その場――焼却炉近辺には、義之、由夢、そして音姫の三人を除いて無人と化していた。

あれだけいた怪しい連中も、その全てがまゆきの率いる生徒会に連行され、義之はまゆきの恐ろしさを再確認した。

が・・・ある意味そのまゆきより恐ろしい存在を前に、義之は何も言わずに立ち竦む。

それは由夢も同じだったようで、ただ目の前の姉をチラッと見てはオロオロしている。

普段ならそんな新鮮な由夢を真っ先にからかう義之だが、今は前からの凄まじいプレッシャーによりやはり何も言い出せなかった。

「・・・それで?どういうことなのか、説明して欲しいなぁ」

ニッコリと。

極上の笑顔でそう言ってくる”音姉”に、義之は寒気すら覚えた。

その笑顔は知っている。

音姫が本当の表情を隠す――大抵は怒っているときに用いる、危険度MAXのものだ。

「いや、俺達はただ・・・」

義之は何とか自分達の無罪を主張しようとするが、その台詞を音姫が途中で遮った。

「まさかとは思うけど、やっぱり杉並くんと共謀することにしたとか?それで由夢ちゃんを巻き込んで、ひと騒動起こす気だったとか?」

表情はそのままで、音姫が一歩ずつ近づいてくる。

その足音が、今の義之にとっては死へのカウントダウンのように聞こえた。

「そ、それで、由夢ちゃんを利用して、え、え、エッチな事を企んでたんでしょうっ?」

「・・・へ?」

・・・どうやら音姫の脳内では、完全に違うベクトルへと話が飛躍しているようだ。

義之は呆けたような声を上げ、由夢もまたその音姫の台詞に恐怖は解け、目をパチクリとさせている。

「それで、それで・・・〜〜っ!と、とにかくっ、そんなのは絶対に許しませんからねっ!」

自分で言っておいて何を想像したのだろうか、頬を真っ赤に染めながらビシッと義之を指差す。

あまりにも可笑しなその光景に、恐怖など忘れ去った義之は苦笑しながらも口を開いた。





D.C.U〜ダ・カーポU〜 SS

             「自由な夢を・・・」

                      Written by 雅輝






<15>  ささやかな幸せ





「もう、そうならそうと早く言ってくれれば良かったのに〜」

「言っても聞きそうになかっただろ」

「お姉ちゃんはああなると、すぐには止められないからねぇ・・・」

少し頬を赤らめながら苦笑いをする音姫、そんな彼女に憮然な面持ちで答える義之、そして彼らの後ろから諦めたようにため息をつく由夢の三人は、生徒会へと続く長い廊下を歩いていた。

――義之が状況を説明し、由夢がそれにフォローを加えると、音姫はすぐに自分の勘違いに気付いた。

赤くなったり慌てたり謝ってきたりと、落ち着きを無くした音姫をようやく宥められたのがついさっき。

そして今は、生徒会室に帰る音姫の付き添いで校舎の中を歩いているというわけである。

「うぅ〜〜、二人とも意地悪なんだからぁ」

音姫は再び頬を染めると、そのままプイと顔を背ける。

その仕草があまりにも幼くて、義之の口元はついつい緩んでしまう。

「意地悪なんかしてないって。それに、音姉ならすぐに気付いてくれるって信じてたからな」

その言葉と共に、彼女の華奢な肩を2,3回ポンポンと叩くと、音姫は「そ、そんなに優しくしても駄目なんだからね?」とさらにソッポを向いた。

しかしその顔は完全に綻んでおり、音姫の台詞もまったく説得力がない。

義之もそれがわかっているのか、その瞳がさらに優しいものに変わった。

そしてその光景を、複雑な表情で見つめる目が一対。

「・・・」

――家族とも呼べる繋がり。

それを象徴するかのように、仲睦まじい兄と姉。

本来ならそれを喜ばなければいけない筈の、妹である自分。

しかし、素直に喜べない・・・むしろできる限りなら見たくないと思っている自分。

「・・・っ」

決して崩してはいけない、家族としての関係。

だが、自分の願いはそれを崩さない限りは叶いはしないだろう。

届きそうなのに、届かない。

近いのに、遠い。

今考えてもしょうがない事なのに、なぜだか無性にやるせなくなって、由夢は並んでいる二人の背中が視界に入らないようにそっと目を伏せた。





「さて、次はどこにいく?」

「・・・」

生徒会室まで音姫を送った後も、由夢の機嫌は下向きなままだった。

いや、むしろ先程より悪くなっているようにも感じる。

その原因が自分にあるなどとは露知らず、義之は内心ため息を吐きながらどうやって機嫌を直そうか考えていた。

『こうなったらこいつ、なかなか手強いんだよなぁ・・・っと』

また先程のように先を歩く由夢に付いていると、ふと彼女がその足を止めた。

そこで初めて、義之はいつの間にか自分達がグラウンドまで来ていたのだと知る。

そして由夢の見つめている先には、クレープの出店。

物欲しげに店先に飾られたイチゴクレープを見つめていた由夢だが、義之が自分を見ていると気付くと、慌てて目線をはぐらかしまた歩き出してしまった。

『ホント素直じゃねーな。・・・ん?この手なら機嫌を取れるか?』

義之の思う”この手”というのは、二種類の意味があった。

一つは手段や方法という意味で使う手。

そしてもう一つは、文字通り今彼が見つめている自分の手。

「・・・」

由夢を追いかけながら、右の手をブレザーのポケットに忍ばせる。

そして、自分でもはっきりと感じる不思議な力を握った手のひらに集中させ、頭の中で出したいものを思い浮かべる。

『やっぱりイチゴのクレープを見てたから、イチゴ大福が一番良いよな・・・』

手の中に突然宿った質量と共に訪れる、色濃い空腹感。

――それは、「他人の夢を見る」という能力の他に、義之が持っているもう一つの能力だった。

何も無い手のひらから、和菓子を生み出す。

夢を見る能力はいつから持っているのか、彼自身にも判断できないが、この能力が使えるようになった時の事は今でもはっきりと覚えている。

由夢の祖父でもある純一から教えてもらった、人にささやかな幸福(しあわせ)を与える魔法。

「・・・うむ、我ながら上出来だ」

ポケットから出して開いた手の中には、市販のものと比べても遜色ない、美味しそうなイチゴ大福が乗っていた。

それを右手に持ったまま、左手で前を行く由夢の肩をちょんちょんと叩く。

「? なんでうぐっ」

おそらく睨みを効かせながら「なんですか?」と聞こうとでも思ったのだろう。

しかし突然口に宛がわれた柔らかいものに、由夢は驚きと共に口ごもってしまった。

「な、何するんですかいきなりっ!!」

「いや、お前が欲しそうにイチゴクレープを見ていたからな。むき出しで悪いが、心優しい兄からのソレで勘弁してくれ」

義之が由夢の手の中にあるソレ・・・イチゴ大福を指差すと、彼女は何かに気付いたようにハッと顔を背ける。

「まあ、なんだ。その・・・さっきは悪かったな。許してくれるか?」

珍しく殊勝な態度の義之に由夢も困惑したのか、視線を落ち着きなく彷徨わせると少し赤らんだ顔で義之を見上げる。

「・・・本当に反省してます?」

「ああ、もちろんだ」

大仰に頷く義之に、由夢はクスリと笑みを零すと、手の中にある大福を一口かじってみる。

「・・・美味しい」

嬉しそうに、そして幸せそうに残りを一気に食べてしまった由夢を見て、義之も穏やかな気持ちになった。

この魔法は自分のカロリーを消費するので先程から腹は空腹を訴えているが、その由夢の笑顔はそれでもおつりが返ってくるくらいだ。

「ふう。しょうがないですね、許してあげましょう」

「うむ、苦しゅうない」

「・・・やっぱりふざけてます?」

「じょ、冗談だって」

「もうっ、本当に兄さんは・・・」

口ではそう言いながらも、嬉しそうに笑う由夢。

それは――。

「ほらっ、早く行きますよ。兄さん」

――小さな力が宿した、ささやかな幸せ。



16話へ続く


後書き

はい、いい感じで更新にありつけました。雅輝です〜^^

そして内容も、作者的には結構お気に入り♪

今回は自分でも結構スラスラと書けました。どたばた系になると思っていたのですが、何故かシリアスに・・・。

少々量は少ない気もしますが、まあこの程度なら許容範囲でしょう。

一応次でクリパ編は終了の予定。さてどうしようか・・・。

あ〜、何か見直しても支離滅裂な後書きですが、書き直すのもめんどうなんでもうこれでいいや(爆)

それでは、16話で会いましょう!^^



2006.10.18  雅輝