「う〜・・・ん。終わった〜」

三階から二階へと階段を下りながら、義之はお化け役で溜まった疲れを吐き出すように大きく伸びをした。

時刻は11時を過ぎた辺り。

次のシフトへの引継ぎや、特殊メイクを落とすのに少々時間が掛かってしまったが、この時間ならまだ許容範囲だろう。

「しっかし・・・杉並はともかくとして、渉のやつはどこに行ったんだか」

義之は今日はまだ一度もその姿を確認できていない悪友たちの顔を思い浮かべ、苦笑いを零した。

杉並は言うまでもなく、”壮大な計画”とやらのために奔走しているのだろう。

そしておそらく渉は、小恋たちと一緒に周れなかったことが原因で落ち込んでいるか、あるいは・・・。

――他校の女子との出会いを求めて、校舎中をナンパ巡りしているか。

「・・・まあそっちだろうな」

考えるまでもない問答を頭で行なっている間にも、足は目的地に向かって動く。

「ん?あれは・・・」

と、2年の教室の廊下までやってきた義之の目に映る、見慣れた横顔。

遠目から見てもそわそわとしながら、しきりに腕時計を気にしている。

そんな由夢の可愛らしい様子に、義之はフッと穏やかな笑みを浮かべながらゆっくりと近づいた。

ある予想を立てながら――。

「よっ、待ったか?」

きっと由夢は慌てて取り繕い、険のある口調で・・・しかし少し嬉しげに頬を赤らめながらこう言うのだろう。



――「もうっ、遅いですよ!兄さん」――





D.C.U〜ダ・カーポU〜 SS

             「自由な夢を・・・」

                      Written by 雅輝






<14>  悪ノリ注意





校舎内は人で溢れていた。

もともと刺激の足りない田舎の島民たち・・・学園のクリスマスパーティーはそれこそ島の一大イベントとなるようで、まさに子供からお年寄りまで様々な年層が見てとれる。

「さて・・・まずはどこに行きたい?」

そんな人ごみの中、義之と由夢は隅の方に寄りプログラム――というより、クリパの案内図を開いて相談していた。

歩き出そうにもこの群集だ。

無意味に探索するよりは、こうして行く場所を数箇所決めてから移動する方が疲れなくて済むだろう。

「う〜ん、私はこれといって無いですよ?しいて言うなら、もうそろそろお昼も近いことですし出店を周りませんか?」

「ん?なんだ、腹が減ってるのか」

「ち、違いますっ。ただ兄さんがひもじそうに見えただけですよ」

「うわっ、おまえその一言は何気に傷つくぞ。俺だって今はまだ食べなくてもいい。それに今行ったって・・・」

義之はそこまで言うと、由夢に「見てみろよ」と促すように廊下の窓から見えるグラウンドに視線を転じる。

そこは主に運動系のクラブが食べ物の出店を出しているのだが、今の時間帯は人気不人気に関わらずどの店も家族連れなどでごった返している。

今わざわざそこに行ったとしても、この寒空の下並んだ挙句、味が悪いとは言わないが100円200円程度の量のものしか食べれないだろう。

由夢もそれを理解したのか、顔を引き攣らせて「そうですね、あそこに行くのはもうちょっと後にしましょう」と、再びプログラムに目を落とした。





「・・・で?なんでココなんだ?」

「えっ?だって可愛いじゃないですか」

由夢がそう言って、目の前のポスターを指差す。

それは映画研究部の出し物のようで、何とも女の子受けを狙っていそうな可愛らしい子猫が描かれている。

「おまえって、猫とか好きだったっけ?」

「女の子は可愛いものは無条件で好きなんですよ。兄さんも、モテたかったらそれくらい覚えてないといけませんよ?」

「一言多いっつーの」

義之が嘆息するように呟くと同時に、どうやら前の回の上映が終わったようで、チラホラと教室から人が出てくる。

その中のひとつのカップルを注意して見てみたが、満足したのは彼女の方だけだったようで、彼氏の方は苦笑いを零していた。

「ほらっ、兄さん。早く入りましょうよ」

しかし由夢はそれには気付かなかった様子で、教室の出入り口の付近から義之を呼びかける。

その瞳は楽しみにしているようなソレで、義之は由夢に聞こえないような小さな声で「ま、いっか」と呟くと、真っ暗な室内に足を踏み入れた。



「どうでした?兄さん」

映画そのものは、10分程度のショートフィルムだった。

いかにも血統書が付いていそうな子猫が主役。

特にストーリーだったものもなく、ただひたすらに子猫の愛くるしい姿をカメラに収めたといった感じのもので・・・。

それでも、子猫のアップなどが画面いっぱいに広がると一部の客――主に女子――からは黄色い声が上がった。

しかしながら、「映画研究部」と名乗るからにはもうちょっとまともな作品を期待したのも事実だ。

なので、由夢にどうだった?と感想を求められた義之は、何とも言えない複雑そうな顔をした。

「あ〜、まあ・・・良かった?んじゃないか?」

「何でそこで疑問系で返ってくるんですか・・・」

「そういう由夢は?」

「私?う〜ん・・・」

顎に指を沿え軽く考える素振りを見せる由夢に、『そんな考えるような内容でもなかっただろうに・・・』と、声には出さずに内心でぼやいた。

「やっぱり可愛かったかな?ああいうのを見てると、飼いたくなってきますよね」

「はりまおがいるじゃないか」

「はりまおはさくらさんの犬じゃないですか。それに、普段は学園長室で飼っているようですし・・・」

確かに、はりまおを芳乃家の中で見たことはほとんどない。

「そういえば確か・・・小さい頃に何か飼ってなかったか?ハムスター・・・名前は”ラキ”だったか」

「ええ、でも今はもういないんですから、しょうがないですよ」

口では気丈にそう言っているが、義之はその言葉に引っかかりを覚えた。

由夢はラキの事を「今はもういない」と表現した。

「死んだ」ではなく、「いない」と・・・。

それはあの思い出は由夢に悲しいもので、何年も経った今でもあまり思い出したくない・・・もっというならば、突きつけられたくない出来事だという事なのだろう。

淡々と語った由夢を見て、義之はなぜあれから由夢がペットを飼わなくなったのか、分かったような気がした。

――恐怖。

ペットとは、家族。

特にあのハムスター・・・ラキは、確か由夢が欲しがって祖父である純一が買い与えたものだ。

家族として、親愛に近い感情をラキに持っていた彼女は、そのラキが死んだ時どれほど悲しんだだろうか。

もうあんな悲しい思いはしたくないから、ペットを飼わなくなった。

確かに理由としては充分だ。

「そういえば、あの時はおまえかなり泣いてたよなぁ?俺の胸にすがりついて、それはもうワンワンと・・・」

目の前の由夢の悲しい顔をそれ以上見たくなくて・・・義之は昔を思い返しからかうような口調で言った。

そうすれば、由夢は顔を赤く染め自分を叱責するだろう事を知っているから・・・。

「そっ、それは昔の話で、今は関係ないでしょ!?」

案の定、由夢は朱に染まった顔で義之を睨みつけた。

その顔からは、先程の憂いは消えている。

その事に幾分かほっとした義之は、さらに悪ノリして言葉を続けた。

「そうだな、あの頃の由夢は可愛かったなぁ。別に今でも、愛しの兄の胸に抱きついていいんだぞ?」

「――っ」

軽く両腕を迎えるように広げ、ニヤッと笑ってみる。

しかし義之は気付いていなかった。

「・・・ふふ」

顔はこの上ない程ニッコリとした由夢の右手が、握り拳を作りながらピクピクと震えていることを・・・。

『お、おい。冗談で言ったのに、まさか本気で来るのか?』

一方、義之はとても良い笑顔で近づいてくる由夢を見て、変な方向に勘違いをしていた。

もしかして、本気で抱きついてくるのだろうか・・・と。

由夢の笑顔に安堵した油断もあったのだろう・・・由夢が身体中から発している殺気に義之の感知センサーが反応を示さなかったのは、運が悪いとしか言いようがなかった。

そして――。

「兄さんのっ、馬鹿ぁぁぁぁぁぁっ!!!」

辞書などとは比べ物にならない由夢の強烈な右ストレートが、義之の鳩尾にクリティカルヒットしたのであった。





「おい〜由夢〜〜。いい加減機嫌直してくれよ〜〜」

「ふんっ、知りません」

情けない義之の声を一蹴するかのように、由夢は顔をプイと背けながらスタスタと先を歩く。

一時は鳩尾という人間の急所を突かれ呼吸困難に陥った義之だが、今はなんとか歩けるほどには回復している。

「お、おい。どこまで行くんだよ?」

そして追いかけっこをするように早足で歩いていた二人は、いつの間にか人気(ひとけ)のないところまで出てきてしまったようだ。

活気だっているグラウンドの裏側・・・そこには焼却炉くらいしかないはずだ。

『・・・焼却炉?』

その言葉に、妙な寒気を覚えた。

そう、あれは確か・・・杉並の言葉。

――「ふっ、そうか・・・まあ気が向いたら校舎裏にある焼却炉に来てくれ」――

「・・・やべっ」

気付いた時にはもうトキ既に遅し。

呆然と立ち止まっている由夢の肩越しからその開いた場所をおそるおそる見やると、そこには学年の枠を――いや、生徒という概念すら超越した怪しい集団がいた。

ブツブツ言ったり走り回ったりトランシーバーで誰かと連絡を取っていたりと様々だが、彼らに共通することはその全てが白いハチマキを着用しているということ。

その姿がまるで、今から戦闘機に乗り込む”神風特攻隊”のように見えるのは気のせいだろうか?

「由夢、早くこの場所から去るぞ」

「えっ?」

その異様としか表現できないような光景を目の当たりにした由夢は一瞬反応に遅れたが、それでも本能が何かを感じ取ったのかコクリと頷く。

――だが、一歩遅かった。

突然周りの木々がザザッと動いたと思えば、どこに隠れていたのか腕に”生徒会”と書かれた腕章を身に着けている集団が飛び出した。

「動くな、生徒会だ!!ここにいる全員を、生徒会室に強制連行する!!」

ザッと颯爽に現れて、物騒な宣言をしたのはまゆき。

その後ろの音姫も、凛とした出で立ちで佇んでいる。

「うわっ・・・」

思いがけない最悪の展開に、義之は思わず素で声を漏らした。

どうやらここにいる全員を、杉並と共謀しようとした罪で捕まえようとしているらしい。

張本人の杉並の姿がどこにも見当たらないが、それは至極当然と言えよう。

杉並がこの程度で捕まるのであれば、生徒会も苦労はしない。

おそらく杉並は情報漏洩を予想していたからこそ、ここに共犯者を集め、生徒会の注意をこちらに向けたのだ。

だからここに居る連中は、何も知らずに集まった杉並の計画のdecoy(おとり)。

そしてその本人は今頃、こことはまったく違う場所で着々と”でかい花火”とやらの準備を進めているのだろう。

『それを忘れてここまでノコノコと付いて来た俺も悪いんだが・・・それでも後で一発ぶん殴っておかないと気が済まんな』

こんな思考をしている時間があったのなら、すぐにでも由夢をかっさらって逃げた方がマシだったかも知れない。

「あれ?由夢ちゃん、何でこんな所に・・・お、弟くんっ!!!?」

まゆきの後ろから顔を覗かせた音姫に見つかった時、義之はこの後の展開を予想しながら心底後悔した。



15話へ続く


後書き

はい、頑張ってUPしました〜。

現在夜中の2時過ぎ・・・明日学校がなくて本当によかった(笑)


そんで内容ですが・・・なんか中盤だけシリアスで他は全部ほのぼの?どたばた?

まあとにかく次回もこんな感じでいくと思います。

まあそれでも後2話くらいですかね?クリパが終わるまでは。

その後の展開はまだあまり考えていませ〜ん(汗)

本編通りに進めるか、オリジナルで進めるか・・・まあなんとかなるかな?^^;


それでは、また次話でw



2006.10.15  雅輝