駅前にある、ロータリーに囲われた噴水広場。
そこはあずさと耕治が初めて出会った場所。
キャロットに向かっていた二人が衝突して、罵り合って・・・二人のマイナスの関係が始まった場所。
その噴水広場にあるベンチに、一人の少女の姿があった。
「・・・」
暗い表情で顔を俯かせている少女――日野森あずさは、1時間ほど前からその場所でただじっとしていた。
いや、待っていた・・・という方が正しいのかもしれない。
そう、彼女は確かに待っていた。
来ないとは分かっていても、心のどこかではこの場所に来てくれる彼に期待して・・・。
そして―――。
「日野森!!」
「・・・っ!!」
突然聞こえてきた、聞き覚えのある声。
ずっと意識してきた・・・決して間違えるはずの無いその声はまさしく彼の声。
「・・・ばか」
か細くそう呟いたあずさは、いつの間にか涙が溢れていた両目を擦り、その声の方へと俯いた顔を上げた。
Piaキャロットへようこそ!!2 SS
「Piaキャロ2 〜another
summer〜」
Written by 雅輝
<29> 想い出の場所
「日野森!!」
走ってきて乱れきった息を整える間も惜しむように、耕治はベンチに座っているあずさの名前を呼んだ。
噴水広場に多く点在する街灯が、顔を上げた彼女の表情を照らし出す。
それは歓喜とも、悲哀とも取れる複雑な表情・・・。
ただ、頬に残る涙の痕は確認することができた。
あずさがベンチから立ち上がって耕治に向き直ると、耕治はそれを待っていたかのように口を開いた。
「良かった・・・絶対、ここにいると思ってた」
「・・・うん」
心底安心したというように穏やかな笑顔を浮かべる耕治に対して、あずさはまた顔を俯かせて返事だけを返す。
「「・・・・・・」」
そして静寂。
もう日付も変わろうかというこの時間帯、駅前と言えど電車に乗る分には通ることのないこの噴水広場は、通行人もほとんどおらず昼間の喧騒とはほど遠い。
あずさの顔をじっと見つめる耕治と、俯いたまま耕治の顔を見ようとしないあずさ。
二人とも、夏独特の生暖かい夜風に晒されながら、次に言うべき言葉を頭の中で模索していた。
「・・・俺、日野森に言いたいことがあって、ここに来たんだ」
「一ヶ月前・・・俺達が初めて出会ったこの場所に・・・」
先に動いたのは耕治。
しかしあずさはその言葉にも顔を上げようとはせず、祈るように両手を胸の前でぎゅっと握り締めただけであった。
「お互いがお互いに最悪な印象を持ち合っていた、マイナスから始まった関係・・・」
「だから、なんだと思う。一緒にキャロットで働き始めて、日野森のことがずっと気になっていたのは・・・」
「・・・」
耕治の言葉に、あずさは何も反応しようとしない。
ただただ、頑なに顔を俯かせ、全てを拒絶するように堅く目を閉じるだけ・・・。
その両手には、いつの間にかあのペンダントが握り締められていた。
しかし耕治はそんなあずさに臆することもなく、真っ直ぐに自分の想いを紡いでいく。
「美奈ちゃんからそのペンダントの話を聞いて、ずっと俺は罪悪感を抱えていた」
「でも・・・日野森はそんな俺を赦してくれた」
――「俺は・・・キャロットにいて良いのかな?」――
「俺がそう訊ねたとき、笑顔で頷いてくれた日野森に、俺は心底救われたんだ」
「そしてそれと同時に、俺は自分の中に眠っていた想いにようやく気づくことができたんだ」
「っ!!」
耕治の既に告白とも言える言葉に、あずさの心臓が大きく跳ね上がる。
『だめ・・・それ以上言っちゃ・・・だめ・・・』
だがそんなあずさの心境をに気づかず、耕治はそのまま言葉を続ける。
「でも・・・結局怖くて今まで伝えることができなかった」
「何より、ようやく修復できた関係が、また崩れることが怖かった」
「でもこうしてバイト最終日を迎えて・・・日野森も俺と同じように就職を勧められてるのは知ってたけど、もしその話を断りでもしたらもう俺達の間には接点が無くなってしまう」
「だから、今伝えたい・・・」
「俺は、日野森のことが・・・」
「やめて!!!」
「え・・・」
真っ直ぐに見つめてくる耕治の言葉を、あずさは悲しさに満ちた声で遮った。
困惑している様子の耕治に、沈痛な顔を上げたあずさが捲し立てる。
「わ、私は、あなたの事なんか何とも想っていないんだから!!」
「でも、ミーナは違う。あの娘はきっと、あなたの事が好きなの!だから・・・」
「お姉ちゃん!!」
「「!!」」
突然聞こえたその声に、二人は驚いた様子で目を向ける。
そこには、悲しみと怒りがない交ぜになったような表情をした美奈が立っていた。
「ミーナ・・・」
呆然と呟くあずさに、美奈は凛とした声であずさに言葉を放つ。
「お姉ちゃんは間違っています!そんなことされて、美奈が喜ぶと思ったんですか?」
「で、でも・・・」
「美奈も、前までは身を引くべきだと考えていました。でも、そんなの間違ってるって気づいたんです」
「”自分がされて嫌なことは、絶対に人にもしてはいけない”・・・小さい頃、お姉ちゃんが教えてくれた言葉じゃないですか!」
「美奈はあずさお姉ちゃんにそうされることは嫌だったから、お姉ちゃんのことを女性として・・・美奈と同じ耕治さんのことが好きな女性として見る事にしたんです」
「だから・・・お願いです!今だけは美奈の事を妹としてじゃなくて、一人の女の子として見て下さい!」
「そして、正直な気持ちを耕治さんに伝えてください!」
「・・・ミーナ」
自分の全ての気持ちを吐露し終えた美奈の瞳には、大粒の雫が溜まっていた。
しかし美奈はその雫を拭おうとはせず、ひたすらに実直な視線をあずさに向ける。
そして・・・
「美奈の話はこれだけです」
美奈は笑った。
涙の軌跡が残ったその笑顔は、ここ最近見ることのできなかった、彼女の最上級の笑顔。
「もし今言った事が出来なかったら、本当に姉妹の縁を切りますからね♪」
最後に冗談っぽくそう言い残して、美奈は駅の改札口へと駆け出した。
”ガタン、ゴトン”
「・・・」
終電より一本手前の急行は、ほとんど人がいなかった。
今この車両に乗っているのも、美奈を含めて3人ほどしかいない。
自分以外誰も座っていない横長の座席に身を任せ、美奈は車窓の外に映る流れ行く景色を眺めていた。
「・・・大丈夫・・・」
ポツリと呟く。
悔いは無い。
あるとすれば、二人の告白の行方くらいだろうか。
でも、それだってほとんど心配していない。
あの二人なら、きっと上手くいくと信じているから。
”ポロッ・・・”
『あ・・・れ・・・?』
しかし美奈の頬を、何かが伝った。
さらにその視界はぼやけ、眺めていた景色も徐々に歪んでいく。
『えへへ・・・やっぱり我慢できなかったよ・・・』
それを口火に、どんどんと零れ落ちていく雫。
『でも、今日だけ・・・。明日からは、いつもの美奈に戻らなくちゃ』
――零れ落ちた雫は、叶わなかった想い。
――溢れ出た涙の分だけ、彼の事を忘れられるなら・・・。
『耕治・・・さん・・・』
静かな車内の中、誰にも見られないように・・・誰にも気づかれないように・・・。
美奈は漏れ出す嗚咽を抑えて、涙を流し続けた。
話は少し戻り、美奈が去った後の噴水広場。
それまで沈黙を守っていた耕治は、静かにあずさに告げた。
「俺、さっき帰っているときに・・・美奈に告白されたんだ」
「えっ!?」
「でも俺はその告白を断った。もし仮にOKしたとしても、絶対に誰も幸せになることなんてできないと思ったから・・・」
「・・・」
「俺は、誰よりも日野森が・・・いや、あずさが好きだから・・・」
耕治の瞳が真っ直ぐにあずさの瞳を見据え、またあずさもその視線を逃げることなく受け止める。
――それまで暴れていた胸の鼓動が、急に静かになった気がした。
「私、本当に駄目な姉ね・・・」
穏やかになった胸に手を置き、あずさが自嘲する様に呟く。
「・・・え?」
「ミーナにあそこまで言われて・・・やっと自分の間違いに気づいたんだから」
「あずさ・・・」
あずさは再度、美奈が去って行った方向へと目をやる。
その瞳は涙で揺れていたが、同時に堅い決意も秘められていた。
「俺も・・・美奈には本当に頭が上がらないよ・・・。ホントに良い娘だよな」
「当たり前よ、何たって私の自慢の妹なんだもの」
そう言って、聖母のような慈愛の微笑みを浮かべているあずさを、耕治は後ろから優しく抱きしめた。
「あ・・・」
あずさは声を漏らすものの抵抗しようとはせず、そのまま目を瞑って耕治の暖かい腕と広い胸に身を預ける。
「あずさ・・・好きだ。ずっと傍にいて欲しい・・・」
あずさの耳元で囁かれる、最上級の愛の言葉。
「私も前田君が・・・ううん、耕治が大好き」
あずさは少し身動ぎをして振り返り、朱に染まっていた頬をさらに染め、やっと素直になれた自分の本当の気持ちを伝える。
「あずさ・・・」
「耕治・・・」
二人の熱っぽい視線が絡まる。
もはや互いの目に・・・心に映っているのは、目の前にいる愛おしい人のみだった。
その瞼が下り、二人は幸せそうな表情で顔を近づける。
閉じられたあずさの瞳からは、綺麗な雫が零れ落ちた。
二人が最悪な出会いを果たし、マイナスの関係が始まった場所。
それと同時に、二人が巡り合うことのできた大切な場所。
そして――。
「「ん・・・」」
――二人の唇が初めて重なった、一生忘れることはないであろう・・・想い出の場所。
30話へ続く
後書き
ぐはぁっ!!(吐血 笑)
・・・・・・
ってくらいラストは甘々になってしまいました(汗)
ようやく結ばれた二人・・・それにしてもやり過ぎだろって感じです。
まあ、幸せなら良いんですけどね(自己完結)
次回はいよいよ最終話です。
しかし所用で何日か家を空けなければならないので、いつもより若干更新が遅れるかも・・・。
いやはや、最後にして面目ないです。
それでは最終話で会いましょう!^^