Memories Off SS
「Present for・・・」
Witten by 雅輝
<2> 疲労困憊
芦鹿島電鉄――通称シカ電に揺られること数十分、澄空高校がある澄空駅のホームに着き、みなもは腕時計で時間を確認し、愕然とした。
「智也さん・・・」
その事実を伝えるために、クイックイッと智也の制服の袖を引っ張る。
ちなみに唯笑は今、駅内のトイレに行っている。
「ん?」
大きく伸びをしていた智也が振り返る。
みなもは何も言わず、自分の腕時計を見せた。
「!!!」
智也は目を見開き、食い入るようにその文字盤が指す時刻を見た。
そして、
「みなもちゃん・・・」
「はい・・・」
「この時計って、何分か進んでたりする?」
とりあえず時計が壊れていることを願った。
しかし、
「いえ、秒単位であっている自信があります」
「・・・」
「・・・」
二人の間に沈黙が流れる。
しかし、思っていることは同じだろう。
ここから学校までは歩いて十数分の距離である。
走れば十分を切ることだって容易いだろう。
しかし、どれだけ見ても文字盤は“8時27分”を指している。
澄空高校では8時30分までに教室に入っていなかったら遅刻扱いである。
ということは・・・
『あと3分しかないやんけぇぇぇぇぇぇ!!!』
智也の心の叫びは、何故か関西弁になっていた。
そこへ
「ほえ?二人とも深刻そうな顔してどうしたの?」
唯笑がトイレから帰ってきた。
「わかったぁ!智ちゃん達もトイレに行きたくなったんでしょ?しょうがないなぁ。待っててあげるから我慢してないで、早く行ってきなよ」
そんな唯笑の戯言は無視して、智也が導き出した結論は・・・
「唯笑・・・」
「ほえ?」
「みなもちゃん・・・」
みなもが無言で頷く。
「・・・走るぞ!」
結局それしかなかった。
智也が猛然と走り出し、みなももその後を追う。
その後ろには
「えっ?えっ?ちょ、ちょっと待ってよ〜〜〜!とぉ〜〜〜もちゃ〜〜〜ん!!!」
唯笑が一人出遅れていた。
「はぁっ・・はぁっ・・」
必死に走ったが、帰宅部である智也の体力なんてたかが知れており、結局唯笑共々遅刻がついてしまった。
ちなみにみなもは朝のホームルームに先生が遅れて来た為、遅刻にならなかったらしい。
智也は意味も無く体力を使いきり、机に突っ伏していた。
するとそこに
「大丈夫?智也」
と話しかけてくる、一人の女生徒がいた。
「お、おう。かお、るか・・はぁっ、はぁっ・・おはよう」
彼女は“音羽かおる(おとわ かおる)”。
10月にこの高校に来た転入生である。
持ち前の明るさと親しみやすさで、たちまちクラス(特に男子)の人気者となった彼女とは、席が隣同士ということもありすぐに親しくなった。
「おはよう・・・で?なんでそんなに疲労困憊してるの?」
挨拶を返し、少々呆れ気味に聞いてくる。
「こ、これはだな。道端にうずくまっている老人に駆け寄って助けを・・・」
また智也の虚言癖が始まった。
しかし・・・
「嘘なんでしょ?」
「うぐっ」
2秒で見破られてしまう。
「はあ・・・今坂さんじゃないんだから、そんな簡単な嘘に引っかかるわけないでしょ?」
相変わらず鋭い。
「で?ホントのところは?」
「そんな大した話でもないんだが・・・ただ単にだらだら行ってたら澄空駅で残り3分だということに気付いて、ダッシュで来たっていうだけだ」
「残り3分って・・・よくこの時間に来れたね」
そう、智也は8時34分――つまり駅から7分で到着したのだ。
おそらく最短記録だろう。
「ふふ、この光速の足を持ってすれば不可能など!!」
「はいはい」
話の途中で軽く流された。
音羽かおる・・・なかなかの強者なのかもしれない。
「そうそう智也、ノート持ってきた?」
「は?」
「この前貸した世界史のノート」
「へ?」
「ノート」
「ほ?」
「・・・怒るよ?」
「はい、すみません」
彼女の背後に黒いオーラのようなものが見えたので、身の危険を察知しこれ以上はやめとく。
彼女は一転して笑顔に変わり、
「確かぁ、今度忘れたら何か奢ってもらう約束だったよねぇ?」
と有無を言わさぬ口調で聞いてきた。
「うっ」
言葉に詰まる。
「いくらなんでも、もう忘れないだろう」とたかをくくって取り付けた約束が裏目に出た。
ちなみにしっかり忘れられたノートは、智也の部屋の机の上で開きっ放しになっていた。
かおるの方をみると、その笑顔の裏で「約束破ったらどうなるか分かってるわよねぇ?」と言われているような気がする。
「ま、まあ約束したのはこっちだしな。それでいつ行く?」
了承するしかなかった。
「やった、さっすが智也!じゃあ早速今日の放課後行こうよ!」
その言葉を聞いた智也は
「・・・悪いかおる。今日は勘弁してくれないか?」
と普段では絶対にしないような真面目な顔で、申し訳なさそうに言った。
その様子に何かを感じたかおるは、
「いいって、いいって。じゃあ日取りは智也が決めてよ。私は大体いつでもオッケーだから!」
と明るい口調で返した。
「ありがとな」
智也はそう言うと、視線を窓の外に向けた。
『今日の放課後は大事な用があるからな・・・』
と心の中で呟きながら。
ちょっと前。
智也が教室に入ってきた数分後に彩花も到着した。
「はあ、疲れた。まったく、いくら天使の羽で飛べるって言っても、電車に追いつけるはずないじゃない」
とぶつくさ文句を言いながら、智也がいる教室を窓から覗いた。
「あっ・・・」
そこには隣の席の女生徒と楽しそうに話す、智也の姿があった。
ショートカットの髪に活発そうな瞳、整った顔立ち。
智也と話している女生徒は、十分に美少女という部類に入ると思われる。
「あの人は・・・」
智也の彼女ではないか?・・・そんな考えが頭を過ぎる。
しかし、彩花と死別して3年が過ぎた今、すでに次の彼女がいてもおかしくはない。おかしくはないのだが・・・。
「・・・」
胸の中で嫌な感情が蠢いている。
本来なら智也が幸せになれると喜ばなければならないのに・・・。
智也を幸せにすることができる彼女に・・・酷く嫉妬している。
智也を幸せにすることができない自分に・・・歯がゆさを感じる。
そして・・・智也に裏切られたと感じている自分自身を・・・情けなく思う。
「ま、まだ彼女だって決まったわけじゃないしね!」
そう言って明るく振舞う彼女の姿は、とても痛々しかった。