Memories Off SS

      「Present for・・・」

                       Witten by 雅輝



<5> 林鐘寺の霊園



「キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン」

このチャイムで今日の授業はすべて終了。

「さて・・・行くか」

かばんを持った智也が足早に教室を出ようとしたとき、

「智也、ちょっと待ってくれ」

信が声を掛けてきた。

「なんだ?信。俺はお前と違って忙しいんだ。話したいことがあるなら2秒以内で、明瞭かつソフトに話せ」

「くっ・・なんでそんなえらそうなんだ?・・・まあ良い。智也暇か?暇ならゲームセンターにでも・・・」

「駄目だ。忙しい。じゃあな」

その間わずかに5秒。

提示した時間に3秒遅れてしまったが、まあ良しとしよう。

『悪いな、信。今日はホントに駄目なんだ』

後ろで固まっている信に、心の中だけで謝っておいた。



学校を出た智也は、その足で駅前にある商店街に来ていた。

もちろん後ろには、しっかりと彩花が憑いている。

智也が一番最初に向かったのは、女の子が集まるような、ファンシーな店だった。

『うっ・・・入りにくい』

店内には男子禁制のような雰囲気が流れている。

しかし入らないと、当初の目的を達成できないかもしれない。

『はぁ・・・』

ちょっとげんなりしつつ、智也は店のドアをくぐった。

 

『智也、一体何してるんだろう?』

智也はさっきから、女の子向けの店にばかり入っている。

この店で4軒目。

何かを探しているようだがまだ何も買っていないところを見ると、どうやら探し物は見つかっていないらしい。

『まさか智也、私がいない間に女装の趣味が!?・・・』

確かに智也の普段の奇行っぷりから見て、その可能性は0とは言えないだろう。

だがこのシュチエーションから導き出される妥当な答えに、彩花は気づいていた。

気づかない振りをしていた。

・・・気づきたく、なかった・・・

『やっぱり彼女・・・いたんだ・・・』

でも心の中に、そう思っている自分は確かにいて・・・

『智也の彼女なんて見たくない!』

と叫んでいる自分もいた。けど・・・

「智也が・・・私の大切な人が好きになった女性を・・・一目でいいから見てみたい。そして・・・その人との未来を、祝福してあげたい」

そう決めた彩花の瞳には、決意の色が浮かんでいた。

 

「これ・・・いいな」

小物を物色していた智也の目に留まったのは、一つのネックレスだった。

「あいつに・・・似合いそうだな」

そう呟いた智也はちょっと悩んだ後、そのネックレスをレジに持っていった。

 

彩花は店の外で考え事をしていたので智也が何を買ったのかは分からなかったが、智也の満足そうな顔を見て

「はぁ・・・」

俯き加減でひとつ、悲しげなため息を漏らした。

 

商店街を出た智也は、まっすぐ駅に向かった。

自動改札機に定期券を通し、ホームに出て電車を待つ。

「もう6時か・・・結構時間が掛かっちまったな」

腕時計に目を落としながら呟く。

辺りはもうすっかり暗くなっていた。

『あそこはもっと真っ暗だろうな・・・』

これから行くところは、照明がほとんどない。

智也は『懐中電灯持ってくりゃよかったな・・・』とぼやきながら、滑り込んできた電車に乗った。

 

智也が降りた駅は、家の最寄り駅ではなかった。

その駅は“林鐘寺駅”と言い、文字通り林鐘寺という寺院の近くにある駅で、ほとんど人気がなかった。

まっすぐ家に帰るのだろうと思っていた彩花は智也の予想外の行動に驚いたが、

『買ったプレゼントを、彼女に渡しに行くんだろうな・・・』

と納得していた。

 

林鐘寺駅を出た智也は、ある場所へと向かって歩いていた。

その場所こそ、“放課後の大事な用事”の最終地点であった。

山の斜面に沿った階段を上りきると、少し開けた場所に出た。

その入り口には巨大な石に“林鐘寺”と彫られている。

「ふうっ・・・」

智也は息を一つ吐くと、寺院の奥へと進んでいった。

 

「林・・鐘・・寺・・?」

彩花は呆然と呟いた。

「まさか・・・ここって・・・そんな・・・そんな、はず・・・ない」

困惑した彩花の顔には、嬉しさと悲しさが混じった微妙な表情が浮かんでいた。



 

智也が進んでいった寺院の奥には・・・墓地があった。

夜の墓地は不気味さが増していて少し怖い。

「えっと・・・確かここを曲がって・・・」

一年程前に唯笑に聞いた場所の記憶を頼りに進んでいく。

「あれは・・・」

角を曲がった先には、一つの墓石の前にしゃがんでいる見慣れた少女の姿があった。

「唯笑・・・」

近づいてその後ろ姿に呼びかける。

「!・・智ちゃん・・・」

振り向いた唯笑の顔には、驚きと安堵の表情が入り混じっていた。

「智ちゃんも・・・来てたんだ?」

「ああ・・・今まで一度も来れなかったけど、ようやく決心がついた。お前にも色々迷惑掛けたな」

「ううん。それより智ちゃんが来てくれて、唯笑嬉しいよ。きっと・・・彩ちゃんも喜んでくれてると思う」

そう・・・ここは3年前に死んだ彩花の墓であり、智也がこの3年間決して訪れようとしなかった場所である。

ここに来ると、“彩花の死”を強く思い知らされるから・・・。

それを乗り越えられた今だからこそ、智也はこの場所を訪れることが出来た。

「唯笑、もう行くから・・・彩ちゃんとゆっくり話しなよ!」

立ち上がりそう言った唯笑は、智也の脇をすり抜けて出口へと向かう。

「唯笑!!」

智也はその背中を呼び止めた。

「・・・ありがとうな」

『今まで支えてくれて、ありがとう。俺はもう、大丈夫だから・・・』

唯笑は智也が今まで見たことがないような大人の笑みを浮かべて、静かにその場を去っていった。

 

「智也・・・」

そう呟く彩花の瞳には、涙が溜まっていた。

『私・・馬鹿だな』

溜まっていた涙が・・・

『智也に彼女がいると勝手に思いこんで・・・嫉妬して・・・智也に裏切られたなんて思って・・・』

静かに彩花の頬を流れていく。

『智也は私のことを想って、ずっと苦しんでいたのに・・・』

きっとみなもと話していたのも、この内容だったのだろう。

「ごめん・・・ごめんね、智也ぁ・・・」

嗚咽が交じったその声は智也の耳には届かず、虚しく消えていった。


「さてと・・・」

唯笑が墓地から出て行くのを見送った智也は、彩花の墓の前にしゃがみこんで、

「彩花・・・」

静かに話しだす。

「まずは謝らしてくれ・・・今までここに来れなくて、ごめんな・・・。俺、彩花の死を受け入れられなかったんだ。
 彩花が死んで・・俺の中の世界は色を失って・・自暴自棄になって・・すべてを拒絶して・・一日中、彩花の部屋の窓だけを眺めていた。
 そうしてると、彩花が帰ってきてくれるような気がしたから・・・。
 いつもの明るい笑顔で『おはよう!』って言ってくれるような気がしたから・・・。
 俺は彩花に、甘えすぎていたのかも知れないな・・・。いつの間にか、こんなに心の弱い人間になっていたんだ。
 でもそんな弱い俺を、あいつは・・唯笑は精一杯支えてくれた・・・。
 あいつだって辛いはずなのに・・・毎日俺の部屋に来て、俺の空っぽの心に語りかけてくれた・・・。
 今、俺がこうしてここにいるのも、あいつのおかげだ。
 あいつがいなかったら、俺はとっくに潰れていた。感謝しきれないぐらいだよ・・・」

智也は一旦そこで言葉を切った。

 

「智也・・・」

知らなかった。

智也にそんな時期があったなんて・・・。

きっと唯笑がいなかったら、智也は本当に潰れていたのだろう。

彩花は今まで唯笑のことを幼馴染として、妹として、“ちゃん”付けで呼んできた。

でももう彼女をそんな風には呼べなかった。

親友として・・・そして、強力な好敵手(ライバル)として・・・。

『智也を支えてくれて、本当にありがとう・・・唯笑・・・』

彩花は、今はもうここにいないもう一人の幼馴染に、心からの感謝の言葉を贈った。