「耕治、休憩だよ」

「ん?ああ、わかった。じゃあ悪いけどこの続きを頼む」

「はいよ」

今日はウェイターのシフトに入っている潤に休憩時間の到来を告げられ、今までしていた釣銭の補充を任せる耕治。

結局今日も忙しかったのでなかなか休憩時間を取れなかった耕治は、『やれやれ、やっと休憩か・・・』と重い腰をあげた。

そしてそのまま休憩室へと向かおうとしたとき・・・

「いらっしゃいませ!3名様ですね?どうぞ、席へご案内いたします」

聞き覚えのある声――いや、正確にはいつも心のどこかで意識していた声というべきか――が聞こえ振り向くと、あずさが今入店してきた客を相手に接客していたところだった。

その客達はいかにも軽そうな三人組で、笑顔で接客するあずさの肢体をにやにやしながら無粋な視線で舐めまわしていた。

「・・・」

何となく嫌な予感がした耕治はすぐに休憩には入らず、その男達の様子を監視しておくことにした。





Piaキャロットへようこそ!!2 SS

          「Piaキャロ2 〜another summer〜」

                          Written by 雅輝




<9>  抑えきれない感情




「あれぇ、よく見るとキミ可愛いね。名前なんて言うの?」

「あっ・・・ッ!?」

果たして、耕治の嫌な予感は見事当たってしまった。

三人組が席に着いた途端、その中の一人があずさの腕を掴み馴れ馴れしく声を掛け、あずさがそれに対して軽く悲鳴をあげる。

「何度かこのお店に顔を出してるけどさ、キミは初めてだね。いつからバイト始めたの?」

「あ、あの、お客様困ります。その手を放してください・・・」

「そうだな〜、キミのことを詳しく教えてくれるんだったら放してやってもいいよ。へへ」

困惑しているあずさに、男はおどけるような口調で言う。

その口調に、あずさの接客用の笑顔はすぐに崩れていってしまった。

「こいつさ、キミに惚れちゃったみたい。頼むから携帯番号教えてやってよ・・・。メアドでも構わないよ?」

「イヤです!お断りします!」

「ヒュ〜、気の強い女だぜ。ますます気に入ったよ」

「おいおい、俺達客なんだぜ?もっと優しくしてくれないと泣いちゃうよ?はっははは」

三人が下卑た笑いをあげる。

その笑い声と、未だ掴まれている手が、あずさを急激に不安にさせていく。

「お、お願いですから、からかうのはやめてください。これじゃあ仕事ができません」

「へへへ、お客を接待するのが仕事だろ?じゃあ、これも立派な仕事じゃんか。なんだったら指名料払おっか?」

「きゃっ!」

同時に腕を強く引っ張られ、あずさの体制が崩れる。

『誰か・・・助けて』

その時真っ先に浮かんだのは、穏やかな顔をした耕治だった。




「・・・ッ!!」

今まで下唇を噛み締めながら傍観していた耕治だったが、もう既に我慢も限界だった。

お店で騒ぎを起こしたくない気持ちが今まで耕治を踏み止めてくれていたのだが、それを忘れるような激しい怒りが芽生え、耕治は大股で男達の座っている6番テーブルへと向かう。

「お客様!!ご注文はお決まりでしょうかっ!?」

開口一番、耕治は店内に響き渡るような声量で、明らかに怒気を含んだ声をあげる。

しかし耕治の憤慨振りからすると、怒鳴りつけなかっただけでも奇跡だと言えるだろう。

「な、なんだよこいつ。デカイ声出しやがって」

突然の耕治の登場とその大声に、さっきまでにやけた顔をしていた三人は少したじろぐ。

「前田君・・・」

『ここで万が一喧嘩にでもなってしまったら、お店にも・・・日野森にも迷惑が掛かってしまう』

そう判断した耕治は、困惑したような声を漏らすあずさを庇うように前に立ち、あくまで泰然とした態度で男達と向き合う。

「失礼ですがお客様、お店を間違えていませんか?ここはレストランなんですよ??」

「な、なんだと、バカにしやがって!!」

「お、おい、やめろ。・・・周りをよく見てみろよ」

耕治の冷静な物言いに頭に血が昇った一人が叫んで立ち上がるが、他の二人に諌められる。

周りを見渡すと、フロア内の客のほとんどが彼らに対して軽蔑の視線を送り、「やぁ〜ねぇ」だとか「まったく、最近の若いもんは・・・」などといった言葉も聞こえてくる。

「ケッ、気分悪いぜ!出ようぜ、こんな店!!」

その空気に耐えられなくなったのか、一人が吐き捨てるように言って出口へと歩き出し、他の二人も慌てて後を追いかける。

「ありがとうございました。またお越しくださいませ」

耕治はその男達の背中に、皮肉たっぷりに内心とはまったく逆の挨拶をマニュアル通りに投げかけてやる。

「ふ、ふざけるな!二度と来るかよ!!」

予想通り最後に一吠えして、その男達はおもしろくなさそうに店を出て行った。

”パチパチパチパチ”

自動ドアが閉まると同時に、客席からまばらな拍手が起こる。

「大変お騒がせしました。それでは引き続きお食事をお楽しみくださいませ」

その拍手に丁寧なお辞儀で答えた耕治は、まだ俯いているあずさを連れて休憩室へと向かった。





休憩室には誰もおらず、騒がしいフロアとは切り離されたように静かだった。

あずさは先程からずっと俯いていて、一言も喋ろうとしない。

『やっぱり怖かったのかな・・・?』

いくらしっかりしているとはいえ、あずさだって女の子だ。

あれだけのことをされれば、彼女だって怖がったり不安がったりするだろう。

「大丈夫か?日野森」

そのまま所在無さ気に立っているのもなんなので、遠慮がちに聞いてみる。

「・・・何でよ・・・」

「・・・えっ?」

あずさがぼそっと漏らした声がよく聞こえずに、耕治が聞き返す。

「何で助けたりなんかしたのよ!?」

勢い良く俯いていた顔を上げてそう言い放ったあずさの表情は、怒り、悲しみ、動揺・・・色んな感情が交ざった苦悶の表情だった。



「何で助けたりなんかしたのよ!?」

その言葉を言った瞬間、あずさは自分が何でそんなことを言ったのか分からなかった。

ただ、さっき「大丈夫か?」と訊ねてきたときの耕治の穏やかな顔が、昨日美奈と楽しそうに喋っていた耕治の顔と重なって、なぜか凄く腹が立った。

そして・・・悲しかった。

「日野森・・・?」

耕治が困惑したように呟く。

今言われたことが理解できていないように・・・。

「あなたなんかに助けてもらわなくても、もう少ししたら私だって黙っていなかったんだから!」

理性や良心が必死に止めようとするが、抑えきれない感情は昨日の美奈と耕治が談笑している姿を思い出す度どんどん暴走していく。

そしてそれらは、耕治を罵倒する言葉となって次々と口から紡がれていく。

「どうせ、この機会に恩でも売っておこうなんて思ったんでしょ?最低ね」

「な・・・お、俺はただ・・・」

「あなたなんかに助けてもらったと考えるだけで、自分が情けなくなってくるわ!」

何か言おうとした耕治の言葉を遮り、本心とはまったく別の想いが吐き出されていく。

「あなたなんか、早くここを辞めてしまえばいいのに!!」

「・・・ッ!!?」

容赦ない言葉に、耕治の表情がガラリと変わる。

それは今にも泣きそうなほど悲しく、痛々しい表情だった。

『あっ・・・』

自分が言った信じられない程酷い言葉に、あずさははっとして強く瞑っていた目を恐る恐る開ける。

視界に入ったのは、今まで見たことない程悲しげな表情をした、耕治の沈痛な顔だった。

そしてその表情は、耕治が顔を伏せてしまったことですぐに見えなくなってしまう。

「・・・」

「・・・」

沈黙。

二人ともショックで、喋ることすらままならない状態だった。

自分の言われたことに・・・。

自分が言ってしまったことに・・・。

痛々しいまでの沈黙を先に破ったのは、耕治のほうだった。

「そう・・・か」

聞き取れないほど小さな声でそう呟いて、顔を俯かせたままドアへと向かう。

その声は、震えていた。

『待って!』

あずさは心の中で呼びかける。

だがそんなもの、耕治の耳に届くはずも無い。

謝らなくちゃいけないのに・・・。

お礼を言わなくちゃいけないのに・・・。

しかし、何故か自分の足は動いてくれない。

何故か自分の口は叫んでくれない。

――何故か・・・自分の心は従ってくれない。

「日野森・・・」

耕治はドアを開き、あずさに背を向けたまま

「ごめんな・・・」

ただ一言、そう謝って休憩室を出て行った。



10話へ続く


後書き

・・・UPしちゃいました(爆)。

もうどうでもいいですよ!テストなんて!(←現実逃避)

まあ今から死ぬ気で勉強しますけどね(汗)。

さて、今回の話はゲームにも出てきた8月11日の、見ないとあずさENDに辿り着けないという重要シーン。

チンピラたちの会話はそのまんまですが、その後の耕治とあずさの会話には微妙な変化をつけてみました。

本編ではあずさの罵倒に耕治も怒鳴ってしまいますが、このSSでは怒鳴る元気も無かったようですね(笑)。

そうとう凹んでるようです。

果たしてこの後、本編通り無事仲直り出来るのか?

それとも・・・?

・・・まあ、それは次話をお楽しみにってことで(ニヤソ)。


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2005.12.15  雅輝