「ありがとうございました!またのお越しをお待ちしております!」

充分に”ピーク”と呼ばれるに相応しいほど混雑したフロアに、耕治の元気な声が響く。

耕治がウェイターのシフトに就いて今日で四日目。

研修とここ三日のシフトによってだいぶウェイターの仕事にも慣れてきた耕治であったが・・・。

『ちょっと忙しすぎるだろ・・・』

お客さんが帰っていったテーブルを片付け、食器類を流しまで持っていく。

そのまま出来上がった料理を、テーブルまで持っていく。

団体客がレジに向かうのを見て、ダッシュでレジまで行って精算を済ませる。

そして息つく間も無く他のお客さんに呼び出される。

さっきからこの繰り返しが何時間も続いているのである。

フロアには同じシフトである、あずさ・美奈・葵がいるのだが、皆忙しそうにフロアを駆け回っていた。

『つ、疲れた・・・』

まだフロア経験が浅い耕治にとって、この修羅場のような忙しさは正直きつい。

本来なら休憩に入れる時間をとっくに過ぎているのだが、ずっと後回しにされていた。

”ガーー”

今日何回も聞いた自動ドアの音。

耕治は内心うんざりしつつ、入ってきたお客さんに笑顔でマニュアル通りの挨拶をする。

「いらっしゃいませ!Piaキャロットへようこそ!」



Piaキャロットへようこそ!!2 SS

          「Piaキャロ2 〜another summer〜」

                          Written by 雅輝



<5>  芽生え始めた想い



「疲れた〜〜」

ようやく休憩を取ることが出来た耕治は、疲労の声を上げながら休憩室の机に突っ伏す。

あれから少し客の波も衰え、一人ずつだが休憩に入れるほどとなった。

もっとも耕治は、「男の子なんだから女の子よりも体力があるでしょ?」と涼子に笑顔で言われ、結局最後になってしまったのだが・・・。

「ふう〜・・・」

大きく息を吐き背もたれを使いながら、体を反らすようにして天井をぼんやりと見上げる。

『軽い酸欠・・・かな?』

頭がジンジンと痛む。

人が多い室内で動き回っていたのだから当然なのかもしれない。

「・・・飲み物でも取ってくるか」

トレードマークでもある赤いバンダナを外して机の上に置き、「よっと」と多少オヤジ臭い掛け声で立ち上がる。

休憩室にはジュースサーバーが置かれており、従業員なら誰でも好きなジュースを飲めるようになっている。

コップにウーロン茶を注ぎ席に戻ろうとした時、耕治はふと気になって、さっきまで自分も働いていたフロアを覗いてみた。

客の波が衰えたとはいえフロアはまだ混雑していて、今も涼子がキャッシャーに入って精一杯の状態である。

皆忙しそうに働いているウェイトレスの中で、耕治が無意識の内に目で追っていたのはあずさであった。

「いらっしゃいませ!Piaキャロットへようこそ!」

「何名様でしょうか?3名様で。お煙草はお吸いになられますか?」

「かしこまりました。それでは席にご案内致します」

笑顔をまったく崩さずに客と接するあずさの対応はほとんど完璧だった。

『こっちもうかうかしていられないな・・・』

あずさの働く姿を見ていたら自然とやる気が出てきた耕治は、片手に持っていたウーロン茶を飲み干した。

そして机の上に置いてあったバンダナを額に巻き、熱気がこもるフロアへと戻って行った。



「ありがとうございました!またのご来店をお待ちしております!」

支払いを済ませたカップルを見送る耕治。

閉店時間まで後一時間となり、ようやく客の数も少なくなってきた。

『ふう〜・・・もうひと頑張りだな』

気持ちを入れ直した耕治は、注文されたカルボナーラとミックスピザをトレイに乗せ、テーブルへと向かう。

とその時、

「かある、おトイレ行ってくる!」

テーブル席の中から、三歳くらいの女の子が突然飛び出してきた。

”ドンッ”

「うわ!!」

真横から思いっきり激突された耕治はバランスを崩し、

”ガッシャーーン!”

トレイの上に乗っていた料理を床にぶちまけてしまった。

幸い、ぶつかってきた女の子や周りのお客さんに被害は無かったのだが・・・。

「も、申し訳ありませんでした!」

初めての大きな失敗で気が動転していた耕治は、急いで落ちた料理と割れた皿を処理しようと手を伸ばす。

「っ!!」

だが割れた皿の破片で指を切ってしまう。

その痛みで耕治はやっと冷静になることが出来た。

『くっ、何やってんだ俺は・・・。こんな時はゴム手袋を使うって涼子さんに習ったじゃないか』

慌てて事務室に取りに行こうとする耕治。

「はい」

「・・・えっ?」

立ち上がろうとした耕治の目の前にかざされたのは、一組のゴム手袋とビニール袋。

「日野森・・・」

それらを持ってきてくれたのは、意外にも耕治と敵対(?)していたはずのあずさであった。

そして彼女の手にも同じくゴム手袋がはめられている。

「さ、早く片付けましょう?私は料理の方を拾うから、あなたはお皿の方をお願い」

「あ、ああ」

いまいち状況が掴めていない耕治であったが、とりあえず皿を拾いビニール袋に入れることに専念する。

やがて落ちていたものは全てビニール袋に収まった。

「じゃあ、これは私が処理するから、あなたはモップがけをしておいてね?」

そう言ってあずさは、料理と皿が入ったビニール袋を持って事務室の方へと歩いていった。

『日野森のおかげでホントに助かったな・・・。後でお礼を言っておかないと』

涼子が持ってきたくれたモップで床にこびり付いたミックスピザの汚れを落としている時、先程の女の子とその母親らしき人が近づいてきた。

「あの、先程は大変申し訳ありませんでした」

若々しく到底子持ちの母とは見えないその女性は、そう言って深々と頭を下げた。

「いえ、そんな・・・。こちらの注意不足だったのですから、どうかお気になさらないでください」

耕治はとんでもないとばかりに首を振りながら答える。

「あぁ・・・ありがとうございます。ほら、かおるもお兄さんに謝って」

「おにぃちゃん・・・ごめんなちゃい」

かおると呼ばれた女の子が少々泣きそうな声で呟く。

おそらく先程の一件で、母親に叱られたのだろう。

耕治はしゃがんでそんなかおると目線を合わせ、穏やかに微笑みかける。

「いいんだよ。お兄ちゃん、ぜんぜん気にしてないから・・・。でも、もうあんな風に急に飛び出したりしちゃ駄目だよ?」

そう言って、くしゃっと彼女の頭を撫でる。

「あ・・・うん!あいがとう、おにぃちゃん!」

かおるは満面の笑みを耕治に向け、元気良くお礼を言った。





『後30分で就業時間ね・・・。フロアの方はどうなっているのかしら?』

耕治が落としてしまった料理などの後始末を終えたあずさは、左手に巻いている腕時計を見ながら、フロアへの廊下を早足で歩く。

割れた皿をどう処理していいか分からず、店長に捨てる場所を聞いていたら少し遅くなってしまった。

『まったく・・・。何で私があの男の為にこんなことまでしなくちゃいけないのよ』

内心毒気づくが、実際自分が無意識の内に取った行動なので口には出せない。

フロアが見えてきたので、あずさは少し不機嫌そうになった顔を直して笑顔で出て行くように心掛けた。

『あ・・・』

フロアに出て一番最初に目に付いたのは、しゃがみこんで女の子と話している耕治の姿だった。

女の子の頭に優しく手を置いて語りかけている耕治の顔は、今まであずさが見てきたどの耕治の表情より穏やかで、優しかった。

”ドキッ”

『な・・・どうしちゃったのよ、私・・・』

急激に早まった心臓に動揺するあずさ。

なんとなくだが、顔も赤くなってる気がする。

『き、気のせいね。うん、きっとそうよ』

自分にそう強く言い聞かせ、あずさは再び仕事に就いた。



『ふう・・・今日は疲れたわ・・・』

最後のお客さんも帰って本日の仕事は全て終わったあずさは、女性用更衣室に向かいながら小さくため息をついた。

「あっ、待ってくれ日野森!」

『この声は・・・前田君?』

後ろから聞こえてきた声に、とりあえず止まって振り返る。

そこには予想通り、ウェイター姿の耕治が立っていた。

「良かった、間に合って・・・。日野森に言っておきたい事があったんだ」

「何?用なら早く言ってくれる?」

「いや、用って程のものでもないんだけど・・・さっきは助けてくれてありがとう。正直かなりパニックになってたから、日野森が来てくれて助かったよ」

そう言って微笑みかけてくる耕治。

”ドキッ”

『まただ・・・』

さっきのように・・・いや、それ以上に心臓が高鳴っているのを感じる。

「べ、別にあなたのためにした訳じゃないわ。あのままじゃ他のお客様の迷惑になるからよ」

ほんのりと赤くなった頬を隠すためにそっぽを向いて、ぶっきらぼうに言い放つあずさ。

耕治はそんなあずさの様子に苦笑しながらも答える。

「いや、それでも俺が助けられたことには変わりないんだし・・・とにかくありがとう。今度ちゃんとお礼するよ」

「え、ええ」

そこまで言われるとさすがに嫌な態度は取れないので、あいまいに返事をしておく。

「それじゃあ、また明日。お疲れ様」

「・・・お疲れ様」

耕治が男性用更衣室に消えるのと同時に、あずさの胸の高鳴りも小さくなっていく。

一度落ち着こうと目を閉じると、浮かんできたのは先程見た耕治の穏やかな笑顔だった。

『もしかして・・・私・・・』

そこまで考えて、頭を何度も大きく横に振る。

『そんなわけ・・・ないわよね』

あずさはわずかに湧いた疑念を即座に打ち払って、妹が先に着替えているであろう更衣室に足を速めた。


6話へ続く


後書き

話中に出てきた女の子と母親というのは、もちろん山名親娘のことです。

当初は”五歳くらいの男の子とその家族”にするつもりだったんですけど、「どうせだから出しちゃえ」って感じで出しました(笑)。

彼女たちの出番は・・・後一回くらいあるかな?

あくまで予想ですけど・・・。

出番といえば早苗さんがまったく出てきませんねぇ。

一応断っておくと、彼女はしっかりとキャロットでバイトしています。

もちろん、ディッシュ専門で・・・。

いつかは出せるだろうとのんびりとしてたらもう5話終了・・・(汗)。

早苗さんは私も好きなキャラなので、次は出せるといいなぁ。



2005.11.27  雅輝