パーティーの終焉はいつも、冷めやらぬ興奮と途端に感じる寂寥感によって幕を閉じる。
ここ、風見学園のクリスマスパーティーも、静かにその時を迎えていた。
天気予報どおり空に雲が広がり始めたかと思うと、すぐに夜の帳が下りてきて。
卒業パーティーなら夜になってもまだ出し物は残っているが、クリスマスイブである今日はさすがに残る人も少ないからか、学園自体が8時には閉まる。
そして風見学園から続く桜並木を並んで歩く、二つの人影・・・義之と由夢も、どこか名残惜しげな顔をしていた。
――いつもならここにもう一人・・・音姫も並んでいるはずであったが、彼女は生徒会としての仕事に追われている。
いや、正確には”杉並の計画”の後始末が大変らしく、今日は校門が閉まる時間ギリギリまで残らなければいけないそうだ。
「しっかし、あっという間だったなぁ〜」
「・・・2学期が、ですか?」
伸びをしながら意味深に呟いた義之の言葉に、隣で空を眺めていた由夢が反応する。
「いや、2学期は充分に長かったよ。そうじゃなくて、クリパもあっという間に終わったなぁってな」
「それだけ楽しめたって事じゃないんですか?」
「・・・まあそういうことなんだろうな」
実際、あれからというもの二人の間には重たい空気もなくなり、存分にクリパを楽しむことができた。
列が少なくなった出店を食べ歩いたり、渉がドラムを担当する軽音楽部のライブを観に行ったり、3年3組のお化け屋敷を客として行ってみたり・・・。
一人で周っては味わえない充足感と、同姓の友達と周っては味わえない優越感を、確かに二人は感じていた。
でも、それももう終わり。
その事実が無性に寂しくて、二人は予期せず同時のタイミングでそっとため息を吐いた。
「あ・・・」
白くなって天に昇っていくため息の行く末をぼんやりと眺めていた由夢は、その空を見て何かに気付いたように立ち止まる。
そしてカバンの中から取り出したのは、いつも持っているあの手帳であった。
D.C.U〜ダ・カーポU〜 SS
「自由な夢を・・・」
Written by 雅輝
<16> 雪舞う桜の樹の下で
「・・・?」
由夢が突然立ち止まったため2、3歩前に出てしまった義之は、隣に彼女がいないと気付くと後ろを振り返る。
そこには、いつしかのように手帳を捲っている由夢の姿が。
『なんだ?またポエムでも思いついたのか・・・?』
まだその手帳がポエムを綴ったものだと思っているのか・・・まったく的外れな考えをしている義之に気付くと、由夢はその手帳を慌てて仕舞いこみ何事も無かったようにまた義之の隣に肩を並べた。
「どうしたんだ?」
「や、別に何でもないですよ?ほらっ、早く行きましょう」
「へっ?お、おい・・・行くってどこに・・・」
突然義之の腕を取って、早歩きになる由夢。
義之はそんな由夢を訝しげに思ったが、また下手なことを言って機嫌を損ねられても困るので、とりあえずその手に引かれるまま付いていった。
義之の手を取り先を行く由夢は、先程の手帳の内容を思い返しながらある場所へと向かっていた。
――聖夜の雪の中、桜公園にある大きな桜の樹の下で、兄さんと一緒に――
それは、もはや確定されている必然的な未来。
自分がこんな行動を取らずとも訪れるであろう・・・だが、それでもじっとしてはいられなかった。
ここで何が起こるのかは知らない。
でも・・・それで何かが変わるのであれば。
今の関係に、変化が現れるのであれば。
「ここは・・・」
隣にいる、義之が呟く声が聞こえるが、由夢はその義之の腕を解放すると、一歩ずつその桜の樹に近づいていった。
――それは、50年以上前に一度枯れた、桜の大樹。
一人の魔法使いが、己の真の願いと引き換えに枯らせた、魔法の大樹。
もちろんその事は二人とも知らない・・・全てを知っている人間は、もはやこの世に二人しか現存しないのだから。
一方、その姿を黙って見守っていた義之は、ある既視感を覚えていた。
大きな桜の樹。
風に舞っては、ひらひらと落ち続ける無数の花びら。
幹の下に立っていた自分。
そして、気配を感じ振り返った先に見えた、見覚えのあるシルエット。
『あ・・・』
そこで、ようやく思い出した。
『これは・・・あの日、俺が見た夢?』
そう、このシチュエーションは、義之が一週間ほど前に見た荘厳な夢に似通っていた。
まさに今、あの幹の下から由夢を見れば、あの人影とリンクするだろう。
という事は、あの時見た夢は、ここにいる自分以外の人間――由夢の夢ということになる。
『だったら何故、その夢がこうして現実に起こっている?』
正夢だとでもいうのだろうか。
何度も頭の中で問答する義之の耳に由夢の声が届き、一旦思考を中断して彼女の方を見る。
いつの間にか彼女は、樹の下でその幹を愛でるように撫でていた。
「懐かしいですね・・・この場所」
「そう・・・だな。最後におまえとここに来たのは、もう何年も前だもんなぁ」
ここは、音姫も含めた姉兄妹三人の秘密の場所だった。
ある時はこの樹で無謀な木登りに挑戦し、ある時は樹の下でおままごとをし、またある時は疲れ果てて川の字で眠った事もある。
いつしか訪れることも少なくなったが、幼少期の大半の思い出はこの大樹と共にあった。
「私達の、秘密の場所・・・。昔はお姉ちゃんも一緒に、ここでよく遊んだよね?」
「・・・ああ。あの頃の由夢は可愛かったなぁ」
「むっ、今はどうなんですか?」
「はいはい、今も可愛い可愛い」
「・・・はぁ、もういいです」
なげやりな調子で答える義之に、由夢はため息を吐くと幹の方に向いていた体をくるっと反転させた。
「ホント兄さんって、デリカシーが無いんだから。そんなことじゃ、女の子にはモテないですよ?」
「だから、ほっとけって。俺だってその気になれば彼女の一人や二人・・・」
「へぇ〜〜」
「・・・何だ?その全てを信じきっていないような半眼は」
「や、別に・・・でも・・・そうですよね。来年のクリスマスも、こうして兄さんと一緒に居られる・・・そんな保障はどこにも無いんですから」
「・・・由夢?」
空を見上げ、どこか達観したように呟く由夢に、義之は微かな疑問と共に呼びかける。
「それに、私だって素敵な彼氏さんが出来ているかもしれませんしね」
そう言って微笑む由夢が、やはりいつもとは何か違うような気がして、もう一度呼びかけようとしたその時――。
「「あ・・・」」
二人の呟きが重なる。
舞い落ち続ける桜に合わせるように、空からしんしんと降ってくる純白の結晶。
決して吹雪くことはなく、ただ静かに、ひらりはらりと・・・。
「ホワイト・・・クリスマスだね」
その幻想的な光景に心を奪われたように、天に手をかざす由夢。
それはまるで小鳥と戯れる天使のようで・・・。
義之は、次に彼女が声を掛けてくるまで、その姿を無意識に見つめていた。
「サンタさんに願い事をしてみよっか?ホワイトクリスマスだし、もしかしたら叶うかもしれないよ?」
口調もいつの間にか優等生から普通のものに変わっていたが、義之がそんな些細なことに気付くわけもなく言葉を返す。
「願い事、ね・・・。サンタはプレゼントをくれるもんじゃないのか?」
「じゃあ、プレゼントのリクエスト。来年こそは、兄さんに素敵な彼女が出来ますように」
「じゃあ俺は、由夢にまともな彼氏が出来ますように」
二人とも、そう口では嘯いているが本心ではなかった。
――むしろ、出来ないで欲しいと思っている。
しかしこのやり取りは、兄妹としてしなくてはならない事だと、二人とも分かっていたのかもしれない。
「・・・兄さんは、私に彼氏が出来たらどうする?」
「どうって・・・どうも出来ないだろ、実際。まさか頑固オヤジの如く怒鳴りつけるわけにもいかんだろうし・・・」
「ってことは、反対はしてくれるんだ?」
「・・・そういう由夢は?」
「私?私は・・・」
一拍置いて、空を見上げて、心を閉ざすように目を閉じて・・・。
「私は、兄さんが幸せならそれでいいよ」
小さい・・・しかししっかりとしたその声が、桜の樹の下で紡がれた。
二人の心を、隠すように・・・。
二人の気持ちを、覆い尽くすように・・・。
「・・・そろそろ帰るか」
「・・・うん」
そして、肩を並べて歩き始める二人を寄り添わせるように・・・。
――真っ白な雪が、初音島に降り続けた。
第2部 17話へ続く
後書き
何とか、16話UP出来ました。ども、雅輝です〜^^
今回の16話で、一応第1部は終了となります。
ちなみに構成は、ゲームと同じ3部構成で考えています。
だから、今は挿入ムービー「Especially」が流れている頃ですね(笑)
しっかし、16話で1部終了・・・いつまで続くやら。
まあ完結は絶対にさせる気合でいきますが・・・全50話くらいになっても、ダレずに読んでやってくださいm(__)m
で、今回の話の内容は、ほぼオリジナルでいってみました。
さんざん悩みましたが、どうにか形にはなったかなぁ・・・ちょっと納得していない部分もあるっちゃあるんですけど(汗)
最後のシーンへの転換は、少々ゲームネタで・・・あまり使いたくありませんでしたが。
あっ、後一応言っておくと、途中にある「由夢の夢」というのは、第1話の冒頭部分のことです。
一応伏線のつもりでしたが、ちゃんと回収できてよかった・・・。
さて、ようやく次から第2部。二人の仲が発展していきます。
でもその前にリク作品を仕上げなければいけないので、ちょっと更新は遅れるかも・・・。
なるべく1週間以内には・・・無理かなぁ^^;
長くなってしまいましたが、後書きはこれまでに。