「ほら、早く行きましょうよ♪」
「おいおい、そんなに焦るなよ」
8月も、後残すところ2日となった今日。
少し郊外に出た遊園地で、一組のカップルの幸せそうな声がこだました。
手と指をしっかりと絡ませあいながら歩いているその光景は、誰がどう見ても仲睦まじいカップルそのものであった。
そしてその二人の顔に浮かんでいる、溢れんばかりの笑顔。
――出会ったばかりの二人を知っている者ならば、一体何人がこの状況を予想できたであろうか?
「ねえ耕治、次はあれに乗りましょうよ♪」
「あっ、あれってCMでやってたやつだよな?よし、行くか」
今日は以前し損なった、遊園地でのデートの仕切り直し。
はにかんだ笑顔でお互い見つめ合った二人――耕治とあずさは、より深く指を絡ませてアトラクションに並ぶ列へと歩いていった。
Piaキャロットへようこそ!!2 SS
「Piaキャロ2 〜another
summer〜」
Written by 雅輝
<30> 夏の終わり、新たな始まり
楽しい時間は、まるで当人達を嘲笑うかのようにあっという間に過ぎていく。
昼前から来たというのに、気が付けば見上げた空はもう茜色を通り越して夜の気配を醸し出していた。
「早いな。もう7時か・・・」
「うん・・・」
耕治のその言葉に、あずさは顔を俯かせ握っていた手により力を込める。
まるで離れたくないと訴えているように・・・。
耕治はそんなあずさの手を同じ様に優しく握り返して、俺も同じだよという気持ちで穏やかに微笑みかけた。
「最後・・・あれ乗ろうか?」
そう言って耕治が目を向けたのは、あの日美奈とも一緒に乗った大観覧車。
あずさはその言葉に寂しさを隠すようにはにかんだ笑顔を見せ、「うん」と頷いた。
「はい、じゃあ閉めまーす」
作業員の声と共にゴンドラの扉が閉まり、二人だけの密室状態となる。
観覧車は時間帯的にカップルで混んでいて、45分待ってようやく入ることができた。
「・・・」
「・・・」
二人は何を喋るわけでもなく、身を寄せ合いながら、ただ窓の外に映し出されるライトアップされた美しい街並みを眺めていた。
しかしその雰囲気は気まずいものではなく、むしろ心地良くも感じられた。
傍に心から愛する人がいてくれる・・・今の二人にとっては、ただそれだけで良かった。
「・・・幸せね・・・」
ゴンドラが丁度3分の1辺りまで回ったとき、あずさが吐息と共にポツリと呟いた。
「え?」
「幸せすぎるなって・・・。大好きな人とこうして寄り添って、綺麗な景色を眺めて・・・こんなに幸せでいいのかなって、どうしても思っちゃうの」
そう続けたあずさは本当に幸せそうで・・・しかしそれと同時に少し悲しそうでもあった。
「・・・美奈の事かい?」
「・・・」
沈黙・・・それはつまり、肯定と取ってもいいだろう。
「こんなこと、俺は訊く権利なんて無いのかも知れないけど・・・あれから様子はどう?」
「・・・あの日だけは一人で部屋に閉じこもっていたけど・・・次の日からは普段通り振舞っているように見えたわ」
「でも、姉である私にはどうしても分かっちゃうの。無理をしてるって・・・」
悲しげに呟いたあずさの言葉に、耕治は何も言えなくなってその表情にも翳りが生まれてしまう。
「あの娘は、初めから分かっていたのね。私が耕治の事を好きだって事も、ミーナの事を考えて身を引こうとしてた事も・・・」
「だから、私に分からそうとしてくれたの。その選択は間違ってるよって・・・そんな事をしても、誰も幸せにはなれないよって・・・。本当は、あの娘が一番つらいはずなのに・・・」
その言葉に耕治が思い出すのは、告白の時に涙を堪えながら震えていた美奈の背中と、その時の台詞。
――「美奈だって、分かってたんです。耕治さんは、あずさお姉ちゃんが好きなんだってことくらい・・・」――
――「・・・あずさお姉ちゃんは、今頃一人で泣いてると思います。その涙を止められるのは、耕治さんだけ・・・なんですよ?」――
『美奈・・・』
美奈の強さを改めて思い知って、だからこそ耕治は心から強く願った。
幸せになって欲しいと・・・。
自分と付き合わなくて良かったと思えるくらい、幸せになって欲しいと・・・。
「・・・だったら、俺たちに出来ることは一つだよな?」
「・・・ええ」
視線を向ける耕治に、あずさも顔を向け見つめあう。
「「美奈の分まで、絶対に幸せになること」」
綺麗にハモった二人は、照れくさそうな笑顔を見せる。
そしてお互い見つめ合って、そっと唇を重ねた。
そして翌日。
「あずさ、本当に良いのか?」
「今更何言ってるのよ。昨日さんざん話したじゃない」
二人が今互いの手を繋ぎながら歩いているのは、この一ヶ月ですっかり通い慣れたキャロットへの道。
先程から同じ様な事を何度も訊いてくる耕治に、あずさは呆れたような笑みを返した。
「でもなぁ・・・就職っていったら、やっぱり大事なことだし・・・」
そう、二人が今日ここまで来たのは、27日に訊かれたキャロットへの就職の返事をするためであった。
昨日遊園地から帰ってきた後に、耕治の部屋で相談しあったのだが・・・自分とまったく同じ結論を出したあずさに、耕治は戸惑っていた。
「・・・もしかして、耕治は私と一緒にいたくないの?」
瞳を某チワワのようにウルウルさせながら、上目遣いで耕治を見つめるあずさ。
「ち、違うって!お、俺が言いたかったのはだなぁ・・・」
「・・・プッ、ククク」
予想通り、突然しどろもどろし始めてしまった耕治に、あずさは我慢できずに噴出してしまった。
「へ?」
「あはははははははは♪」
「あ、あずさ。もしかしなくても・・・嘘泣き、だよな?」
そう言って「はあ・・・」と肩を落とす耕治に、あずさは「うふふ・・・ごめんなさい」と一言謝ってそのまま言葉を続けた。
「でも、耕治も悪いのよ?まるで私にいて欲しくないような言い方をするんだもの」
「けど・・・推薦で受かっていた短大を蹴ってまで無理することはなかったんだぞ?」
「いいの。私がそうしたかったんだから・・・。だってここは、大切な場所だからね」
「・・・ああ、そうだな」
店の前へと辿り着いた二人は感慨深く呟いて、店の外観を仰ぎ見た。
この一ヶ月の間に起こった出来事が、次々と二人の頭に蘇っていく。
「・・・色んな事があったよね・・・」
「ああ、でも・・・」
言葉を一旦句切った耕治に、あずさは「なに?」といった風に首を傾げる。
「これからもあるさ。俺達があの場所にいる限りずっと・・・」
自分でも恥ずかしい台詞を言ったということを自覚しているのか、そっぽを向いて赤くなった頬をポリポリと掻く耕治。
そんな耕治の手をあずさはぎゅっと握って、
「うん、そうだよね・・・。これで終わりじゃない。これからが始まりだもんね?」
そう溢れんばかりの笑顔で言って、耕治の腕を引いてキャロットの自動ドアをくぐった。
店内へと入った瞬間、まだ残暑が厳しい外とはまるで別世界の快適な空間が広がる。
自動ドアの音に反応した忙しそうに働いている一人の少女――美奈は、一瞬はっと驚いた顔をしながらもぱたぱたとこちらへやってきた。
「いらっしゃいませ!Piaキャロットへようこそ!」
マニュアル通りの挨拶をし終えた美奈は、接客用の笑顔ではない・・・彼女の本当の笑顔を浮かべて二人に近づき、そして――。
――「おかえりなさい。お兄ちゃん、お姉ちゃん♪」――
太陽のように明るい妹の笑顔と共に、またここから二人の新たな生活が始まる。