「・・・」

「・・・」

キャロットから駅までの道のり。

距離にして2km、普通に歩けば15分といったところだろうか。

いつもなら自然に話題ができ、談笑しながら帰っていた二人だが・・・今日だけは違っていた。

お互いがお互いを意識し、心持ちいつもより距離を開けている二人はただ無言で駅へと足を進める。

そしてそのまま駅まで後5分という所にある公園の前を通り過ぎようというとき――。

「・・・耕治さん」

耕治のやや斜め後ろを歩いていた美奈が突然立ち止まり、流れていた沈黙を払拭するような凛とした声で耕治を呼び止める。

耕治は何も言わず振り向き、美奈と向き合う形になった。

「ちょっと公園に寄って行きませんか?お話したいことがあるんです」

そういった美奈の顔は笑みを浮かべているものの真剣で・・・。

「・・・ああ、いいよ」

そんな美奈に、耕治も神妙な面持ちで頷いた。





Piaキャロットへようこそ!!2 SS

          「Piaキャロ2 〜another summer〜」

                          Written by 雅輝





<28>  震える背中




「夜の公園って、静かですよね・・・」

「・・・ああ、そうだね」

誰もいない公園を、耕治と美奈は肩を並べて歩く。

しかし二人とも表情は堅く、何かを覚悟しているような瞳をしていた。

「・・・耕治さん」

立ち止まった美奈が、その覚悟の瞳で耕治を見つめる。

「・・・何?」

そう言葉少なに優しく聞き返す耕治も、同じく美奈をじっと見つめる。

その距離1mも無い二人の間を、夏には似つかわしくない一陣の涼風が流れる。

風が止み、再び辺りが無音と化したところで、美奈が思い切ったかのように口を開く。

「美奈、どうしても耕治さんに伝えたいことがあるんです」

「・・・うん」

どこまでも真剣な美奈の声に、耕治は相槌を打つ。

いくら耕治が鈍感だからといっても、今から美奈が言おうとしていることはだいたい分かっていた。

だから下手に言葉を発しようとせず、静かに美奈の言葉を待ってあげる。

耕治のその心遣いに気づいたのか、美奈のふっと緩んだ口から、滑らかに言葉が紡ぎだされる。

「・・・美奈、キャロットで初めて耕治さんと出会ったとき、優しそうな人だなぁって思っていました」

「実際その通りで、キャロットで美奈が仕事を教えてるときや、逆に耕治さんの部屋で勉強を教えてもらっているとき・・・何度も思いました」

「こんな人が、お兄ちゃんだったらなぁ・・・って」

「優しくて、頼りがいがあって、美奈が困っているときにはすぐに助けてくれる、耕治お兄ちゃん・・・」

「でも耕治さんと一緒の時を過ごしている内に、だんだん自分の気持ちを隠せなくなっていきました」

「耕治さんがお姉ちゃんと楽しそうに喋っていると、すごく胸が痛くて、泣き出しそうだった・・・」

「観覧車の中で二人きりになったとき、想いが溢れてどうしようもなかった・・・」

「そして、研修旅行のとき・・・耕治さんは美奈を探しに来てくれました」

「息を切らしながら美奈の事を心配してくれて・・・優しく、励ましてくれて・・・」

「耕治さんの言葉に、今まで我慢していたものが全部溢れ出て・・・身を預けていた広い背中で、ただただ耕治さんの温もりを感じていたかった」

「美奈・・・耕治さんのことを”耕治お兄ちゃん”って呼んでましたけど、もう”お兄ちゃん”じゃ嫌です!!」

「もう”妹”じゃ嫌なんです!!」

「美奈は・・・美奈は妹としてじゃなくて、一人の女の子として耕治さんが大好きなんです・・・」

「耕治さん・・・美奈と・・・お付き合いして頂けませんか?」

美奈は長い告白を終えて、潤んだ瞳で耕治を上目遣いに見つめた。

その顔は耕治が今まで見たことないほど可愛くて綺麗で・・・普通の男なら深い考えもなしに頷いてしまいそうな顔だった。

思わず耕治も、その艶っぽい表情と雰囲気に流されてしまいそうになる。

でも・・・。

「ありがとう・・・美奈ちゃんのその気持ちは凄く嬉しいよ。でも・・・」

耕治はバツの悪い顔を俯かせて、申し訳なさそうに・・・しかしはっきりとその言葉を口にした。

「俺は、日野森の事が好きなんだ。美奈ちゃんの事も好きだけど、一番はやっぱり日野森なんだ」

「こんな気持ちで美奈ちゃんの告白にOKしても、絶対にキミを傷つけることになる。だから・・・ごめん」

耕治はただ深々と頭を下げる。

これ以上の言葉は、言い訳になってしまうと思ったから・・・。

「・・・頭を上げてください、耕治さん」

美奈の優しげな言葉に、耕治はおそるおそる顔を上げる。

その先にあった美奈は、儚げで、とても神秘的な微笑を浮かべていた。

「美奈だって、分かってたんです。耕治さんは、あずさお姉ちゃんが好きなんだってことくらい・・・」

「え?」

「でも、それでも諦められなかった。どうしても、耕治さんに気持ちを伝えたかったんです」

「美奈ちゃん・・・」

耕治が熱い想いで呟くと、美奈はくるっと後ろを向いて耕治に背中を向ける形になった。

「・・・美奈のお話はこれでお終いです!耕治さんは、早くお姉ちゃんのところへ行ってあげて下さい!」

美奈は何かを吹っ切るように、星空を見上げながら元気よく言った。

「美奈ちゃん・・・俺・・・」

「・・・あずさお姉ちゃんは、今頃一人で泣いてると思います。その涙を止められるのは、耕治さんだけ・・・なんですよ?」

美奈はこちらを振り向こうとしない。

しかしその声が、徐々に涙声になっていくのは耕治にも分かった。

「早く・・・行ってください・・・。これ以上優しくされても、美奈・・・つらいだけ・・・です・・・か・・・ら・・・」

公園内の外灯に照らされた美奈の小さな背中が、小刻みに震えているのが分かる。

悲しみに耐える少女の震える背中。

それを見て、耕治はどうしても美奈を抱きしめたいという感情に襲われた。

しかし、おそるおそる伸ばした手が肩に付こうとしたところで、必死に感情を抑えて手を引っ込める。

――彼女の告白を断った自分に、そんなことをする権利などないのだから・・・。

だからその代わりに、耕治はその背中に言葉を紡ぐ。

「ありがとう・・・美奈」

目に前で必死に我慢している少女のことを、もう”ちゃん”付けなどでは呼べなかった。

強い心と、純真な心を持ち合わせている少女に、”ちゃん”付けなんてできなかった。

その言葉は、耕治が美奈と妹としてではなく、一人の女の子としてきちんと向き合ったという証。

美奈はその言葉に、何も言えずただ頷くことしかできなかった。

もう既に両眼からは、止め処なく涙が溢れている。

溢れた想いが、すべて雫となって流れ落ちていく。

しかしその顔は、清々しいほどの笑みを浮かべていた。

美奈は嬉しかったのだ。

耕治がしっかりと自分を見てくれて・・・。

妹としてではなく、女の子として自分を見てくれて・・・。

だから、最後のこの台詞をいうのに、悔いや抵抗は感じなかった。

「あずさお姉ちゃんを・・・宜しくお願いします」

「・・・ああ!」

美奈の言葉に耕治は力強く頷くと、そのまま背を向け、あずさを探すべく走り出した。





「ハァッ、ハァッ、ハァッ・・・」

荒い息を吐きながらも、耕治は走りを止めようとはしなかった。

美奈の言葉と・・・今も独りで悲しみに暮れているであろう少女の事を想うと、身体が拒否しても心は走ることを止めない。

ある場所に向かって、ひたすらに足を動かす。

「ハァッ、ハァッ、ハァッ・・・」

そのある場所というのは、もちろんあずさがいるであろう場所のこと。

耕治には既に、その場所の見当がついていた。

というよりも、そこしか思いつかなかった。

もし、自分が彼女と同じ立場ならば、きっとそこにいただろうから・・・。

だから耕治は、その場所を目指す。

その瞳には鋼より堅い決意を・・・。

その顔には隠しきれない緊張を・・・。

そしてその胸には以前より確かな想いを抱きながら・・・。



29話へ続く


後書き

ふ〜・・・なんだか今回の話は疲れました。

実らない告白というのは、書いているほうも結構気疲れするのです。

でもまあ、一応構想通りには書けたかなと・・・。


さて、このSSも後2話を残すのみとなりました。

ここまで来たら後はラストスパートのみ・・・頑張ります!!



2006.3.3  雅輝