3年3組の出し物である、お化け屋敷の客の入りは上々だった。

嗜好を追求した本格的なお化け屋敷という口コミがたちまち広がり、お化け役のシフトの生徒はそれこそ休みなしで働いている。

足元を照らす青白い光が暗闇にやけに映えている中、すっかりメイクアップされたゾンビっぽい格好の義之は次の客を待っていた。

初めこそあまりやる気の無かった彼だが、人を驚かせている内にすっかりハマってしまったようだ。

つい先程も、手を繋いで寄り添っていたカップルに全身全霊を込めてゾンビになりきった。

その心情には多少彼の嫉妬心も絡んでいたと思うが・・・。

「さて次は・・・」

内心結構ノリノリで、ふすまの隙間から次の客の餌食の確認をする義之。

――そんな彼に背後から迫る不気味な姿に、この時まだ彼は気付いていなかった。

「・・・」

ゆっくりと義之の肩に伸ばされる腕。

その気配に気付いた義之が振り返った先には――。

”ガシッ”

「義之・・・交代だぜ」

「うぎゃあぁぁぁぁぁああっ!!」

”ゾンビ”がいた。

お化け屋敷などという死者を愚弄するような行為をしたために、”本物”が出てきてしまったのだと思うくらいだ。

しかし、その姿をよく見ると・・・。

「・・・渉?」

「・・・いきなり大声を出すなよ。鼓膜が破れたらどーすんのよ」

不平の声を漏らすゾンビ――もとい渉を、目を見開きながら観察する。

杉並によるハリウッド顔負けの特殊メイク。

いい感じにやつれた頬。

生気をまったく感じさせない負のオーラ。

・・・どこからどう見てもゾンビにしか見えなかった。

「おま・・・どうしたんだ?」

目の前のゾンビAを未だに渉だと断言しきれない義之は、若干距離を置きながら訊ねた。

「はぁ・・・シフト調整が間に合わなかったんだよ」

ため息交じりに、心底落ち込んでる様子で答える渉。

おそらく彼が言っているのは、小恋たち雪月花のシフトの事だろう。

あまりに悲愴な渉の表情に、義之は皆まで聞かずとも大方の事は察知できた。

「そうか・・・まあ元気出せよ」

どことなく腐食した肩をポンポンと叩きながら、目の前の哀れな親友を慰める。

さすがにこれ以上ショックを与えると、どんな行動を起こすか分からない。

「おう・・・お前だけだよ、そう言ってくれる奴は。月島なんか微妙に”嬉しそうに”「えっ、そうなの?あはは〜、残念だなぁ」って言ってたんだぜ?」

「・・・」

それはきつい。

同じ男として色々と同情したい気持ちではあったが、もう時刻は4時を回ろうかというところなので、義之は凹んでいる渉の背中を慰めの気持ちで軽く叩いてから特殊メイクを落としにトイレへと向かうのであった。





D.C.U〜ダ・カーポU〜 SS

             「自由な夢を・・・」

                      Written by 雅輝






<11>  兄妹だから





「ん・・・ちょっと過ぎたか」

目の前の看板と腕時計を交互に見つめて、義之は呟いた。

時刻は4時を若干過ぎた辺り。

指定の時間には少し遅れてしまったが、あの少女には何があるのかまったく聞いていなかったので、それが悪いのか判別しようがない。

「・・・まあ何が起こるのか楽しみではあるけどな」

由夢の友達があそこまで言うのだ。

おそらく自分をここに呼んだのは、由夢と何らかの関係があるのだろう。

「よし、行くか」

胸ポケットからチケットを取り出した義之は、少し緊張しつつ2−1の教室――もとい「メイド喫茶 〜チェリー・ブロッサム〜」の扉を開けた。







話は少し前――まだ義之がゾンビとしてカップルを脅かしていた頃に遡る。

「はぁ・・・どうしても着なくちゃいけないんですか?」

2年1組の控え室。

渡された衣装を眺めつつ、由夢は自然とため息を漏らした。

「うん、もちろんだよ。絶対由夢ちゃんに似合うって!」

由夢の言葉に傍にいた少女――天枷美冬(あまかせ みふゆ)が嬉々として返し、その周りにいた数人の少女達も皆「うんうん」と頷いている。

「や、正直コレが似合うって言われても微妙なんですけど・・・」

確かに。

渡された服――メイド服が似合うと言われて、どう返せと言うのだろうか。

その言葉が褒めているのか貶しているのかと訊かれれば、まさに微妙なところだとしか言えない。

「でも、由夢ちゃん明日はシフトに入れないんでしょ?だったら今日はきっちり働いて貰わなくっちゃね?」

「うっ・・・」

痛いところを突かれて、言葉に詰まる由夢。

――この喫茶のシフト決めを行なったのは、もう1週間前になる。

その頃はまだ義之と一緒に周ろうと考えていたので、2日目は無理を言って空けさせて貰ったのだが・・・。

結局その義之とも約束はできなかったので、2日目を休む意味は無くなっていた。

「そう・・・ですね。着替えてきます」

それでも、由夢は明日のシフトに入るつもりはなかった。

滑稽かもしれないが、まだ微かに期待しているのだ。

『兄さん・・・』

心の中で呟くその人が、自分を誘ってくれるのではという、淡くも儚い可能性に・・・。







意を決して義之が開けたドアの先は、見た目は普通と変わらない喫茶店だった。

しかし客の大半が男性を占めているせいか、どことなくむさ苦しさを感じる。

それでもメイド服で給仕に励んでいる女子達のおかげで、場は華やかな雰囲気になっていた。

そして義之の来訪と同時に、パタパタと小走りでやって来るメイドが一人。

「お帰りなさいませ、ご主人さ――――」

目の前の彼女はペコリと下げた頭を上げると、義之の顔を見るなりお決まりの挨拶の途中で固まってしまった。

対して、義之は呆然と立ち尽くす。

笑顔のままピクリとも動かず立ち尽くしているその少女が、自分もよく知っている存在だったのだから・・・。

「・・・」

その姿を凝視する。

オーソドックスな、極々普通のメイド服を身に纏っている由夢。

紺色の生地を主体に、フリルの付いたスカートとカチューシャ。

もともと小柄な由夢に、その服はあまりにもハマっていて、義之は思わず惚けたように見つめ続ける。

そしてそんな義之の様子に、由夢はようやく今の状況を理解し、一気にその顔を紅潮させた。

「・・・っ!な、なんで兄さんが――!」

「こんな所にいるんですかっ?!!」と大声で叫びそうになった由夢は、辛うじて途中で台詞を飲み込む。

ここが喫茶店だということもあるが、何よりこの状態で注目を浴びるのは流石に恥ずかしかったからだ。

いや、恥ずかしさで言えば、目の前の兄に見られている時点で穴があったら入りたいほどだったのだが・・・。

何とか抑えた由夢の声に、数人の客とメイド(由夢のクラスメイト)は反応を示したが、さして気にする事はなく食事と仕事を続けているようだ。

その事にホッと安堵の息を吐くと、拗ねたような表情で義之を睨みつけ、その耳に口を寄せ小声で抗議した。

《ちょっとっ、何で来たんですか?!》

「いや、何でって言われても・・・」

そこで義之はようやく気付く。

由夢の友達であるあの少女が企んでいたのは、こういうことだったのだと。

「む〜〜〜〜っ」

しかし目の前で頬を膨らませながら睨みつけてくる妹にその事を言えば、おそらく責められるのはあの少女だろう。

そのくらいで彼女達の友情関係が崩れることは無いと願いたいが、それでも良いものを見せて貰った礼として黙っておくことにした。

「ほれ」

その代わりに、先程貰ったチケットを渡す。

「これは・・・ウチのチケットじゃないですか。これをどこで?」

「ん・・・あ〜、杉並が裏ルートで手に入れたのを、俺が譲り受けたんだよ」

杉並の名前を出せば、どんな嘘でも本気にする人が多い。

当然義之を通じてそれなりに彼とも付き合いのある由夢は、その話を疑うことすらしなかった。

「むっ」と顔を顰めるが、これ以上言い争っても無駄だと悟ったのか、由夢は大きくため息を一つ漏らすと渋々義之を席へと案内する。

「・・・はい。ここで良いですね。ご注文はどうします?」

「そうだな・・・じゃあその割引券の”ティーセットA”ってやつでいいや」

「はい、デラックスハイパージャンボパフェがお一つですね?」

「・・・おい?」

注文した覚えの無い、半分食べるだけで胸焼けが起こりそうな凄惨な名のデザートに、義之はおそるおそる由夢に目をやった。

「はい、デラックスハイパージャンボパフェがお一つですね?」

注文を取るメモを片手に、にっこりと微笑んでいる由夢。

ただそのこめかみが面白いほどに引き攣っているのは、きっと錯覚ではないのだろう。

どうやら由夢はメイド服を見られたことで――恥ずかしさからだろうが――だいぶお怒りのようらしい。

「あの・・・由夢さん?」

「はい、デラックスハイパージャンボパフェがお一つですね?」

三度目になる台詞。

その言葉の節々に棘――いや鋭い刃物のようなものが見え隠れしている。

「・・・はい、それでいいです」

「畏まりました♪少々お待ちください」

見えない迫力に屈した義之に、由夢は意地悪げな瞳を見せながら、店の奥へと注文を伝えに行く。

「確か・・・デラックスハイパージャンボパフェだっけ?・・・・・・ゲッ!」

まだメニューにすら目を通していなかった義之がその名を探すと、その横には¥1500と記載されていた。

「はぁ・・・」

義之はため息を吐きつつ、取り出した財布の中身を確かめる。

――どうやら彼女のメイド服を見れた代償は、なかなか大きなものになりそうだ。







「お待たせいたしました、デラックスハイパージャンボパフェになります」

”ゴトンッ”

「・・・」

運ばれてきたそのパフェを見つめて、義之は呆然とした。

別に乱暴に置かれたわけでもないそのパフェは、机を”コトッ”ではなく”ゴトンッ”と鳴らしたのだ。

スプーンが何本か刺さっているところを見るに、おそらくこれは複数人用のパーティーメニューなのだろう。

また一つため息を吐いた義之が、渋々そのスプーンでパフェを掬おうとしたその時。

「あれ?お兄さんじゃないですかぁ!来てくれたんですね?」

その声に顔を上げると、チケットをくれた娘だった。

気付かなかったが、このパフェを運んできたのは彼女だったらしい。

「まあね。あそこまで言われれば流石に気になるしね・・・え〜っと」

「あ、そういえばまだ名乗っていませんでしたね。私、天枷美冬っていいます。美冬って呼んでください」

「じゃあ・・・美冬ちゃんでいいかな?」

「はい。・・・それで、どうでした?」

「どうって・・・まあ驚いたよ。まさかあの由夢がメイドをやるなんてなぁ」

「そうじゃなくてっ・・・由夢ちゃん、可愛かったですよね?」

少し大きめの瞳をクリクリさせて、悪戯っぽく訊ねてくる美冬。

義之は先程のメイド服の由夢を思い出して、少し赤くなった頬を見えないように横に向けそっけない口調で言った。

「まあファンクラブもあるくらいだし、客観的に見てもあいつは可愛いだろうよ」

「客観的にじゃなくて、お兄さんはどう思ったんです?」

「俺?」

「そうです」

何故かしつこい彼女に、義之は何と答えていいか迷った。

本音を言うとなれば、「可愛かった」としか言えないだろう。

可愛らしいまだあどけない顔に、細い手足。

その均等なプロポーションの上からメイド服を纏えば、本物のメイドよりメイドらしいだろう。

しかし、それを素直に言うのは憚られた。

相手が由夢の友達だから、という気持ちもあったが、何よりその言葉は”兄妹として”おかしいのではないかと感じたからだ。

「そうだな・・・まあまあじゃないか?」

そして口から出たのは、可もなく不可もなくの極々平凡な回答。

「・・・そうですか」

その言葉が期待はずれだったのか、少し気落ちする美冬に義之は話題を変えようと再度口を開いた。

「あっそうだ、美冬ちゃん。今日は由夢のやつ何時ごろに上がれるんだ?」

「あっ、はい。え〜っと・・・今日は最後まで働いて貰いますから、6時までですね」

「6時か・・・じゃあ由夢に、「帰る時に校門の前で待っといてくれ」って伝えてくれないかな?」

義之がそう言うと、美冬は少しの間きょとんとした顔を見せ、そして「フフッ」と笑い始めた。

「えっ?何?何か俺、変なこと言った??」

「い、いえ。すみません突然笑ったりして。ただ、仲が良いんだなぁって思っちゃいまして・・・」

「仲が良いって・・・俺と由夢が?」

「そうですよ。由夢ちゃんも、お兄さんになら甘えている感がありますし」

「まあ兄妹なんだから、そうでも不思議は無いと思うけど?」

「本当に、”兄妹だから”なんですかねぇ・・・」

「・・・え?」

美冬が呟いた意味深な言葉に、義之は内心ドキッとして問い返す。

義之の声にはっと気付いた美冬は、繕うように笑顔を見せ、

「い、いえいえ。何でもありませんよ。それでは私は、これで失礼しますね?先程のことはちゃんと伝えておきますんで。それではっ」

「お、おい?」

ペコリと頭を下げると、唖然とする義之を置き去りに、その場から逃げるように店の奥へと入っていったのだった。



12話へ続く


後書き

あ〜、ようやくUPできました。

また時間空いちゃってごめんなさいm(__)m

今週はテスト週間だったので、時間に、そして何より心に余裕が持てなかった・・・(笑)

まだ明日(というか今日か?)もテストがあるのですが、最終だし1教科だし別にいいかなぁって感じです。

只今の時間午前1時過ぎ。あ〜、眠い〜・・・寝よっかな(笑)


んで、今回の内容。

やっぱり1日目が終わらなかったorz

おそらく2日目の方が少なくなります。本来ならメインのはずだったのに(汗)

そして急遽名前を付けたオリキャラ、美冬ちゃん。

正直言って、美夏より美冬ちゃんの方が凄く動かしやすい。

ってことで、《バッター、美夏に代わりましてぇ、ピンチヒッター、美冬》です(笑)

つまりこのSSにおいては美夏の出番は無いと・・・美夏ファンの皆様、ごめんなさい!(←全身全霊の土下座)

んで、美冬についてですが、ポジションは美夏、キャラのベースは前作のわんこ嬢と考えてください。

美冬ちゃんはこれからも出ます・・・たぶん(笑)


それでは、少々後書きが長くなってしまいましたが、また次話で会いましょう^^



2006.9.29  雅輝