WelcometoPiaCarrot 3 〜if:Re〜 

 

 

10時を回ったところで、明彦はようやく自分が映画に行くつもりだったことを思い出した。さやかが言うには「忘れるくらいなら、大して見たかった映画じ

ゃないんじゃない?」と言われたが、明彦にしてみればそれは違っていたようだ。

「そんなことは断じて無い! 俺が見ようと思ってた映画は、前評判なんかにとらわれることなく、あくまでフィーリングを重視してるんだ。だから俺はそ

の映画の中身も知らないし、出演している俳優が誰かも知らない! そもそも映画の前評判なんて、勝手に言われてるだけだし、1作目が意外と売れたから

2作目もきっと面白いだろうななんて予想だけで評価するから、期待を裏切られるんだ。連作モノでうけるのなんてホントに名作だけなんだよ。だから――」

要するに、面白いのか面白くないのか。さやかにはそれさえ理解できなかった。明彦の映画自論はそれから3分ほど続き、さやかは料理雑誌で新メニューを

覚える余裕があった。

「一応聞いておくけど……明彦って、映画好きなの?」

と、話し終わった明彦にさやかが問いかけると、明彦はしばらく考え、

「……さぁ?」

と答えるような有様だった。

結局、1040分の映画には間に合ったのだが…………内容については、B級特撮怪獣モノのほうが、まだマシだったと言えるだろう。

 

 

 

第3話 退屈な休日の過ごし方(後編)

 

 

 

映画館から焦燥しきって出てきた2人は、口直しに駅前のハンバーガーショップで軽く食事を済ませてから、織江がバイトしているというビデオショップへ

入った。

「いらっしゃいませ〜……って、さやかさんに神無月くん?」

「こんにちは。ここって、会員証とかいるの?」

さやかが尋ねると、織江は男性スタッフにレジを任せていそいそと会員登録の用紙を準備してくれた。手持ち無沙汰になった明彦はさやかに「ちょっと見て

くる」と言って彼女の傍を離れたが、「えっちなのは借りませんからね?」即座に釘を刺された。しかし興味と本能には逆らえずさやかが見ていない隙に

アダルトコーナーへ滑り込んだものの、予想外の本数の多さに明彦がちょっと圧倒されながら出てくると、さやかにバッチリ見つかってしまった。

結局さやかのセレクションで、ちょっと甘そうな恋愛モノと、アクション巨編の2本を借り、今度は1階のゲームセンターでしばらく遊んだ。格ゲーに挑戦

したさやかだったが、素人お決まりのガチャガチャプレイで3人目であえなく撃沈。その後明彦がコンティニューし、見事クリアした。

その隣にあるUFOキャッチャーにもチャレンジしたが、明彦お目当てのタバコを加えたシャチのぬいぐるみは、2人で2千円はたいても取ることはできな

かった。その代わり、分裂合体が可能な分子のモデルのようなぬいぐるみを3個ほどゲットしたが、あまり可愛くは無かったので、余計2人をブルーにして

くれた。

ガンシューティングもプレイした。明彦はなぜか横撃ちで、さやかは両手持ちだったが、明彦のほうが命中精度が高かった。しかし連射のしすぎでリロード

が間に合わず、ちゃんと生き残ってボス戦まで行ったのはさやかだけだった。

ダンスゲームにも手を出してみた。運動神経は明彦の方がいいのだが、さやかのリズム感のほうが明彦のそれを上回り、対戦ではさやかが勝利を収め、2人

プレイではなかなかの高記録を叩き出した。

ゲームセンターのシメにと、二人は初めて一緒にプリクラを撮った。恋人同士らしくぴったり寄り添い、それはもうはじけるような笑顔だった。ハサミでキ

レイに半分に切り分けると、2人とも定期入れに大事そうにしまい込み、しっかり手をつないでゲームセンターを出た。

「さてと。それじゃあ約束通り、あたしに付き合ってもらうからね?」

「映画のお詫びだ。地獄の果てだって付き合ってやるよ」

明彦がそう言うと、さやかは麦わら帽子の下で怪しげな笑みを浮かべた。それに明彦が気付かなかったのは、この日2度目の失敗だろう。

 

 

 

まずさやかが向かったのは、女の子の来店が店の9割を占めるアクセサリーショップだった。基本的に男向きの装飾品やアイテムは置いておらず、明彦は何

とも居心地の悪い思いをしていた。

「な、なぁ……早く出ようぜ?」

「何言ってるの? さっきもそのセリフ聞いたわよ? それで…どうかな、似合う?」

と、さやかがいつも使っている髪留めのところをかき分けて聞いてきた。いつもは白を使っているが、今身に付けているのはシルバーのそれだった。大して

変わらない、と言いたいのを押さえつけ、明彦は「似合ってるよ」と、ろくに見もしないで投げやりに言ってしまった。それに気を悪くしたさやかが、あれ

これと見て回るもんだから、明彦は自分を呪うしかない。

デパートにもつき合わされた。

さすがに下着売り場にはさやかも明彦を入れなかったが、それ以外のインテリアコーナーや特別会場で行われていたアジア民芸展、食器類から食材に至るま

で、さやかは明彦を引っ張りまわした。

洋服屋にもつき合わされた。

男女共用の店だったので少しは気が楽だったが、見て回ることに変わりは無い。さやかはよく吟味してから買う方なので、あれこれと試着はするのだが結局

買うことが無かったりする。スタイルの良い彼女が何を着ても似合うのは確かだが、本人としてはなかなかしっくりこないらしく、ここでも時間を潰してし

まう。そんなこんなで時間は過ぎ、寮に戻ったときにはもう5時過ぎだった。結局買ったものといえば、明彦の両手にぶら下がっている膨大な量の食料くら

いだった。

「おつかれさま。重かったでしょ?」

「あのなぁ……肩が抜けるかと思ったわい!」

どかっとテーブルの上に食料を置くと、明彦は両肩をぐるぐると回した。さやかがそれを尻目に、冷蔵庫にテキパキと収めていく。

「それで……どうでした? 初デートの感想は」

「デートぉ?」

さやかの質問に明彦が思わず声を上げるが、確かにデートと言えないことも無い。映画を見て、ゲーセンに行って、買い物をした。それが恋人同士という立

場なら、デートといえるのではないだろうか? いや、それ以前に――――
「初めてだな。さやかの口からデートなんて単語が出るなんて」

「ん〜……まぁね。でも、いいじゃない」

冷蔵庫をパタンと閉じて、さやかが明彦に体を寄せる。

「好きなんだから……ね?」

「そうだけど……、俺だってもっとちゃんとした形でデートしたかったんだぞ? 待ち合わせしたり、夕焼けの海岸とか公園とか散歩したり……2人でさ?」

それを聞いてさやかは一瞬きょとんとしたが、すぐに堪えきれなくなって噴き出した。

「似合わないなぁ、ロマンチストなセリフ」

「べ、別にいいだろ? ったく……ほら、残った材料どうすんだ? 上まで運ぶか?」

「うん。それじゃあ荷物持ちよろしくね」

「はいはい……っと」

「終わったら、映画見ようね?」

ダルそうに荷物を担ぐ明彦に、さやかが耳打ちする。明彦は彼女のその言葉にただ深く頷くだけだったが、さやかはそれだけで十分だった。いやな表情をす

るかもという不安があったが、そんなものはあっという間に消え失せてしまっていた。

 

 

 

夕食はカレーだった。1人暮らしのような環境でカレーを作ったりすると、日持ちするからと油断して作りすぎたりする事があるし、量的にも1人で食べる

には多すぎる。だが、それが2人ならば話は別だ。

「ホント何でも作れるよなぁ、さやかは」

明彦が呟くと同時に、さやかが手間のかかってそうな盛り付けのポテトサラダを器用に取り、明彦に手渡す。

「まぁ、うちって両親共働きなのは知ってるでしょ? だから、弟と妹にまともに食べさせてあげるには、あたししかいなかったの。それでよく母さんの手

伝いとかして練習したんだけど……最初は指が何本あっても足りないって、よく言われたのよ?」

そういわれて明彦はさやかが料理する姿を想像した。

中学生くらいの彼女が母親の隣で魚の三枚下ろしや野菜の千切りに挑戦し……うっかり指を切ってしまう。血の滲んだ指を口にくわえ、母の手際の良さを恨

めしそうに見つめる……そんな姿だ。

「……ぷっ」

堪えきれずに苦笑いすると、さやかが恨めしそうに明彦を見ていた。それがまた、彼の想像したとおりの表情だったので…結局笑ってしまった。

 

 

夕食をとり終えると、さやかは早速借りてきたビデオを見始めた。当然のように明彦も付き合うが、恋愛モノは明彦の苦手な部類だった。

「ふあぁ……」

ほどよい満腹感と退屈で、早くも大あくびが出る。だがさやかのまじめな鑑賞態度に、明彦はさすがに悪いと思い、眠いのを堪えて最後まで見てしまった。

「ふぅ……」

何気なくため息をつくと、いつの間にかさやかが明彦の肩に頭を乗せていた。一瞬寝ているのかと思ったが、目はしっかり開いている。そしてその瞳は――

――微かに潤んでいた。

「いいなぁ……」

と呟くさやか。明彦には何がいいのかさっぱり分からず「何が?」と聞こうと思ったが、さすがにそれはまずいだろう、と彼の直感が告げていた。2人が見

ていた映画は、言うなれば現代版ロミオとジュリエットで、しかもハッピーエンドで終わるものだった。悲劇的な立場に立たされていた愛し合う男女が、何

もかも振り切って結ばれる――そんな話だったのだ。

「ああいうのもいいよね?」

目線だけ明彦の顔に向け尋ねる。だが明彦は話の意図さえつかめておらず、たださやかの問いを肯定するために頷くだけだった。その返事を受け取ったさや

かは、明彦のほうに身体ごと向き直り、彼の胸にそっと手を当てて上目遣いに顔を見つめる。

「……」

「……」

沈黙が流れる。だが、2人ともそれが何を求めているのかはしっかり読み取れていた。そっと目を閉じ、磁石のように引き合う唇。そしてあと数センチにま

で近づいた瞬間――――

 

ピンポ〜〜ン

 

まるで図ったかのように部屋のインターホンが鳴り響いた。明彦は申し訳無さそうにさやかを引き離してから玄関を開けると、そこには昇が疲れた様子で

立っていた。

「何か用か?」

精一杯不満を込めて言ったが、今の昇にはそれさえ通用しないらしい。

「疲れた〜〜……ワックス掛けがまた大変でさ〜〜、帰ってきたはいいんだけど、疲れてしばらく寝ちゃってたんだよ」

「何か用か、と聞いたんだよ。俺はお前の愚痴聞き係じゃないぞ。ねぎらいの言葉なんか掛けないから、用件だけとっとと話せこの野郎」

「わ、分かったよ……その…昨日の話しなんだけどさ、俺が逃げ帰ったこと…貴子オバさんには言ってないよな?」

「言ってない」

明彦の簡潔な答えに、昇は心の底から安堵のため息をついた。

「そ、そうか…良かった…で、お詫びといっちゃ何なんだけど…コレ」

と昇が差し出したのは、黒いビニール袋に入った数本のビデオテープだった。昇は声を潜めて

「俺の秘蔵ビデオなんだ…良かったら受け取ってくれ。そんだけだ、じゃあな!!」

「お、おい!!……ったく、どうしろってんだよ……」

昇はさっさと部屋に帰ってしまい、明彦はこのビデオテープをどうするべきか、本当に悩んでいた。このまま部屋に持って帰れば、さやかから口出しされる

ことは必至だろう。かといって、このまま捨てるのは…やはり憚られる。

(とりあえず……言い訳はしよう)

そう思い部屋に戻ると、さやかは明彦が戻ってくるなりビニール袋を指差した。

「何、それ」

「あ、イヤ、コレは……」

視線が痛い。明彦はさやかを侮っていた。いくら彼女でも、黒いビニール袋に入っているビデオテープの内容が何なのかくらい想像はつく。

「昇から。お詫びだって…無理矢理押し付けられた」

「ふ〜ん…」

さやかは明彦の手からビニール袋を奪い取り、バラバラと中身を床の上に撒き散らした。

「……『インラン女子大生・秘密の花園』……『暴走痴漢列車・24時間運行中!!』……『罠に落ちた人妻・終わらない夜2』……『近親相姦3・お相手は高

校生の妹』……ふぅん」

タイトルを抑揚無く、しかしはっきりした声で読み上げると、さやかは1本1本丁寧にテープ面のフタを開けてからテープを引きずり出し、十分に感光させ

てからハサミで切り裂いた。なかなか徹底したやり方だ。

「……(もったいない)
と、明彦は口が裂けても言えないようなことを考えるが、さやかの怒りはもっともだ。一方のさやかは全ての作業を終えると、ベッドに腰掛け、明彦に座る

よう目で指示を出し、明彦はさやかの正面に選択の余地もなく正座する。

「……昇さんの趣味はこの際置いといて……こういうものを受け取るほうにも、そもそも問題があるとあたしは思います。もちろん、あたしだって見るなと

は言いません。ただ……物事には限度があると思います。1本くらいならまだしも……よ、4本は多いと思いますが、いかがでしょうか?」

「おっしゃる通りです」

深々と土下座する明彦。

「それに……もし、どうしてもこういうものに興味があるんだったら、こそこそしたりしないで。……その……出来る限り……」

次第にさやかの声が小さくなっていく。鈍い明彦にも、彼女が何を言おうとしているかは大体察しがついた。

要するにしてくれるといっているのだ。アレを。

抱きしめたい。自分のために恥ずかしいのをこらえている彼女を。そう思うと行動は早かった。

「さやか」

「ふぇ?」

突然呼びかけられ、しかもいきなり抱きしめられて、さやかは変な声を上げてしまった。

「……焦んなくてもいいって。まだ付き合い始めて1週間もたってないんだからさ、いきなり…その…そーいう方面に行くよりも、もっといろんな事やれる

だろ?」

「……うん」

明彦の背中に手を回し、彼のシャツをぎゅっと掴む。汗臭いけれど、どこか甘酸っぱい匂いがする。

「時間かかるかも知んないけど、俺は…そっちのほうがいいよ」

「…………うん」

うれしさのあまり涙が出た。もう止められない。止めようとも思わない。さやかは明彦の肩に顔を押し付け、涙をこぼした。もうビデオのことは頭の中から

消えていた。アダルトビデオもさっき見た恋愛映画も、何もかもぼやけて見えなくなった。ただそこにいる明彦だけが、確かな温度を持っている。それだけ

が今のさやかの現実だった。

「だいすき……」

小さな声ながら、さやかははっきりとそう言った。ゆっくり顔を上げると、明彦が笑いながら涙を指でふき取る。

「まったく…可愛い顔が台無しじゃんか…」

「ゴメン……ゴメンね……ごめ……っ」

3度目の言葉を告げる終わる前に、明彦の唇がさやかの唇をふさいだ。今までの重ねただけのそれとは違い、吸い付くようなキス。自然と舌が触れ合い、ど

ちらとも無くそれに反応する。

「あっ……」

「んっ……」

ゆっくり唇を離すと、2人とも名残惜しいのかそれともただ驚いているのか、じっと見つめ合う。しかし……結局、それ以上求め合うようなことは無かった。

これ以上続けると、必ずどちらか――あるいは両方が、深みにハマってしまいそうだったのだ。言い出した手前そんなことをするのは反則だ、と明彦は自分

に言い聞かせ、

「風呂、先に入ってくる」

と告げて部屋を出た。さやかはそれを黙って見送り、ドアが閉まると同時にベッドの上に仰向けになって倒れ込んだ。

「…………はぁ」

ため息がこぼれる。頬に手を当てなくても、今自分の顔が熱くなっているのは分かっている。唇に手をやると、なぜだか安心できた。

「あたしって……こんなに甘えん坊だったんだ……」

明彦に告白されてから、さやかは明彦の隣にいるといつも甘えている自分に気がついた。けれどそれは意識していたわけではないし、これまでそれが当たり

前だと思っていた。明彦が戻ってきたら、また彼に甘えてしまうだろう。明彦はどんな顔をするだろうか?

もしかしたら嫌そうな顔をするかもしれない。それとも、今までのように自分を受け止めてくれるかもしれない。けれど、きっと――明彦は笑顔を向けてく

れるはずだ。さやかはそう信じている。そっと立ち上がり、窓を開けてみる。夏の虫たちも夜は穏やかな寝息を立てている。

時折気持ちのいい風が吹き、さやかは明彦が帰ってくるまで、部屋の中から外を眺めていた。

 

 

だだっ広い露天風呂の中で、明彦は1人思いを巡らせていた。さやかに告白してからというもの、彼女はまたしても意外な一面を自分に見せてくれた。それ

はとても嬉しかったし、なにより彼女を大事にしたいと思う。だがその一方で――――今日知り合ったはずの、あの天野織江という少女。

彼女には、明彦は何故か既視感を感じていた。どこかで逢ったことがある。だがそれがいつ、どこでなのか……。

微かな懐かしさがあるが、あまりにも不明なことが多過ぎた。かといって彼女のことが好きとか、そういうわけではない。

「考えたってしょうがないか……分かんないもんは分かんないんだからな……」

そう呟くと明彦は風呂から上がり、念入りに身体を拭いてから着替え、さやかの待つ自室へと戻った。明彦が帰ってくるのと入れ替わりで、さやかは本日3

度目の入浴に向かった。

 

 

 

露天風呂から帰ってきたさやかは、さすがに少しのぼせ気味だった。3度も風呂に入れば、さすがにのぼせもするだろう。明彦は足元のおぼつかない彼女に

しっかり肩を貸しベッドに横たえると、そっと額に手を当てた。

「……」

静かな呼吸。目眩もほとんど治った様子のさやかは、明彦の手を頬に引き寄せた。ほどよく暖かく、そして大きな手だった。言葉を交わさなくても、今は通

じ合えている。静か過ぎる室内に、無機質なクーラーの音だけが聞こえていた。

 

 

                                                                第3話 end





あとがき:

実に二ヵ月半ぶりという体たらくの後にリファインしましたPia3の第三話。稚拙な文章だとあらためて
思い知らされる内容でした。次回以降も己の過去の未熟と向き合いながら、出来る限り原文を崩さず
推敲していきます。


管理人の感想

甘い、あまーい第3話でした。恋人同士の休日は、さも甘くなるものか。
でも、やっていることはそう特別なことではないのですけどね。やはり二人のラブラブっぷりが、読んでいる人にも楽しさを伝えているからでしょうか。
普通の休日。普通のデート。しかしそこにあるのは、何物にも代えがたい「幸せ」。
読んでいるこちらも、幸せな気分になれました。



2010.2.3