしている二人が、どんな反応を示すのかには興味があった。
「だから俺はまだ肝試しをやるとは言ってないって・・・ちなみに、他のメンバーは?」
「一応、板橋は了解済みだ。後は、白河ななか嬢を考えている」
「ななかを?何で?」
「企業秘密だ」
「雪月花の三人は誘わないのか?」
「何でも、スキー旅行に行くとかであいにく留守だ。・・・質問は終わりか?」
「いや、じゃあもう一つ・・・俺をここまで呼び出した理由だ。その話だけなら、電話でも充分に出来ただろ?」
「それは・・・こいつだ」
ピーンッと杉並の指から何かが弾かれ、義之は片手でそれをキャッチする。
「・・・コイン?」
義之の手に残ったのは、何の変哲もない、どこのゲームセンターにでもありそうな銀色のコイン。
「肝試しに使用するコインだ。そいつを学園の七不思議にまつわる場所にばら撒き、プレイヤーはそのコインを集めるために学園を歩き回るというわけだ」
「・・・つまり俺にばら撒くのを手伝えと?」
「さすがの推理力だな、桜内。やはりお前はまだまだ第一線で活躍すべきだ」
「何のだよ・・・」
呆れと共に呟き、手の平のコインをじっと見つめる。
杉並の説明は確かに納得がいくが、そのどれもが義之が参加すると踏んでの考えだ。
朝倉姉妹を誘うのだってそうだし、ななかにしたっておそらくは義之が誘わねばならないのだろう。
杉並が発案する”肝試し”の参加料として。
つまり彼は、先程の言葉で義之が参加すると確信していたのだ。
――「それに、お前も新鮮な二人の姿が見れるかもしれんのだぞ?」
確かにその言葉に心を動かされたのは事実だった。
しかしながら、決め手に欠ける。
杉並らしくないやり方だが、たまにはそれに乗せられるのも悪くない、とも思った。
そして何より――
「ふう・・・しょうがねーな。参加してやるよ、肝試し」
――二人の楽しむ顔が見れれば、別にいいかと思ってしまった。
D.C.U〜ダ・カーポU〜 SS
「自由な夢を・・・」
Written by 雅輝
<20> プレゼント
「それでは、詳しいことは今日の夜にでも連絡しよう」
校門の前で、そう言い残して去っていく杉並の後姿を見送る。
その活き活きとした背中を見て早まったかなという後悔の気持ちもあるが、それよりは期待の方が大きい。
『・・・ま、俺達には害が及ばんと言ってたし、今はその言葉を信じるしかないか』
それでも尚残っている不安を大きなため息と共に吐き出し、義之は家へと歩き始めた。
「・・・お?」
家に帰る途中、何となく寄ってみた商店街の一角。
見覚えのある店の前に立っている、これまた見覚えのある――いや、見慣れてしまったとも言える人物が視界に映る。
その光景は前にも見た事があり、そしてその時もやはり、今のような構図で瞳に映っていた。
確認のために店の看板を遠目で確認してみると、やはりあの時と同じ様に寝具店と書かれている。
『あの時あいつは確か・・・そうそう、新しいパジャマを眺めてたんだっけか?』
その時の事を思い起こしながら、足は由夢の方へと向いている。
彼女はまだ熱心にショーウィンドウの中の何かを凝視しており、近づいてくる義之にはまったく気付いていないようだ。
「・・・」
由夢の真後ろまで来た義之は、気配を殺して彼女の肩越しにその視線の先を追ってみる。
やはりそこには、この前見ていたあのパステルカラーのパジャマが飾られていた。
「・・・」
『・・・しっかし、こいつもここまで近づいてるのに気付かんもんかねぇ』
未だに背後にいる自分に気付かない由夢に、義之は悪戯心を抑えきれなくなった。
事の後で自分がどんな仕打ちを受けるかは容易に想像できるが、今は子供のような茶目っ気が勝ってしまったようだ。
顔を少しずらして彼女の耳元に口を寄せ、そして―――
「ふっ」
軽く、息を吹きかけた。
「ひゃんっ!!?」
すると由夢は、面白いくらいに背中を直立させ、そのままへなへなと座り込んでしまった。
しかしすぐに体勢を整え、赤い顔のまま勢い良く振り向く。
「に、兄さんっ?!なんでここに・・・っていうか今の!」
「わはは。悪い悪い。まさかあんなにいい反応を示してくれるとは思わなかった」
「なっ・・・!」
顔を真っ赤にさせたまま、先程の自分の失態を思い出して絶句する由夢。
そして義之は、そんな彼女にさらに追い討ちを掛けた。
「それに・・・可愛い声も聞かせてもらったしな」
「〜〜〜〜っ!」
声無き声を上げ、元々赤い顔をさらに紅潮させる。
「しかしお前って、耳が弱点だったんだなぁ。はっはっはぐほぉっ!!」
悪い癖だと彼自身自覚しているものの、性分なのか懲りないだけなのか。
ついつい悪ノリが過ぎた義之の鳩尾には、羞恥と怒りに顔を染めた由夢の渾身のストレートが突き刺さっていた。
「兄さんの、バカァァァァァァッ!!!」
そして商店街中に響くのではないかというほどの大音量で叫び、そのまま脱兎の如く走り去ってしまった。
当然、蹲っている義之は放置したまま・・・。
「相変わらず、いいパンチだな・・・っと」
数秒間蹲って腹部を押さえていた義之だが、何ともないような声ですぐに立ち上がる。
来ると分かっていたから何とか急所を微妙に外すことができたが、そうでなければ数分間は悶えていただろう。
「しかしまあ、これで口実が出来たわけだ」
そう言って、彼女が見ていたショーウィンドウの中をもう一度眺める。
――そう、由夢を怒らせたのも、言うなればわざとであった。
勿論義之が楽しみたいという気持ちも大半を占めていたが、ああすれば由夢が怒ることを想定に入れての行動である。
そして怒った由夢に許してもらうためには、何らかのご機嫌取りが必要になってくる。
『・・・たまには兄から妹へのプレゼントっていうのも悪くないか』
つまり、そういうことだ。
義之はジーパンの埃を払うと、後ろポケットに入れておいた財布の中身をチェックする。
『まさか杉並用に入れておいた諭吉が、こんなところで役に立つとはな』
杉並用というのは、彼に用件も伝えられないまま会うことになったので、念のために朝、万札を一枚忍ばせておいたのである。
結果的に彼と会うことでそれが減ることはなかったが、これだけあれば充分に足りるだろう。
「ふう・・・甘いよな、俺も」
苦笑と共に息を一つ吐くと、もう一度値札を確認してから店内へと足を踏み入れた。
商店街からの帰り道にある、通学路としても利用している桜並木。
「はぁ、はぁ・・・何とか追いつけたか」
「・・・兄さん?」
由夢は後ろから聞こえてきた駆けて来る足音と、充分に聞き覚えのある声に不機嫌そうな顔を振り向かせた。
「私に、何か用ですか?」
そして出たのは、いつも学校で使っている優等生用の丁寧語。
それは、彼や音姫にだけは普通の言葉遣いで接していた彼女の、明確な拒絶を表しているかのようだ。
「うっ・・・いや、さっきの事で、話がしたくてさ」
「そうですか。しかし私には何も話すことはありませんので・・・それでは」
たじろぎながらも殊勝な言葉を掛けてくる義之に対し、由夢の声はひたすら冷たい。
そんな自分を、由夢は可愛くないと思っている。
あれくらいの事で腹を立てて、こうして怒った”フリ”をしている自分は、なんて子供じみていて可愛くないのだろうか・・・と。
「ま、まあそう言うなって。さっきは悪かった、このとーり!」
慌てた様子の義之が、由夢の前に立ちふさがり頭を下げても、彼女の表情は変わらなかった。
しかしそれは外面に出さないだけで、内心では動揺を隠せない。
・・・こうして兄妹喧嘩をした時、必ずと言っていいほど先に謝ってくるのは彼の方であった。
それは、意地を張ってなかなか謝れない由夢に代わって、いつも彼の方から譲歩してくれるということだ。
そして自分は、そんな兄に不機嫌な顔を見せつつ、「しょうがない」という風に装って許してあげる。
――本当は誰よりも一番、自分が仲直りしたいのに・・・。
「ってことで、これは謝罪の印だ」
「・・・えっ?」
しかし、ポンと押し付けられたその紙袋は、まったく予想していなかった。
「兄さん・・・?」
「そ、それじゃあ先に帰ってるから、それで機嫌直せよ?」
由夢が呆然としながらも義之を見上げていると、彼は照れたような顔になってその赤い顔を見せないようにそそくさと早足で去ってしまった。
「・・・」
そして残ったのは、唖然としている由夢と、その彼女の胸に残った紙袋だけ。
『・・・何だろう?』
あんな様子の兄は、久しく見ていないような気がする。
途端に押し付けられた袋の中身が気になって、近くの桜に背中を預け、中身を確認した。
入っていたのは―――
「あ・・・」
先程まで自分が欲しがっていた、緑のパステルカラーを主体としたパジャマだった。
何度も値札を確認していたため、決して安くない値段だということは知っている。
それでも今、確かに腕の中にあるのはあのパジャマで・・・。
そして持っている紙袋は商店街に一つしかない、あの寝具店のもので・・・。
「兄さん・・・」
不意に、胸が苦しくなった。
いや、切なくなったと言った方が良いだろうか。
普段はぶっきらぼうな彼の、不器用な優しさは、由夢の心に深く沁みこんだ。
「・・・期待しちゃって、いいのかな?」
ぽつりと口に出た、淡い恋心。
普通に考えればご機嫌取りのために、拗ねる妹への兄からのプレゼントだろう。
頭ではそう理解できていても、どうしてもこの心は願ってしまう。
もっと違う意味が込められていて欲しい、と。
「違う・・・よね?私は兄さんの妹だもん」
口に出たのは、自分を抑えるための、悲しい言葉。
しかしそのプレゼントを胸に抱きしめながら歩きだすその表情は、幸せそうな、はにかんだ笑顔であった。
21話へ続く
後書き
あ〜、今回はちょっと更新が遅れちゃいましたね^^;
文化祭の準備がある上、風邪を引いちまいまして、ほとんど時間が取れませんでした。
風邪を引くと、凄まじいほどモチベーションが下がります。そりゃもう、だだ下がりですよ(笑)
この20話自体は3日間で書けたんですけどねぇ。書く気になるまでが大変だった・・・。
とまあ言い訳はここまでにして、内容へ。
冒頭部分は杉並オンリー(笑)
実は彼は結構書きやすいキャラ。義之との掛け合いが面白くて、ついつい楽しんでしまいます。
で、今回のメインは勿論サブタイトル通りなのですが・・・。
まあプレゼント自体は本編にもありましたが、それに至るプロセス、さらに全体的な構成もだいぶ変えてみました。
気に入って頂けると幸いです^^
次回はもうちょっと早く更新できるよう、頑張りまっす。