ぼんやりとした視界。
違和感のある体中の感覚。
そこはかとない浮遊感。
ただ確固として存在しているのは、目の前に舞い落ち続けている桜の花びらのみ。
「・・・ここは・・・・・・」
明らかに現実世界とは何もかもが異なっている空間の中、義之は声に出して呟いた。
自分の声が周りに響いたのか、それとも声にすら出ていなく頭でだけ知覚しているのかすらも分からない。
「これは・・・誰かの夢なのか?」
自分の能力――他人の夢を覗き見れる能力が発動したのか。
そうとしか思えない・・・しかし一概にそうとも言い切れない。
不気味なほどの静寂。
本来、夢を見ている当人のご都合主義が多いこの世界で、今彼が立っている世界はまるで異質な世界と言えた。
「私の大好きなお姉ちゃん・・・」
と、その時。
誰のともつかない、少女の呟く声が聞こえてきた。
「私の大好きなお兄ちゃん・・・」
その声は遥か遠くから聞こえてくるようで、また自分の内側から聞こえてくるようで・・・。
「二人とも、私の大切な家族」
どこか、懐かしさを感じさせる。
「私は、もうお母さんのように、誰も喪いたくないから・・・」
懐かしくて、胸が痛い。
「もう、あんなに悲しい思いはしたくないから・・・」
言葉の意味を理解しようにも、頭の中は靄に覆われたようにはっきりとしなくて、ただ耳に入ってくる音声として認識している。
「だから・・・お願い」
でも、義之の心の奥底――自分でも知覚できない何かが叫んでいる。
聞こえてくる声の主である少女に対して・・・その続きは言ってはいけないと。
「何の取り得もない私にどうか・・・」
何かに急かされるように手を伸ばした。
すると瞬間、世界が白み始める。
夢が終わる。
義之の意識も徐々に覚醒してきて、体が浮き上がる感覚に襲われた。
その刹那――
「お兄ちゃん達を守る力を――」
崩れ行く世界で、その言葉だけが響いた。
D.C.U〜ダ・カーポU〜 SS
「自由な夢を・・・」
Written by 雅輝
<17> 由夢の寝顔
「む・・・・・・うん・・・」
目覚まし時計もまだ鳴らないような早い時間。
昨夜も深夜番組を見て夜更かしをしていたというのに、義之は自分でも驚くほど素直に目覚めた。
「・・・」
そのまま上体をムクリと起こすと、やはり寝起きだからか頭がくらくらする。
意識はぼんやりとしており、しかしその頭で義之は必死に思い出そうとしていた。
「・・・何の夢だったっけ・・・・・・」
今まで忘れてしまった夢など気にすることは無かったのだが、今日の夢だけはいつもと違うような気がする。
何か・・・大切な何かを忘れているような、そんな焦燥感に駆られる。
しかし、思い出せない。
まるで記憶の一部分にだけ靄が掛かっているように、はっきりとしない夢の内容。
『・・・いずれ思い出すかな・・・?』
普通記憶とは時を重ねる度に薄れるものだが、逆に時が経つことで思い出せる記憶もある。
義之はその可能性に賭け、ここまで今日の夢にこだわっている自分に嘆息すると、一つ頭をふって階下へと下りた。
「〜〜♪」
リビングに入って真っ先に目に入ったのは、鼻歌を口ずさみながらリズミカルに包丁を奏でる音姫の後姿だった。
「おはよう、音姉」
「うん、おはよう。・・・って弟くん?!」
その背中に呼びかけると、時間差で驚きが返ってくる。
そんな姉の天然振りなどとっくに知っている義之は、そのままテーブルに着くと冷静に朝刊を広げた。
「どうしたのっ?!弟くんが休みの日にこんなに早い時間に起きてくるなんて・・・今日洗濯物を干そうと思ってたのにぃ〜〜」
「おいおい、俺だってたまには早起きするって。特に今日は、この時間に二度寝もすることなく起きれたからな。奇跡に近い」
自分で”奇跡”とか称している地点でかなりのダメダメっぷりだが、音姫はそのことにツッこむことはなく、ただ呆れの声を上げた。
「はぁ。いつもそうなら凄く助かるんだけどなぁ」
「・・・善処します」
音姫は料理の続きをしながらも、背中越しに聞こえてくるそんな情けない声にクスクスと顔を綻ばす。
そして義之もそんな音姫につられて、新聞で顔を隠しながらも笑みを浮かべるのであった。
もうクリスマスパーティーから、既に5日が経過していた。
学校も当然冬休みに入り、義之は年の瀬までの時間をゆっくりのんびり過ごしていた。
しかしそんな彼にとって夢のような生活が一蹴されたのが昨晩の話。
明日・・・つまり今日から純一が旅行に行くので、姉妹二人では心許無いと、義之の家にやってきた音姫と由夢。
さくらはそんな彼女達の頼みを快く引き受け、義之も特に思うところもなく承諾し、二人は昨日から純一が帰ってくる2日まで芳乃家で寝泊りすることになった。
今日はたまたま早い時間に起きれたが、明日からはきっと9時ほどには起こされるのだろう。
「休みの日だからって、いつまでも寝てちゃ駄目だよ?」
という音姫の台詞と共に・・・。
『・・・かったる』
義之は今頃ぶり返してきた眠気を欠伸で吹き飛ばし、自分の考えに内心そう呟いた。
「あっ、そうだ弟くん。由夢ちゃん起こしてきてよ」
「は?何で?」
まだ時刻は8時を過ぎた辺り。
いくらなんでも起こすには早すぎる時間だが・・・。
「今日は友達と約束があるらしいのよ。確か・・・天枷さんだったかな?」
「ああ、美冬ちゃんか」
義之にとっては特に意識しないで出た言葉だったが、音姫は”ダンッ!”と大根ごと包丁をまな板に叩き付けると、にっこりとした笑顔で振り向いた。
「・・・何で弟くんが、由夢ちゃんの友達を名前で呼んでるのかなぁ??」
「え?いやぁ、ハハハ。何でだろう?・・・とりあえず由夢を起こしてきます」
「あっ、待ちなさい!」
その笑顔のプレッシャーに圧されるように、義之は渇いた笑いを浮かべながら即座にリビングを出て行った。
「はぁ、何で音姉に怒られにゃならんのか・・・」
ぶつぶつと呟きながら、2階への階段を上る。
「まったく・・・音姉のブラコンぶりにも困ったもんだ」
と言いつつも、その顔は不機嫌なそれではなく、どちらかというと穏やかだ。
そして次に思い出されのは、今から起こしに行こうとしている妹の顔。
『まあ、あいつも昔は相当のブラコンだったが・・・今はあの意地っ張りで、判断がつきにくいよな』
昔はそれこそ義之にべったりだった由夢。
でもいつからか――中学生に上がる頃だろうか、急に余所余所しくなり、そして今の由夢へと至る。
いや、余所余所しくなったというよりは、恥ずかしがっているという方が適当だろう。
俗に言う「お年頃」というやつだ。
『・・・ま、こんなこと考えている俺も相当なシスコンだとは思うけどな』
内心自嘲気味に呟き、由夢の部屋として宛がわれているドアをノックする。
「お〜い、起きろよ〜〜!」
”・・・・・・”
「ったく、しゃあねーな」
実際、今まで義之が由夢を起こしたことは何度もあった。
最近はほとんど無かったが、ほんの数年前は先に起きた方がもう一方に奇襲をかけるという生活だったのだから。
だから――
「由夢?入るぞ・・・っ」
見慣れているはずの由夢の寝顔を見たとき、義之は声も出せずに凍り付いてしまった。
「・・・」
その頬には、何重にも涙の痕が走っており、そして今もまた一筋流れる。
その表情は苦痛や嬉しさではなく、ただひたすらに悲しい。
”ズキッ”
「くっ・・・」
義之の胸に、一つ大きな痛みが走る。
『何だ?この痛みは・・・』
それを皮切りに、痛みはどんどん激しさを増す。
――「もう、あんなに悲しい思いはしたくないから・・・」――
そしてふと頭を過ぎったのは、今朝の夢のワンフレーズ。
しかし義之にはその意味も分からず、ただ痛む胸を押さえた。
それ以上その寝顔を見るのは耐えられなくて、義之は視線を逸らし、瞼が微かに動いている由夢に気付かれないよう、静かに部屋を出て行った。
18話へ続く
後書き
ども〜、雅輝でっす^^
いやぁ、何とか一週間で更新できましたね。予想以上にリクSSが早く上がったんで。
でもまあ内容はまったくと言っていいほど進展していません。
とりあえず今回は、冒頭の”夢”を書くのが目的だったので・・・はい、完全に伏線です(笑)
実はコレ、ゲームにもあるシーン。
ゲームでは音姫の夢って感じですけど、それを由夢verにアレンジしてみました。
これをどう生かすかが、今後の課題になっていきそうですorz
ちなみに、今回美冬ちゃんは名前だけの出演です。
まだ出番はあると思いますが・・・なにぶんいい加減な作者なんで(笑)
それでは、また次回で!