結局あれからさらに時間を掛けること30分。

出来上がった料理が、ようやく音姫の手によって食卓に並べられた。

そう、並べられたのだが・・・。

「え〜〜っと・・・」

「・・・」

「さ、頂きましょうか?」

その食卓に着いている三人の反応は、見事に三者三様。

目の前の料理に苦笑いを零している義之、その反応に納得のいっていない様子の由夢、笑顔で箸を取り出す音姫。

『これは・・・何だ?さっき音姉は、確かに「肉じゃが」と言っていたんだけど・・・』

確かに、じゃがいもらしき物体もあるし、牛肉らしき物体も覗える。

しかし、何と言えば良いのだろうか・・・全体的なバランスとして、何かがおかしい。

その姿は、ピカソの前衛作品「ゲルニカ」を彷彿させた。

そんな義之の心配顔を察してか、音姫がいつもの微笑を湛えながら口を開く。

「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ、弟くん。確かに見た目はちょっと悪いけど、味の方は私が保証するから」

「別に食べたくないなら、無理に食べなくてもいいよ」

対して、未だに不機嫌な表情で強気なことを言う由夢。

しかしその人差し指には、真新しい絆創膏が貼られている。

『・・・まあ由夢も頑張ったんだし、流石に食ってやんなきゃ可哀想だよな・・・。それに音姉も保障してるし、少なくとも食べて即行で気絶ってことはないだろう』

その先程確かめた傷が義之を決断させたのか、義之は「それじゃあ・・・いただきます」とその肉じゃがに箸を伸ばした。

「んぐ、んぐ・・・・・・ん?」

「・・・」

義之が一口目を咀嚼するまで、じーっと見つめる由夢の顔には、やはり心配げな表情が浮かんでいる。

しかし、それはすぐに解消されることとなった。

「美味い・・・」

「え?」

「いや、確かにまだまだ音姉や俺には及ばないが、見た目を除けば充分に合格点だ」

「お、お世辞なんて言わなくてもいいよ」

「お世辞なんかじゃないって。まあちょっと味は薄いが、前に食った弁当に比べれば別次元の一品だ」

義之のその言葉に、由夢の顔に恥ずかしげな笑みが浮かぶ。

「でしょ?由夢ちゃんだってやれば出来るんだよ♪」

そして、料理を教えていた音姫も、教え子の満足のいく出来に顔を綻ばしている。

「由夢ちゃん、今回は凄く頑張ってたもんね。やっぱり食べさせてあげる相手がいるからかな?」

「や、べ、別に兄さんのために頑張ったわけじゃないから」

「やっぱり料理くらい、女の子だったら出来ても当然かなって思っただけで・・・」

音姫のからかうような口調に対し早口で、しかし恥ずかしげに捲し立てる由夢。

そんな彼女なりの照れ隠しに、義之はふっと微笑を浮かべるとその柔らかそうな栗色の髪を二度三度撫でてやった。

「ふぇ?!」

「まあ俺のためじゃないにしろ美味しかったよ。今まで馬鹿にして悪かったな、由夢」

「や、あ、わ、分かればいいんですよ」

しどろもどろになりながらも、赤い顔でようやく自分の作った料理に箸を伸ばす由夢。

そんな彼女の様子を、年上の二人は穏やかな表情で見守っていた。





D.C.U〜ダ・カーポU〜 SS

             「自由な夢を・・・」

                      Written by 雅輝






<19>  両手に華な荷物持ち





――「では、次のニュースです。本日午前11時ごろ、飲食店で働いていた男性が突然意識を失い、病院へと搬送されました」

――「搬送先の病院の医師の話では、到着後すぐに意識を取り戻したことから、ただの過労と判断」

――「しかし似たような事件・事故が島内で相次いでおり、警察ではこれらに何らかの関連性がないか調べを進めると共に・・・」

”ピーンポーーン”

「な〜んか最近似たような事件が多いなぁ・・・んあ?」

膨れた腹を擦り、テレビを見ながらソファに横になっていた義之。

その耳に届いたのは、来客を知らせるインターホンの音だった。

「弟く〜ん。出てくれる〜?」

「はいはい・・・っと」

キッチンから聞こえる音姫の声に、義之は重い腰を上げて玄関先に向かう。

今姉妹二人は先程の料理の片づけを行なっているし、第一ここは彼女達の家ではないので、流石に見ず知らずの来客だった場合は困るだろう。

しかし、扉の外に待っていたのは見ず知らずの来客どころか・・・。

「はい、どちらさま?・・・って、美冬ちゃん?」

「こんにちは♪お兄さん」

シュタッと、敬礼するように元気に挨拶をするその人物は、由夢の親友でもある女の子だった。

「ああ、こんにちは。今日は・・・由夢かな?」

「はい。年末の間はこっちに居るって聞いてたんですけど・・・」

「うん、丁度今昼を食べ終わったところだから、上がってよ」

「そうですね。では、玄関までお邪魔します」

元気な子だが、礼儀はしっかりとしているようだ。

美冬はペコリと頭を下げると、玄関で立ったまま上がろうとしないので、義之は先に中に入り由夢本人を玄関に向かわせることにした。



「由夢〜」

「なに?兄さん」

台所で音姫と共に片付け――今は皿拭きをしている由夢が、義之の声に一旦皿を置いて振り返る。

「お前に客だ。美冬ちゃん」

「天枷さん?朝は都合が悪くなったって言ってたのに・・・っていうか、どうして名前で呼んでるの?」

「へっ?そ、そんなことより、玄関で待ってもらってるんだからさっさと行けって」

「何か納得いかないけど・・・まあ今は追及しないであげましょう」

「・・・ふう」

パタパタとスリッパを鳴らしてキッチンを出て行く由夢を見送り、思わず安堵のため息を吐く義之。

だが――。

「弟くん?お姉ちゃんも、その話をじっくり聞かせてもらいたいなぁ・・・」

忘れていた。

今由夢の背中を見送った自分の背後には、かなりブラコンな姉がいる事を。

そして朝、その話題から逃げるようにリビングを後にした事を・・・。

「白状しますです、はい」

流石にこれ以上隠し切れないし、元々隠すほどの話でも無かったので、義之は音姫にその経緯を大まかに説明した。







「しっかし、凄い人だなぁ・・・」

ため息と共に呟きながら、商店街を歩く義之。

その手にはスーパーの買い物袋が提げられている。

「うう〜〜、さむっ。やっぱり年の瀬に外出なんかするもんじゃないな」

いくら桜が咲き誇ろうとも、この島の気温が本島と違うはずもなく。

由夢ほどではないがものぐさな義之が、そんな寒さの中こんなところを歩いている理由は・・・。

「音姉にも、参ったもんだ」

そう、音姫の言いつけにより買い物に来たからである。

音姫曰く、「罰として、今日の夕飯の材料を買ってくること」とのことだ。

「っていうか、何の罰なんだ?」

美冬との間に何もやましいことは無いはずなのだが、それでも音姫はにっこりと笑顔で買い物を命じてきた。

まあ元々音姫が芳乃家に来なかったら自分が買い物どころか料理もする予定だったので、これくらいはして当然だと思うけれど・・・。

「名前で呼ぶことの、いったい何が問題なのかねぇ・・・と、あれは」

噂をすれば影。

義之が出る頃にはまだ玄関先で喋っていた二人だが、どうやら彼女達もこちらへ出向いたらしい。

女性用の服を販売している店の前で、ショーケースを眺めている。

「おっす。お二人さん」

「あれ?兄さんじゃないですか」

「どうしたんですか?お兄さん」

後ろから声を掛けるとほぼ同時に二人――由夢と美冬が振り返る。

「いや、俺は買い物を終えたところなんだけど、二人の姿が見えたからな。何か買い物か?」

「あっ、はい。年末に旅行に行くので、その時に着るパジャマを由夢ちゃんに選んでもらってたんですよ」

「そういうことです。良かったら、兄さんも一緒に行きませんか?」

「はぁ?俺が行ったってしょうがない・・・なるほど、荷物持ちか」

もう既に何着か購入したのか、彼女達の手にはそれぞれに紙袋がぶら下がっている。

「いいじゃないですか。その代わりに、こんな可愛い女の子二人とデートが出来るんですよ?」

「そうですよ、お兄さん。両手に華じゃないですか♪」

「とは言ってもなぁ・・・」

美冬もやはり荷物持ち要員が欲しいのか、積極的に義之を誘ってくる。

対して義之は、由夢一人ならいざ知らずさすがにその友達にまで頼まれては無下に断ることもできず・・・。

「はぁ・・・分かった。付き合うよ」

ため息混じりに了承するしか、道は無かったのであった。







「あれ?義之じゃないか」

「ん?」

さらに増えた荷物を持ちながら、何軒目かの店に入っていった由夢たちを店の前で待っていた義之は、ふと聞こえたその声に顔を向ける。

「おぉ〜、桜内じゃないか。こんな所で奇遇だな、同志よ」

「・・・げっ」

あまり芳しくない状況での、これまた芳しくない悪友たちの登場に、ついつい義之の口からは心底嫌そうな声が漏れた。

しかし彼らは特に気にした様子もなく、話しかけてくる。

「お前こんなところで何してんだよ?」

「何って、そりゃあ・・・」

「ん?っていうかここって・・・ランジェリーショップじゃないか!?」

そう、驚いた渉の声の通り、ここは女性専用のランジェリーショップの店先。

そんな店の前で何をしているのかと聞かれれば、どう考えても怪しい考えしか浮かんでこない。

「お前・・・まさか・・・」

「ふむ、初耳だな。桜内にまさかそんな趣味があったとは・・・」

「いや、待て、落ち着け。これにはワケが・・・」

「義之・・・お前、とうとう禁断の世界に逝っちまガハッ!」

「だが安心しろ桜内。たとえお前がどんな趣味を持っていようが、俺達の友情は変わらゴフッ!」

「だから落ち着けっての!勝手に勘違いするんじゃねぇ!!」

渉にはアッパーカットで顎に、杉並にはストレートで鳩尾に一撃を入れ、これ以上周りの通行人に誤解されないように黙らせる。

「だ、だったら何なんだよ?」

「見て分からんか?」

「ランジェリーショップの前に佇んでいる、不審人物にしか見えん」

「・・・」

確かに杉並の見解は的を射ていたが、何となくムカついたため杉並にはもう一発入れておく。

「由夢とその友達の買い物に、つき合わされてるだけだよ」

「荷物持ちか?どっちにしても、相変わらず殺してしまいたいほど羨ましいやつだなこの野郎」

「ふむ・・・朝倉妹か・・・」

爽やかな笑顔で不穏なことをのたまう渉とは対照的に、顎に手を当て考え込む杉並。

『・・・嫌な予感がする』

杉並がそのポーズを取る時は、大抵何か良からぬ案を画策している時だ。

やがて考えがまとまったのか、にやりと口の端を歪ませる杉並に、義之は警戒しながらも訊ねる。

「・・・何を企んでやがる?」

「ヤダ、ナンノコト?」

「爽やかな笑顔で、しかも棒読みでとぼけるんじゃない。もう何年の付き合いだと思ってるんだ」

「ふむ・・・まあ隠すようなことでもないだろう」

すぐにいつもの顔に戻ると、杉並は掛けている伊達メガネをクイっと上げて・・・。

「桜内」

「うん?」

「深夜の学校で、肝試し大会をやりたいとは思わんか?」

「・・・は?」




20話へ続く


後書き

はい、今回は余裕を持ってこの19話を更新できました。

最近結構いいペースでUPできています。やっぱりクラブが無くなったのは大きいですね^^


で、その内容はまだ前回と同じ日付だったり(汗)

そしてようやく美冬ちゃんの二回目の登場。でも台詞少なっ(笑)

しかし未だに美冬ちゃんのキャラが掴めない・・・自分で作り出したオリキャラだというのに^^;

最初は美春っぽい性格でいくつもりだったのですが、もうかなり別人になってます。

なんていうんでしょう・・・かなり現代風の女子高生っぽい仕上がりに。

まあこれはこれでいいかなぁ・・・あまりキャラを強くしても、他の主要キャラが目立たなくなっちゃいますから。


そしてラストでなにやら仄めかしている杉並。

もう隠す必要もありませんので言いますと、小恋・ななかルートにあった「肝試し」を由夢verで書こうと思っています。

なぜならこのままいけば、本当にゲーム本編と遜色ない展開になってしまいそうだから!(笑)

まだ構想は練っている途中ですけどね。誰が参加するかも決まってないし・・・orz


次回はようやく日付が変わります。

それでは!



2006.11.5  雅輝