「ふい〜」

ようやく今日最後の皿を洗い終えた耕治が、ぽたぽたと水が滴る両手をタオルで拭きながら、少し疲れたような声を出す。

かおるのこともあったし、精神的に疲れているのだろうか・・・?

「腹減ったな〜」

・・・そうではないようだ。

今にも”ぐぅぅ”と鳴りそうな腹を押さえて、男性用更衣室へと向かう耕治。

「あっ、ちょっと待って前田君!」

事務室の前を通り過ぎたとき、ちょうど中から出てきた涼子に呼び止められる。

「? なんですか?」

「これから時間大丈夫かしら?良かったら新メニューの試食をしていかない?」

「もちろんです!」

まさに渡りに船。

腹ペコ耕治にとっては願ってもない申し出だったので、一秒で了承した。

「ありがとう。それじゃあランチとデザート、どっちがいい?」

『ランチとデザートか・・・。そういえば、キャロットのデザートって一度も食べたことなかったなぁ』

バイトに入る以前は、たまにキャロットには食事に来ていた耕治だが、いつも腹が膨れるものを注文していた。

甘いものは結構好きなのだが、やはり育ち盛りなのでデザートだけでは足りないのだ。

『一度食べてみたいと思ってたし、この機会に頂くとするか!』

「じゃあ、デザートでお願いします」

「デザートね?だったら8番テーブルに美奈さんがいるから彼女と一緒に食べてね?後、感想を忘れないように・・・」

最後にそう釘を刺して再び事務室へと消える涼子を見送ってから、耕治はフロアへと足を運んだ。





Piaキャロットへようこそ!!2 SS

          「Piaキャロ2 〜another summer〜」

                          Written by 雅輝




<8>  Lunch or Dessert



「あっ、耕治さん!」

「やあ、美奈ちゃん。お疲れ様」

「はい、お疲れ様ですぅ♪」

涼子の言った通り8番テーブルには、耕治と同じくまだ制服姿の美奈が座っていた。

美奈も耕治同様、更衣室に入る前に涼子に呼び止められたのだろう。

「俺も一緒に食べても良いかな?」

「もちろんですよぉ♪」

美奈の承諾の返事を聞いた耕治は、彼女の向かいの席に腰を下ろそうとする。

しかし・・・

「あっ、駄目ですよぉ。美奈の隣に座ってください」

「えっ?」

美奈が少し座る位置をずらして、耕治が隣に座れるスペースを確保する。

美奈の突然のお願いに一瞬戸惑ってしまう耕治だったが、すぐに「うん、いいよ」と快諾して美奈の隣に座った。

「エヘヘ、ありがとうございます♪」

満足気にお礼を言う美奈。

その顔はほんのり赤く染まっていて、少し恥ずかしそうだった。

勘の鋭い人ならこの地点で美奈の想いに気づくかもしれないが・・・

「美奈ちゃん、なんだか嬉しそうだね。そんなに甘いものが好きなの?」

相変わらず耕治はウルトラC級の鈍感男なのでまったく気づかなかった。

「はい!特にキャロットのデザートは美味しいのばかりで・・・すごく楽しみなんです!」

目をきらきらと輝かせ、本当に嬉しそうに答える美奈。

――どうやら美奈自身も、自分の想いにはっきりとは気づいていないようだ。



数分後。

「うわぁ・・・」

テーブルの上に色鮮やかに並べられたデザートの数々に、美奈は先程以上に目を輝かせ感嘆の声を上げる。

一方、耕治は十数種類のスイーツを目の当たりにして少し複雑そうな顔をしている。

『予想以上に多いなぁ・・・。こりゃ気合入れないと食べれないかも』

いくらお腹が空いているとはいえ、この見ているだけで胸焼けを起こしそうなデザート群を眺めていると、空腹どころか吐き気すら覚える。

しかし耕治が躊躇している間に、隣の美奈はもう二品目に取り掛かっていた。

「あれ?耕治さん、食べないんですか?」

耕治のスプーンがまったく動いていないことに気づいた美奈が、口の周りに少しクリームを付けた顔で聞いてくる。

その微笑ましい光景を見ていると後々のことなんてどうでも良くなってきた。

「いや、食べるよ」

今はこの時間を楽しむことだけ考えよう。

そう決意した耕治はフォークを手に取り、見るからに”チョコレート”といった感じの黒色のケーキにその刃先を沈めた。





耕治と美奈がデザートの試食をしながら、楽しそうに談笑している。

美奈は本当に楽しそうな顔で耕治に話しかけ、耕治も穏やかな笑みで美奈に言葉を返す。

「・・・」

そんな様子を、あずさは彼らと少し離れた場所――5番テーブルで、独りランチの試食をしながら眺めていた。

その顔は、怒っているような悲しんでいるような・・・見るからに冴えない表情をしていた。

「はぁ・・・」

ため息を一つ漏らす。

『何でため息なんて出るんだろう?』

あずさは自分自身に問いかける。

そして彼女は、薄々その理由にも気づいていた。

――嫉妬――

昼のメロドラマなどでよく表現される、人間の醜い感情。

しかし、人間誰しもが持っている感情。

それは自分の可愛い妹と親しげに会話している耕治に対してなのか・・・。

それとも・・・・・・。

「ふぅ・・・」

もう一つため息を落として、耕治たちが来るまで食べていたランチに再度手をつける。

「・・・」

とても美味しかったはずの新メニュー候補は、何故か酷く味気無いものに感じられた。





翌日。

相も変わらず盛況のキャロットで、耕治はフロアを駆け回っていた。

「はい、チーズハンバーグのセットですね?お飲み物はどうされますか?」

注文を取り、

「合計3120円になります。・・・はい、5000円からで宜しいですか?」

レジスターで金額を打ち込み、

「お待たせいたしました。こちらビーフステーキセットと海鮮丼になります。ステーキのほうは鉄板が大変熱くなっておりますのでご注意ください」

料理に対する注意なども忘れない。

耕治はだいぶウェイターとして成長してきて、素早くかつ丁寧に客をさばいていた。



一方、こちらは店外の駐車場を掃除していた祐介。

ほうきを持ち塵を払っていくその様は、その若さも相まって誰がどう見ても店の責任者には見えないだろう。

もちろん良い意味で、だが・・・。

照りつける太陽により次々と噴き出てくる汗を袖で拭い、祐介はふと店内に目を向ける。

真っ先に目についたのは、忙しそうにフロアを駆け回る耕治の姿だった。

『ふむ・・・前田君はよく働くなぁ。彼が入ってくれて本当に良かったよ』

キャロットは本店の方もだが、男性の人員不足で悩んでいる。

自分もあの可愛い制服を着てみたいという興味本位からか、キャロットのバイトを希望する人はほとんど女性だ。

もちろんそんな軽い気持ちでやって来る人は面接の地点で大抵落とされるし、仮に面接をパスしても見た目とはまるで違う重労働にすぐに辞めてしまうのだが・・・。

それにどうも女性ばかりの職場というのは男性にとって気恥ずかしいらしい。

たまにその女性目当てで来る、いかにも遊び人といった感じの男もいるが、もちろんそんな奴が面接をパスできる筈が無いし、ましてや真面目に働く筈も無い。

よって真面目に仕事に取り組んでくれる男性バイトがなかなか見つからなかったのだ。

だから、祐介にとって耕治の存在はとてもありがたいものだった。

『あずさ君もよく働いてくれるし、二人がこのまま正社員になってくれれば・・・』

あずさも働き始めてまだ10日ほどしか経っていないのに、もうウェイトレスとして一人前だといえるほどに成長していた。

接客の仕方を覚えるのも予想以上に早く、祐介や涼子にとっては嬉しい誤算であった。

『ちょっと打診してみるか・・・』

集めた塵をちりとりに入れ、従業員用の入り口に向かう祐介。

「一人雑用をこなしながら店の経営を考える・・・。う〜ん、これも男のロマンだなぁ」

何やら怪しい呟きを漏らしながら悦に浸っているその姿は、誰がどう見ても店の責任者には見えないだろう。

もちろん悪い意味で・・・。


9話へ続く


後書き

ども〜、見事記念すべき5000HITを自爆しちまったヘタレ管理人、雅輝です。

少し更新遅れましたが、8話UPです。

約一週間振りですね。

実は来週からテストが始まるので、時間が全然取れなくて・・・。

それでもこまめに書いていってようやく書きあがりました^^

赤点必至です(笑)。

ただ予想以上に進まなかったので、前回後書きで予告していたシーンは次話で(汗)。

今回はその伏線って感じなんですけど、うまく機能するかどうか・・・。(マテ

またちょっと時間が空くかもしれません。

テストを捨てて書き上げるっていうのもありだなぁ・・・(笑)。



2005.12.11  雅輝