Memories Off SS
「Present for・・・」
Witten by 雅輝
<1> 天使の来訪
ある冬の寒い日。
中学校の制服を着た一人の少女が佇んでいた。
「智也、いるかなぁ・・」
彼女の名前は“桧月彩花(ひづき あやか)”。
栗色の長い髪、利発そうでなおかつ整った顔立ち。
一見するとどこにでもいそうな美少女である。
ただ、「背中に羽が生えている」ことと「空中に浮いている」ことを除けばだが・・・。
彼女は三年前の雨の日、幼馴染の“三上智也(みかみ ともや)”を迎えに行く途中、交差点でトラックにはねられ帰らぬ人となった。
当時、彩花とは恋人という関係だった智也は、彩花を永遠に喪った悲しみと、「俺を迎えに来なければ彩花は死ななかった」という罪悪感から心を閉ざした。
その間、もう一人の幼馴染が毎日根気良く励ましてくれたので、智也は完全にとはいかないが、ある程度は立ち直ることが出来た。
一方、彩花は死んでから天界というところにいた。
天界は現世でいう神様が統括しており、そこの住人は全員天使になれた。
しかも、死後たった一度だけ、現世に戻ることができるという特権付きだった。
彩花はすぐにでも行きたかったが希望者が多く、しかも一月に一人ということだったので、結局今日までかかってしまったのだ。
彩花は今、智也の家の上空にフワフワと浮かんでいる。
なんせ二年ぶりに恋人に会うのだ。(とは言っても現世の人には姿も見えないし、声も聞こえないのだが・・)
緊張するなという方が無理だろう。
「・・・よしっ!!」
決心してそう言うと、スーっと智也の部屋の窓に近づき、中を覗いた。
智也は・・・パジャマから制服に着替えているところだった。
「えっ?・・・あっ、きゃあ!!」
彩花は顔を赤くさせ、即座に窓とは反対方向を向いた。
「もうっ!着替えてるなら先に言ってよね!!」
無茶苦茶な話である・・・。
「ん?なんだ?」
智也は何かの気配を感じ、後ろを振り返った。
しかし、窓の外にいる彩花の姿が見えるはずもなく、目に付いたのは出窓に置いてある観葉植物と、くまぽーのぬいぐるみぐらいだった。
「ま、まさか・・・」
窓に近づいていく智也。
彩花は『もしかして私が見えてるの?』と焦ったが、内心嬉しかった。
だが・・・。
「ぎゅっ」
智也が抱きしめたのは彩花ではなく・・・くまぽー(♂)だった。
「まさかくまぽー、お前が俺の脳波に直接信号を・・・」
また智也の虚言癖&妄想癖が始まった。
彩花は呆れながらも、嬉しく思っていた。
『ほーんと、変わってないわね』
昔から智也は唯笑と共に突拍子もないことをして、まとめ役の彩花を困らしていた。
その頃のことを懐かしく思っていると、もう部屋の中には誰もいなかった。
「あれ?智也は?」
どうやら着替え終わって階下に下りたらしい。
仕方なく、彩花は玄関付近で智也が出てくるのを待った。
バタン。ガチャ。
玄関の鍵を閉めて家を出る。
父親は単身赴任で地方に行っており、母親もそれに付いて行ったため、今は一人暮らし同然の生活をしている。
この生活を始めた当時は忘れがちだったこの動作も、今ではすっかり習慣となっていた。
彼女たちが待っている駅まで、歩いて向かう。
朝の新鮮な冷たい空気を吸うと、寝起きでボーッとなっていた頭も徐々にはっきりしてきた。
ふとあることを思い出す。
「そういえば今日って・・・」
立ち止まって急いで財布の中を確認する。
「ふむ・・なんとか足りるかな」
ほうっと白い息を吐くと、時間があまり無いことを思い出し急ぎ足で駅に向かった。
「何してるんだろう?」
突然立ち止まった智也を見て首をかしげる。
「そういえばなんで一人で歩いてるんだろ?唯笑ちゃんはどうしたのかな?」
唯笑が智也と同じ澄空高校の二年生だということは知っていた。
家も近所にあるし、当然一緒に行くものだろうと思っていた。
だがその疑問は、徐々に近づいてくる駅のホームにいる二人の女生徒の姿を見て晴れていった。
「あっ、おはようございます!智也さん」
二人の女生徒の内の一人が元気良く挨拶をしてくる。
「おはよう、みなもちゃん」
智也も穏やかな顔で挨拶を返す。
彼女の名前は“伊吹みなも(いぶき みなも)”。
彩花の従妹で、昔は重い心臓病だったのだがドナーが見つかり手術をして、今ではすっかりと良くなっている。
長い髪をツインテールにした、とてもかわいらしい女の子で、智也たちと同じ澄空高校の一年生だ。
「智ちゃん、おはよっ」
智也のことを「智ちゃん」と呼ぶもう一人の少女が“今坂唯笑(いまさか ゆえ)”。
智也と彩花の幼馴染で、小さい頃は何をするにしても三人一緒だった。
唯笑は彩花のことを実の姉のように慕い、憧れていた。
性格は天真爛漫。
ショートヘアーで、首にはいつも黒のタートルネックをつけている。
智也にとって唯笑は妹のような存在であり、一番素直になれない相手でもあった。
また唯笑はよく言えば素直なのだが、悪く言えば騙されやすく、いつも智也にからかわれている。
「さあ、そろそろ行こうか、みなもちゃん」
唯笑の挨拶をとりあえず無視してみる。
すると、
「あ〜〜〜。なんで唯笑のこと無視するんだよぉ」
と予想通りの反応を示してきた。
智也はしれっとした顔で
「おっ?なんだ唯笑、いたのか」
と内心ほくそ笑みながら返した。
「いたのか、じゃな〜い!ほらみなもちゃんも笑ってないで、智ちゃんに何か言ってやってよぉ」
いつもの朝の風景がそこにはあった。
そんな様子を悲しげな表情でじっと見つめていた彩花。
「なんだか・・・楽しそうだな・・・」
誰ともなく呟く。
「私も・・生きてたら・・あの中に入ってたのかな?・・・」
翳りの入った表情を俯かせる彩花だったが、
「な〜んてね。そんなこと言ってもしょうがないし・・・一日しかいられないんだから、楽しまないと損よね」
と明らかに無理をしている顔で言い放った。