とうとう今日はキャロットでのバイト最終日。

就職するどうかはともかく、やはり感慨深くなるものだが・・・。

「いらっしゃいませ!Piaキャロットへようこそ!」

「はい、ハンバーグステーキのセットですね?ドリンクは何に致しましょう?」

「お待たせいたしました。日替わりランチAのお客様は?」

感慨に耽る暇などまるで無く、バイト最終日は忙しく、まさにキャロットらしく過ぎていった。





Piaキャロットへようこそ!!2 SS

          「Piaキャロ2 〜another summer〜」

                          Written by 雅輝





<27>  間違った選択




「お疲れ様でしたーー!」

店の入り口にある札を”OPEN”から”CLOSE”に変えた耕治が、元気よくそう言う。

するとまだ残っていたスタッフから同じように「お疲れ様でしたーー!」と返ってきた。

その言葉を聞くのも、おそらく今日で最後。

そう思うと、仕事中は耽る暇も無かった感慨が、一気に押し寄せてくる。

その気持ちのまま、事務室のドアノブを捻る。

「あっ、前田君・・・。お疲れ様」

「お疲れ、前田君」

中ではいつも通り伝票整理の仕事をしていた涼子と祐介がいて、いつも通りとは言えない少し悲しげな顔で挨拶をする。

「お疲れ様です、店長さん、涼子さん」

返す耕治の顔も、どことなく寂しげだった。

「早いわね・・・。もう一ヶ月が経ったなんて」

「・・・前田君は本当によく働いてくれたから、こちらとしても大助かりだったよ」

「いえ、そんな・・・でも、一ヶ月が本当に早く感じました」

三人は「ほう・・・」と吐息を漏らす。

「・・・前田君」

そしてわずかな沈黙を挟んだ後、涼子が真剣な顔で耕治と向き合った。

「昨日の話・・・無理にとは言わないわ。だから、これだけは約束して欲しいの。返事をするときは、絶対に後悔しないように・・・。一時の感情で出した結論は、後で絶対に悔やむ時が来るから・・・ね?」

涼子の表情が真剣なものから穏やかなものに変わっていく。

「そうだよ。君の人生なんだ。君の好きなように選んで貰いたい。双葉君の言った通り、悔いの残らないようにね」

そして祐介も、いつもと変わらない微笑を浮かべる。

「涼子さん・・・店長さん・・・」

その様子を見て、耕治は胸が温かくなるのと同時に、本当に良い上司に恵まれたと改めて実感した。

耕治はその言葉に、熱いものが込み上げてくるのを必死に抑えて立ち上がり、

「一ヶ月間、本当にお世話になりました!!」

今までの感謝の気持ちを込めて、深々と頭を下げた。

「こちらこそ・・・ありがとう」

「前田君がいてくれて、本当に助かったわ」

暖かい言葉を返す祐介と涼子の顔も、優しい穏やかな顔をしていた。





「さて、そろそろ・・・」

他の従業員への挨拶もそこそこに、耕治は昨日から考えていた事の実行へと移った。

耕治と同じように従業員への挨拶を済ませ、着替えも既に終わっている少女。

廊下でその後姿を見かけた耕治は、少し歩くスピードを上げてその少女に近づく。

――昨日の夜、蝕む暑さに気を取られないようにしながら考え、決断した事。

それは――――。

「日野森、今日一緒に帰らないか?」





「えっ?」

あずさは聞き覚えのある声にピクンと反応し、戸惑ったような驚きの声を上げた。

「・・・前田君」

「もう、こうして話をする機会も無いかもしれないし、それに話したいこともあるから・・・さ」

耕治のいつになく真剣な表情に、あずさの胸が高鳴る。

ドキンドキンとうるさく鳴り続く鼓動が、あずさの耳にも聞こえてくる。

『もしかして・・・』

あんな言い方をされれば、誰だって期待するだろう。

特に、自分が想いを寄せている相手から言われると・・・。

しかしその期待は、所詮叶わぬことなのだ。

『だって、私は・・・』

「・・・ご、ごめんなさい!今日はこれから急ぎの用事があるの!だから、私の代わりにミーナを送って行ってくれるかしら?そ、それじゃあ・・・」

あずさはそう捲し立てると急いだ様子で耕治に背を向け、店の従業員用出入り口に向かって走り出す。

「あっ、日野森!!」

耕治の自分を呼ぶ声が背中を射るように聞こえる。

でも、自分は決して振り向いてはいけない。

『だって、私は・・・!』

”バタンッ”

「はぁっ・・・はぁっ・・・」

扉を背にして、厭味なほど綺麗な星空に向かって息を整える。

少し汗ばんだ身体を撫でる夜風が、やけに気持ちよく感じる。

だが普段なら気分よく感じるそれらは、沈んだ心を尚憂鬱な気分にさせた。

「あ・・・」

耐え切れなくなった涙腺がとうとう決壊して、涙が頬を伝い始める。

『だって・・・私・・・は・・・』

――『ミーナの、たった一人の姉なんだから』――



従業員出口の前に佇んでいては誰かに見られるかもしれないと思ったあずさは、無理やり涙を拭って歩き出す。

だが、まだ帰る気になれないあずさは、とある場所へと向かっていた。

――今は、その場所で・・・一人になりたい気分だったから。





「日野森・・・」

廊下に一人ポツンと残された耕治は、あずさが駆けて行った方向を見ながらただ呆然としていた。

その表情は憂いを湛え、思わず吐き出されたため息は悲しげに空気に溶けこむ。

『やっぱり、俺の一方通行な想いだったのか・・・?』

最近の彼女との会話の節々に感じ取れた、自分への好意。

それはやはり、ただの自惚れに過ぎなかったのだろうか。

『はは、馬鹿みたいだな俺・・・。勝手に期待して、勝手に落胆して・・・ホント、馬鹿だよ』

耕治は仄暗い廊下の先を、まるで自分を嘲(あざけ)笑うかのような表情でぼんやりと見続けていた。



一体その体勢のまま、どれほどの時間が経っただろう。

1分?・・・いや、30分くらいかもしれない。

ぼんやりとしていて時間感覚すら失せてきた耕治の頭に、聞き覚えのある声が認知される。

「耕治さん・・・?」

その声にはっとした耕治は、なるべく普段の表情を意識して声が聞こえてきた後方を振り向く。

「やあ、美奈ちゃん・・・どうしたの?」

そこには予想通りというか・・・私服姿の美奈が心配そうな顔で立っていた。

「・・・美奈は、耕治さんにお話したいことがあって・・・耕治さんはこんな所で何をやってるんですか?」

美奈は研修旅行以来、耕治のことを「耕治お兄ちゃん」ではなく再度「耕治さん」と呼ぶようになっていた。

それは勿論、お兄ちゃんとしてではなく、男性として耕治を見ていることの証。

そして同じ想いを抱いているであろう姉に、自分の耕治への気持ちを示す為のものでもあった。

「俺は・・・あずささんと話してたんだけど、さっき別れたばかりだったんだ」

耕治は抑揚の無い声で、淡々と話す。

情け無いことにそうでもしないと、虚しさが全身に回り涙が零れ落ちてきそうだったから・・・。

「え・・・あずさお姉ちゃん、帰っちゃったんですか?」

美奈が小さく驚きの声を上げる。

姉も美奈と同じく、バイト最終日のこの日、耕治に伝えたいことがあったはずだ。

しかし、耕治の様子からはあずさが気持ちを伝えたとは到底思えない。

『もしかして・・・お姉ちゃんは・・・』

頭の中に、一つの可能性が浮かび上がってくる。

それは、研修旅行までの自分の気持ちと、まったく同じもの。

しかしそう考えると、気味が悪いほどしっくりとくる。

『もしそうだったら・・・ううん、だとしたら余計に、美奈は耕治さんに伝えるべきなんだ!』

姉は、過去の自分とまったく同じ間違いをしている。

だから、気づかせてあげなくてはいけない。

その選択は間違っていると・・・。

それでは、誰も幸せにはなれないと・・・。

「耕治さん・・・お姉ちゃんもいないし、お話したいこともありますから、駅まで送ってくれませんか?」





そして物語は、クライマックスへ向けてゆっくりと進んでいく・・・。



28話へ続く


後書き

・・・寒い。

またぐっと気温が低くなってきたというのに、ストーブが壊れるという非常事態が発生。

作品は夏の話なんですけど、「こんな寒いのに書けるかボケェーーー!!」って感じです(笑)

かといって冬の話を書くと、余計に寒くなりそうな気が・・・。

難しいもんです。



さて、今回の話はクライマックスへのプレリュードって感じで・・・。

おそらく次とその次の話がメインになるんじゃないかと。

そして30話目がエピローグ的存在で・・・と考えております。

・・・気が付けばもうちょっとですね。

ここまで来たからには最後まで気を抜かずに頑張りたいと思いますので、最後までお付き合いくださいませm(__)m



2006.2.27  雅輝