「う・・・ん・・・・・・」

目覚めは爽快に訪れた。

カーテンの隙間から漏れ入る朝の日差しが、寝起き直後の目に眩しい。

普段なら二度寝をしたくなるような、まだ明け方に近い時間。

ぼんやりと見た時計の文字盤も、まだ縦に一直線になって間もない頃・・・それにも関わらず、由夢は素直に上体を起こした。

「・・・」

――昨晩はドキドキして、なかなか寝付けなかった。

まるで遠足を明日に控え、ワクワクして眠れない小学生のように。

必死に眠ろうとすればするほど、昨日の夜の義之の台詞が頭に蘇るのだ。

――「明日・・・暇か?」

「そ、そうか。だったら、俺と一緒に周らないか?」――

『って、また思い出してるし・・・』

由夢は心持ち頬を染めながらそんな自分自身に自嘲気味のため息を漏らすと、暖かいベッドから抜け出し、カーテンをシャッと開く。

窓から覗く空は、気持ちの良いほどの蒼だった。

昨日の天気予報でも今日の日中は快晴。

夕方頃から雲が広がり、場所によっては雪も降るかもしれないとも言っていたが・・・それならそれでホワイトクリスマスとなるので良しとする。

そして次に目に入ったのは、隣の家の一角――義之の部屋。

『あっ、そうだ。折角早く起きたんだし、久しぶりに起こしに行ってあげようかな?』

ふとそんな考えが頭に浮かぶと、自分の頬が無意識にニヤけてしまうのを感じる。

それを抑えるように意識しつつ、おそらくもう起きているであろう姉に了解を取るべく、階下へと向かったのだった。





D.C.U〜ダ・カーポU〜 SS

             「自由な夢を・・・」

                      Written by 雅輝






<13>  意地っ張りな妹





「おはよう、お姉ちゃん」

朝刊を玄関先まで取りに行っていた音姫は、二階から下りてくる妹の姿を見て心底驚いたように目を見開いた。

「ど、どうしたの由夢ちゃん!」

「どうしたって・・・」

「だってだって、まだ6時半だよ?!」

いつもなら祖父の純一と同様に、起こされるまでは決して布団から離れようとしない由夢なだけに、音姫の驚きにも納得がいく。

ちなみに純一は未だご就寝・・・ネボスケなのは歳をとっても変わらないらしい。

急ぎ足でこちらにやってきてそんな事をのたまう姉に、当然由夢はムッとした顔で反論した。

「失礼だよお姉ちゃん。私だってたまには早起きくらいするよ」

「ふ〜ん、たまにはねぇ・・・。あっ、そっか。そうだったね〜♪」

「?」

先の心配顔とは一変、何とも意地の悪い笑みを浮かべた音姫に、由夢は嫌な予感がしつつも首を傾げる。

「んふふ〜、教えてくれても良かったじゃない。もうっ、由夢ちゃんは恥ずかしがり屋さんなんだから」

「何のこと?」

「今日のパーティー、弟くんと周るんでしょ?」

「なっ――」

絶句。

その事を音姫が知っているという事実にももちろん驚いたが、それ以上に恥ずかしさから由夢の顔は一瞬にして朱に染まった。

「それで、昨日はドキドキして眠れなかったとか?」

「うぅ・・・」

普段はぼんやりしがちな音姫だが、さすがは生徒会長というべきか・・・時々妙に鋭いときがある。

よく義之に「生徒会長さんをなめたらダメだよ」と嬉しそうに語っているが、もしかするとそれは的を射ているのかもしれない。

「き、着替えてくるね!」

結局顔を真っ赤に染め上げた由夢は、それ以上の言及から避けるように自室へと駆け上るしかなかった。





それから一時間ほど後。

時刻は7時半を周ったころだろうか・・・朝倉家の前に並ぶ二つの影。

「鍵、ちゃんと掛けた?」

「うん。オッケーだよ」

「それじゃあ、弟くんの家へ出発〜♪」

音姫の嬉しそうな号令と共に、二人は朝倉家を出た。

出発・・・とは言っても、その10秒後には目的地に到着だ。

芳乃家のドアを、音姫が合鍵を使って開く。

「それじゃあ、私は弟くんの朝ごはんを作ってくるから、由夢ちゃんは弟くんを起こしてきてね?」

「うん、わかった」

鼻歌交じりでリビングへと消えていく姉の背中を見送ってから、由夢は静かに階段を上る。

どうやらさくらは昨日、学園に泊まったようだ。

それか朝早くに家を出たのか・・・どちらにしても彼女の靴がなかったので、今この家で寝ているのは義之ひとりということになる。

”コンコンッ”

義之の部屋の前に立ち、最低限のマナーとして控えめにノックする。

それでも返ってくるのは微かに漏れる寝息だけだったので、由夢はいつものようにスッとその部屋の中へ自らの体を滑り込ませた。

「く〜〜か〜〜」

やはり冬の明け方は寒いのだろうか――3枚重ねた布団に包まるように、義之は幸せそうな寝息を立てていた。

思わずそれを見つめてしまう自分に、由夢はハッと気付いたように頬を赤らめると、とりあえず揺さぶって起こしてみることにする。

「兄さん、朝だよ。起きて」

「く〜〜」

「早くしないと遅刻しちゃうよっ!」

「か〜〜」

「もうっ、兄さん!!!」

「すぴ〜〜〜」

「・・・」

尚も気持ち良さそうに眠り続ける兄に、由夢は脱力するようにため息をついた。

まあこれは一応想定の範囲内だ。

というわけで由夢がいつもの起こし方をしようと背後の本棚へと体を向けた、丁度その時――。

「むにゃ・・・由夢・・・」

「えっ?!」

ドクッと心臓が高鳴る。

起きたのかと思い急いで振り向いてみるが、義之の瞼は開いていない。

『・・・ってことは、寝言?』

胸の高まりが止まらない。

寝言・・・ということは、彼は自分の夢でも見てくれているのだろうか?

首だけをベッドに向け硬直していた由夢だが、次の義之の言葉で硬直は解けることとなる。

「う〜ん、由夢・・・さすがにその練炭は俺には食えない・・・食えねえよぉ・・・」

”ビキッ!”

先程まで軽く染まっていた頬は見事に引き攣り、こめかみの血管が浮き出た。

「ふふ・・・」

由夢は怪しげな笑いを浮かべながら、本棚からチョイスした極太の”広辞苑”を片手にベッド傍まで移動させた椅子の上に立つ。

いつもならここから本を自由落下させるだけなのだが・・・。

「じゃあ、兄さん」

夢の中でも苦しんでいるであろう、その胃腸部を狙って・・・。

「私がコレを食べさせてあげるね♪」

――今日は強烈な回転を加えてみた。







「ぐっ・・・まだ腹が痛え・・・」

「まあ、しょうがないよね?自業自得なんだし」

「由夢、おまえさっきからそればっかりだが・・・俺おまえになんかしたっけ?」

「ええ、それはもう。ショックで思わずスピンまで加えちゃったよ」

「スピン?」

「や、こっちの話」

学校への桜並木を、義之と由夢の二人はくだらない事を言い合いながら歩いていた。

音姫はというと、どうやら生徒会の朝の仕事のことをすっかり忘れていたようで、義之の朝食を作るなり慌てて出て行った。

「またまゆきに怒られちゃうよ〜」と情けない言葉を残してダッシュで学校に向かったのだが、おそらく間に合わなかっただろう。

生徒会のナンバー2であり、音姫の親友の”高坂まゆき”が音姫を叱りつけている場面が容易に想像できる。

「おっはよ〜」

「おはよう」

と、そんな義之たちに話しかけてくる二人の女子生徒。

一人は弾むような声で、もう一人は抑揚を抑えた声で。

その聞き覚えのある声の主に、義之は振り向きざま挨拶を返した。

「よっ、おはよう。杏に茜」

「おはようございます」

そして由夢も義之に続く。

そこには先程の義之と言い争っていた”妹”の姿はなく、清廉可憐な優等生の姿があった。

「由夢ちゃんもおはよ〜。相変わらず礼儀正しいね」

「いえ、目上の人に挨拶を返すのは当然の事ですから」

「よく言うよ・・・」

「何か言いましたか?」

「いや、何でもなっ――いぜ?」

彼女達の死角から攻撃を仕掛けてきた由夢に対し、最後まで台詞を言い切った義之は賞賛に値するだろう。

微妙にその笑顔は引き攣っているように見えるが、二人はそれを特に疑問には覚えなかったようだ。

「そうだ、義之。今日の昼から空いてる?」

「え?」

「私と杏ちゃんね、昼からシフト空いてるの。義之くんも確か空いてたよね?」

「あ、ああ。昨日結構入ったからな。今日のお化け役は朝の11時までで終了だったと思うけど」

「そう、だったら話は早いわね」

「?・・・何のことだ?」

義之は彼女達の言っていることを理解できていない様子だったが、隣にいた由夢はその意味に気付いたようで微かに顔を強張らせた。

「もう、相変わらず義之くんは鈍感なんだからぁ。一緒に周ろってことだよ」

「ああ、そういうことか。でもなぁ・・・」

ようやく彼女達の言う意味がわかった義之は、チラッと隣の由夢を見る。

すると由夢は不機嫌さを覗かせながら――もちろん顔には優等生の仮面を貼り付けて――杏たちに申し訳なさそうに告げた。

「すみません。私これからクラスの方を手伝わなければならないので、失礼しますね?」

「あっ、うん。それじゃあね〜」

「またね」

「・・・」

別れの挨拶を返す彼女達を余所に、義之は内心ため息をついていた。

突然の由夢の行動――その理由くらい、鈍感な義之でも気付いていた。

もう10年も意地っ張りな由夢の兄をしているのだ・・・それくらいわかって当然と言えよう。

だから――。

「由夢っ!!」

最後にペコッと一礼をしてから早歩きで校舎へと向かう由夢の背中に、義之は声を張り上げた。

その声に由夢は背中をビクッと震わせると、怪訝な顔で振り返る。

「11時ごろに迎えに行くから、教室で待ってろよっ!!」

いくらまだ余裕のある時間帯とは言え、学校に近い桜並木で大声を上げれば登校中の生徒の視線を集めることは必至だろう。

それでも義之は遠くで困ったような顔をしながら頷いた由夢を見て、安堵の息を吐いたのだった。

「なるほどね〜」

「そういうこと、か」

「・・・うげっ」

しかし一番の難敵は登校中の一般生徒などではなく、後ろでニヤニヤと意地の悪い笑みを零している二人だった。

「これはどういうことか、詳しく聞かせても貰わないとね」

「そうだね〜♪時間もたっぷりあることだし」

「・・・かったる」

義之はいかにもダルそうな息を空に吐き出すと、杏と茜にイジラレながら校舎へと向かうのだった。



14話へ続く


後書き

ども〜、13話UPです。

「自由な夢を・・・」の更新は9日振りですか。でもその間に短編を2本UPしているので、割と今月は頑張ってる方かな?


さて内容ですが、今回はひたすらに”ほのぼの”を目指して書いてみました。

短編2本は両方ともシリアスだったんでねぇ、たまには気分転換。

まああくまで私の目から見てほのぼのですから、読者の皆様から見るとどうかはわかりませんが・・・(汗)


ってことで感想待ってます(笑)



2006.10.11  雅輝