Memories Off SS

      「Present for・・・」

                       Witten by 雅輝



<4> 放課後の大事な用



急いで走ってきた智也はひとまず息を整えた。

購買にはちらほら人がいたが余裕で買えそうだ。

「あっ、智也君。いらっしゃい」

購買の売り子をしている女性が、智也の姿を見つけ声を掛けてくる。

「ちわっす。小夜美さん」

彼女は“霧島小夜美(きりしま こよみ)”。

ここ澄空高校のOGで、智也より3つ上の20歳、大学生である。

腰を痛めて入院している売り子のおばちゃんの娘で、その間代理としてこの購買で売り子をしている。

「今日は早いじゃない」

「まあね。授業が早く終わったから」

「ふ〜ん。それでどれにする?ちなみに私のお勧めはバナ納豆・・・」

「バナ納豆パンは要りません!!」

小夜美が言い終わる前に速攻で拒否する智也。

この購買には普通のパンに混じって、“ゲテモノパン”と呼ばれるものが存在する。

パンに、納豆とバナナクリームをサンドした“バナ納豆パン”。

――主に罰ゲームで使用される。

パンの中に、プリンに醤油をかけた擬似ウニが入っている“ウニパン”

――智也曰く「意外とイケる」らしい。

果物の王様、ドリアンをふんだんに使った“ドリアンパン”

――その臭いは食べている本人だけじゃなく、周囲にも壊滅的ダメージを与える。などなど・・・

以前智也が

「なんでこんなモノ、学校の購買で売ってるんですか?」

と聞いたところ、小夜美はその質問に

「退屈な高校生活に、一握りのスパイスを与えてあげてるのよ」

と笑顔で返した。

 

「じゃあどれにするの?」

気がつくと至近距離に小夜美の顔があって焦る智也。

その顔は少し赤くなっている。

「え、えっと・・・じゃあコレとコレ」

「あんぱんとヤキソバパンね?320円になりま〜す」

「じゃあ、はい」

と言って500円硬貨を渡す。

「はい、おつり160円ね」

「ちがう、ちがう。180円だよ」

「へ?あははは、もうやぁ〜ねぇ。ジョークに決まってるじゃない」

「はあ」

少々呆れる智也。

小夜美は計算が苦手で、よくつり銭を間違える。

特に店が混んでいるときによく間違えるので、小夜美が代理で入ってからは、ますますパンの争奪戦が激しくなった。

そういうときこそパンの取り置きが役立つのだが、以前から頼んでいる智也に対しての小夜美の答えは、いつもNOだった。

「智也君だけにしたら、他の子に不公平でしょ」ということらしい。

その答えが至極最もな為、あまり強くは頼めなかった。

でも今日は違っていた。

「あっ、そうだ智也君。取置きの件、OKしてもいいわよ」

「まじっすか!?小夜美さん」

智也は即座に喰いついた。

「そ・の・か・わ・り。これからは週2で伝票整理手伝ってね?そのバイト代ってことで毎日好きなパンを取り置きしてあげる」

智也は以前も、小夜美の母に頼まれて伝票整理をやっていた。

そしてその見返りとして、パンの取り置きをしてもらっていたのだ。

「そのくらい、お安い御用っすよ!!」

智也は嬉々として、その提案に乗った。

「じゃあ、早速今日の放課後手伝ってね?」

「えっ・・・今日ですか」

智也の表情がさっきまでのにやけ顔から、真面目な表情へと変わる。

「すいません。今日は・・大事な用があるんで・・・」

初めて見る智也の真面目な顔にじっと見つめられ、小夜美は頬を少し赤らめた。

「そ、そう。それじゃあしょうがないわね。そのかわり明日は頼んだわよ」

「あっ、はい!!」

「キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン」

4時間目終了のチャイムが鳴った。

数分後には、この購買は修羅場と化すだろう。

それを察知した智也は

「それじゃあ小夜美さん、また明日」

「どうもありがとうございました〜」

と別れの挨拶を交わし、ダッシュで駆け下りてくる多くの猛者達とすれ違うであろう階段を上り始めた。

 

一方彩花はというと・・・

「・・・また彼女候補が増えちゃった」

これで5人目。

「それにしても、放課後の用事って何なのかしら?」

今回は近くにいた分、会話の内容も聞き取れていた。

もしかしたら彼女と会うのかもしれない。

「よぉ〜し。こうなったら残り半日、ずぅ〜っと智也に憑いて観察してやる!」

文字通り智也の後ろに《憑いて》、一緒に階段を上って行った。

 

「さ〜て、どこで食うかな」

そう言って、智也は今歩いている廊下から窓の外を見る。

「良い天気だなぁ〜」

空は曇り空一つない、快晴だった。

「たまには屋上でも行ってみるか」

 

屋上への扉を開けると、冷たい空気が体にまとわりついた。

「ふぅ〜。やっぱりちょっと寒いかな」

『こんな真冬に屋上に来るのは俺ぐらいだろうな』などと思いながら屋上を見渡すと、少し離れたベンチに座っている見知った女の子がいた。

あのツインテールの髪は・・・

「みなもちゃん!」

確信して声を掛けた。

「えっ?あっ、智也さん!こんにちは!」

みなもがこちらに気づき元気良く、そして嬉しそうに挨拶してくる。

「こんにちは」

その様子を嬉しく思いながら挨拶を返し、みなもが座っているベンチに歩いていく。

智也は、みなもが少し寄ってくれて空いたスペースに座りながら

「こんなところで何してるの?」

と聞いた。

「私は絵を描いてるんです」

そう言ってみなもは、大きなキャンバスを智也に見せた。

みなもは美術部に入っている。

昔から絵の才能があり、コンクールでは金賞を取ったことがあるほどの腕前だ。

今智也が見せられた絵も、まだ下書き程度でありながら素晴らしく、芸術に疎い智也でも感動するほどだった。

「はぁ・・・相変わらずうまいねぇ」

「ありがとうございます!智也さんにそう言ってもらえると嬉しいです」

智也の陳腐なほめ言葉に対しても、みなもは嬉しいと言ってくれる。

「私、ここから見える風景が好きで、時々描きに来てるんです・・・そういえば智也さんはどうしてここに?」

みなもが思い出したように聞いてくる。

「ん?ああ、俺もみなもちゃんと同じようなもんだよ。パンをどこで食うか考えてたら、急に屋上の風景が恋しくなってね・・・最近来てなかったし」

以前は時々かおると一緒に昼食を食べに来ていたのだが、寒くなってきてからはめっきり来なくなった。

「ここから見える風景って良いですもんねぇ」

「ああ・・・」

「・・・」

「・・・」

二人とも、しばらく無言で自分たちが住んでいる町並みを眺める。

3分ほど経っただろうか。

みなもがおずおずといった感じで話しかけてきた。

「あの・・・智也さん。今日の放課後お暇ですか?」

「え?」

「もし良かったら、絵のモデルになってくれませんか?」

「・・・」

偶然は重なるもので、かおる・詩音・小夜美に続きみなもまで誘ってきた。

『普段は一人に誘われるのも珍しいのに、なんで今日に限って・・・』

智也は心の中で苦笑した。

しかし、誰に誘われようとも今日は・・・今日だけは・・・断らなければならないのだ。

「ごめん、みなもちゃん・・・今日は大事な用があるんだ」

「そう、ですか・・・」

今日、4回目の台詞を言う。

しかし、みなもの反応は他の3人とは違っていた。

「・・・今日・・・大事な用・・・あっ、もしかして!」

なにか気づいた様子のみなもに智也は、

「やっぱりみなもちゃんには分かっちゃうか」

と苦笑いした。

しばらく智也を見つめていたみなもは

「やっぱり智也さんは優しいですね!」

と満面の笑みを浮かべて言った。

対して智也は目を伏せて言った。

「いや、優しくなんかないよ・・・俺は心の弱い人間さ・・・」

「そんなことないです!智也さんは自分の力で前に進んだじゃないですか!」

智也の言葉に、みなもは力いっぱい否定する。

「“ソレ”を乗り越えることができたこと・・・それこそが智也さんの強さの証なんですよ。私は、智也さんはとても心の強い人だと思います」

みなもの言葉が智也の心の中に、一つ一つ流れ込んでくる。

『彼女は・・・俺よりずっと大人だな』

彼女も苦しかったはずなのに・・・。

『これじゃあもう、みなも“ちゃん”だなんて呼べないな』

「ありがとう・・・みなも」

大事なことを教えてくれた一つ下の後輩に、感謝の気持ちを込めてそう告げる。

みなもはその言葉に、満面の笑みで答えた。

 

「何の話をしてるのかなぁ・・・」

智也の背後にぴったり憑いている彩花は、智也とみなもの会話に首を傾げる。

どうやら智也の“放課後の大事な用”に関係あるようだが・・・

「やっぱり彼女かなぁ?」

でもそれだとみなもが知っている理由が分からない。

大体そんな話じゃなかったように思える。

「う〜〜〜〜ん?」

彩花にとって、謎は深まる一方だった。